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第二章~学園にて王子は夢を見る~

18.開廷

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 四月二五日。
 アース・フォン・グレゼリオンが拘束されてからおよそ二週間ほど経った頃、やっと裁判が始まった。
 王子となれば裁判は慎重を期さねばならない。国にとっての重要人物を怪しいからという理由だけで有罪判決を下すのは不可能に近い。
 それに今回の裁判であっても物的証拠が少ない為、本来なら跳ね除けられる筈だったのだ。
 しかしそれは他ならぬアース自身による自供によって話が覆った。
 そこをリードル侯爵が押し通す形で今回の裁判が起こされたのだ。

「ククク、偽装した証拠ならいくらでもあったが、まさか本人が自供してくれるとはな。随分と楽なものよ。」

 リードル侯爵は王都にある最高裁判所内の控室でそう呟いた。

「第二王子と第一王子を同時に襲わせ、第二王子を守る事によって第二王子からの信頼を得て、第一王子を上手くいけば殺せる。殺せなくともこうやって裁判で正式に裁く。正に完璧な作戦だ。」

 言うは容易いが、それはリードル侯爵の完璧な根回しがあっての事である。
 間違いなくこの男は優秀であった。しかし、不幸な事に野心に溢れていた。

「上手く第二王子に取り込む事ができれば、私が新しい『公爵』に……いや公爵の上の地位に立てるやもしれん。『大公』、といったところか。それが上手くいかなかったとしても、私の躍進への道は妨げられない。」

 それは勝利を確信した笑みであった。
 自分の策が失敗することなど疑わず、自分の栄光の道は既に定まったと心の底から思っているのだ。

「リードル侯爵閣下!準備ができました!」
「おお、そうか。すぐ行こう。」

 伝令が来て、リードル侯爵は立ち上がる。
 私腹を肥やし、妙に煌びやかな服装と余分な脂肪。そして邪悪な笑みを浮かべて、貴族として虐げる。

「さて、魔女裁判でも始めるとしようかね。」

 それは民衆が思い描く、悪徳領主そのものであった。





 王族を裁けるのは原則、最高裁判所のみである。
 更に言うなれば公爵以上の貴族の立ち合いがあってようやく可能である。今回はいるのはフィルラーナの父親、リラーティナ公爵のみであった。
 何人もの貴族と平民が裁判所には入っており、どの視点からでも公平な裁判が求められる。だが、今回に限ってはあまりにも出来レースであるのは否めない。
 わざと偏向的な情報を流し、平民の思想を誘導させ、極力自然に貴族にもそういう風潮を出させた。
 リードル侯爵たった一人の手腕によって、平民も貴族も、アースの味方は一人もいない。

「それでは、裁判を始める。」

 そして裁判長が厳かにそう言った。
 誰もが静まり返り、次の言葉を待つ。

「最高裁判の条件が揃っていることを確認する。二人以上の貴族、十人以上の平民が開廷条件であるが、今回は十人を超える貴族と百人以上の平民がいる。よって最高裁判をこれをもって始めることとする。」

 半分儀礼的に裁判長が述べ、そして指示を出す。

「それでは、被告をここに。」

 一人の子供だ。十歳の子供。金の髪と目は、その子供が王族であることを証明している。
 そしてその姿を見て、平民は次々と罵声の声をあげる。

「弟を殺そうとするなんてなんて奴だ!」
「今すぐそいつを追放しろ!」
「平民落ちだ! 王族に相応しくない!」

 その言葉を無視して、少年は被告の席に座った。
 平民の言葉は止まないが、それを無視して裁判長は裁判を進める。

「グレゼリオン王国第一王子、アース・フォン・グレゼリオンに相違ありませんか?」
「いかにも。」

 その言葉を皮切りに更に民衆の声は大きくなり、それを見て裁判長が指を弾く。同時に大きく高い音が鳴る。
 例えるなら黒板を引っ掻いたかのような不快な高い音である。
 その不快な音に民衆は一度声を出すのをやめ、裁判長は冷静に言う。

「静粛に。今回は被告が王族であるため、公爵以上の権利者を必要とする。今、この場にいるのは名乗り出を。」
「はい、ここに。四大公爵家が一つ、リラーティナ公爵家現当主。シェリル・フォン・リラーティナで御座います。」

 そうやって立ち上がり、優雅に略式の礼を取る。
 赤い目と髪が一目でフィルラーナの血縁である事が分からせる。一見温和に見える容姿をしており、事実礼儀正しく椅子に座る。

「それでは、裁判を始める。リードル公爵、被告の容疑の読み上げを。」
「はっ。アース殿下は弟君である第二王子、スカイ殿下へと暗殺を謀ったという容疑が出ております。私の手によって防ぐ事はできましたが、これはれっきとした殺人未遂に当たります。解釈次第では国家反逆罪、国家転覆の容疑もあります。どう考えてもこの罪は許されざる罪であり、地方への永久追放を要求致します。」

 そうやってリードル侯爵が言うと同時に後ろから騎士が出てくる。その手には紙が握られていた。

「証拠は暗殺者から拷問で聞き出した自白と、他ならぬアース殿下からの証言です。更に言うなればアース殿下の自室調査にてこのような書類も見つかっております。」

 そうやってリードル侯爵の斜め前に立った騎士は紙を見せた。
 それは全体に、特に裁判長に見えるように出される。

「アース殿下が結んだと思われる暗殺者との契約書です。これは揺るぎない証拠でしょう。」

 勿論だが、アースはそんな事はやっていない。
 より有罪を確実するためにリードル侯爵が用意した証拠であった。

「以上です。公平にて、誰もが納得のいく判決が出ると期待しています。」

 そう言って騎士は下がり、リードル侯爵も座る。

「アース殿下、何か弁明は?」
「ありません。リードル侯爵が述べた事は全て真実ですから。」

 その余裕そうな言葉に民衆は再びざわめく。
 大きな音を鳴らされないように、さっきより小さな声で。

「あれが第一王子かよ。」
「グレゼリオンももう終わりだな。」
「王族の恥めが。」
「俺たちの血税をなんだと思ってるんだ。」
「あんなやつ殺せよ。」
「現王は素晴らしいというのに。」

 誰もが言葉を発する。
 そして誰もが忘れている。
 アース・フォン・グレゼリオンが子供であるという事実に、王族であるという理由だけで彼らは守られるべき対象の子供を敵に回す。

「……それでは、異議があるものは挙手を。なければこのまま判決をくだします。」

 沈黙が響く。
 この異議を受け付けるというのは建前だ。
 事前に証拠などは提出されており、ここから裁判が引っくり返ることなどなく、判決は始まる前に決められているのが普通。

「それでは判決を――」
「意義あり!」

 法廷の門は無遠慮に開かれた。
 それは王子と同じく子供である少年。呼吸は乱れ、肩で息をしている。
 ここまでの道のりを相当急いで来たに違いないという事が容易に想像できる。

「証拠は、あります。殿下が冤罪であるという証拠が。」
「神聖な法廷を乱すとは何事か! 摘まみ出せ!」

 直ぐにリードル侯爵がそう言うが、それより先に少年は叫ぶ。

「私はアルス・ウァクラート!四大公爵家の一つ、リラーティナ家が令嬢フィルラーナ様の副騎士でございます!」

 そう言って家紋のブローチを取り出す。
 思わずリードル侯爵はリラーティナ公爵を見る。

「どういうことですか!」
「うんうん……分かった。なるほど、だからフィルラーナは……」

 どこかリラーティナ公爵は納得したように頷き、そして言い放つ。

「間違いない、と私が証言しよう。ただ私はこのような事態を聞いてはいない。全ては娘の独断だ。だが、いやだからこそいい。証拠を聞こうじゃないか。どうやら稚拙な子供の意見と馬鹿にするのも難しそうだからね。」

 アースは信じられないような目でアルスを見る。
 アルスは真っ直ぐ前に出て言う。

「断言します、アース殿下は無罪だと。そして間違いなく、それを証明できる証拠を用意しています。」
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