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第二章~学園にて王子は夢を見る~
17.意味
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分からなかった。
俺は人を幸せにするような、人の幸せを守れるような人間になりたい。それだけは間違いない。俺が助けてほしかった時に人を助けられる人間になりたい。
だが、それも俺のただの自己満足だったのだろうか。結局は俺の思う幸せを勝手に押し付けて、それで悦に浸っているだけじゃないのか。
一つ目はあの男に。絶対的な幸せのルールを否定された。
犯罪者だからといって悪というわけでもなく、人によっては俺とは正反対の幸せがあることを知った。
二つ目はアースに。俺の根本を否定された。
決して正しいことが幸せではなく、俺には理解できない幸せを知った。
なら、幸せってなんだ。
俺は人を守って、みんなが笑えるような世界が作れれば、それでいいと思っていた。だけど、人を不幸にしなければ幸せになれない人もいれば、不幸を幸せだと言い張る人もいた。
だからと言って俺個人の幸せを追求してしまえば、それはただの私刑に他ならない。いずれきっと、人に幸せを押し付けて歪んでしまう。ただの理不尽になってしまう。
それは、駄目だ。
なら、俺の幸せってなんだ。人の幸せってなんだ。そもそも幸せってなんだろう――
王城から帰ってきて、その頃にはとっくに夜だった。
死ぬように眠ろうとしたけど、どこか眠れなくて、それで授業にも全く身が入らなかった。
お嬢様も、ガレウも、今日は話しかけてこなかった。気を遣ったのか、それとも俺のこのくだらない姿が見てられなかったのか。
食事もあまり喉を通らなくなり、睡眠不足も重なってどんどんと俺の体は衰弱していくのが分かった。
それでも、何かをしなければならないという使命感が、俺に魔法の練習をさせていた。
そしてあれから、一週間がたった。
学園生活二度目の土曜日。学生であるのなら喜ぶべきはずのそれも、大して嬉しくはなかった。いや、喜ぶ余裕などなかった。
新聞にアースのことが載り始めてきた。
裁判は間近。民衆からアースは非難され、もはや王様が帰ってきてもどうにもならないレベルまで来ている。
「……朝か。」
最近はよく眠れない。あの時と一緒だ。お母さんが死んだ時と一緒。
結局俺は何も成長できていない。再び理不尽に直面しても、それをどうこうできる力を持っていなかった。
いつか、もっと未来。俺は成長して、どんな理不尽をも跳ね返すような強い人間になれるのかもしれない。
だが、それまでに何回、この理不尽を抜ければいいのだ。何度このどうしようもない思いを叫べばいいのだ。
「……多分、黒幕はリードル侯爵だろうな。」
アースを裁くのを主導でやっているのはリードル侯爵だ。
ここまで、あまりにも迅速に事が進んでいる。どう考えても事前準備があったとしか考えられない。
貴族だったら、騎士でもない俺が調査する事など出来はしない。
それどころか本人が望んでいない立ち回りとなれば、もはや未成年の平民である俺が出来る事などありはしない。
民意も有罪の方向に進んでいるし、どう考えても止められない。
「屋敷に忍び込んで証拠を探すか? いや、貴族が本気で隠した証拠なんて俺が見つけられるはずがない。交渉をするにも副騎士程度の身分じゃ交渉の席にすら立てない。」
ガレウはまた早朝からいないし、俺は情報を整理していく。
どうやっても上手くいく気がしない。前世はただの一般人だった俺にとってあまりにも不可能過ぎる望みだ。
「だけど、そもそもアースが望んじゃいねえのに……」
決定的な証拠がなければアース自身によって有罪となる。これほど滑稽な事があろうか。
見捨てるのが恐らくは一番楽だ。本人が望んでいるのだ。もう有罪にした方がいい。だが、そう割り切れるような人間ではないらしい。
単に、嫌なのだ。理不尽が許せないのだ。
あいつとまだ、一緒に学園で馬鹿みたいに騒ぎたいのだ。学校でできた、まだ二人しかいない友達だから。
一度もできなかった、友達だったから。
「ああ、クソ。」
涙が出てくる。
この涙は悔しみの涙だ。あまりのも無能な自分への、怒りの涙だ。
「涙を流すのね。」
「ッ!!?」
俺一人しかいないはずの部屋に声が響いた。
扉の方を見れば、そこには深紅の髪をたなびかせた少女が立っていた。
「お嬢様、ここ、男子寮ですよ?」
「知っているわ。ちゃんと許可を得てここに来たもの。」
「……俺を、笑いに来たんですか?」
「いいえ。」
そのまま俺の方へと真っ直ぐ進んでくる。
そして俺の前で足を止めた。
「涙を流すということは、悔しいのね。」
そして俺の顔を覗き込む。思わず顔をそらすが、お嬢様はそれを許さない。
俺の顔を押さえつけて目を合わせてくる。
「逃げることは、許さないわ。」
「逃げて、なんかッ!」
「いいえ。悔し涙を浮かべるというのは、悔しがっていたから。まだ戦っている人間は悔しがらない。あなたはもう、負けを認めたようなものよ。」
図星だった。確信を突かれ、一瞬言葉が出なくなるが、それでも絞り出すように言葉を返す。
「なら、どうしたらいいんですよ! どうやったら良かったっていうんですか! どうやったら、俺は、あいつを……」
「知らないわ。私に頼ろうとしないで。」
俺の言葉をきっぱり返す。
「そもそも、私はやめろと言ったのよ。アルスではどうしようもないってね。」
「なら、なんで!」
「だけど、一度始めた戦いから逃げるのは許さないわ。」
冷静で、鋭い目が俺を貫く。
どうしたら、いいんだよ。やりようがねえだろ。
「アースが諦めてんですよ、もうどうしようもないですよ。」
「そんなの、関係ないわ。」
「は、あ?」
「他の一切の言葉なんて戯言とみなしなさい。相手が理不尽なら、自分も理不尽でありなさい。常識で物を考えるな。頭が固い。」
両手で俺の頭は捕まれ、更にお嬢様は顔を近付ける。
「夢が見つかったのでしょう?なら、決して逃がしてはならないわ。誰かに気を使う必要はない。貴方の夢は、それが許される夢よ。」
俺の、夢は。
「さあ、覚悟はできたかしら?」
ああ、はは。相変わらずお嬢様はぶっ飛んでる。普通じゃない。
だが、だからこそ俺はこの人に付いていきたいと思ったのだ。
「……お嬢様。」
「何?」
一つだけ、案が思いついた。あまりにも稚拙だし、リスクが大きすぎる策が。
だけど、上手くいけば完璧に事態を抑えられる。
「国を、敵にする覚悟はありますか?失敗したら、俺もお嬢様も豚箱行きですが。」
「安心しなさい。この一週間で、全員が覚悟を終えているわ。」
その言葉に、思わず笑みが零れる。
ああ、いい友ができた。前世で、たった一人しか友達がいなかった俺にしては上出来だ。
お嬢様は俺を背にして、扉へと進む。
「行くわよ、私の騎士。国を綺麗にしに行きましょう。」
「ええ。完璧に踊ってみせますよ。幕が下りるまで、一時たりとて休まずに。」
戦おう。命をかけて。
俺は人を幸せにするような、人の幸せを守れるような人間になりたい。それだけは間違いない。俺が助けてほしかった時に人を助けられる人間になりたい。
だが、それも俺のただの自己満足だったのだろうか。結局は俺の思う幸せを勝手に押し付けて、それで悦に浸っているだけじゃないのか。
一つ目はあの男に。絶対的な幸せのルールを否定された。
犯罪者だからといって悪というわけでもなく、人によっては俺とは正反対の幸せがあることを知った。
二つ目はアースに。俺の根本を否定された。
決して正しいことが幸せではなく、俺には理解できない幸せを知った。
なら、幸せってなんだ。
俺は人を守って、みんなが笑えるような世界が作れれば、それでいいと思っていた。だけど、人を不幸にしなければ幸せになれない人もいれば、不幸を幸せだと言い張る人もいた。
だからと言って俺個人の幸せを追求してしまえば、それはただの私刑に他ならない。いずれきっと、人に幸せを押し付けて歪んでしまう。ただの理不尽になってしまう。
それは、駄目だ。
なら、俺の幸せってなんだ。人の幸せってなんだ。そもそも幸せってなんだろう――
王城から帰ってきて、その頃にはとっくに夜だった。
死ぬように眠ろうとしたけど、どこか眠れなくて、それで授業にも全く身が入らなかった。
お嬢様も、ガレウも、今日は話しかけてこなかった。気を遣ったのか、それとも俺のこのくだらない姿が見てられなかったのか。
食事もあまり喉を通らなくなり、睡眠不足も重なってどんどんと俺の体は衰弱していくのが分かった。
それでも、何かをしなければならないという使命感が、俺に魔法の練習をさせていた。
そしてあれから、一週間がたった。
学園生活二度目の土曜日。学生であるのなら喜ぶべきはずのそれも、大して嬉しくはなかった。いや、喜ぶ余裕などなかった。
新聞にアースのことが載り始めてきた。
裁判は間近。民衆からアースは非難され、もはや王様が帰ってきてもどうにもならないレベルまで来ている。
「……朝か。」
最近はよく眠れない。あの時と一緒だ。お母さんが死んだ時と一緒。
結局俺は何も成長できていない。再び理不尽に直面しても、それをどうこうできる力を持っていなかった。
いつか、もっと未来。俺は成長して、どんな理不尽をも跳ね返すような強い人間になれるのかもしれない。
だが、それまでに何回、この理不尽を抜ければいいのだ。何度このどうしようもない思いを叫べばいいのだ。
「……多分、黒幕はリードル侯爵だろうな。」
アースを裁くのを主導でやっているのはリードル侯爵だ。
ここまで、あまりにも迅速に事が進んでいる。どう考えても事前準備があったとしか考えられない。
貴族だったら、騎士でもない俺が調査する事など出来はしない。
それどころか本人が望んでいない立ち回りとなれば、もはや未成年の平民である俺が出来る事などありはしない。
民意も有罪の方向に進んでいるし、どう考えても止められない。
「屋敷に忍び込んで証拠を探すか? いや、貴族が本気で隠した証拠なんて俺が見つけられるはずがない。交渉をするにも副騎士程度の身分じゃ交渉の席にすら立てない。」
ガレウはまた早朝からいないし、俺は情報を整理していく。
どうやっても上手くいく気がしない。前世はただの一般人だった俺にとってあまりにも不可能過ぎる望みだ。
「だけど、そもそもアースが望んじゃいねえのに……」
決定的な証拠がなければアース自身によって有罪となる。これほど滑稽な事があろうか。
見捨てるのが恐らくは一番楽だ。本人が望んでいるのだ。もう有罪にした方がいい。だが、そう割り切れるような人間ではないらしい。
単に、嫌なのだ。理不尽が許せないのだ。
あいつとまだ、一緒に学園で馬鹿みたいに騒ぎたいのだ。学校でできた、まだ二人しかいない友達だから。
一度もできなかった、友達だったから。
「ああ、クソ。」
涙が出てくる。
この涙は悔しみの涙だ。あまりのも無能な自分への、怒りの涙だ。
「涙を流すのね。」
「ッ!!?」
俺一人しかいないはずの部屋に声が響いた。
扉の方を見れば、そこには深紅の髪をたなびかせた少女が立っていた。
「お嬢様、ここ、男子寮ですよ?」
「知っているわ。ちゃんと許可を得てここに来たもの。」
「……俺を、笑いに来たんですか?」
「いいえ。」
そのまま俺の方へと真っ直ぐ進んでくる。
そして俺の前で足を止めた。
「涙を流すということは、悔しいのね。」
そして俺の顔を覗き込む。思わず顔をそらすが、お嬢様はそれを許さない。
俺の顔を押さえつけて目を合わせてくる。
「逃げることは、許さないわ。」
「逃げて、なんかッ!」
「いいえ。悔し涙を浮かべるというのは、悔しがっていたから。まだ戦っている人間は悔しがらない。あなたはもう、負けを認めたようなものよ。」
図星だった。確信を突かれ、一瞬言葉が出なくなるが、それでも絞り出すように言葉を返す。
「なら、どうしたらいいんですよ! どうやったら良かったっていうんですか! どうやったら、俺は、あいつを……」
「知らないわ。私に頼ろうとしないで。」
俺の言葉をきっぱり返す。
「そもそも、私はやめろと言ったのよ。アルスではどうしようもないってね。」
「なら、なんで!」
「だけど、一度始めた戦いから逃げるのは許さないわ。」
冷静で、鋭い目が俺を貫く。
どうしたら、いいんだよ。やりようがねえだろ。
「アースが諦めてんですよ、もうどうしようもないですよ。」
「そんなの、関係ないわ。」
「は、あ?」
「他の一切の言葉なんて戯言とみなしなさい。相手が理不尽なら、自分も理不尽でありなさい。常識で物を考えるな。頭が固い。」
両手で俺の頭は捕まれ、更にお嬢様は顔を近付ける。
「夢が見つかったのでしょう?なら、決して逃がしてはならないわ。誰かに気を使う必要はない。貴方の夢は、それが許される夢よ。」
俺の、夢は。
「さあ、覚悟はできたかしら?」
ああ、はは。相変わらずお嬢様はぶっ飛んでる。普通じゃない。
だが、だからこそ俺はこの人に付いていきたいと思ったのだ。
「……お嬢様。」
「何?」
一つだけ、案が思いついた。あまりにも稚拙だし、リスクが大きすぎる策が。
だけど、上手くいけば完璧に事態を抑えられる。
「国を、敵にする覚悟はありますか?失敗したら、俺もお嬢様も豚箱行きですが。」
「安心しなさい。この一週間で、全員が覚悟を終えているわ。」
その言葉に、思わず笑みが零れる。
ああ、いい友ができた。前世で、たった一人しか友達がいなかった俺にしては上出来だ。
お嬢様は俺を背にして、扉へと進む。
「行くわよ、私の騎士。国を綺麗にしに行きましょう。」
「ええ。完璧に踊ってみせますよ。幕が下りるまで、一時たりとて休まずに。」
戦おう。命をかけて。
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