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第二章~学園にて王子は夢を見る~

8.授業開始

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 まるで夢から覚めるようにして体が起きる。
 背中が痛い。明らかにベッドとかの感触ではない。というか外がうるさい。頭痛がする。
 首絞められて死んだんだっけ。おいおい、あんな修羅場越えてきて死因がこれって笑えねぞ。

「起きなさい。」
「うげっ!」

 腹にお嬢様のつま先が突き刺さる。俺はその衝撃で目が覚めるが、手加減してくれたのか痛くはない。

「……もうちょっと、優しくしてくれてもいいんじゃないんですか?」
「私は育ってほしい人間は崖から突き落とすようにしてるの。」
「ライオンみたいなこと言わないでくださいよ。」

 俺は立ち上がりながら周りの状況を確認する。
 周りの人は既に魔法の練習をしており、アルドール先生がそれを見ていた。
 ここは恐らくは体育館だろう。多分そうだ。

「まさか、もう授業始まってますか?」
「そうよ。勝手に引きずってきたけど、文句はないわね。」
「いや、ありがたいですけども。」

 流石に初日から授業欠席はきつい。できれば参加したかったのは確かだ。

「なら、そろそろ始めるわよ。今やってることやめてさっさと集まって!」

 お嬢様のその呼びかけに魔法の練習をしていた三人がこっちに来た。
 一人はそもそも魔法の練習すらせずに気だるげにいる王子、アース。もう一人はルームメイトのガレウ。
 そして最後の一人が明らかにこちらに敵意を向ける少女。俺もその顔を見て思わず身構える。

「ほらそこ、大人しくなさい。特にティルーナ、あなたは加害者じゃないの。」
「このような軟弱物がフィルラーナ様の騎士など認めません!」

 随分と嫌われている。まあ俺も嫌い、というか怖いけど。初対面の人の首絞めてくる奴をどうやって好きになれと。

「取り敢えず、もう名前も知っているとは思うけど自己紹介をするわよ。ほら、ティルーナ。落ち着きなさい。」
「……分かりました。」

 しょぼくれたようにしてティルーナ、様? はお嬢様の後ろ辺りに下がった。
 そしてやっとという感じで、お嬢様が話し始める。

「アルス、貴方は寝てたから一応説明するわね。」
「お願いします。」
「昨日も言った通り、グループ毎に魔法の練習をしているのが今よ。今日は魔法発生の速度を上げる授業ね。」

 そう言われてみれば、確かに周りの生徒は魔法を出したり消したりを繰り返している。
 あれば発生速度を上げているのか。

「今すぐ魔法の練習に移りたい所だけど、このグループで少なくとも一年は授業を行うから、先に自己紹介をしておきましょう。」

 なるほど、確かにな。
 グループとかいうぼっち殺人制度があるのは置いておくとして、互いのことをよく知らずに一年も一緒に魔法の練習などできるはずもない。

「先に私から、と言っても私がこのグループを集めたのだから自己紹介の必要はないでしょうけど。」
「いいから早く言え、フィルラーナ。俺様はもう飽きてきた。」

 お嬢様が話している最中にアースがそう言って割り込む。お嬢様はこめかみに手を当て、ため息を吐く。
 なんか最近ため息を吐いてるお嬢様をよく見る気がする。

「フィルラーナ・フォン・リラーティナよ。知っての通り、リラーティナ公爵家の娘よ。私は火属性の魔法が得意だから、よろしく頼むわ。」

 簡潔にそう述べたのを聞いて、アースは頷いてそのまま話し始める。

「俺様はアース・フォン・グレゼリオン。グレゼリオン王国の第一王子だ。得意な属性はない、というかそもそも魔法は下手糞だ。よろしく頼む。」

 アースは何故か自信満々にそう言い切る。そしてお嬢様の後ろにいたティルーナ様が前に出る。

「ティルーナ・フォン・アラヴティナです。フィルラーナ様のメイドです。」
「違うわ。」
「メイドです! 得意な属性は木属性、回復魔法です。ですが、フィルラーナ様以外の人に回復魔法を使う気はないので、傷ができても自分で治してください。」

 そう言って分かりやすくそっぽを向いた。
 こいつ回復魔法の使い方間違ってるだろ。そもそも魔法使いに回復魔法って使う時あるか? 同じ後衛職なんだから。

「それじゃあ、僕も名乗らせて頂きます。ガレウ・クローバーです。僕は礼儀を知らないから、失礼なことをするかもしれないけどよろしくお願いします。」

 そう言っておどおどしくガレウは頭を下げる。
 この癖が強い面々の中でガレウが唯一の良心というものだろう。見ろ、この模範的な態度を。それに対して見ろ、この頭のおかしい奴らを。

「それじゃあ最後に、アルス・ウァクラートです。得意属性は特にないですが、幅広くできるので何かとお任せを。」

 そう言って俺も軽く頭を下げる。
 社会人として二十年近く生きてきたのだから、礼儀作法は多少は心得ているはずだ。十年期間が空いたがな。

「チッ!」
「……それじゃあ練習を始めるわよ。」

 おいあの女すごく分かりやすく舌打ちしたぞ。本当に貴族かよ。礼儀も作法もあったもんじゃない。

「各自、魔法起動の練習を開始しなさい。」

 その言葉と同時にそれぞれが魔法の練習を始める。俺も魔法を同時に三つぐらい展開させる。
 簡単な魔法なら大体3秒ぐらい。難しい魔法なら10秒は魔力を練る必要がある。これを限りなくゼロへ近付けることは、いざという時の対応力に直結する。だから重要度は割と高い。

 そもそも魔法というのは四つの手順を踏む必要がある。
 ①魔法を脳内で構築する。どの属性で、どの大きさで、どれぐらいの魔力で、どういう風に動くのか。ここが雑だと魔力制御の難易度が上がる。
 ②魔力を制御してその形にする。ここを失敗すると俺が昔やったみたいに魔力暴走を引き起こす。
 ③必要な分の魔力をその形に注ぎ込んで、しっかりとした形を与える。
 ④イメージに沿って発動する。
 大体はこんな感じ。
 使えば使うほど慣れていき、この工程は短くなったり②と③を同時に行えたりする。俺はイメージは得意だけど魔力制御が苦手だから遅い。

「アース、練習はしないのか?」

 アースはお嬢様が言ってからアースは偉そうに立ってるだけで一向に練習をしていなかった。まるでそれが当然の事かのように。

「ぬ、知らんのか。」
「知らないって、何が?」
「さっきも言っただろう。魔法は得意ではないし、下手糞だと。」

 自嘲するようにアースはそう言う。
 下手糞とはいえど、たがらといって練習しない理由にはならないはずだ。そんな俺の疑問をアースは直ぐに返した。

「ああ……そういえばシルード大陸の出だったな。ならば常識に疎いのも仕方あるまい。」
「勿体ぶるなよ、さっさと教えてくれ。」

 アースは指先に炎を灯す。
 第0階位の最も簡単な魔法、『点火イグニッション』であろう。
 それは不思議に揺らめきながら、アースの顔を照らす。

「展開速度は最速で10秒。発動できる魔法は第一階位まで。使える属性は火属性だけ。魔力は火球ファイアボール三発で尽きる。俺様にはおおよそ、才能という才能がない。」

 俺は絶句する。あまりにも魔法ができないからではない。
 その表情、言い方はまるで努力しても全くできなかったかのような。

「無能王子、俺様はそう言われている。」

 まるで他人事を語るようにそう言った。
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