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第一章~魔法使い見習いは夢想する~
4.右腕
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俺はその後、一室の部屋を借りてそこに荷物を置いた。
部屋は俺の想像以上にしっかりとしており、そこらの高級宿レベルの品質と言えよう。
旅疲れもあり、そのままベッドに飛び込んで眠りたい気分だったがなんとか堪える。そして俺は今はない右腕があった場所をさすった。
「なんとかして、これ治らないかなあ。」
不幸中の幸いと言うべきか、俺が両利きだったから致命的なレベルでの苦労はない。飯を食うのも文字を書くのも左手でできる。
だが、やはり不便だ。安定性に欠けるし、やはり細かなところでつらい。
何よりいつもあったものがないというのはそれだけで少し困る。
「失礼します、アルス様。食事の時間となりますが、お食べになられますか?」
「はい、行きます。」
そんなところで扉の外からアテナさんの声が響く。俺も腹が減っているので直ぐに立ち上がって扉を開ける。
「それでは着いてきてください。」
無機質な表情と声で彼女はそう言う。俺もそれに黙って着いて行く。
そしてふと気になる事があり、尋ねることとした。
「アテナさん、この右腕って治りますか?」
「なくなった経緯にも寄ります。差し支えなければ何があったかを教えてくれれば。」
アテナさんは振り返らずにそう言った。
「いや、単純に魔物に食われただけですね。他に何かあったわけじゃないです。」
「そうですか……なら、回復魔法での修復が可能かと思います。しかし部位欠損を治すレベルの回復魔法の使い手はこの街にはいませんね。どちらにせよ直ぐには治らないと思います。」
「ああ、治るんですね。よかった。」
治るんだったら問題ないか。
そもそも俺は魔法使いだ。腕がなくとも魔法は使えるし、生活の不便も俺が頑張ればなんとかなるというもの。
いつか治るというだけでやる気が出るというものだろう。
「しかし、私個人としては義手の装着をお勧め致します。」
「義手、ですか?」
「はい。魔法使いであるならばよく見ます。人によってはわざと腕を切り落としてまでつける人もいるぐらいです。魔力を活用した義手は定期的に魔力を補充する必要はありますが、その分色々なことに活用できるので便利ですよ。」
義手。そういう選択肢もあるのか。
確かに便利ではあるだろう。魔法の補助にもなるだろうし、いざという時は強力な魔法の媒体にもなる。だが、まあ。
「いえ、俺はいいですかね、別に。」
「それはどうして?」
「単に自分の右腕の方が気に入ってるだけですよ。機械の右腕というのは面白いかもしれませんが、やはり血が通った自分の右腕がいいというものです。」
「そうですか。差し出がましいことを言って申し訳ありません。」
「いえいえ、参考にはなりましたから。ありがとうございます。」
まだ右腕を捨てるには早い気がするのだ。どうせ戻るんだったらそれに越した事はない。やっぱり自分の体が一番いい。
「帰ってきたよー!」
歩いていると声が響く。随分と高くて元気な声だ。アテナさんは一度立ち止まって、それから振り返る。
「アルス様、ヘスティア様が帰って来ました。丁度、入り口の方に食事の場所がありますのでヘスティア様と合流する事となりますが構いませんか?」
「はい。」
「かしこまりました。中々、癖が強いお方ですがお気になさらぬよう。」
そう言って振り返り、歩いて行く。
歩きながら俺は少しずつ屋敷内の構造を把握していく。二階建ての建物で、基本的に一階は共用のものが多いっぽい。
そして俺がいた部屋が二階で、二階は恐らくだが居住スペースになっていると見て間違いないだろう。
「あ、アテナちゃん!」
その声が響くと同時に俺もその姿を捉える。
鮮やかな茶色の短い髪と目をしている。服装はいわゆる村娘そのものであり、アルテミスさんやアテナさんを見た後だとどこか普通な女の子な気がしてならない。
手には布でできた袋を持っており、少し膨らんでいることから先ほど買い物に行っていたのだろう。
その少女はこちらに向かってもの凄い勢いで走ってきて、そしてアテナさんに抱きついた。アテナさんもそれでバランスを崩すことなく難なく受け止める。
互いの信頼があってこそ出来ることだろう。
「あれ、あれあれ。この子誰?」
そしてやっと俺に気付いたのか。不思議そうな顔で一度俺を見て、そして尋ねるようにしてアテナさんを見る。
仕草が既に感情豊かなのが伝わってくる。
さっきからピクリとも表情筋が動かないアテナさんとは大違いだ。
「ヘルメス様が連れてきたアルス・ウァクラート様です。」
「え、誘拐!? 遂にヘルメスがやらかしたの!?」
「違います。互いに了承の上です。」
遂にとかいう言葉でヘルメスへの信頼のなさが窺える。
俺の判断はどうやら間違っていなかったらしい。
「あ、そっかあ。まあヘルメスだしそう思っても仕方ないよね!」
「はい。オリュンポスきっての『悪童』ですから。」
「だよねえ。あ、そうだアルス君! 初めまして! 私ヘスティアって言うの! よろしくね!」
声が大きい。その高くて響く声は否応なく俺の耳に届く。
そしてヘスティアは手を差し出す。俺も少し遅れてその手を掴み、握手の形となる。その瞬間に俺は引っ張られ、そのまま抱きしめられる。
「可愛い子だね! 孤児院にこれから連れて行くの? デメテルが帰ってくるのはかなり先だろうけど、大丈夫なの?」
「いえ、アルス様は魔法使いですのでその必要はありません。ヘルメス様が言うには一週間後の護衛依頼に同行させ、ファルクラム領へ行かせるそうです。そこに用があるとの事で。」
「ええ! じゃあいつ腕を治してあげるの!」
「……そうですね。暇な時や寄った時にでもデメテル様にお願いしましょう。」
「そっか、良かった!」
かなりの力と体格差で抱き着かれているので、普通に苦しい。
というか、腕がない事への受け入れが早いな。しょっちゅう見た事があるみたいな反応をしているけど。
トップクランにもなってくると重症なんてよくある事なのだろうか。
「そろそろ離した方が良いかと。苦しそうです。」
「あ、ごめんね。考えた事を直ぐにしちゃうの。だからもうやらない保証はできないね!」
アテナさんの指摘でようやっと俺は解放された。
しかし、悪びれる様子は一切なく、元気にまたやるかもしれないと宣言している。
「よく……初対面でそんなに親しげにできますね。」
「うん! 悪い子じゃないのは見れば分かるしね!」
なるほど、これは個性が強い。子供の精神のまま大人になったかのような女性だ。
いくら子供の身とはいえ、女性の手から逃れることさえできないのか。鍛えた方がいいかもなあ。だけど筋トレとかって疲れるんだよ。
「ああ、そうだ。さっき言ったデメテルっていう子はね、オリュンポスのメンバーの一人なの。今はちょっと遠い所に行ってるんだけど、アルス君の腕を治すようにお願いしとくから。」
「いや、別にそこまでしてくれなくても。」
「腕がないと大変でしょ! 大丈夫、お姉さんに任せなさい!」
あ、人の話を聞かないタイプだ。いや、治してくれるのはありがたいけど。最悪、大金払ってでもなんとかするつもりだったしな。
そのデメテルさんに頼めば無料で治してくれるんだろうか。
「それじゃあ食事にしようか! アテナちゃん、料理できてる?」
「はい、直ぐにでも用意できます。」
「それじゃあ食べよう! 腹が減っては戦はできぬ、って言うしね!」
そう言ってヘスティアさんは先陣を切って進んで行った。
部屋は俺の想像以上にしっかりとしており、そこらの高級宿レベルの品質と言えよう。
旅疲れもあり、そのままベッドに飛び込んで眠りたい気分だったがなんとか堪える。そして俺は今はない右腕があった場所をさすった。
「なんとかして、これ治らないかなあ。」
不幸中の幸いと言うべきか、俺が両利きだったから致命的なレベルでの苦労はない。飯を食うのも文字を書くのも左手でできる。
だが、やはり不便だ。安定性に欠けるし、やはり細かなところでつらい。
何よりいつもあったものがないというのはそれだけで少し困る。
「失礼します、アルス様。食事の時間となりますが、お食べになられますか?」
「はい、行きます。」
そんなところで扉の外からアテナさんの声が響く。俺も腹が減っているので直ぐに立ち上がって扉を開ける。
「それでは着いてきてください。」
無機質な表情と声で彼女はそう言う。俺もそれに黙って着いて行く。
そしてふと気になる事があり、尋ねることとした。
「アテナさん、この右腕って治りますか?」
「なくなった経緯にも寄ります。差し支えなければ何があったかを教えてくれれば。」
アテナさんは振り返らずにそう言った。
「いや、単純に魔物に食われただけですね。他に何かあったわけじゃないです。」
「そうですか……なら、回復魔法での修復が可能かと思います。しかし部位欠損を治すレベルの回復魔法の使い手はこの街にはいませんね。どちらにせよ直ぐには治らないと思います。」
「ああ、治るんですね。よかった。」
治るんだったら問題ないか。
そもそも俺は魔法使いだ。腕がなくとも魔法は使えるし、生活の不便も俺が頑張ればなんとかなるというもの。
いつか治るというだけでやる気が出るというものだろう。
「しかし、私個人としては義手の装着をお勧め致します。」
「義手、ですか?」
「はい。魔法使いであるならばよく見ます。人によってはわざと腕を切り落としてまでつける人もいるぐらいです。魔力を活用した義手は定期的に魔力を補充する必要はありますが、その分色々なことに活用できるので便利ですよ。」
義手。そういう選択肢もあるのか。
確かに便利ではあるだろう。魔法の補助にもなるだろうし、いざという時は強力な魔法の媒体にもなる。だが、まあ。
「いえ、俺はいいですかね、別に。」
「それはどうして?」
「単に自分の右腕の方が気に入ってるだけですよ。機械の右腕というのは面白いかもしれませんが、やはり血が通った自分の右腕がいいというものです。」
「そうですか。差し出がましいことを言って申し訳ありません。」
「いえいえ、参考にはなりましたから。ありがとうございます。」
まだ右腕を捨てるには早い気がするのだ。どうせ戻るんだったらそれに越した事はない。やっぱり自分の体が一番いい。
「帰ってきたよー!」
歩いていると声が響く。随分と高くて元気な声だ。アテナさんは一度立ち止まって、それから振り返る。
「アルス様、ヘスティア様が帰って来ました。丁度、入り口の方に食事の場所がありますのでヘスティア様と合流する事となりますが構いませんか?」
「はい。」
「かしこまりました。中々、癖が強いお方ですがお気になさらぬよう。」
そう言って振り返り、歩いて行く。
歩きながら俺は少しずつ屋敷内の構造を把握していく。二階建ての建物で、基本的に一階は共用のものが多いっぽい。
そして俺がいた部屋が二階で、二階は恐らくだが居住スペースになっていると見て間違いないだろう。
「あ、アテナちゃん!」
その声が響くと同時に俺もその姿を捉える。
鮮やかな茶色の短い髪と目をしている。服装はいわゆる村娘そのものであり、アルテミスさんやアテナさんを見た後だとどこか普通な女の子な気がしてならない。
手には布でできた袋を持っており、少し膨らんでいることから先ほど買い物に行っていたのだろう。
その少女はこちらに向かってもの凄い勢いで走ってきて、そしてアテナさんに抱きついた。アテナさんもそれでバランスを崩すことなく難なく受け止める。
互いの信頼があってこそ出来ることだろう。
「あれ、あれあれ。この子誰?」
そしてやっと俺に気付いたのか。不思議そうな顔で一度俺を見て、そして尋ねるようにしてアテナさんを見る。
仕草が既に感情豊かなのが伝わってくる。
さっきからピクリとも表情筋が動かないアテナさんとは大違いだ。
「ヘルメス様が連れてきたアルス・ウァクラート様です。」
「え、誘拐!? 遂にヘルメスがやらかしたの!?」
「違います。互いに了承の上です。」
遂にとかいう言葉でヘルメスへの信頼のなさが窺える。
俺の判断はどうやら間違っていなかったらしい。
「あ、そっかあ。まあヘルメスだしそう思っても仕方ないよね!」
「はい。オリュンポスきっての『悪童』ですから。」
「だよねえ。あ、そうだアルス君! 初めまして! 私ヘスティアって言うの! よろしくね!」
声が大きい。その高くて響く声は否応なく俺の耳に届く。
そしてヘスティアは手を差し出す。俺も少し遅れてその手を掴み、握手の形となる。その瞬間に俺は引っ張られ、そのまま抱きしめられる。
「可愛い子だね! 孤児院にこれから連れて行くの? デメテルが帰ってくるのはかなり先だろうけど、大丈夫なの?」
「いえ、アルス様は魔法使いですのでその必要はありません。ヘルメス様が言うには一週間後の護衛依頼に同行させ、ファルクラム領へ行かせるそうです。そこに用があるとの事で。」
「ええ! じゃあいつ腕を治してあげるの!」
「……そうですね。暇な時や寄った時にでもデメテル様にお願いしましょう。」
「そっか、良かった!」
かなりの力と体格差で抱き着かれているので、普通に苦しい。
というか、腕がない事への受け入れが早いな。しょっちゅう見た事があるみたいな反応をしているけど。
トップクランにもなってくると重症なんてよくある事なのだろうか。
「そろそろ離した方が良いかと。苦しそうです。」
「あ、ごめんね。考えた事を直ぐにしちゃうの。だからもうやらない保証はできないね!」
アテナさんの指摘でようやっと俺は解放された。
しかし、悪びれる様子は一切なく、元気にまたやるかもしれないと宣言している。
「よく……初対面でそんなに親しげにできますね。」
「うん! 悪い子じゃないのは見れば分かるしね!」
なるほど、これは個性が強い。子供の精神のまま大人になったかのような女性だ。
いくら子供の身とはいえ、女性の手から逃れることさえできないのか。鍛えた方がいいかもなあ。だけど筋トレとかって疲れるんだよ。
「ああ、そうだ。さっき言ったデメテルっていう子はね、オリュンポスのメンバーの一人なの。今はちょっと遠い所に行ってるんだけど、アルス君の腕を治すようにお願いしとくから。」
「いや、別にそこまでしてくれなくても。」
「腕がないと大変でしょ! 大丈夫、お姉さんに任せなさい!」
あ、人の話を聞かないタイプだ。いや、治してくれるのはありがたいけど。最悪、大金払ってでもなんとかするつもりだったしな。
そのデメテルさんに頼めば無料で治してくれるんだろうか。
「それじゃあ食事にしようか! アテナちゃん、料理できてる?」
「はい、直ぐにでも用意できます。」
「それじゃあ食べよう! 腹が減っては戦はできぬ、って言うしね!」
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