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髪
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「あれ、髪切ってきたんだ」
今朝家を出る時には、肩下まで伸びた金髪を揺らして自分を見送っていた麗生。それが、ばっさりとベリーショートになっている。
あまりの変わりように驚いて素っ気ない口調になってしまった真実を気にした様子もなく、麗生は「そー、似合うでしょ」と歯を見せてにっこり笑う。
「いやまあ似合うけど・・・何でそんな、ばっさり」
「こっちの方がまぁさんと歩いた時"恋人”ぽいかなって。この前路チュー見られて面倒だったことあったでしょ? この頭のシルエットだったらワンチャン男に見えるし?」
「はぁ……と言うかあれは……そもそも公共の場でしてくんなって感じだったけど」
よくよく見ると、いつもはタンクトップと短パンで惜しげもなく露出している柔らかそうな(実際に柔らかい)肌が、オーバーサイズの黒いトレーナーでゆったりと隠されている。髪型のインパクトに目を奪われていたが、確かに今の麗生は遠目に見ると男性的に見えなくもない。
実のところ、麗生が首を傾げた時にサラッと横に流れたり、覆いか被さって来た時に視界を満たす金色のカーテンが真実は好きだったので、少し残念な気もした。
「……レオあんた、男になりたいとか、かっこよくなりたいとかあったっけ」
「無いよ? まぁさんも知ってるでしょ私の黒歴史」
彼女の言う"黒歴史”というのは恐らく、麗生が成人する前頃、ビジュアル系バンドに入れ込んでゴスロリファッションに目覚めていた事だろう。黒いミニスカートのドレスを着て、ぬいぐるみなのかリュックなのかよくわからないものを背負って街を練り歩く姿は真実にとっては不思議で、ひたすら理解不能だった。あの時はそう、同担に舐められないためとかどうとか言っていたか。
あれは多分、彼女なりの推しが望む"強めな女の子らしさ”を追求した結果だったのだろう。あの時の麗生は可愛くなりたくて必死だったという印象だ。
なるほど。と、真実は腑に落ちた。十年間近く一緒にいた恋人の内面について、ここにきて新しい気付きを得た感覚だ。
――つまるところ、彼女は流されやすい人間なのだ。
こんな自己主張の強そうな外見ばかりしておきながら、その理由は常に他者に依存している。
しかもきっと、それは愛されたい相手を思ってのことでありながら、真に相手のためではない。
私の為であって、私の為じゃない。
そう思うと真実の中にぐるぐると不満が渦巻き、腹が立ってくる。
「呆れた」
「はあ!?」
瞬発力抜群に反応して腰を上げかけた麗生の膝に手をかけ、真実はそのまま斜めに体重もかけ、ころんと横に寝かせる。
何だ何だと目を白黒させている麗生の上にのしかかり、両頬に手を添えて指先でつまんだ。ケアにいくらかけているのか分からない肌は、いつ触ってもモチモチしていて触り心地が最高だ。
「私、カッコいい女の子と付き合いたいとか言った事ある?」
「……ない」
「じゃあそれ、誰のためのイメチェンなの」
「……」
「私のためって思った?」
「まぁさんのため、だし」
「そう。じゃあレオはどっちを想像した? 隣を歩いてる私と、私とレオが並んでる後姿、どっち?」
「……」
「……そういう意味での他人の目、私が気にしてるって言った事ある?」
一度言葉にしたら止まらない。1から10まで口に出してしまうのは、真実が自覚する自分の悪い癖だ。教師なんて仕事をするのに、あまりに向いていない性質と思う。
気付くと、うちに麗生の表情が強張って、目じりが湿り気を帯びていた。
あ、やばい。
そう思って麗生の頬から慌てて手を引いた時には、見開かれた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「何でそんな事言うの……?」
「あ……いや」
「まぁさんは強いけどあたしは弱いから気になるんだもん。あたしらの事、何も知らない奴らに好き勝手に変な目で見られたくないんだもん。…………う、何も気にしないで、まぁさんと一緒にいたいって……思って」
ぐずぐずと啜りながら、麗生は両腕で顔を隠してしまう。
麗生の泣き顔は、正直言って汚い。啜り切れなか鼻水が少し垂れているし、唇の端には涎が溜まっている。幼児のように哀れっぽい、罪悪感を掻き立てられる痛々しい泣き顔だ。
これはもう、自分が、真実が悪い。完全に言い過ぎた。
けれど口に出したのは全部本心で、それを今更違うとは言えない。どうしたって嘘が付けないのが、真実が背負った名前の呪いのようだった。
仕方なく、真実は『11から20まで』言葉にすることを決心する。
「聞いて麗生」
「ひっぐ……う?」
「あんた…あなたが私と一緒にいるために、色々考えてくれてるのは分かってる、伝わってる。嬉しいし、すごい可愛いなって思うの」
「……んん」
「でも誰かから何か言われないために私たちが変わらなきゃいけないってのは、ちょっと違うからね。あなたはとっても繊細だから、他人の意見を純粋に吸い込んで傷ついちゃう事がある、と、私は思う」
「そう、そうかなぁ」
「うん。……でもそういう時は、思いつめる前に私に言って」
首元からじわじわと熱が上がってきて、頬が火照るのを感じる。自分が凄く恥ずかしことを言っているのがわかる。
「言ったら、どうするの……?」
ちら、麗生の真っ赤な目が腕の隙間からこちらをうかがう。
「――あなたを、愛している、私の気持ちと考えも聞かせるから、それを吸い込んで。ええと、つまり……私たちの事を何も知らない他人に左右されないでって事で……どこまで言わされるの、コレ」
「……んふふ、情熱的。もっと言って」
今度こそ、麗生の腕の目隠しが完全に外された。真っ赤な顔が二つ、向かい合い、熱っぽく視線が合わさる。
「私たちがなりたい方に進んでいければ、私は幸せだし……って話」
「あは、まぁさん最高じゃん」
これでもかと言う程愛を暴露させられたのぼせ顔と、へにゃりと笑った泣き顔が近づく。
麗生の腕が、真実の首の後ろに回った。
今朝家を出る時には、肩下まで伸びた金髪を揺らして自分を見送っていた麗生。それが、ばっさりとベリーショートになっている。
あまりの変わりように驚いて素っ気ない口調になってしまった真実を気にした様子もなく、麗生は「そー、似合うでしょ」と歯を見せてにっこり笑う。
「いやまあ似合うけど・・・何でそんな、ばっさり」
「こっちの方がまぁさんと歩いた時"恋人”ぽいかなって。この前路チュー見られて面倒だったことあったでしょ? この頭のシルエットだったらワンチャン男に見えるし?」
「はぁ……と言うかあれは……そもそも公共の場でしてくんなって感じだったけど」
よくよく見ると、いつもはタンクトップと短パンで惜しげもなく露出している柔らかそうな(実際に柔らかい)肌が、オーバーサイズの黒いトレーナーでゆったりと隠されている。髪型のインパクトに目を奪われていたが、確かに今の麗生は遠目に見ると男性的に見えなくもない。
実のところ、麗生が首を傾げた時にサラッと横に流れたり、覆いか被さって来た時に視界を満たす金色のカーテンが真実は好きだったので、少し残念な気もした。
「……レオあんた、男になりたいとか、かっこよくなりたいとかあったっけ」
「無いよ? まぁさんも知ってるでしょ私の黒歴史」
彼女の言う"黒歴史”というのは恐らく、麗生が成人する前頃、ビジュアル系バンドに入れ込んでゴスロリファッションに目覚めていた事だろう。黒いミニスカートのドレスを着て、ぬいぐるみなのかリュックなのかよくわからないものを背負って街を練り歩く姿は真実にとっては不思議で、ひたすら理解不能だった。あの時はそう、同担に舐められないためとかどうとか言っていたか。
あれは多分、彼女なりの推しが望む"強めな女の子らしさ”を追求した結果だったのだろう。あの時の麗生は可愛くなりたくて必死だったという印象だ。
なるほど。と、真実は腑に落ちた。十年間近く一緒にいた恋人の内面について、ここにきて新しい気付きを得た感覚だ。
――つまるところ、彼女は流されやすい人間なのだ。
こんな自己主張の強そうな外見ばかりしておきながら、その理由は常に他者に依存している。
しかもきっと、それは愛されたい相手を思ってのことでありながら、真に相手のためではない。
私の為であって、私の為じゃない。
そう思うと真実の中にぐるぐると不満が渦巻き、腹が立ってくる。
「呆れた」
「はあ!?」
瞬発力抜群に反応して腰を上げかけた麗生の膝に手をかけ、真実はそのまま斜めに体重もかけ、ころんと横に寝かせる。
何だ何だと目を白黒させている麗生の上にのしかかり、両頬に手を添えて指先でつまんだ。ケアにいくらかけているのか分からない肌は、いつ触ってもモチモチしていて触り心地が最高だ。
「私、カッコいい女の子と付き合いたいとか言った事ある?」
「……ない」
「じゃあそれ、誰のためのイメチェンなの」
「……」
「私のためって思った?」
「まぁさんのため、だし」
「そう。じゃあレオはどっちを想像した? 隣を歩いてる私と、私とレオが並んでる後姿、どっち?」
「……」
「……そういう意味での他人の目、私が気にしてるって言った事ある?」
一度言葉にしたら止まらない。1から10まで口に出してしまうのは、真実が自覚する自分の悪い癖だ。教師なんて仕事をするのに、あまりに向いていない性質と思う。
気付くと、うちに麗生の表情が強張って、目じりが湿り気を帯びていた。
あ、やばい。
そう思って麗生の頬から慌てて手を引いた時には、見開かれた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「何でそんな事言うの……?」
「あ……いや」
「まぁさんは強いけどあたしは弱いから気になるんだもん。あたしらの事、何も知らない奴らに好き勝手に変な目で見られたくないんだもん。…………う、何も気にしないで、まぁさんと一緒にいたいって……思って」
ぐずぐずと啜りながら、麗生は両腕で顔を隠してしまう。
麗生の泣き顔は、正直言って汚い。啜り切れなか鼻水が少し垂れているし、唇の端には涎が溜まっている。幼児のように哀れっぽい、罪悪感を掻き立てられる痛々しい泣き顔だ。
これはもう、自分が、真実が悪い。完全に言い過ぎた。
けれど口に出したのは全部本心で、それを今更違うとは言えない。どうしたって嘘が付けないのが、真実が背負った名前の呪いのようだった。
仕方なく、真実は『11から20まで』言葉にすることを決心する。
「聞いて麗生」
「ひっぐ……う?」
「あんた…あなたが私と一緒にいるために、色々考えてくれてるのは分かってる、伝わってる。嬉しいし、すごい可愛いなって思うの」
「……んん」
「でも誰かから何か言われないために私たちが変わらなきゃいけないってのは、ちょっと違うからね。あなたはとっても繊細だから、他人の意見を純粋に吸い込んで傷ついちゃう事がある、と、私は思う」
「そう、そうかなぁ」
「うん。……でもそういう時は、思いつめる前に私に言って」
首元からじわじわと熱が上がってきて、頬が火照るのを感じる。自分が凄く恥ずかしことを言っているのがわかる。
「言ったら、どうするの……?」
ちら、麗生の真っ赤な目が腕の隙間からこちらをうかがう。
「――あなたを、愛している、私の気持ちと考えも聞かせるから、それを吸い込んで。ええと、つまり……私たちの事を何も知らない他人に左右されないでって事で……どこまで言わされるの、コレ」
「……んふふ、情熱的。もっと言って」
今度こそ、麗生の腕の目隠しが完全に外された。真っ赤な顔が二つ、向かい合い、熱っぽく視線が合わさる。
「私たちがなりたい方に進んでいければ、私は幸せだし……って話」
「あは、まぁさん最高じゃん」
これでもかと言う程愛を暴露させられたのぼせ顔と、へにゃりと笑った泣き顔が近づく。
麗生の腕が、真実の首の後ろに回った。
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