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ChapterⅧ:FinalZone

No145.Tearful farewell

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 「約束……破ってしまったな……。ただ…望んだ世界には………なったはず……。」

 「……違うよ…私達が望んでいた平和は……!……命を削って造るものじゃなかった……。」

 弱々しく泣く葵を腕の中にして、俺の温度は消える。そして、意識がフェードアウトしていく。
 気配に気が付いた俺は、その方角に目を向けて言った。

 「愛沙。」

 「は…はい。」

 「……葵を任せた。」

 「…分かった。」

 そうして、また別の方向へと言葉を飛ばした。

 「隠れるな。歪…。」

 「ッ!兄上……。」







 物陰で見ていた俺であったが、兄上にそう声を掛けられ、姿を現した。
 道中でいつもの運転手を発見してここまで急ぎで来たが、到着寸前に大爆発が起き、着いた頃にはこうなっていた。
 俺は恐る恐る声を掛けようとした。すると兄上が遮るように言った。

 「猶予が無い。黙って聞け。」

 その言葉に従い、俺は言葉を飲み込んだ。

 「歪……お前なら大丈夫だ。しっかり陰で見ていたぞ。……お前の成長を。それと一言、……“人生は逆風が吹き荒れる。ただ、先に進まなければ無抵抗に壊されてしまう。”……俺達Enterは道に火を灯してきた。それをどう変えるかは、お前達“次世代”が決める事だ。……ありがとう、共に戦ってくれて。……お前は俺の弟だ。」

 「兄上……!…次世代の事は任せて。もう、……こんな屈辱的な世界に成らぬよう、尽力する。」

 「……ああ。」

 悲しさは特に無い。それは人の心が無いのではなく、信託された者の決意表明のような感情に塗り替えられているからだ。
 彼を俺は本当に尊敬している。自己犠牲を肯定できる行為とは思えないが、否定する事も出来ない。
 尽くす事。それが彼の教えてくれた教訓だと思っている。







 「葵……。」

 「…どうしたの?」

 「……愛してる。死んでも…な……。」

 「……えへへ…私もだよ………。」

 残された時間は僅かだと言うのに、沈黙が流れる。静かな夜明け時、涙が零れ落ちる音と、密着しているからか呼吸だけが聞こえる。
 心地良い。音…それは生きている存在だけが感じられるもの。心を和らげる時もあれば、不快にさせる時だってあるもの。
 音だって、心理的なものかもしれないと、共鳴するものかもしれないと、…思ってしまった。

 「葵……不完全燃焼で死ぬ…な……よ…。何年でも…待ってる……か……ら……。」

 「ッ!薔羨!薔羨!……分かった。私もずっと愛し続けるからね。…待っててよ。」







 真っ暗な空間。これが黄泉の世界とやらか。何故、俺は本来地獄行きが妥当なはずだ。

 『薔羨。』

 そう声が聞こえ、振り返ると光の粒が集まってあの伝説の男の姿が現れた。

 「……慈穏…?」

 そう、旧神話。華隆慈穏だ。

 「はは……死後は夢でも見続けるのか?……ここは本来俺の居ていい場所じゃない。大罪人は、報われるべきじゃないんだ。」

 すると、慈穏?は首を横に振って口を開いた。

 『お前は大罪人なんかじゃない。薔羨。』

 「それは……俺が決める事だ。お前に言われる筋合いは……」

 『それと同時に、多くの人も救っている。俺にはそれが感じられる。葵は勿論の事、愛沙も月歌も、要も黄牙も。……その他だって…。』

 「相変わらずのお人好しだ……。まぁ、お前に言われるなら、否定は出来ないな。」

 『薔羨………本当にお疲れ様。これからはこっちの側で見守ろう。日本の…世界の行く末を……。』

 「あぁ……そうだな。」







 兄上……聖薇薔羨は、愛されながら死亡した。ずっと堪えていた涙が、零れ落ちる。
 これは果たしてバッドエンドと言えるのかなんてのは、彼だったら否定するだろう。
 
 「兄上……ありがとう。兄上の遺した道標……絶対に無駄にはさせない…!」

 俺は……俺達は前を向かなければならない。振り返ったって何も変わらないから。常に何らかの使命を持って、尽くす為に生きなければならないから。
 それも一つの価値に過ぎないが、俺はその兄上の価値観が好きだ。
 
 「……帰ろう。彼女の元へ。」
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