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ChapterⅦ:Candle

No109.True intention

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 火が散る。地獄と化した長い廊下を、走り抜ける。

 「一体何処に……。」

 そう呟いて先導していると、敵意のある視線を感じ取った。スナイパーの感覚だが、今ここにいるメンバーに狙撃手は自分しかいない。
 
 「ッ!伏せろ!」

 「ッ!」

 そう指示して、彼女の背中を下に倒し、自分自身も下に倒れ込んだ。
 身体が傾いている最中にハンティングライフルを手に取り、着地と同時に発砲した。
 
 「怪我は無い?」

 「うん。大丈夫……。」

 今は一人できてくれたから対処できたけど、複数に囲まれた時に守りながら戦うのは流石に難しいかもしれない。
 ただ、それでもやるしかない。やると決めたからには。最後まで護衛しなければならない。
 最悪のシナリオは燈花と遭遇する事。そこは先輩方に任せるしかなくなる。少なくとも、彼女らを避難させるまでは。

 「……耳を澄ませ。気配、気配を。」

 殺気がまだ充満している。同じ階層に少なく見積もっても後六人は居そうだ。
 ただ、ここで異変が起きた。

 「夜空君……火の勢い、増してない?」

 「ッ!……本当だね。……ずっと燃え続けているし、三階崩落も近いかも。」

 外から空気をずっと吸っていたのか、火は勢いを急激に強めた。足元に火花が飛び散る。
 他の校舎からは爆発音も聞こえる。一体何が起こっているのかは分からないけど、自分は明璃を救出する事をまず最優先に集中する。
 要さんが、どうにかしてくれるはず。






 正面校門から堂々と現れた燈花を先頭にした軍隊。火災発生から既に五十分。
 校舎が広いため未だに全焼はしていないが、ボロボロになり始める頃、“追い打ち”が来た。
 グラウンドでショットガンを連射する燈花の奴隷達。混乱に陥る生徒や教師。その形相はまさに“混沌”と言うに相応しい。
 
 「皆さん!落ち着いて下さい!落ち着いて移動を………ッ!」

 「校長ってお前?」
  
 場の冷静さを保つべく、校長は声を上げるが、後頭部に銃口を突きつけられている事を自覚し、失神した。

 「雑魚は困るな。銃口向けられた如きで死んで。さっさと火葬してやんないとなぁ!」

 そう罵声を上げ、燈花は倒れた校長に向けて火炎瓶を投げつける。
 そしてマイクを取り上げ、式台の上に立った。

 「我々生命再起会は、この国をさらなる成長へと導く!喜べ。お前らが……最初の襲撃に遭う民間人となる!ふはっ……ふははは!」

 生存者の恐怖心を煽り尽くした燈花は、玄関から校舎内へと入っていった。
 外にいる生徒達は場所を変えようとするが、火の壁が立ち塞がる。慌てふためくうちに、一発、また一発と致命傷を負っていった。

 「あぁっ!」

 「うわぁっ!」

 夕暮れ始める燃え滾る校舎に残響する断末魔と悲鳴。バタバタと人が倒れていく。
 一人の生徒が完全に背後を取られ、引き金を引かれた。彼は、死を悟っただろう。

 「うぅ……あれ?俺まだ……。」

 身体が急に軽くなり、横たわっていた生徒が目を開くと、二丁拳銃を持った同年代の男が、背を向けて立っていた。

 「無事か?」

 「貴方は……。」

 「特殊警察みたいなものだと思ってくれ。大丈夫だ。これ以上、犠牲者は出させない。」







 暗殺者という奴の同業者が、よくも特殊警察を名乗れたものだ。いや、燈花はテロリストに近い思考を持つ。あながち、間違いでは無いのかもしれない。
 敵を全員無視し、いち早くこの場所に来たが、正解だった。この様子だと、四人だと手が負えていないように感じる。
 撫戯は道中の連中に絡まれながらになるから到着が遅れると思うが、死ぬ事は早々無い。
 
 「し……白薔薇だ!撃て!」

 一人の燈花の手駒がそう言うと、続々と集まってきた。
 そして、包囲して発砲してきた。

 「道中の奴と変わらないか。………俺は、“曲がった奴”には容赦しない主義にシフトしたから。」

 そう吐き捨て、俺は地を蹴り跳躍し、上から順に、リズミカルに敵を撃ち抜く。
 着地後、隊列を乱すように隙間を縫いながら、左右に構えた引き金を引き、次々に命を刈り取る。
 薊に遭遇した時、兄上の過去の話を聞いた時、俺はようやく自覚した。
 もう、この社会は腐りきっているのだと。生きるか死ぬか。そんな世界を正しい方向に導くためには、甘えた手段は使えないのだと。
 我々人間は愚かだ。二度犯した過ちを、再び使うのだ。こうせざるおえない状況を作り出すのだ。

 「まとめて来い。白薔薇が全て還す。」

 俺もこんな大口を平気で叩けるほどには、兄上との再開を通して考え方が変わった。
 己の本能に忠実に従って動かなれば、全て壊され、心が壊れる。それを、自己私欲では無く、守るべき存在を原動力にしただけだ。







 ただ死を待つだけの時間。時間と共に、状況は悪くなる一方。自力で脱出出来ないなら、もう無理なのかも。そう思うと、涙すら出ない。
 
 「本当に……何でこんなにもから回っちゃったんだろう……。」

 後悔を通り越して、いい加減“諦め”が着いてしまう。
 お姉ちゃんは幼馴染みに優しくされて、国民的なアイドルにまでなってしまった。
 妹としてそれは誇らしかったけど、色々複雑になってしまった。
 中々家には帰ってこないし、両親も仕事柄家を開ける事が多かった。

 「孤独らしく……死ぬんだよ…ね……。社交でしか無かったよ。私の……関係は…」

 すると、天井が限界を迎えたようで、燃え尽きた天井が落下してきた。逃げる気力もないよ。もう、死を覚悟してたから。
 それでも怖くて、私は目を閉じる。





 「………?」

 身体が軽い。風を感じる。すると、声がする。

 「良かった。生きてて。」

 「ッ!……夜空…君?」

 その声を聞いて、私は涙がこみ上げてきた。





 道中、科学準備室から人の気配を感じ取り、同級生を背負って一目散にそこを向かった。
 しかし、火が立ち塞がっており時間にも余裕が無かったから、扉の窓から見えるシルエットを頼りに狙撃し、窓ガラスを割りながら扉を壊れやすくした。
 それにタックルして強行突破し、走りながら明璃を抱き留め割れた窓から落下したのだ。
 かなり無茶したが、全員無事なようだ。

 「助けにきてくれたの……?こんな状況なのに…?」

 「……そうだよ。暗殺者と殺し屋の違いって分かる?」

 自分がそう問うと、明璃と同級生はキョトンとしていた。

 「狡い人間かそうでないか。狡い人間が感情に忠実になれば、論理では無くなる。……本意から成る“根性”が発現すると、自分は思ってる。」

 「あはは……何それ……。」

 「……ひとまず、夕憧の所に逃げて。そしたら、一時安全は保たれると思う。」

 「夜空君は……命を懸けに行くんだよ……ね?」

 「……。」

 まだ解決では無い。銃声も活発になっているし、ここからが本場なんだ。
 そう黙り込んでいると、明璃は背伸びして、耳元で囁いた。

 『かっこつけないで、本意で出してきてね。』 

 「ッ!……分かってる。」

 そう冷たく照れ隠しのように吐いて、自分はハンティングライフルを片手に燃え滾る校舎内に戻る。
 凍白一族として暗殺者をやってきていた。つまり不本意な人生だった。
 だけど、今は違う。この騒動の主犯を殺したいという心は……本意だ。

 
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