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ChapterⅦ:Candle

No107.Hell School

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 帰宅ラッシュ直前に起きた火災。現場は物々しい雰囲気である。火は校内に留まらず、燃え広がって周囲の建物にも影響を及ぼした。
 人々は混乱し、正常な判断力を失うほどの原因不明の大爆発。テロを疑う生徒だってきっと居るだろう。
 火災発生から五分が経過するが、グラウンドへの避難はまだまだ済んでいない。校舎内には炎の壁がじわじわと迫っており、通行止めになっている箇所がいくつもある。外からじゃ全く状況が読めないのだ。

 「大変な事になっているね……ごめん。ちょっとトラウマが蘇っちゃったかも。」

 巨大な火柱への距離が近くなるにつれ、後ろから聞こえる呼気が、恐怖に飲まれているのが分かる。
 俺はそっとこう言った。

 「大丈夫だよ。防火服も着用しているし、最も命の危険がある事は俺がする。外から見た感じ、まだ中に取り残されている人も多そうだ。その人達の安否を確認して、グラウンドまで導いてあげて。」

 「離れ離れになっちゃうの?」

 「一瞬は……心配しないで。」

 安心させるためとは言え、俺もよくこんな口が聞けたものだ。
 あの災厄に戸惑い、無駄死にしかけたくせして、また自ら飛び込もうとしている。正直、俺だって不安は抱いている。
 だけど、あの頃の俺とは違う。何も成し遂げられなかった、俺とは。
 そうこう考えていると、裏口に着いた。俺はバイクの座席下から凍白の武装を取り出し、窓を撃ち割った。
 そして、待ち合わせの座標へと向かう。







 「凍白パス。」

 そう言って、武器を投げる。そして彼らはそれをキャッチした。

 「校内の状況は?」

 「敵は見つかっていません。ただ、火の迷宮と化しているようです。全然避難が追いついていません。」

 「あの時みたくか。……月歌と夕憧で救出を行い、夜空と後から合流する歪、撫戯で警戒する。……そして俺はオールラウンドにサポートする。この割り振りで問題無いか。」

 「問題ないです。」

 「問題ありません。」

 「問題ないよ!」

 この場にいるメンバーの了承を得たため、任務内容が確定した。勿論、彼らなら臨機応変に期待以上の活躍はしてくれるだろう。

 「それでは、実行開始。」

 合図を出すと、それぞれ動き始めた。まさか、初めてミッションリーダーを務めるのが、俺がこの世界に飛び込んだきっかけの状況だとは、夢にも思わなかったよ。







 車バリケード地帯を抜けて数十メートルのところ、ライフルを持った一般人が一斉に発泡してきた。
 しかし、素人の弾など回避するのは容易だし、何より一般人を大量に殺す事は俺の禁忌に触れるため、華麗にスルーした。だが、そうも言ってられなくなった。
 
 「うぉっ!……素人では無いな。」

 行き先の方向のビルの上から、狙撃された。殺気を感じ取って咄嗟に身を屈めたが、肘を負傷した。幸いにも、パフォーマンスに支障をきたすほどでは無い。
 だが、狙撃手の腕は恐らく元軍人のレベル。あいつはだけは野放しに出来なさそうだ。
 
 「乗ってやる。覚悟があってこそ加担出来るのだろ?」

 俺は二丁拳銃をくるりと一回転させ、助走を着けてビルの外階段の踊り場に飛び込む。
 そこから再び跳び、狙撃手の腕の根元を狙って撃ち抜いた。

 「ぐあぁっ!」

 すると狙撃手はスナイパーを手放し、後ろに尻を着いて後退したが、俺は片方の銃口を突きつける。

 「燈花の指示で間違いはないか?」
 
 「はい……。」

 「経緯は?」

 「多額の富がきっかけでした……。助けて下さい。誰も彼には反抗出来ません。妻と娘が人質に取られ、私自身にも爆弾が括りつけられています。」 

 「分かった。ただ、事実は変わらない。妻と娘は死なせないよう努力するし、主犯も殺す。……生死の天秤、掛けた上での実行犯だろ?」

 「私が必要な犠牲と言いたいのですよね。……あの地獄の王を、潰して下さい。約束です。」

 その言葉を受け取り、俺は引き金を引いた。知らない赤の他人だとしても、やはりこの感覚は気持ちが悪い。
 この行いを繰り返さないためにも、早急に一連の事件に終止符を打たなければならない。

 「……早く終わらせないとな。苦しみに満ちた世界を。」

 そう口に零し、全速力で燃え滾る火柱に足を踏み入れに出た。







 私は辺りを見渡す。絶望で半分涙が出る。
 逃げている途中、天井が崩落して列が分断されてしまった。その天井を回避するために私は科学準備室に身を移したけど、入口が塞がってしまい、閉じ込められてしまった。
 火が少しずつ燃焼しており、燃え滾る音が四方八方から耳に入る。
 
 「………私……助かる…のかな……?」

 そんな不安を抱えているのに、行動出来ない私。本当に馬鹿みたい。
 ずっとそうだよ。私の行動は空回ってばっかりだった。そのせいで小学生の時は気が付けば孤立していたし、中学生では更に加速した。
 新規一転の高校生活でも、入学早々人気者になった。けれども、それは私が望むような形では無かった。
 それに、人との距離感が上手く掴めなかった私は、初恋も実らなかった。もしかしたら嫌われたかもしれないし。
 一体私は、何がしたいんだろう。私はお姉ちゃんのようにはなれない。







 火花が飛び散り、何処を向いても燃焼している。自分の校舎が、これほどの地獄に変わり果てた事が、未だに信じられない。
 
 「……底沼の時でも、ここまではしなかった。……Asmodeus。」

 感じるのは静かな怒り。一体どういう神経をしていたら、これを平然と行えるのか。
 暗殺者の家系で生まれ、幼い頃から平然と人を殺してきた自分でさえも、理解に苦しむ。
 

 
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