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最終章:亡花の禁足地
50日目.夢見
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「…ここは……」
目を開くと、そこはショッピングモール跡地ではなく、見知らぬ場所だった。多種多様な植物が咲き乱れる幻想的な花園だ。
「…あれ、今まで何していたんだっけ……。まぁ…いいや。」
寝起きで脳が目覚めていないのか、記憶が曖昧になっていたが、何かはしないといけないと思い、とりあえず立ち上がって道なりに歩き進むことにした。
しばらく進むと、小さな池がある空間に出た。その周りには何十年も前の物と思われる折れた石柱に、つるが絡まっていた。
木々に遮られていない開けた場所だが、生憎の天気なため爽快感は感じなかった。
「この池……透明感が凄い……こんなの写真でも見たことがない…」
透き通るような無色の池。どのような環境がそうさせているのかと気になった俺は、池を覗き込んだ。
「……ッ!何だ……この異常なまでの恐怖心は……!」
すると突然、頭に衝撃が走り、フラッシュバックが起こった。
__________________
いつのことかも分からない記憶。確かなのは、経験したということ。
俺は足を滑らして池に落ちた。
「……はぁ…思ったより浅くて良かった……」
池は想像よりも浅く、何とか自力で上がってくることができた。災難な目に遭うことは慣れているため、冷静に対処することができたのだ。
「大丈夫?」
すると、近くにいた那緒が安否を心配して声を掛けてきた。
「平気だよ。よくあることだから。」
「私は心配だよ、いつか蓮斗が大怪我してしまうんじゃないかって……」
「俺もそう思ってるよ………でも、したらしたでその時さ。一番心配なのは、巻き込んでしまうこと。…那緒達には、健康でいてもらいたい。」
幼くして、俺は考えていた。もしも俺と一緒にいることで、那緒や他の友達も災難な目に遭ったとしたら、俺は立ち直れるのだろうかと。
決してないとは言い切れない、現実味を帯びた可能性の一つ。俺はそれだけがどうしようもなく怖かった。
実際頻繁ではないものの、そういうことは何度か現実となった。
幸い怪我には繋がっていなかったものの、その度に俺は恐怖心を抱いていた。このペースで事故に巻き込まれていると、いつか取り返しがつかないことになるんじゃないかと。
それでも、彼ら彼女らは口を揃えて「偶然だよ」と、「蓮斗は何も悪くないよ」と言う。けれども、俺は一方的に罪悪感を感じていた。例え偶然だとしても、俺がトラブル体質なのに変わりはないから。
__________________
「……何?身体が震える………何故、こんなにも…!…この溢れ出る恐怖の原因は……?」
思い出せばきっと分かるはず。だけど、上手く頭に浮かんでこない。まるで意図的に切り抜かれたかのような記憶の空欄から、得体の知れない恐怖が溢れる。
自分の身に何が起こっているのかよく理解できないまま、俺は立ち眩みを起こして前方の池に沈んだ。
__________________
「大丈夫か……!」
ある山道を登っていた時のこと。那緒は木の幹に足を引っ掛けて、転んでしまった。
すぐに俺は駆け寄り、応急処置をする。
「ほら、これで良し。……とは言っても、流石に無視できるほど軽くもない。降りよう。」
「……待って、もう少しなの。だから登らせて…無理はしないって約束するから。」
彼女のその言葉を信じて進んだら、怪我が悪化するんじゃないかという不安が思考の中を渦巻いた。
しかし彼女の目を見ると、不覚にもその真剣な眼差しに対して意見することができなかった。
「……俺が背負っていくよ。」
そう言って俺は那緒を背負いあげ、彼女が見せたいものがあると言う場所に向かった。
「この先だよ!」
どうやらその場所に着いたらしく、俺は那緒を降ろして彼女の進む方について行った。
木々の隙間を抜けると、沢山の花が咲き乱れるところへと出た。あまり見かけないような花も多くあり、まさに幻想的な景色だった。
「……わぁ…」
見たことのない世界に、俺は思わず息を飲んだ。
「那緒が見せたかったものってこれのこと?」
「うん。……前に森で遭難している時に、見つけたの。覚えてる?喧嘩した時のこと……」
「……ああ…あの時か。」
中一の冬、絶縁になりかけた時のことだろう。
「あの日に渡したシロバナタンポポは、ここに一輪寂しく生えていたの。私はね、たまたまここに辿り着いて思ったの。“蓮斗にも事情があるはずなのに、私の方が自分勝手だったなぁ”って。……改めて謝らせて。迷惑をかけてごめんなさい。」
そう頭を下げる那緒に、俺は微笑みながら言った。
「顔を上げて。もう何も気にしてないよ。…そんなに不安を煽るまで自分を追い込んでいた、俺にも非はある。……一人じゃないって実感させられたよ。」
あの喧嘩は、決して意味のないものでは無かった。むしろあの喧嘩があったからこそ、当たり前だと思って忘れかけていた“大切なこと”を再認識することができたのだ。
そのお陰で、関係はより深まり、人間関係を疎かにしてはいけないと強く戒めることができた。
俺は昔ながらのデジカメを取り出して、電源を入れた。
「父さんが若い時に使っていたデジカメ……実は常に持ち歩いていたんだ。色々な思い出を記録していたみたい。撮ろうよ、ツーショット。」
「いいね、賛成!」
そうして、幻想的な花園をバックに二人の写真を撮った。
もしもこの先何があっても、絶対に色褪せない記憶となるように……。
__________________
身体と共に沈みゆく意識の中で、ふと思い出した。何故曖昧になってしまったのか分からない。だけど、決して忘れてはいけない。いや、本能では忘れられない記憶を。
気付けば首から外れて水中に漂っていたロケットペンダントに、俺は手を伸ばした。あれだけは失ってはいけない。
「はっ……危機一髪だ……。」
ロケットペンダントを掴み取り、俺は水面から顔を出した。
「無造作に溢れ出る恐怖心の正体……それは心の拠り所を忘れてしまったことに対するショックだったのかも……」
そんな独り言を言いながら、俺はロケットペンダントを開く。中身の写真は、あの日撮ったツーショットである。
どんな時でも、肌見放さず持っていた。彼女とずっと一緒になるために。
「……色褪せたり、失われたりなんてさせない。何が邪魔をしてこようとも……真実に辿り着いてやる!」
そう言って俺はロケットペンダントを握りしめ、服の内側にしまった。
恐らく、今は夢堕ち状態だ。現地調査終了後、一輪の花に吸い込まれるように意識を持っていかれたところから、今の間まで記憶が曖昧になっていた。この空間の特異性によるものだろう。
だとすると、あの花と同じ呪花がここに咲いているはず。そしてその花は……
「…今、会いに行くから…シザンサス。」
池の場所を抜けて、俺は更に奥を目指して歩き進んで行った。
目を開くと、そこはショッピングモール跡地ではなく、見知らぬ場所だった。多種多様な植物が咲き乱れる幻想的な花園だ。
「…あれ、今まで何していたんだっけ……。まぁ…いいや。」
寝起きで脳が目覚めていないのか、記憶が曖昧になっていたが、何かはしないといけないと思い、とりあえず立ち上がって道なりに歩き進むことにした。
しばらく進むと、小さな池がある空間に出た。その周りには何十年も前の物と思われる折れた石柱に、つるが絡まっていた。
木々に遮られていない開けた場所だが、生憎の天気なため爽快感は感じなかった。
「この池……透明感が凄い……こんなの写真でも見たことがない…」
透き通るような無色の池。どのような環境がそうさせているのかと気になった俺は、池を覗き込んだ。
「……ッ!何だ……この異常なまでの恐怖心は……!」
すると突然、頭に衝撃が走り、フラッシュバックが起こった。
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いつのことかも分からない記憶。確かなのは、経験したということ。
俺は足を滑らして池に落ちた。
「……はぁ…思ったより浅くて良かった……」
池は想像よりも浅く、何とか自力で上がってくることができた。災難な目に遭うことは慣れているため、冷静に対処することができたのだ。
「大丈夫?」
すると、近くにいた那緒が安否を心配して声を掛けてきた。
「平気だよ。よくあることだから。」
「私は心配だよ、いつか蓮斗が大怪我してしまうんじゃないかって……」
「俺もそう思ってるよ………でも、したらしたでその時さ。一番心配なのは、巻き込んでしまうこと。…那緒達には、健康でいてもらいたい。」
幼くして、俺は考えていた。もしも俺と一緒にいることで、那緒や他の友達も災難な目に遭ったとしたら、俺は立ち直れるのだろうかと。
決してないとは言い切れない、現実味を帯びた可能性の一つ。俺はそれだけがどうしようもなく怖かった。
実際頻繁ではないものの、そういうことは何度か現実となった。
幸い怪我には繋がっていなかったものの、その度に俺は恐怖心を抱いていた。このペースで事故に巻き込まれていると、いつか取り返しがつかないことになるんじゃないかと。
それでも、彼ら彼女らは口を揃えて「偶然だよ」と、「蓮斗は何も悪くないよ」と言う。けれども、俺は一方的に罪悪感を感じていた。例え偶然だとしても、俺がトラブル体質なのに変わりはないから。
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「……何?身体が震える………何故、こんなにも…!…この溢れ出る恐怖の原因は……?」
思い出せばきっと分かるはず。だけど、上手く頭に浮かんでこない。まるで意図的に切り抜かれたかのような記憶の空欄から、得体の知れない恐怖が溢れる。
自分の身に何が起こっているのかよく理解できないまま、俺は立ち眩みを起こして前方の池に沈んだ。
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「大丈夫か……!」
ある山道を登っていた時のこと。那緒は木の幹に足を引っ掛けて、転んでしまった。
すぐに俺は駆け寄り、応急処置をする。
「ほら、これで良し。……とは言っても、流石に無視できるほど軽くもない。降りよう。」
「……待って、もう少しなの。だから登らせて…無理はしないって約束するから。」
彼女のその言葉を信じて進んだら、怪我が悪化するんじゃないかという不安が思考の中を渦巻いた。
しかし彼女の目を見ると、不覚にもその真剣な眼差しに対して意見することができなかった。
「……俺が背負っていくよ。」
そう言って俺は那緒を背負いあげ、彼女が見せたいものがあると言う場所に向かった。
「この先だよ!」
どうやらその場所に着いたらしく、俺は那緒を降ろして彼女の進む方について行った。
木々の隙間を抜けると、沢山の花が咲き乱れるところへと出た。あまり見かけないような花も多くあり、まさに幻想的な景色だった。
「……わぁ…」
見たことのない世界に、俺は思わず息を飲んだ。
「那緒が見せたかったものってこれのこと?」
「うん。……前に森で遭難している時に、見つけたの。覚えてる?喧嘩した時のこと……」
「……ああ…あの時か。」
中一の冬、絶縁になりかけた時のことだろう。
「あの日に渡したシロバナタンポポは、ここに一輪寂しく生えていたの。私はね、たまたまここに辿り着いて思ったの。“蓮斗にも事情があるはずなのに、私の方が自分勝手だったなぁ”って。……改めて謝らせて。迷惑をかけてごめんなさい。」
そう頭を下げる那緒に、俺は微笑みながら言った。
「顔を上げて。もう何も気にしてないよ。…そんなに不安を煽るまで自分を追い込んでいた、俺にも非はある。……一人じゃないって実感させられたよ。」
あの喧嘩は、決して意味のないものでは無かった。むしろあの喧嘩があったからこそ、当たり前だと思って忘れかけていた“大切なこと”を再認識することができたのだ。
そのお陰で、関係はより深まり、人間関係を疎かにしてはいけないと強く戒めることができた。
俺は昔ながらのデジカメを取り出して、電源を入れた。
「父さんが若い時に使っていたデジカメ……実は常に持ち歩いていたんだ。色々な思い出を記録していたみたい。撮ろうよ、ツーショット。」
「いいね、賛成!」
そうして、幻想的な花園をバックに二人の写真を撮った。
もしもこの先何があっても、絶対に色褪せない記憶となるように……。
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身体と共に沈みゆく意識の中で、ふと思い出した。何故曖昧になってしまったのか分からない。だけど、決して忘れてはいけない。いや、本能では忘れられない記憶を。
気付けば首から外れて水中に漂っていたロケットペンダントに、俺は手を伸ばした。あれだけは失ってはいけない。
「はっ……危機一髪だ……。」
ロケットペンダントを掴み取り、俺は水面から顔を出した。
「無造作に溢れ出る恐怖心の正体……それは心の拠り所を忘れてしまったことに対するショックだったのかも……」
そんな独り言を言いながら、俺はロケットペンダントを開く。中身の写真は、あの日撮ったツーショットである。
どんな時でも、肌見放さず持っていた。彼女とずっと一緒になるために。
「……色褪せたり、失われたりなんてさせない。何が邪魔をしてこようとも……真実に辿り着いてやる!」
そう言って俺はロケットペンダントを握りしめ、服の内側にしまった。
恐らく、今は夢堕ち状態だ。現地調査終了後、一輪の花に吸い込まれるように意識を持っていかれたところから、今の間まで記憶が曖昧になっていた。この空間の特異性によるものだろう。
だとすると、あの花と同じ呪花がここに咲いているはず。そしてその花は……
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