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最終章:亡花の禁足地

47日目.重み

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 夜が明け、俺は目を覚ます。

 「……朝か…今日は一段と風雨が吹き付けてるな……」

 カーテンを開けて外の様子を確認しては、そう呟いた。程良い緊張を感じつつ、俺は調査に必要な道具をまとめて置いてダイニングに向かった。



 朝食を食べ終わり、食器を片付けていると咲淋がリビングに来た。

 「しばらくしたらもう行くのよね……」

 「ああ。…無理はしない。だから、あまり不安を抱きすぎないで。」

 「……ええ。家族には伝えなくて大丈夫なの?地質調査のために九州方面に来ているとだけ言って、具体的はことは伝えていないようだけれど………」

 一瞬、微妙な空気が流れた。普通なら母の方から訊ねてくるのが自然な気がしてる。これが気遣いなのか単に無関心なだけなのかは分からない。
 そんな事情を濁しつつ、咲淋の質問に答えた。

 「伝えなくて大丈夫だよ。知っていたら、余計に心配されるかもしれない。そうなると俺も動きにくい。……もし仮に俺の行方を心配そうにしていたら、“人生で一番大きな調査をしている最中”とだけ伝えて。」

 すると咲淋は静かに頷く。言葉の意図を雰囲気だけでも受け取ってくれたのだろう。
 会話が一段落ついたので時計を確認すると、そろそろ動いた方が良い時間になっていた。

 「それじゃあ準備してくる。七時には出るから。」



 自室に戻ってから身支度を済ませて、玄関に向かう。すると、咲淋が近くの階段に腰を下ろして待っていた。
 立ち上がって、彼女は声を掛ける。

 「頑張ってね。私の親友!」

 彼女の過去を聞いた今だからこそ、“親友心友”という言葉の重みはよく分かっているつもりだった。
 その強い想いを汲み取った上で、俺は真っ直ぐに返事をする。

 「心配しないで。俺の覚悟と自信が伝わっているならね。」

 そう言い残して、俺は玄関を背にして集合場所である錆びれた公園に向かう。







 到着すると、既に夕焚がベンチに座ってコンビニで買ったであろうサンドウィッチを食べていた。

 「おはよう、夕焚。」

 「おはようございます、蓮斗さん。」

 「懐かしいな……この場所でさえも。」

 「そうですね……。」

 ここが出発点だった。もしも夕焚という同じ志しを持つ人と再会できなかったら、俺は以前のように逃げ続けていて、何も成果を得られなかったことだろう。
 今ここには居ないけど、咲淋も俺の挑戦を後押ししてくれていた。野村さんもあまり会わなかったけど、重要なヒントを教えてくれた。
 
 「……この場所は、那緒との思い出もいくつか詰まっていて、何より君と再会できた再出発地点だ。…崩落事故以降、俺は様々な出会いや再会を通して、消えない傷に負われた心を癒やし続けていった。その結果、現実と向き合い、あやふやな真相に答えを求む決意が固まるまでに回復した。…夕焚、共に成し遂げよう!」

 自分自身の覚悟を引き立たせるためにも俺は志しを表明した。すると、彼もその想いに応えようと返した。

 「はい。貴方の覚悟、心に強く留めておきます。援助は俺に任せてください!」

 「ああ。向かうとするか……」

 そうして俺達は公園を後にして、目的地のショッピングモール跡地に向かった。







 そこそこの距離を歩き、大道路から枝分かれした道に入った。
 この道は崩落事故が起きる前に使われていた旧道であり、現在は途中から閉鎖されている。先日も訪れた並木道だ。

 「夕焚、後戻りはできないぞ。…まぁ、後戻りする気もないだろうけど。」

 「当然です。到着までもう少しです。ここで引き返す理由がありません。」

 「そう言うと思っていたよ。」

 意味もない確認を挟みつつ、俺達は足を進める。



 しばらく歩き、フェンスとシートで覆われた行き止まりのところまで辿り着いた。この先が禁足地指定がされている場所だ。

 「当たり前だけど、鍵がかかっている……」

 「問題ありません。ピッキングします。不可能なら破壊します。」

 「…警察官?」

 警察官であるのにも関わらず、彼は物理的に解決しようとしているようだ。
 そもそもこの調査自体、個人で行っている違法なものであるため、彼も世間体を一切気にせずやっていると思うが…。
 
 「……複雑ですよこれ。」

 どうやら、夕焚は苦戦している様子だった。あれから五分程度格闘している様子を見守っていると、俺達以外の人の気配に気が付いた。
 気になって後ろを振り向くと、拘束する程度には武装をしたTCCの職員達に包囲されていた。

 「……来るとは思っていたけど…想像より早かったか…。…夕焚は気にせず続けて!」

 「はい。そっちは任せましたよ。」

 解錠は夕焚に任せて、俺は包囲しているTCCの職員の方に接近していった。手荒な真似は避けたいところだが、話し合えば分かる状況ではない。
 ひとまず、俺は職員に尋ねた。



 「……聡は何処だ。」

 「会長はここに居ませんよ。兄さん。」

 すると、職員を掻き分けて青空が目の前に現れた。

 「青空………」

 「話し合いが出来るのが一番いいけど、無理そう。前みたいにレスバになりそうだ。子供の頃ですら喧嘩しなかったのにね。」

 「それは青空が閉じ籠もっていたからだと思うけど……いいか。…どちらかが折れるまでぶつかるか。」

 話し合いで解決できるような穏やかな空気ではないが、互いに手荒な真似をする気もない。
 法的なことを言われれば確実にこちらが負けてしまうが、聡としてもこの順調な調査を無理矢理打ち切るメリットはないため、いきなりは使わせないだろう。

 「監視は順調か?順調なら、俺達の熱意も功績も認知しているはずでしょ。」

 「認知しているよ。……エリート揃いなだけあって、功績は流石だと認めざるを得ない。ただし、命を懸け過ぎている場面も多々あるようだけど。…そこまでする意味とは……?」

 「……何もかもあやふやにされたまま、真相を…ましてや悲劇を葬り去る訳にはいかないから。」

 すると青空は頭を抱え、一息ついてから俺に鋭い視線を飛ばして言う。

 「一度は自分達を、故郷を見捨てたのに、なんで今になってそこまで本気で向き合える?空白の六年間に何があったのかは知らないけど、ずっと兄さんを恥じていた。この逃亡者……!」

 彼は何処か視点がずれているように感じる。あまり弟に強くは言いたくないが、これ以上は会話にならなそうだったので、俺は一気に畳み掛ける。

 「はぁ……何か勘違いしてない?…確かに、俺の崩落事故以降の生活は色を失っていた。肩身が狭くて、早く出ていきたいと思っていたことは認める。…だけど、決して見捨てようなんて思っていなかった。あの頃は自信が無かったけど、今ならそう断言できるよ。……なんでさ、君だけが被害者だと思ってるの?」

 「………!」

 返す言葉がないみたいだ。最初から違和感は感じていたが、青空は信念を曝け出す覚悟がない。出会いを拒んでいたから。

 「やっぱりね……君は自分のことにしか目を向ける余裕が無かった。俺が変われた理由…それは出会いだった。再会だった。だけど、その出会いでさえも崩落事故が起こらなかったらあったかどうか分からない。……知りたいんだ。どこで分岐したのかを…」

 「あ……ああああ!」

 すると、青空は膝をついてそう声を漏らした。しばらくすると落ち着いて、彼は呟き始めた。

 「自分が……間違っていた…?……自ら…幸福を遠ざけて、不遇な自分を語っていた……?」

 「青空……」

 廃人のようになってしまった彼にそっと歩み寄ると、彼は訊ねてきた。

 「兄さん……今からでも変われるかな…?……このままじゃ駄目だって…思えたんだ……」

 「…大丈夫だ。その意志があるなら、きっと努力できる。」

 そう慰めながら手を差し出して、俺は青空を立ち上がらせる。説得できたのかは分からないけど、青空の心を少しでも修復できて良かった。
 


 しかし……。

 「皆さん!直ちにその場を離れてください!」
  
 夕焚が大声でそう言ってきた。何事かと思い、俺を含めてその場の全員がざわついていると、彼は追記した。

 「雪崩です!瓦礫が雪崩れています!」
  
 「ッ!」

 すると、“あの日”に聴いたような不愉快な音が耳に入った。足だけは動かしながらも音源の方を見ると、瓦礫が打ち上がって落下してきていた。
 全員すぐにその場を離れようと、急いで足を動かした。
 その数秒後、背中から音を立てて砂埃を巻き込んだ突風が吹いた。
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