亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

文字の大きさ
39 / 60
4章:想疎隔エレベーター

39日目.喪失

しおりを挟む
__________________

 上京してくる前、私には茉白ましろちゃんという心友が居ました。彼女は誰に対してもとても優しくて、親しみやすい女の子でした。
 そんな彼女があんな目に遭ってしまったことに、私は未だに後悔と恨みを忘れられません。







 「おはよー咲淋ちゃん。」

 「うん、おはよう。茉白ちゃん。」

 登校中、いつものように他愛もない挨拶を交わして、私達は一緒に学校へ向かっていた。
 
 「そういえば、昨日のMST見た?」

 「見てないよ~。誰が出ていたの?」

 「この前私が咲淋ちゃんに聴かせたアーティストさんだよ。」

 「あぁーあの人ね…。茉白ちゃんに推められて色んな曲を聴いてみたよ。…歌詞がいいんだよね。」

 「分かってくれる?やっぱり咲淋ちゃんとは気が合うね!」

 「そうね。」

 私達は共通のアーティストさんの話で盛り上がっていた。
 私と茉白ちゃんは保育園からの付き合いで、中学三年生の今までずっと仲良くしていた。昔から趣味や好きなものが似ていて、共感し合える仲でした。

 「あ、もう学校に着いたね……じゃあ、また帰りに!」

 「うん、今日も一日頑張ろう!」

 そうこう話しているうちに学校に着いて、私達は解散した。実は、こう見えて私達は一度も同じクラスになったことが無かった。クラス替えは九回もあったのに。
 だけれど、こうして校外では沢山会っているから、特に何とも思っていなかった。行事とかを一緒に楽しめられなかったのは残念だけれども。







 放課後、部活も終わって私は校門の横で茉白ちゃんを待っていた。

 「茉白ちゃん今日遅いなぁ……」

 最終下校の時間からかれこれ十分が経ったけれど、茉白ちゃんは来なかった。
 
 「すみません!バレー部って今日延長だったりしますか…?」

 心配になった私は、通りかかったバスケ部のクラスメイトに尋ねた。

 「バレー部ならもう終わってたよ。誰かと待ち合わせ?」

 「茉白ちゃんと……」

 そう言うと、クラスメイトは何かを察したように驚いた様子で私に訊ねた。

 「もしかして…月輪さん知らない?」

 「え…何がですか?」

 「そっか…それは知らない反応だね……。」

 すると、クラスメイトは対向車線沿いにある公園を指差した。

 「あそこで話そ。」

 「でも…茉白ちゃんは……」

 「この時間じゃ、彼女が来ない可能性が高いよ。その理由も含めて話したいの。」

 そう言うや否や、彼女は私の手を取って歩いていくため、私も連れられるがままに横断歩道を渡った。







 隣り合わせにベンチに座ると、彼女は話し始めた。

 「もう一度確認したいんだけど、月輪さんは本当に知らないの?茉白のこと……」

 さっきからずっとそう言われているけど、一体何のことを言っているのか全く分からない。
 
 「……知らないです。だから、教えてください。わざわざ連れ出したってことは、大事な話なんですよね……」

 クラスメイトはずっと複雑そうな表情を浮かべていて、私は不穏な空気を感じ取っていた。
 だけど、心友がどんな事情を抱えているのか気になった私は、恐る恐る訊ねた。
 すると少し躊躇いながらも、彼女は口を開いた。

 「実は彼女、長い間いじめられていたの……。」

 「え……?」

 衝撃の事実に、私は絶句していた。

 「それ…本当なの……?」

 「…うん。私、そのいじめの主犯と昔よく遊んでいたから。……でも、ある日を堺に彼女は私をハブって、いじめてきたの。だけど、それを偶然目撃した茉白が助けてくれたの。その子はね、誰にでも優しくて愛されている茉白のことを嫌っていた。それで次の日から……」

 「そんな……」

 「本当にごめんなさい。私のせいで……」

 「ううん。君は悪くないよ。悪いのはいじめの主犯だよ。……でも、どうして茉白ちゃんは言ってくれなかったんだろう………」

 全く気が付かなかった。それくらい笑顔を見せ続けていて、悩みがあるように思えなかった。
 だけど思い返してみると、彼女の推めてきた音楽の歌詞には応援の意味が込められていた。純粋な応援ではなくて、寄り添う形での応援の意味が。
 
 「教えてくれてありがとう……」

 静かに鞄を背負い、私は帰路を辿った。







 翌日、私はいつものようにゆっくり登校していたけど、茉白ちゃんと合流できなかった。
 長い間いじめられていたとは言っていたけど、心友なのにそれに気付けないほど彼女はいつも通りだった。
 でも、昨日はいつも通りじゃなかった。そして今日も…。
 
 「もしかして……!」

 根拠も何もないけど、嫌な予感がした私は、通学路を引き返して走っていった。







 直感に誘われて無意識に行き着いた歩道橋の上。そこに茉白ちゃんの姿はあった。

 「茉白ちゃん…!」

 「え…?!咲淋ちゃん…どうしてここに…!」

 「こっちのセリフだよ!……なんでずっと黙ってたの…」

 一瞬驚いた様子の茉白ちゃんだったけど、私がそう言うとすぐにシリアスな表情に変わった。
 
 「遂に気づいたんだね……三年間隠し通せたんだけどね……」

 「私は、なんでずっと黙っていたのかって訊いているの!」

 少し怒りながら、私はそう催促した。すると、彼女は淡々と返した。

 「もし、私がいじめられていることを咲淋ちゃんに告白したら、どうしてた?……絶対止めにくるよね。私達心友だからさ、もう分かるよ。」

 「止められたら駄目だったの…?」

 「うん。それで私が救われても、今度は君が標的にされたと思うの。独りで耐えられる?私を頼ってくれた?」

 「………それは…」

 何も言い返せなかった。残念ながら、私の心はそんなに強くない。だけど、また茉白ちゃんに手が及ぶかもしれないと考えると、頼れなかったと思う。

 「そうだよね。たぶん、同じこと考えてると思うよ。私と君。」

 そう言うと彼女は柵に自身の身体を押し付けて、背中を向けた。

 「茉白ちゃん……危ないからやめてよ……」

 すると彼女は悲しさを無理に抑えたような声色で応えた。

 「分かってる……。三年間、私のポーカーフェイスは上手だった?…違う、咲淋ちゃんと居る時に見せた笑顔は、本当に心の底からの笑顔だったよ。」

 「……聞いてるの?私は……」

 しかし、彼女は自分の世界に浸っているように、私の言葉を遮って淡々と言葉を連ねた。

 「だけど、流石に限界だよ……心の底から楽しい時間があったとしても、嫌な経験を塗り替えるほどの効力ちからはない。……“生きていたい”そんな心もいつの間にか色を失った。だからお願い……邪魔しないで。楽にさせてよ。」

 「茉白ちゃん!」

 何度も呼ぶ名前も彼女は気に留めず、身を柵に預けた。そして、言い放った。

 「復讐なんて考えないでね。これは私がしたことだから……。君はそのまま、笑顔で居て。咲淋ちゃん……」

 「……ッ!ダメ!私はまだ一緒に居たい!」

 体重を前に倒して、彼女は柵を乗り上げた。最期にチラッと私に見せた表情は、いつもの優しい笑顔だった。

 「茉白ちゃん………!」

 泣き叫んだ。それで何か変わる訳でもないのに、泣き叫んだ。
 もしも私が彼女と同じクラスだったなら、全部分かっていたのに。事が加速する前に全部…。

__________________

 「茉白ちゃんはあの日、私の目の前で自殺した。……それから、私は人間不信になって、ほとんど人と関わってこなかった。大学で君やサークルの人達に会うまではね。…あの日は雪が降っていたっけ……冷たい日だったよ…。」

 次第に、咲淋の目から涙が零れ落ちてきたため、俺はそっとハンカチを手渡す。

 「ありがとう……。」

 「よく打ち明かしてくれたよ。咲淋も失ってたんだな。……もうそんな想いは絶対にさせない。」

 この苦しさは痛いほど分かっている。だからこそ、ケアが必要だ。
 お互いの過去を通じて、俺達はまた一つ成長できた気がした。

 「“何故”そうなってしまったのか理由を追求すること……俺達にとってそれは約束された使命なのかもしれない……」

 那緒との思い出の眠るロケットペンダントを握りしめ、俺はそう呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...