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4章:想疎隔エレベーター
39日目.喪失
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上京してくる前、私には茉白ちゃんという心友が居ました。彼女は誰に対してもとても優しくて、親しみやすい女の子でした。
そんな彼女があんな目に遭ってしまったことに、私は未だに後悔と恨みを忘れられません。
「おはよー咲淋ちゃん。」
「うん、おはよう。茉白ちゃん。」
登校中、いつものように他愛もない挨拶を交わして、私達は一緒に学校へ向かっていた。
「そういえば、昨日のMST見た?」
「見てないよ~。誰が出ていたの?」
「この前私が咲淋ちゃんに聴かせたアーティストさんだよ。」
「あぁーあの人ね…。茉白ちゃんに推められて色んな曲を聴いてみたよ。…歌詞がいいんだよね。」
「分かってくれる?やっぱり咲淋ちゃんとは気が合うね!」
「そうね。」
私達は共通のアーティストさんの話で盛り上がっていた。
私と茉白ちゃんは保育園からの付き合いで、中学三年生の今までずっと仲良くしていた。昔から趣味や好きなものが似ていて、共感し合える仲でした。
「あ、もう学校に着いたね……じゃあ、また帰りに!」
「うん、今日も一日頑張ろう!」
そうこう話しているうちに学校に着いて、私達は解散した。実は、こう見えて私達は一度も同じクラスになったことが無かった。クラス替えは九回もあったのに。
だけれど、こうして校外では沢山会っているから、特に何とも思っていなかった。行事とかを一緒に楽しめられなかったのは残念だけれども。
放課後、部活も終わって私は校門の横で茉白ちゃんを待っていた。
「茉白ちゃん今日遅いなぁ……」
最終下校の時間からかれこれ十分が経ったけれど、茉白ちゃんは来なかった。
「すみません!バレー部って今日延長だったりしますか…?」
心配になった私は、通りかかったバスケ部のクラスメイトに尋ねた。
「バレー部ならもう終わってたよ。誰かと待ち合わせ?」
「茉白ちゃんと……」
そう言うと、クラスメイトは何かを察したように驚いた様子で私に訊ねた。
「もしかして…月輪さん知らない?」
「え…何がですか?」
「そっか…それは知らない反応だね……。」
すると、クラスメイトは対向車線沿いにある公園を指差した。
「あそこで話そ。」
「でも…茉白ちゃんは……」
「この時間じゃ、彼女が来ない可能性が高いよ。その理由も含めて話したいの。」
そう言うや否や、彼女は私の手を取って歩いていくため、私も連れられるがままに横断歩道を渡った。
隣り合わせにベンチに座ると、彼女は話し始めた。
「もう一度確認したいんだけど、月輪さんは本当に知らないの?茉白のこと……」
さっきからずっとそう言われているけど、一体何のことを言っているのか全く分からない。
「……知らないです。だから、教えてください。わざわざ連れ出したってことは、大事な話なんですよね……」
クラスメイトはずっと複雑そうな表情を浮かべていて、私は不穏な空気を感じ取っていた。
だけど、心友がどんな事情を抱えているのか気になった私は、恐る恐る訊ねた。
すると少し躊躇いながらも、彼女は口を開いた。
「実は彼女、長い間いじめられていたの……。」
「え……?」
衝撃の事実に、私は絶句していた。
「それ…本当なの……?」
「…うん。私、そのいじめの主犯と昔よく遊んでいたから。……でも、ある日を堺に彼女は私をハブって、いじめてきたの。だけど、それを偶然目撃した茉白が助けてくれたの。その子はね、誰にでも優しくて愛されている茉白のことを嫌っていた。それで次の日から……」
「そんな……」
「本当にごめんなさい。私のせいで……」
「ううん。君は悪くないよ。悪いのはいじめの主犯だよ。……でも、どうして茉白ちゃんは言ってくれなかったんだろう………」
全く気が付かなかった。それくらい笑顔を見せ続けていて、悩みがあるように思えなかった。
だけど思い返してみると、彼女の推めてきた音楽の歌詞には応援の意味が込められていた。純粋な応援ではなくて、寄り添う形での応援の意味が。
「教えてくれてありがとう……」
静かに鞄を背負い、私は帰路を辿った。
翌日、私はいつものようにゆっくり登校していたけど、茉白ちゃんと合流できなかった。
長い間いじめられていたとは言っていたけど、心友なのにそれに気付けないほど彼女はいつも通りだった。
でも、昨日はいつも通りじゃなかった。そして今日も…。
「もしかして……!」
根拠も何もないけど、嫌な予感がした私は、通学路を引き返して走っていった。
直感に誘われて無意識に行き着いた歩道橋の上。そこに茉白ちゃんの姿はあった。
「茉白ちゃん…!」
「え…?!咲淋ちゃん…どうしてここに…!」
「こっちのセリフだよ!……なんでずっと黙ってたの…」
一瞬驚いた様子の茉白ちゃんだったけど、私がそう言うとすぐにシリアスな表情に変わった。
「遂に気づいたんだね……三年間隠し通せたんだけどね……」
「私は、なんでずっと黙っていたのかって訊いているの!」
少し怒りながら、私はそう催促した。すると、彼女は淡々と返した。
「もし、私がいじめられていることを咲淋ちゃんに告白したら、どうしてた?……絶対止めにくるよね。私達心友だからさ、もう分かるよ。」
「止められたら駄目だったの…?」
「うん。それで私が救われても、今度は君が標的にされたと思うの。独りで耐えられる?私を頼ってくれた?」
「………それは…」
何も言い返せなかった。残念ながら、私の心はそんなに強くない。だけど、また茉白ちゃんに手が及ぶかもしれないと考えると、頼れなかったと思う。
「そうだよね。たぶん、同じこと考えてると思うよ。私と君。」
そう言うと彼女は柵に自身の身体を押し付けて、背中を向けた。
「茉白ちゃん……危ないからやめてよ……」
すると彼女は悲しさを無理に抑えたような声色で応えた。
「分かってる……。三年間、私のポーカーフェイスは上手だった?…違う、咲淋ちゃんと居る時に見せた笑顔は、本当に心の底からの笑顔だったよ。」
「……聞いてるの?私は……」
しかし、彼女は自分の世界に浸っているように、私の言葉を遮って淡々と言葉を連ねた。
「だけど、流石に限界だよ……心の底から楽しい時間があったとしても、嫌な経験を塗り替えるほどの効力はない。……“生きていたい”そんな心もいつの間にか色を失った。だからお願い……邪魔しないで。楽にさせてよ。」
「茉白ちゃん!」
何度も呼ぶ名前も彼女は気に留めず、身を柵に預けた。そして、言い放った。
「復讐なんて考えないでね。これは私がしたことだから……。君はそのまま、笑顔で居て。咲淋ちゃん……」
「……ッ!ダメ!私はまだ一緒に居たい!」
体重を前に倒して、彼女は柵を乗り上げた。最期にチラッと私に見せた表情は、いつもの優しい笑顔だった。
「茉白ちゃん………!」
泣き叫んだ。それで何か変わる訳でもないのに、泣き叫んだ。
もしも私が彼女と同じクラスだったなら、全部分かっていたのに。事が加速する前に全部…。
__________________
「茉白ちゃんはあの日、私の目の前で自殺した。……それから、私は人間不信になって、ほとんど人と関わってこなかった。大学で君やサークルの人達に会うまではね。…あの日は雪が降っていたっけ……冷たい日だったよ…。」
次第に、咲淋の目から涙が零れ落ちてきたため、俺はそっとハンカチを手渡す。
「ありがとう……。」
「よく打ち明かしてくれたよ。咲淋も失ってたんだな。……もうそんな想いは絶対にさせない。」
この苦しさは痛いほど分かっている。だからこそ、ケアが必要だ。
お互いの過去を通じて、俺達はまた一つ成長できた気がした。
「“何故”そうなってしまったのか理由を追求すること……俺達にとってそれは約束された使命なのかもしれない……」
那緒との思い出の眠るロケットペンダントを握りしめ、俺はそう呟いた。
上京してくる前、私には茉白ちゃんという心友が居ました。彼女は誰に対してもとても優しくて、親しみやすい女の子でした。
そんな彼女があんな目に遭ってしまったことに、私は未だに後悔と恨みを忘れられません。
「おはよー咲淋ちゃん。」
「うん、おはよう。茉白ちゃん。」
登校中、いつものように他愛もない挨拶を交わして、私達は一緒に学校へ向かっていた。
「そういえば、昨日のMST見た?」
「見てないよ~。誰が出ていたの?」
「この前私が咲淋ちゃんに聴かせたアーティストさんだよ。」
「あぁーあの人ね…。茉白ちゃんに推められて色んな曲を聴いてみたよ。…歌詞がいいんだよね。」
「分かってくれる?やっぱり咲淋ちゃんとは気が合うね!」
「そうね。」
私達は共通のアーティストさんの話で盛り上がっていた。
私と茉白ちゃんは保育園からの付き合いで、中学三年生の今までずっと仲良くしていた。昔から趣味や好きなものが似ていて、共感し合える仲でした。
「あ、もう学校に着いたね……じゃあ、また帰りに!」
「うん、今日も一日頑張ろう!」
そうこう話しているうちに学校に着いて、私達は解散した。実は、こう見えて私達は一度も同じクラスになったことが無かった。クラス替えは九回もあったのに。
だけれど、こうして校外では沢山会っているから、特に何とも思っていなかった。行事とかを一緒に楽しめられなかったのは残念だけれども。
放課後、部活も終わって私は校門の横で茉白ちゃんを待っていた。
「茉白ちゃん今日遅いなぁ……」
最終下校の時間からかれこれ十分が経ったけれど、茉白ちゃんは来なかった。
「すみません!バレー部って今日延長だったりしますか…?」
心配になった私は、通りかかったバスケ部のクラスメイトに尋ねた。
「バレー部ならもう終わってたよ。誰かと待ち合わせ?」
「茉白ちゃんと……」
そう言うと、クラスメイトは何かを察したように驚いた様子で私に訊ねた。
「もしかして…月輪さん知らない?」
「え…何がですか?」
「そっか…それは知らない反応だね……。」
すると、クラスメイトは対向車線沿いにある公園を指差した。
「あそこで話そ。」
「でも…茉白ちゃんは……」
「この時間じゃ、彼女が来ない可能性が高いよ。その理由も含めて話したいの。」
そう言うや否や、彼女は私の手を取って歩いていくため、私も連れられるがままに横断歩道を渡った。
隣り合わせにベンチに座ると、彼女は話し始めた。
「もう一度確認したいんだけど、月輪さんは本当に知らないの?茉白のこと……」
さっきからずっとそう言われているけど、一体何のことを言っているのか全く分からない。
「……知らないです。だから、教えてください。わざわざ連れ出したってことは、大事な話なんですよね……」
クラスメイトはずっと複雑そうな表情を浮かべていて、私は不穏な空気を感じ取っていた。
だけど、心友がどんな事情を抱えているのか気になった私は、恐る恐る訊ねた。
すると少し躊躇いながらも、彼女は口を開いた。
「実は彼女、長い間いじめられていたの……。」
「え……?」
衝撃の事実に、私は絶句していた。
「それ…本当なの……?」
「…うん。私、そのいじめの主犯と昔よく遊んでいたから。……でも、ある日を堺に彼女は私をハブって、いじめてきたの。だけど、それを偶然目撃した茉白が助けてくれたの。その子はね、誰にでも優しくて愛されている茉白のことを嫌っていた。それで次の日から……」
「そんな……」
「本当にごめんなさい。私のせいで……」
「ううん。君は悪くないよ。悪いのはいじめの主犯だよ。……でも、どうして茉白ちゃんは言ってくれなかったんだろう………」
全く気が付かなかった。それくらい笑顔を見せ続けていて、悩みがあるように思えなかった。
だけど思い返してみると、彼女の推めてきた音楽の歌詞には応援の意味が込められていた。純粋な応援ではなくて、寄り添う形での応援の意味が。
「教えてくれてありがとう……」
静かに鞄を背負い、私は帰路を辿った。
翌日、私はいつものようにゆっくり登校していたけど、茉白ちゃんと合流できなかった。
長い間いじめられていたとは言っていたけど、心友なのにそれに気付けないほど彼女はいつも通りだった。
でも、昨日はいつも通りじゃなかった。そして今日も…。
「もしかして……!」
根拠も何もないけど、嫌な予感がした私は、通学路を引き返して走っていった。
直感に誘われて無意識に行き着いた歩道橋の上。そこに茉白ちゃんの姿はあった。
「茉白ちゃん…!」
「え…?!咲淋ちゃん…どうしてここに…!」
「こっちのセリフだよ!……なんでずっと黙ってたの…」
一瞬驚いた様子の茉白ちゃんだったけど、私がそう言うとすぐにシリアスな表情に変わった。
「遂に気づいたんだね……三年間隠し通せたんだけどね……」
「私は、なんでずっと黙っていたのかって訊いているの!」
少し怒りながら、私はそう催促した。すると、彼女は淡々と返した。
「もし、私がいじめられていることを咲淋ちゃんに告白したら、どうしてた?……絶対止めにくるよね。私達心友だからさ、もう分かるよ。」
「止められたら駄目だったの…?」
「うん。それで私が救われても、今度は君が標的にされたと思うの。独りで耐えられる?私を頼ってくれた?」
「………それは…」
何も言い返せなかった。残念ながら、私の心はそんなに強くない。だけど、また茉白ちゃんに手が及ぶかもしれないと考えると、頼れなかったと思う。
「そうだよね。たぶん、同じこと考えてると思うよ。私と君。」
そう言うと彼女は柵に自身の身体を押し付けて、背中を向けた。
「茉白ちゃん……危ないからやめてよ……」
すると彼女は悲しさを無理に抑えたような声色で応えた。
「分かってる……。三年間、私のポーカーフェイスは上手だった?…違う、咲淋ちゃんと居る時に見せた笑顔は、本当に心の底からの笑顔だったよ。」
「……聞いてるの?私は……」
しかし、彼女は自分の世界に浸っているように、私の言葉を遮って淡々と言葉を連ねた。
「だけど、流石に限界だよ……心の底から楽しい時間があったとしても、嫌な経験を塗り替えるほどの効力はない。……“生きていたい”そんな心もいつの間にか色を失った。だからお願い……邪魔しないで。楽にさせてよ。」
「茉白ちゃん!」
何度も呼ぶ名前も彼女は気に留めず、身を柵に預けた。そして、言い放った。
「復讐なんて考えないでね。これは私がしたことだから……。君はそのまま、笑顔で居て。咲淋ちゃん……」
「……ッ!ダメ!私はまだ一緒に居たい!」
体重を前に倒して、彼女は柵を乗り上げた。最期にチラッと私に見せた表情は、いつもの優しい笑顔だった。
「茉白ちゃん………!」
泣き叫んだ。それで何か変わる訳でもないのに、泣き叫んだ。
もしも私が彼女と同じクラスだったなら、全部分かっていたのに。事が加速する前に全部…。
__________________
「茉白ちゃんはあの日、私の目の前で自殺した。……それから、私は人間不信になって、ほとんど人と関わってこなかった。大学で君やサークルの人達に会うまではね。…あの日は雪が降っていたっけ……冷たい日だったよ…。」
次第に、咲淋の目から涙が零れ落ちてきたため、俺はそっとハンカチを手渡す。
「ありがとう……。」
「よく打ち明かしてくれたよ。咲淋も失ってたんだな。……もうそんな想いは絶対にさせない。」
この苦しさは痛いほど分かっている。だからこそ、ケアが必要だ。
お互いの過去を通じて、俺達はまた一つ成長できた気がした。
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