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3章:追憶の雷雨

27日目.孤独と熱意

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 歩いた。とにかく歩いた。人のいない雷雨の中、俺は必死に花を探した。
 時計が狂っているため正確な時間は分からないけど、体感でも二日以上は歩き回っている気がする。しかし、それすらも正解か分からない。
 
 「妙に疲れた……一度休憩を………」

 精神的にも疲労が蓄積されてきたため、俺はその場に腰を降ろした。
 その刹那、空に裂け目を作るような巨大な閃光が走り、轟音が鳴り響いた。電線が切れ、街灯すら灯らず暗い道路は、電線から飛び散る火花だけが道標となった。
 ほとんど付近の状況しか見えていない中で一人で探索しているので、メンタルがいつ壊れてもおかしくない。
 地理学者として国内や海外の大自然などにも多く触れてきたが、仲間の有無は大きい。人は疎か、生物の気配が感じられないなんて、苦しすぎる。
 
 「孤独って辛いな………こんな無機質な場所でただ一人。……本当に、失わないと気付けないなんて愚かだよ……俺は………」

 そう口に零し、己を振り返っていた。
 いつもそうだ。一度無くならなければ、日常のありがたみに気付けない。それが当然だと思いこんでしまうから。
 だけど、失った頃にはもう戻らないこともある。一時いっとき一時を大切にしてこなかった過去の俺は、結果的に今悔やんでいる。

 首から提げているロケットペンダントを開き、強く握りしめた。すると、心臓がドクンと音を鳴らし、視界が点滅した。

 「……!………この感じ…前にも……」

 すると、知らない記憶が突如フラッシュバックした。けれでも、俺の記憶では無さそうだった。

 「俺の記憶じゃない……一体………誰の記憶だ……」

__________________

 まだ崩落事故が起きる前、一人の少女が居ました。少女は少し臆病で、一人でいる事を怖がっていました。
 けれども、誰かに話しかけることすらも怖いと感じてしまう少女は、いつも一人で居ました。
 誰かと一緒に居たい。でも、誰かと関わる勇気が無い。まだ幼い少女にとって、それは重たい葛藤でした。
 そんな少女の前に、手が差し伸べられました。彼女の最初の友達で、初めて特別な感情を抱いた男の子。彼は、少女にとって“意味”であり、人生の根幹でした。

__________________

 そこで記憶は途切れた。見えてくる情景にはフィルターがかかっており、その記憶の主観者の気持ちには無意識に共感できた。シンクロしていたとでも言うべきだろうか。
 
 「はっ……。幻聴・幻覚作用はこれのことを指しているのか…?また違う気がする……。ここに戻ってきてからフラッシュバックが増えた。思い出の場所だから思わずなのか。」

 本能が孤独を拒んでいるのか気付けばそんなことを一人で延々と呟いていた。
 気を取り直して再び立ち上がろうとした時、一輪の花が視界に入った。

 「オシロイバナ……。」

 雑草一つない道と建物の間に咲くオシロイバナ。非常に短命なその花は、雷雨に負けずただ一輪、風に靡かれていた。
 俺はゆっくりと歩みより、そっと手を伸ばした。

 「ッ!」

 するとその時、丁度隣の建物に雷が落ちて、延焼してきた。
 すぐに俺はオシロイバナを摘み取ろうとしたが、火花が飛び散り、オシロイバナは焦げた。その影響か、俺は帰還に失敗した。
 
 「まずい……!燃焼速度が早い!」

 ひとまず火から逃げることが先決だと思いすぐにその場を離れようとしたが、気付けばもうそこに火の壁が出来ていた。退路を塞がれてしまったのだ。
 
 「……はは、もう無機質とは言えないね……。その代わり、絶望的な状況になったけど……。」

 焦りと恐怖からなのか、そんな皮肉を口に零していた。
 目の前のオシロイバナが機能停止してしまった以上、この空間から抜け出すことでの回避は不可能。そもそも帰る手段があるかすら分からない。
 じりじりと迫る火の壁。俺はただ立ち尽くしていた。そして、遂には膝を着いた。

 「一体どうすればいいんだ……俺は超能力者でも何でもない一地理学者に過ぎない。むしろ、“トラブル体質”持ちだ。……神様、俺は前世で何か大罪を犯したのですか?」

 あまりの絶望感により、正常な思考も出来なければ行動を起こすことも出来ず、文字通りの“終わり”を悟っていた。
 まだ学者としての経験が浅い俺は、多くの場所に行ってきたとはいっても、自分自身が主導となってイレギュラーに対応する能力は未熟だ。
 それに今は一人。目に映る景色は四面楚歌。心が折れないはずがない。

 「……あぁ。見習うべきは過去の自分か。慣れていても限度を知ってしまったら駄目だな……」

 昔の俺の方がきっとたくましかった。よく遭遇する困難に進んで対処出来ていた。それが今では嘆く様。

 「本当に滑稽なものだよ……。知識、経験、ありとあらゆる面で確実に成長しているはずなのに、心は弱くなっている。まだ無意識に引きずっているのかな……那緒の死を…。」

 無限に溢れる饒舌の独り言。既に自分に嫌気が差していた。

 「俺は何を決意をして、ここまで帰ってきたんだ……! ……ッ!」

 そう叫んだ時、再びフラッシュバックが起こった。
 
__________________

 「また他の子と……」

 俺がクラスメイトの女子と話していると、陰でそう呟く那緒の存在に気が付いた。この時はまだただの幼馴染だった。
 少し前から気づいていたよ。彼女が俺に好意を寄せていることは。だけど、那緒の方は俺の好意に気付いていない様子だった……というより、信用出来ていない様子だった。
 
 彼女はいつも皆に明るく振る舞ってるけど、心の中では不安でいっぱいだったのだろう。







 そんな距離感の日々がしばらく続いていたある日の下校中、彼女はこう言った。

 「……蓮斗は何で私だけを見てくれないの?」

 夕暮れ時、突如そんな質問を投げ掛けられて困惑したけど、俺は返した。

 「………どうしたらいいか分からなくなったんだよ。」

 「それってどういう……もしかして私のこと、嫌いに………」

 「それだけは絶対に無い!」

 無意識のうちに、そう言っていた。そして、気付けば俺は言葉を連ねていた。

 「好きなんだ……。でも、壊れるのが怖かった。本心とは裏腹に、一回距離を置くべきだと思ってしまったんだ…!……でも、気付いているよ。それが君を余計に不安にさせてしまっていることは……。」

 「蓮斗……!」

 「ッ!」

 すると、那緒は俺の胸に飛び込んできた。彼女の目には涙が滴っていた。

 「私も出会った時からずっと好きだった……!私に居場所を与えてくれた君のことが…!だから、もう不安にさせないように、一緒に居て……!」

 俺はそれをしっかりと抱き留めて、両片思いの煩わしい関係から晴れて昇格した。ずっと一緒に居たい。そんな一心だった。

__________________

 守りたかった。もっと一緒に居たかった。俺は現実を受け入れられず、心の何処かでこれまでの人生を無かったことにしようとしていた。
 忘れられるはずがないのに。

 「俺は……現実を受け入れるために帰ってきた。何故、あの悲劇が起きてしまったのか原因を探るために帰ってきた。もう、同じような悲劇で、俺と同じように灰になる人が出ないように…!……俺と同じように、誓いや約束を破ることがないように………。辿り着く前に足止めされてる訳には……いかない!」

 業火の中でそう声を上げ、俺は立ち上がった。依然として絶望的な状況であることには変わりない。しかし、フラッシュバックによって思い出した。“ここで諦めることは積み上げてきたものを全て無に還す行為”であると。
 熱意に反応したのか、ノイズにまみれた人影の声が微かに聴こえてきた。

 『花はその空間の生命線……何があっても消えることはない…よ……』

 「分かった。ありがとう。」

 花は一輪ではない。必ず何処かにもう一輪存在するはずだ。ならば、やるべき事は一つ。炎を振り切り、オシロイバナを見つける事だ。

 
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