亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

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1章:失踪の川

12日目.引き留め

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 「異常はないんだよな……」

 摘み取ったシロバナタンポポを綿密にチェックしたが、至って普通の状態だった。ただ、一つだけ気になる点がある。
 それは花弁が萎れている事だ。まるで一度濡れた紙が乾いた時のように、しなっている。
 川からは少し距離があるし、天井からは光が差しているものの、直接青空にはなっていない。

 「……本題とはズレるが、何もしないよりは調べてみるか。」

 そうして、俺は土壌調査をすることに決めた。植物の生えていない地面の複数箇所に印を付けて、シャベルで地道に掘った。



 ある程度のところまで掘り進めると、変化が訪れた。

 「湿っている……。しかもかなりの量水を含んだな。そしてところどころに混じっているのは……」

 あの川の地面に含まれる砂利だ。ここが川と繋がっている可能性も捨てきれないが、他の箇所を掘った時は一向に現れる気配が無かった。
 流されてきた……それが今真っ先に思い浮かぶ結論だ。それで、問題はこのシロバナタンポポが記憶に眠る“あれ”と同じなのかどうかということ。
 正直、霧については本当に分からない。一旦それは摩訶不思議な力によるものと仮定することにした。
 
 「……とは言え、判断材料がない。流れ着いたというのも仮説として考えられはするが、根拠には弱い。あぁぁ……!」

 情報が渋滞して頭が混乱してきた俺は、一度冷静になるために、ロケットペンダントを開いた。

 「俺では……何も解き明かせないというのか…?トラブル体質なんてレベルじゃない。まるで超常現象でも働いているかのように、周囲で事故が暴発する。この霧といい、一体世界というものは……何なんだ!……はっ!」

 すると、突然心臓の音がドクンと聴こえ、ある光景が脳裏に浮かんだ。



 「ここは……一体……」

 その場所は見覚えがあるようなないような幻想的な花園だった。気候条件に構わず、様々な種類の花が咲き乱れるその花畑には、当然シロバナタンポポも咲いていた。
 しかし、花園は暗雲に覆われ雨が降り注いだ。一瞬にしてその雨は止んだが、いくつかの花のみが水分過多で萎れた。その中にはシロバナタンポポもあった。

 『君の思い出の花々。色褪せたままじゃ嫌だよ。だけど……私▓だけ…な#繧て※
……も√っ縺ィ……』

 花園から、夢で見たような人影が現れて何かを話してきたが、鮮明には聴き取れなかった。
 脳に焼き付けるように投影された光景から意識げんじつに引き戻され、俺は妙に疲れて座り込んだ。

 「本当に超常現象を疑う。はぁ……今ならこの歳でも宇宙人くらいなら信じられそうだ。……ここに居ること自体がか…。」

 そう取り留めもない疑念を自己完結した。長いこと一人存在するかも分からない洞窟の中に居るせいか、気が狂ってきたのかもしれない。
 孤独は辛いものだ。慣れていないと特に、だ。何だか物足りないという喪失感に襲われてしまう。

 「……今でも、俺はこの状況が耐えられない。目的が無かったら、今頃精神が崩壊していたかもしれない。……そういえば、一度友情を手放しかけた事があったっなぁ……」


__________________
 
 那緒に一度見限られたあの日、俺は喪失感に駆られていた。些細なことだが、それは彼女にとっては不安でしか無かったはず。
 追いかける……それが出来たら、どれだけ良かっただろうか。当時の俺に、他人を気に掛け行動できる程の余裕は無かった。ずっと一緒に居てくれた幼馴染にでさえも。







 その日の夜は全く眠れなかった。一夜が明け、俺は眠気も取れず不安感に苛まれたまま、登校した。


 「………。」

 朝のホームルーム直前になっても、那緒は現れなかった。会うことすら出来なかった事に俺の不安は掻き立てられるが、心の中で「きっと気まずくて家の中に居る。大丈夫……」と思い込んで、精神を安定化させていた。
 でも、内心は罪悪感しかなかった。





 職員室の前をたまたま通りかかった時、その話は耳に入った。


 「風波さん…目撃情報ゼロです……。」

 「もしかして誘拐か……?無事だといいんだけど……」

 先生達が、そう話していた。廊下の陰で盗み聞きをしていた俺は唇を噛んだ。

 「……くっ。俺のせいだ………なんであの時に何も……!…悔やんでも仕方がない。探さないと……」

 授業終わり、俺は帰路ガン無視で那緒を探しに行った。あれからもう二十三時間も経過している。“無事でいてくれ”そう切に願うばかりだった。



 必死に探すこと約三時間。結局見当たらずに俺は錆びれた公園で一息ついた。
 
 「目撃情報がないということは町外れにいる可能性が高いと思ったが、違ったのか……。まさか本当に誘拐…?大丈夫かな…危険な目に遭ってないかな……。」

 とにかく落ち着かない。落ち着くはずがない。何故、たった一度の敗北で俺は一生ものを手放す羽目になったのだろうか。そしてその結末に導いたのも俺自身だ。しかし、そうなる事なんて望んでもいない。お互いの波長が合わなくなった結果の産物だ。
 だからこそ、すぐに会って和解したいのに……話し合いたいのに、それすらも難しくなってしまった。一度切れた糸はもう戻らない。
 悔し涙が滴り落ちた。

 「彼女が行きそうな場所………」

 俺は公園から伸びる先の見えない道を見つめた。地元とはいえ、最悪の場合遭難するかもしれない。ただ、那緒は元気っ子である反面、怖がりな一面もある。

 「深くは行ってないだろう……。いや、行っていないでくれ……!」

 俺は意を決して、森の中を歩いていった。







 日が沈み始めていよいよ俺も危なくなってきた頃、苔生した石碑の近くの倒木に座り込む那緒の姿を見つけた。

 「那緒!」

 「ッ!」

 名前を呼ぶと、彼女はすぐに倒木から立ち上がり走って逃げようとした。俺は絶対に逃さないように本気で加速して彼女に手を伸ばした。
 すると、那緒は地面に敷かれた枯れ葉に足を滑らして転びそうになった。

 「危ないっ!」

 咄嗟に彼女の手を取り、自分の方へと身体を引き寄せた。力が上手くコントロール出来ずに、俺は尻餅をついた。
 そして、意図せずまるでバックハグのようは構図になってしまった。
 
 「放して………」

 「また逃げる気か?」

 「恥ずかしいから……」

 「恥ずかしい?あっ……!」

 今の体勢に俺もようやく気付き、適切な距離に離れた。

 「那緒………俺…辛かった。心配だった。…君は俺が塩対応になった時、こんな気持ちだったんだね……。他人の事考えられない奴なんか……最悪だったよな。もう“こんな辛い気持ちには絶対にさせない”。……帰ろう、やっぱり君と一緒じゃないと、心が廃れてしまう。そんな自分勝手な俺だけど……これが俺の答えだ。」

 静かな日没の森の中、沈黙が流れた。すると不意に彼女が微笑み、俺を抱きしめた。

 「私のほうこそごめん……!心配という言葉じゃ収まらない程の不安を与えてしまって……だけど………」

 すると、彼女は目を少し逸している顔をほのかに赤らめながら言った。

 「探しに来てくれて………ありがと……」

 初めて見る那緒のそんな表情にドキッとしながらも、冷静に「どういたしまして……」と返して、俺達は帰路に着いた。
 
 
 家に帰り、俺はポケットから那緒から貰ったシロバナタンポポを取り出して、部屋に飾った。
__________________

 あの日、俺は彼女を見つけ出した。試練となる出来事は、あれ以降は訪れなかった。その四年後に、禁忌さいあくの事故が起きたことは例外だが。
 “私を探して”。意図したかは分からないがその花言葉を知った時、彼女の不安だった気持ちを強く感じた。
 シロバナタンポポとは、俺にとってそういう意味のこもった花だ。

 「……どうすれば霧払い出来る…。無限に続く心の霧ですら原因はある。摩訶不思議だったとしても、本当の霧にも原因はある。………絶対に見つけ出す。どれだけ時間がかかっても……!」

 『……!…探してよ、、他の……』

 「な、なんだ!」

 突然、何処からともなく霧が現れて、一瞬の間に俺は霧に飲まれてしまった。







 その霧は一瞬で晴れて、目を開くと元いた川へと戻って来ていた。

 「六時……一日回ったな。」

 手元を確認すると、摘み取ったシロバナタンポポは消えていた。解決したかは分からないが、ひとまず俺は家に帰る事にした。
 
 
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