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エピローグ
#33.君は記憶の架け橋
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間に合うかどうかなんて分からない。ただ今はがむしゃらに、急ぐことしかできなかった。
お金を惜しまずに、最速で目的地に辿り着けるルートを逆算しながら向かっていた。
「……夜明けには空港に戻らないといけないのになぁ……前日に馬鹿なことをするね…僕は……」
そう口に零しながらも、別に後悔しているわけではなかった。むしろ、会いに行かない方が後悔するであろう。
もう二度と…再会できるか、約束を果たせるか分からないのだから。
高校近くにある小さな公園。東京からここまで来るのにざっと4時間。現在夜11時だ。
そんな時間なのにも関わらず、住宅街近くの閑静な公園のベンチに、月明かりに照らされる一人の横顔が目に映った。
「…早…彩…?」
すると彼女は振り返り、あの頃と変わらない微笑みを見せた。懐かしくも、新鮮なその笑みを。
「ただいま…爽真…!」
「…おかえり…早彩。もう六年…長いようで、あっという間だったよ。」
「ふふ…分かるよ、その気持ち。私の方も色々あったから……。例えば…受験のこと…とか…?」
「ああ…軽く耳にはしたよ。美大で頑張ってたんだってね。メディアにも取り上げられるほど、いいアーティストになったみたいだね。」
「うん!両親がそっち系の人間だったからね…急に転勤で引っ越すことを告げられた時は、皆に会えなくなると寂しかったけど…前を向いて歩けたよ。きっとこれも君のお陰……改めて、ありがとうね。」
「感謝はいいって…六年前の君が頑張ったから、今がある。そうでしょ?」
「うーん……そう…なのかも?」
首を傾げる無意識のあざとい仕草に少し目を惹かれながらも、僕は平常心を保った。
しばらく春風に髪を靡かれ、静寂が続くと、彼女は何かを決心したように目を瞑り胸に手を当て、目を開くと言葉を零した。
「あの…爽真…君……実は…話したいことがあるんだ……」
「…どうしたの…?」
少しの間が空いて、早彩はその言葉の続きを声にした。
「私は……爽真のことが未だに忘れられない。友達としてじゃなくて……想い人として…」
「……。」
あの日、僕は彼女に告白して、フラれた。だけど、彼女も僕のことが好きだった。本当は相思相愛なのに、運命はそれを導かなかった。
それは誰のせいか。自分達で決めたことだ。自分達がそれが本当の幸せになると思わなかったせいだ。実際そうだっただろう。
「……今度は…私から言うね。今も君のことが好きだよ……だから…付き合ってください。」
早彩は告げた。あの日、叶わなかった願いを。僕もそれに応えたい。…濁さず、ちゃんと本心で。
「ありがとう。僕も好きだよ。この六年間…その気持ちはずっと変わってない。……でも、僕は君を迎えられない。力不足でごめんなさい…。」
「………っ?」
すると早彩は驚いたような、哀しげな眼をしていた。
「どう…して…?」
そんな疑問を僕に尋ねた。彼女は別におかしなことは言っていない。この流れで断られるなんて、僕でも夢にも思わないだろうから。
その理由を、僕ははっきりと告げた。
「実は……明日から海外に出るんだ。」
「……え?」
彼女は唖然としていた。僕が東京の大学で勉強していることは彼女も知っている。そんな人がどうして、留学前日の夜にこんなところに居るのか。不思議に思わない訳がない。
「…そう。僕は海外で脳の勉強をする。記憶のメカニズムを深く理解して、同じような症状に悩む患者さんを…子ども達を救いたいんだ!」
「……そっか。君はまだ…前に進むんだね…爽真らしいよ。でも……それならこんなところに来てる暇はなかったんじゃないの……?」
「逆だよ。寝ている暇じゃない。……迎えられないと分かっていても、好きなことに変わりはない。約束したんだ…ちゃんと“さよなら”を告げないと、心残りになる気がしたんだ。思い出は……綺麗に残しておきたいから……」
僕には患者さんを救うという使命がある。自分の環境下で自然に芽生えた使命が。だけどそれと同じくらい、思い出は大切にしたい。
前に進むことは大事。それでも、時々過去に振り向かないと、信念が歪曲して大事なことを忘れてしまう。
病気で苦しんだ過去があってこそ、医者を志すようになったのだから。
「……。」
「…っ!」
早彩は何も言わずにかかとを上げて、少し身長差のある僕の限りなく唇に近い頬に口づけを交わした。
「…ファーストキス…大学卒業まで、残していたの。君のために…ね……」
「早彩……」
耳元でそう囁き、彼女はさっきまでの距離間に戻って言った。
「行ってきて。君ならきっとできるよ。だって君は……もう、一人の人生を変えてくれたじゃん?」
「…まぁ…そうだね。……僕のように、過去を振り返っては幸せを感じられる…そんな経験を、多くの人にして欲しいな……」
そう言いながら僕は身体を後ろに向け、駅に向かって歩いて行こうとした。
「さよなら…爽真…。また…日本に戻ってきた時には…よろしくねっ!」
「…っ!…うん。約束だ。」
こうして一区切りの別れを告げて、僕達はそれぞれの道へと前進していった。
翌朝。ほとんど眠らずに、窓越しに見える夜景を眺めながら電車に揺られて帰ってきた僕は、眠い目を擦って日の光を浴びた。
段ボールにまとめられていた荷物もトラックで一足先に空港と実家に送られていて、部屋は寂しくなっていた。
「4年間ありがとうね。行ってきます。」
そう告げて、僕はタクシーで空港に向かった。
「運転手さん、少しだけ郵便局に寄ってくれませんか?渡しそびれたものがあって…」
「はいよ。次の便までまだ時間はあるから、そんなに慌てるな。」
郵便局に着き、僕は鞄からノートを取り出して、手紙と一緒に早彩の家まで配送をお願いした。
「……。」
飛行機の窓から、地上から離れていく様子を眺める。これでしばらく見納めと考えると少し寂しい気もする。
「自分が納得できる結果を出せたら…また戻ってくる…。待ってて……」
数週間後、早彩の家には空白だった最後の一ページが埋められた、一冊のノートが送られてきていた。
『想い出を 綴り未来へ 繋ぎ留め 誰かに伝える 幸せのカタチ 相葉爽真 23歳』
「頑張ってきてね……君は記憶の架け橋だよ。爽真っ!」
Fin
お金を惜しまずに、最速で目的地に辿り着けるルートを逆算しながら向かっていた。
「……夜明けには空港に戻らないといけないのになぁ……前日に馬鹿なことをするね…僕は……」
そう口に零しながらも、別に後悔しているわけではなかった。むしろ、会いに行かない方が後悔するであろう。
もう二度と…再会できるか、約束を果たせるか分からないのだから。
高校近くにある小さな公園。東京からここまで来るのにざっと4時間。現在夜11時だ。
そんな時間なのにも関わらず、住宅街近くの閑静な公園のベンチに、月明かりに照らされる一人の横顔が目に映った。
「…早…彩…?」
すると彼女は振り返り、あの頃と変わらない微笑みを見せた。懐かしくも、新鮮なその笑みを。
「ただいま…爽真…!」
「…おかえり…早彩。もう六年…長いようで、あっという間だったよ。」
「ふふ…分かるよ、その気持ち。私の方も色々あったから……。例えば…受験のこと…とか…?」
「ああ…軽く耳にはしたよ。美大で頑張ってたんだってね。メディアにも取り上げられるほど、いいアーティストになったみたいだね。」
「うん!両親がそっち系の人間だったからね…急に転勤で引っ越すことを告げられた時は、皆に会えなくなると寂しかったけど…前を向いて歩けたよ。きっとこれも君のお陰……改めて、ありがとうね。」
「感謝はいいって…六年前の君が頑張ったから、今がある。そうでしょ?」
「うーん……そう…なのかも?」
首を傾げる無意識のあざとい仕草に少し目を惹かれながらも、僕は平常心を保った。
しばらく春風に髪を靡かれ、静寂が続くと、彼女は何かを決心したように目を瞑り胸に手を当て、目を開くと言葉を零した。
「あの…爽真…君……実は…話したいことがあるんだ……」
「…どうしたの…?」
少しの間が空いて、早彩はその言葉の続きを声にした。
「私は……爽真のことが未だに忘れられない。友達としてじゃなくて……想い人として…」
「……。」
あの日、僕は彼女に告白して、フラれた。だけど、彼女も僕のことが好きだった。本当は相思相愛なのに、運命はそれを導かなかった。
それは誰のせいか。自分達で決めたことだ。自分達がそれが本当の幸せになると思わなかったせいだ。実際そうだっただろう。
「……今度は…私から言うね。今も君のことが好きだよ……だから…付き合ってください。」
早彩は告げた。あの日、叶わなかった願いを。僕もそれに応えたい。…濁さず、ちゃんと本心で。
「ありがとう。僕も好きだよ。この六年間…その気持ちはずっと変わってない。……でも、僕は君を迎えられない。力不足でごめんなさい…。」
「………っ?」
すると早彩は驚いたような、哀しげな眼をしていた。
「どう…して…?」
そんな疑問を僕に尋ねた。彼女は別におかしなことは言っていない。この流れで断られるなんて、僕でも夢にも思わないだろうから。
その理由を、僕ははっきりと告げた。
「実は……明日から海外に出るんだ。」
「……え?」
彼女は唖然としていた。僕が東京の大学で勉強していることは彼女も知っている。そんな人がどうして、留学前日の夜にこんなところに居るのか。不思議に思わない訳がない。
「…そう。僕は海外で脳の勉強をする。記憶のメカニズムを深く理解して、同じような症状に悩む患者さんを…子ども達を救いたいんだ!」
「……そっか。君はまだ…前に進むんだね…爽真らしいよ。でも……それならこんなところに来てる暇はなかったんじゃないの……?」
「逆だよ。寝ている暇じゃない。……迎えられないと分かっていても、好きなことに変わりはない。約束したんだ…ちゃんと“さよなら”を告げないと、心残りになる気がしたんだ。思い出は……綺麗に残しておきたいから……」
僕には患者さんを救うという使命がある。自分の環境下で自然に芽生えた使命が。だけどそれと同じくらい、思い出は大切にしたい。
前に進むことは大事。それでも、時々過去に振り向かないと、信念が歪曲して大事なことを忘れてしまう。
病気で苦しんだ過去があってこそ、医者を志すようになったのだから。
「……。」
「…っ!」
早彩は何も言わずにかかとを上げて、少し身長差のある僕の限りなく唇に近い頬に口づけを交わした。
「…ファーストキス…大学卒業まで、残していたの。君のために…ね……」
「早彩……」
耳元でそう囁き、彼女はさっきまでの距離間に戻って言った。
「行ってきて。君ならきっとできるよ。だって君は……もう、一人の人生を変えてくれたじゃん?」
「…まぁ…そうだね。……僕のように、過去を振り返っては幸せを感じられる…そんな経験を、多くの人にして欲しいな……」
そう言いながら僕は身体を後ろに向け、駅に向かって歩いて行こうとした。
「さよなら…爽真…。また…日本に戻ってきた時には…よろしくねっ!」
「…っ!…うん。約束だ。」
こうして一区切りの別れを告げて、僕達はそれぞれの道へと前進していった。
翌朝。ほとんど眠らずに、窓越しに見える夜景を眺めながら電車に揺られて帰ってきた僕は、眠い目を擦って日の光を浴びた。
段ボールにまとめられていた荷物もトラックで一足先に空港と実家に送られていて、部屋は寂しくなっていた。
「4年間ありがとうね。行ってきます。」
そう告げて、僕はタクシーで空港に向かった。
「運転手さん、少しだけ郵便局に寄ってくれませんか?渡しそびれたものがあって…」
「はいよ。次の便までまだ時間はあるから、そんなに慌てるな。」
郵便局に着き、僕は鞄からノートを取り出して、手紙と一緒に早彩の家まで配送をお願いした。
「……。」
飛行機の窓から、地上から離れていく様子を眺める。これでしばらく見納めと考えると少し寂しい気もする。
「自分が納得できる結果を出せたら…また戻ってくる…。待ってて……」
数週間後、早彩の家には空白だった最後の一ページが埋められた、一冊のノートが送られてきていた。
『想い出を 綴り未来へ 繋ぎ留め 誰かに伝える 幸せのカタチ 相葉爽真 23歳』
「頑張ってきてね……君は記憶の架け橋だよ。爽真っ!」
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