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5章:記憶に残る文化祭

#30.素直な気持ち

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 カフェを出た後の時間も日が暮れるまで文化祭を存分に楽しんだ。
 途中で美咲と奏翔にも遭遇して、琉威も当番交代になったので、五人で周ったりもしていた。どのブースも気合いが入っていて、時間があっという間に過ぎていった。
 文化祭二日目はほとんどの時間を運営側で過ごした。クラスの方は展示物だし、テニス部員が全然足りていないので、早彩に運営を手伝ってもらったりした。

 そんな風に二日間過ごした文化祭も、いよいよ大詰めだ。



 『まもなく17時を回ります。文化祭終了後、生徒の皆さんは第一グラウンドに集まってください。』

 そうアナウンスが告げられ、僕達は第一グラウンドに向かっていた。道中の売店などはもう畳まれ始めており、文化祭の終わりが感じられる。

 「射的ゲームの片付け手伝わせてごめんね。助かったよ。」

 「いいのいいの。私も爽真に色々と助けられたしね。力になれたようで良かったよ。」

 話しながら歩いていると、仕事終わりの琉威が正面側からこちらに向かってきた。

 「お疲れ様、琉威。」

 「ああ、二人ともお疲れ様。早彩…ちょっと時間貰ってもいいか?」

 「え…あ、はい。大丈夫ですが……」

 「なら良かった。裏庭のベンチにお願い。…安心して。何かあったら止められるようにしてあるから。」 

 「……分かりました。行ってきます。」

 少し不安そうな表情を浮かべながらも、彼女は琉威に言われた場所に一人で向かっていった。


 「…早彩に何か用がある人がいるみたいだけど、もしかして……」

 「ああ、お察しの通りだ。ちゃんと謝りたいんだとさ。」

 「一人で大丈夫なのかな……」

 「全く…心配性だな爽真は。大丈夫、莉緒副会長も傍についてる。それに…まぁお前になら話してもいいか……」

 「…?」

 琉威は僕に稀香の事情についての話をしてくれた。



 「なるほど……事情は分かったけど、許される事ではないね…」

 「それは本人が一番よく分かっているはずだ。その点は信頼しているから。」

 彼は他人の動きをしっかりと見て、問題を解決することができる人間だ。そこは僕も分かっている。
 丸く収まることを祈って、僕達は待つことが最善だろう。

 「ところで、文化祭は楽しめたか?」

 すると話題を変えて、彼はそう尋ねてきた。
 
 「そりゃ勿論。準備や運営も楽しかったし、他のクラスや部活のブースを周るのも楽しかったよ。そういう琉威はどうなの?」

 「そう多くは周れてないが、どのブースも努力が感じられる出来だったと思う。…ありきたりな感想か?」

 「ううん。まさにその通りだし、ここの生徒なら誰しもそう感じると思うよ。次の投票…怖いけど楽しみだね。」

 「ああ…そうだな!」

 この後、後夜祭では各部門ごとに人気投票が行われる。この学校の文化祭が盛んな理由はこの人気投票があるからだ。
 毎年、様々なドラマが生まれ、年々レベルが上がっている。

 「みさかな電話で呼ぶか。折角なら皆で見たいし。」

 「だな。しばらく待ちますか……」

 皆が合流するまで、僕と琉威は段差に座って話して待つことにした。







 私は琉威さんに言われたように裏庭に向かっていた。すると、ベンチに稀香ちゃんが座っているのが見えた。
 
 「……稀香ちゃん…?」

 何かを思い詰めるように自分の世界に入っている稀香ちゃんに声を掛けると、彼女はベンチから立ち上がって頭を下げた。

 「ごめんなさい……早彩ちゃん、本当にごめんなさいっ……!」

 「………私は…莉緒先輩みたいに優しくない。その謝罪は“心の底から”思っていることですか?」

 「はい……今までずっと、許されないことをしていたと反省しています……」

 一つ溜め息をつき、私は彼女に質問を投げ掛けた。

 「何で……あんなことしちゃったの?理由を教えて欲しいな。」

 「羨ましかった……君の事がずっと羨ましかったんだ……」

 「…?」

 「…早彩ちゃんは努力家で…いつも自然体で幸せそうにしていて……。私は好かれようと努力して、疲れちゃったんだ。だから…嫉妬していたの……」

 「…幸せ…そう?私が幸せそうに見えるんだ……中学でもいじめられていて、人間不信になって高校でも孤立してしまった私が…?」

 私は分からなかった。私に嫉妬する理由が。私からは、彼女の方がずっと輝いて見えたから。例えそれが無理をしていたとしても、私が幸せそうには見えなかったはずだから。
 すると彼女は、その答えをすぐに出してくれた。

 「……実は、私もいじめられて育ってきたの…。それはもう酷いもので…正直、死にたいと思った時もあった。彼と出会ってなかったら、私はもう存在していなかったかもしれない。……いつしか私は、他人に嫌われないように、他人を真似て生きるようになったの。」

 「……いじめっ子から逃げるために、いじめっ子になっちゃったと…」

 「うん……」

 すると彼女は涙を流しながら、震える声色で言った。

 「本当はいじめられる痛みだって分かってるのに……!自己保身にだけ走って、後に引けなくなって…!……気づいたら、心が染まってしまったんだ。自分がされてきた分、他人に当たるようになってしまった………分かってる…取り返しがつかない事をしてしまったことは…!許されたいなんて思ってない……だけど、これだけは分かって欲しい…ごめんなさい。」

 その言葉は嘘じゃない。彼女の声に混じって溢れ出す感情をみれば、すぐに分かった。私は思わず呟いた。

 「…私なんかより…君の方がずっと強いのに……」

 彼女は気持ちはよく分かる。でも、やっぱり私には彼女の方が羨ましく感じる。苦しみに耐えながら演じることだって、努力あってこそだから。
 それに彼女にとって、自然体がどの姿を指すのか自分でも分からなくなっているだろうから。
 
 「…やっぱり分からないよ…私に嫉妬する理由が……。…ごめん、やっぱり今は君を許せない。…だけどね、無理をしないで自然体で居られるように、私も協力するよ。本当の気持ちを……見失わないように…」

 「…ありがとう……。新しい絵…とっても素敵だったよ。」

 「…稀香ちゃんもね。」

 私は彼女の感性や実力には感心している。きっと絵に現れている姿は彼女の本音、素直な気持ちなんだろう。
 きっと根はいい子のはず。今すぐには無理かもしれないけど、少しずつでも彼女に寄り添って、私は彼女と分かり合っていきたいと思った。


 「二人とも、お互いの事は理解してくれたみたいね~」

 すると、木陰から私達の様子を見ていた莉緒先輩が出てきた。

 「すみません……私の心が寛大じゃなくて……」

 「ううん、大丈夫だよ。君は君のペースで、洗い流してあげて。でも、稀香ちゃんの素直な気持ちは分かってあげてほしいな♪」

 「勿論です…!私だって稀香ちゃんが痛まなくていいように、理解者になってあげたいですから……改めて、これからよろしくね?稀香ちゃん!」

 そう言うと彼女は少し驚いたような表情を見せながらも、ぎこちない笑顔で返してくれた。

 「うん…!」

 私は本当の稀香ちゃんを知りたい。私が救ってもらったように、私も彼女を救いたいから。
 
 「二人がお互いの理解者で、支えになれることを祈ってるよ~。じゃあ、そろそろ後夜祭も始まるみたいだから、行こっか?」

 「「はい!」」

 そうして私達は莉緒先輩と一緒に、爽真達と合流しに行った。

 
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