【完結】 I は夏風と共に、詩を綴る

やみくも

文字の大きさ
上 下
26 / 34
5章:記憶に残る文化祭

#26.崩れる

しおりを挟む
 方針決定の日の帰り、僕と早彩は水やりをしてから一緒に帰っていた。

 「あの…ごめんね?一緒に責任を背負わせちゃって……」

 「ううん。気にしないで。あそこで早彩が言ってくれなければ、きっと納得のいく結末にはならなかったと思うんだ。ありがとう、自分の意見を曝け出してくれて。」

 「曝け出すって……簡単なことじゃないね。」

 「…だね。」

 自分の意見を口にすることは決して簡単じゃない。それは僕も分かってる。だからこそ、その簡単じゃないことを率先してやってくれた彼女に拍手を贈りたい。
 入学した時から彼女はほとんど自我を周りに出さず、いまいち読めない人だった。そんな彼女が勇気を出して意見してくれたからこそ、何処か刺さるものがあったのだろうか。

 「じゃあ、明日からも準備が頑張ろう!いい作品にしたいね。」

 「はい!クラスも部活もお互いに頑張ろうね!」

 そう挨拶を交わし、僕達はそれぞれの帰路に別れた。





 自宅に着き、明日の支度を済ませて私事も済ませた僕は、ノートを閉じて琉威と通話をしていた。

 『なるほど……普段通りに自然体で話せるように戻ったか。なら良かった。』

 「うん。まぁ、彼女の行動に助けられた形にはなっちゃったけどね……」

 『……重ねたんだな…自分を。』

 「………今思えば、それが惹かれた理由だったのかも。内情はきっと違うだろうけど、抱えてる問題が何となく似てる気がするんだ。共感できるよ……言葉のニュアンスを感じ取れれば。」

 『お前も………理解してきたか……』

 「そりゃしているよ。君が裏で誘導していたことにも気づいてる。幼馴染だからね。……そろそろ、僕も前進しなければって思ってるよ……」

 『爽真……』

 「おやすみ。準備頑張ろうね。」

 そう言って僕は通話を切り、灯りを消して眠りに就いた。







 それからというもの、残りの夏休みの時間を交代しながらもふんだんに使って、二学期が始まってからもやる気のある人は居残りで作業を進め、準備は順調に進んでいった。
 部活の企画も並行しつつで忙しかったけれど、任された役目を全うすべく、僕は厳格にスケジュールを管理して組み上げていった。

 順調だったはず。それなのに、文化祭まで丁度残り一週間を切った日、事件が起こった。



 「………え?…嘘……何これ……」

 いつものように放課後、文化祭で使用する展示物や小道具を空き教室から取りに行こうと扉を開けると、信じ難い光景があった。
 
 「おい、どうした爽真?入らないのか……ッ!……壊れてる…いや、壊されてる!」

 後から様子を見に来た琉威も、とても状況を飲み込めてるようには見えなかった。そりゃそうだろう。

 「とりあえず、級代に報告してくる!」

 そう言って、僕は級代が居ると思われる体育館へと向かった。



 「………意図的な破壊。あいつが仕組んだことくらいは想像に難くないが、一体何が狙いで……?」





 一方その頃、美術室にて。

 「そんな…私の絵が……」

 文化祭での展示に向けて、早彩が一学期から夏休みの間まで構想を練って、今日までずっと試行錯誤しながら一生懸命描き続けて絵が、バケツを振り被ったように水浸しになって萎れていた。
 それを嘲笑うかのように、アイディアも技術も一枚上手の稀香の絵が、仕上げ作業の前段階で棚に放置されていた。

 「…うぅ……」

 悔しいけど、どうすることもできない自分の無力さに心を打ち砕かれているところに追い打ちを掛けるかのように、クラスチャットにて一通の報告が送られてきた。

 『全員教室集合』







 教室が暗く重々しい空気に包まれていた。教室の真ん中には、ここまで頑張って作り上げてきた一番大きな展示物である、タワーだった。しかし、その姿はズタボロにされて悲惨だった。
 
 「お待たせ……って、何これ………どうして……?」

 「ああ…早彩か。……僕も辛いよ…ここまで頑張ってきたのに…」


 騒然とする中、級代が表に立って話し始めた。

 「…ここまで本当に順調だったのに、残念だ。この件について、何か知っている人がいたら、申し出てほしい。」

 凍てつく空気の中、全員が黙り込んでいると、黒木が級代にグイグイと迫りながら言った。

 「山本だ!山本が犯人だ!そもそもこいつは考え方が違った!制作が進んでもなお、納得できなかったこいつが壊したに決まってる!」

 すると、山本が反論をしに入る。

 「言い掛かりだ!そりゃ日本風一色が本望だったが、今のこのミックスでも十分許容しているっ!そっちこそどうなんだ?中途半端なものを出すくらいなら中止したいと思ってるんじゃないのか!」

 「はぁ?完成度を重んじるこの俺が破壊すると?あり得ない思考回路だ。この調子で一週間頑張れば、十分なものができたはずだろ!」

 以前のように二人の口論はヒートアップしていて、誰も止めに入れない状況に陥っていた。
 
 「あの…二人とも……ちょっと落ち着いて………」

 「「学級代表は黙ってろ!」」

 「ひぃっ!」

 級代が何とか止めに入るものの、威圧されて一歩退いてしまった。
 
 「はぁ……これは級代の自爆だな…訊き方が褒められたものじゃない。」

 琉威はそう溜め息を零し、鎮火されそうにない不毛な争いをただただ眺めていた。
 そんな中、早彩が拳をグッとして動こうとしていた。

 「今はやめておけ早彩。あれほど燃え上がってると流石に……」

 「でも………私が仲裁しないと……責任を持つって約束したから……」

 琉威の忠告を無視して、早彩は彼らの方に近づいて声を上げた。



 「やめてくださいっ!あの日決めたじゃないですか!」

 すると、二人のヘイトが早彩に向き、言い始めた。

 「そもそもの話、お前がしっかりどちらかに票を入れていれば、今更こんなことにはならなかったじゃないか!」

 「そうだそうだ。確かに最初は画期的なアイディアだと思っていたが、所詮そんなものはその場凌ぎでしかない!」
  
 そう言うと黒木は早彩を壁越しへと追い込み、こう口にした。

 「これまで教室の端で静かに過ごしていたくせに、急に付け上がんなよ。」

 「……ッ!」


 「おい黒木。怒りのぶつけどころが違うだろ。」

 拳に力を込め、鬼のような形相に豹変した口調で琉威が無理矢理止めに入ろうとするが、後ろから僕が抑えた。

 「離せ、爽真。」

 「もっと大事にする気?武力行使も違うでしょ!」

 「だったら早彩があのまま責められてもいいのか!」

 「いい訳がない!…けど……君のしようとしていることは肯定できない。」

 「………チッ」

 何とか琉威を鎮圧することには成功したものの、問題はまだ解決していない。早彩を擁護しないと、声がデカい方が明らかに有利だ。
 僕は彼らのバッシングから守ろうと、介入しようとした。


 「なぁ……東風!何とか言ったらどうだぁ!」

 「……はい……私が悪かったです…もう二度と…皆さんの機嫌を損ねるような真似はしません……!」

 「あっ…早彩!」

 そう謝って、早彩は泣きながら教室を走り去ってしまった。

 「ふん、全く………ッ!」
 
 去り際に、思わず僕は黒木のすねに蹴りを入れてしまった。全部感情に身を任せた。
 思いの外痛かったのか、黒木はその場に屈んだ。

 「爽真……早彩のことは頼んだ。この場は俺と級代で抑えておく。」

 「……分かった。約束は守ってよ?」

 「ああ。お前との友情に…ひびは入れたくないからな。」

 約束を交わし、僕は早彩を追って教室から出て行った。







 「やっぱりここに居た………」

 裏庭側の花壇に行くと、予想通り早彩が座っていた。

 「………。」

 「……隣、座るね。」

 そう言って僕はそっと隣を座ると、彼女は尋ねてきた。

 「どうして…追ってきたりしたの?」

 「……見過ごせなかったから。」

 「…優しいね。けれど…それを素直に受け取れない自分が居るんだ。“偽善”という言葉もあるからね。」

 「僕としては……どう捉えてくれても構わないよ。ただ、その言葉が本心ということだけは信じてくれると嬉しいな。」

 しばらく沈黙が流れ、僕は穴だらけの記憶を頑張って回想して、思い出した。
 そうして、語った。

 「……僕は記憶障害を持っている。」

 「……え…?」

 「うん。ちょっと意外に思うかもね。今でこそ治療してマシになったけど、昔は本当に何も記憶できなかった。今でさえ、何か形として残しておかないと鮮明に思い出せない。だから、毎日日記を執ってるんだ。……大切な思い出が、色褪せないように……」

 「………それは…秘密にしてた事だよね?」

 「そうだよ。家族以外だと幼馴染の琉威しか知らない。それ故に、やっぱり周りからは異質な子に見えたみたいでさ……けっこうハブられてきたね。」

 「…いじめには発展しなかったの?」

 「幸い。琉威は威圧感あるし、空手もやってるから誰も突っ掛かってこないよ。無論、そういう卑怯な弱虫に限ってだけど。」

 普通に接してくれる人にとっては、琉威はただの優等生だ。無闇に振られることのない力に怯えているのは、本人の問題だ。

 「…それでも、僕自身じゃ無力なんだよ。でもなんでだろうな、仲の良い人と一緒に居ると無敵になったように感じるんだ。……だけど僕が守られてるだけとは一度も思ったことないよ。自分にしかできない役割も、きっとあると信じているから。」

 「………凄いね、爽真は自我を出せていて。私は……分からないんだ。堂々としていられる度胸がないんだ。…君も打ち明けてくれたし、いつしかの約束…聞いてほしい。」

 キャンプの日にした彼女との約束。それを彼女は打ち明けてくれた。

 「私は小学生の時からずっといじめられてるの。理由は分からないけど……私を認めたくないんだなぁとは察してた。いじめっ子達と高校で別れられたのに、高校でも標的にされちゃってさ……ちょっと人間不信になっちゃったんだ。」

 「…なるほど…それで……」

 仲良くなるまでの早彩を思い出してみると、確かに繋がる。きっと内心味方が欲しいとは思っていたけど、相手を信用することができずに思い悩み、結局孤立してしまったということだ。
 いじめっ子にとって、孤立している人は格好の的。一人で居ると自己肯定感も育まれづらいはずだから。

 「……今まで、ずっと辛い思いをしていたんだね。大丈夫。僕は君の味方だよ……」

 「……ッ!…う、うう…うぇーん…!」

 抑えていた感情が溢れ出したのか、早彩は僕に抱きついて子どものように泣きじゃくった。
 目を瞑り、僕は彼女が気が済むまでそっとしていた。



 「…ごめんね。もう大丈夫だから……。」

 「…そっか。それじゃあ、解決しに行こっか。味方と一緒なら、もう君は無敵なはずだよ。」

 「……うん。今日で私は変わるんだ。行こっ!」

 そうして僕達は、心当たりのあるところへと…美術室へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀
青春
刈磨汰一(かるまたいち)は、生まれながらの不運体質だ。 幼い頃から数々の不運に見舞われ、二週間前にも交通事故に遭ったばかり。 久しぶりに高校へ登校するも、野球ボールが顔面に直撃し昏倒。生死の境を彷徨う。 そんな彼の前に「神」を名乗る怪しいチャラ男が現れ、命を助ける条件としてこんな依頼を突きつけてきた。 「その"厄"を引き寄せる体質を使って、神さまのたまごである"彩岐蝶梨"を護ってくれないか?」 彩岐蝶梨(さいきちより)。 それは、汰一が密かに想いを寄せる少女の名だった。 不運で目立たない汰一と、クール美少女で人気者な蝶梨。 まるで接点のない二人だったが、保健室でのやり取りを機に関係を持ち始める。 一緒に花壇の手入れをしたり、漫画を読んだり、勉強をしたり…… 放課後の逢瀬を重ねる度に見えてくる、蝶梨の隙だらけな素顔。 その可愛さに悶えながら、汰一は想いをさらに強めるが……彼はまだ知らない。 完璧美少女な蝶梨に、本人も無自覚な"危険すぎる願望"があることを…… 蝶梨に迫る、この世ならざる敵との戦い。 そして、次第に暴走し始める彼女の変態性。 その可愛すぎる変態フェイスを独占するため、汰一は神の力を駆使し、今日も闇を狩る。

これも何かの縁(短編連作)

ハヤシ
現代文学
児童養護施設育ちの若夫婦を中心に、日本文化や風習を話題にしながら四季を巡っていく短編連作集。基本コメディ、たまにシリアス。前半はほのぼのハートフルな話が続きますが、所々『人間の悪意』が混ざってます。 テーマは生き方――差別と偏見、家族、夫婦、子育て、恋愛・婚活、イジメ、ぼっち、オタク、コンプレックス、コミュ障――それぞれのキャラが自ら抱えるコンプレックス・呪いからの解放が物語の軸となります。でも、きれいごとはなし。 プロローグ的番外編5編、本編第一部24編、第二部28編の構成で、第二部よりキャラたちの縁が関連し合い、どんどんつながっていきます。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

カフェノートで二十二年前の君と出会えた奇跡(早乙女のことを思い出して

なかじまあゆこ
青春
カフェの二階でカフェノートを見つけた早乙女。そのノートに書かれている内容が楽しくて読み続けているとそれは二十二年前のカフェノートだった。 そして、何気なくそのノートに書き込みをしてみると返事がきた。 これってどういうこと? 二十二年前の君と早乙女は古いカフェノートで出会った。 ちょっと不思議で切なく笑える青春コメディです。それと父との物語。内容は違いますがわたしの父への思いも込めて書きました。 どうぞよろしくお願いします(^-^)/

僕と俺だけの特権 〜僕たち3〜

知人さん
青春
想介が翔と空太と別れてから 数十年が経ち、幸せの家庭を築いて 子宝にも恵まれていたが、 子供の人格が同じ運命を辿る。

スカートなんて履きたくない

もちっぱち
青春
齋藤咲夜(さいとうさや)は、坂本翼(さかもとつばさ)と一緒に 高校の文化祭を楽しんでいた。 イケメン男子っぽい女子の同級生の悠(はるか)との関係が友達よりさらにどんどん近づくハラハラドキドキのストーリーになっています。 女友達との関係が主として描いてます。 百合小説です ガールズラブが苦手な方は ご遠慮ください 表紙イラスト:ノノメ様

土俵の華〜女子相撲譚〜

葉月空
青春
土俵の華は女子相撲を題材にした青春群像劇です。 相撲が好きな美月が女子大相撲の横綱になるまでの物語 でも美月は体が弱く母親には相撲を辞める様に言われるが美月は母の反対を押し切ってまで相撲を続けてる。何故、彼女は母親の意見を押し切ってまで相撲も続けるのか そして、美月は横綱になれるのか? ご意見や感想もお待ちしております。

サンスポット【完結】

中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。 そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。   この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。    ※この物語は、全四章で構成されています。

処理中です...