【完結】 I は夏風と共に、詩を綴る

やみくも

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5章:記憶に残る文化祭

#26.崩れる

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 方針決定の日の帰り、僕と早彩は水やりをしてから一緒に帰っていた。

 「あの…ごめんね?一緒に責任を背負わせちゃって……」

 「ううん。気にしないで。あそこで早彩が言ってくれなければ、きっと納得のいく結末にはならなかったと思うんだ。ありがとう、自分の意見を曝け出してくれて。」

 「曝け出すって……簡単なことじゃないね。」

 「…だね。」

 自分の意見を口にすることは決して簡単じゃない。それは僕も分かってる。だからこそ、その簡単じゃないことを率先してやってくれた彼女に拍手を贈りたい。
 入学した時から彼女はほとんど自我を周りに出さず、いまいち読めない人だった。そんな彼女が勇気を出して意見してくれたからこそ、何処か刺さるものがあったのだろうか。

 「じゃあ、明日からも準備が頑張ろう!いい作品にしたいね。」

 「はい!クラスも部活もお互いに頑張ろうね!」

 そう挨拶を交わし、僕達はそれぞれの帰路に別れた。





 自宅に着き、明日の支度を済ませて私事も済ませた僕は、ノートを閉じて琉威と通話をしていた。

 『なるほど……普段通りに自然体で話せるように戻ったか。なら良かった。』

 「うん。まぁ、彼女の行動に助けられた形にはなっちゃったけどね……」

 『……重ねたんだな…自分を。』

 「………今思えば、それが惹かれた理由だったのかも。内情はきっと違うだろうけど、抱えてる問題が何となく似てる気がするんだ。共感できるよ……言葉のニュアンスを感じ取れれば。」

 『お前も………理解してきたか……』

 「そりゃしているよ。君が裏で誘導していたことにも気づいてる。幼馴染だからね。……そろそろ、僕も前進しなければって思ってるよ……」

 『爽真……』

 「おやすみ。準備頑張ろうね。」

 そう言って僕は通話を切り、灯りを消して眠りに就いた。







 それからというもの、残りの夏休みの時間を交代しながらもふんだんに使って、二学期が始まってからもやる気のある人は居残りで作業を進め、準備は順調に進んでいった。
 部活の企画も並行しつつで忙しかったけれど、任された役目を全うすべく、僕は厳格にスケジュールを管理して組み上げていった。

 順調だったはず。それなのに、文化祭まで丁度残り一週間を切った日、事件が起こった。



 「………え?…嘘……何これ……」

 いつものように放課後、文化祭で使用する展示物や小道具を空き教室から取りに行こうと扉を開けると、信じ難い光景があった。
 
 「おい、どうした爽真?入らないのか……ッ!……壊れてる…いや、壊されてる!」

 後から様子を見に来た琉威も、とても状況を飲み込めてるようには見えなかった。そりゃそうだろう。

 「とりあえず、級代に報告してくる!」

 そう言って、僕は級代が居ると思われる体育館へと向かった。



 「………意図的な破壊。あいつが仕組んだことくらいは想像に難くないが、一体何が狙いで……?」





 一方その頃、美術室にて。

 「そんな…私の絵が……」

 文化祭での展示に向けて、早彩が一学期から夏休みの間まで構想を練って、今日までずっと試行錯誤しながら一生懸命描き続けて絵が、バケツを振り被ったように水浸しになって萎れていた。
 それを嘲笑うかのように、アイディアも技術も一枚上手の稀香の絵が、仕上げ作業の前段階で棚に放置されていた。

 「…うぅ……」

 悔しいけど、どうすることもできない自分の無力さに心を打ち砕かれているところに追い打ちを掛けるかのように、クラスチャットにて一通の報告が送られてきた。

 『全員教室集合』







 教室が暗く重々しい空気に包まれていた。教室の真ん中には、ここまで頑張って作り上げてきた一番大きな展示物である、タワーだった。しかし、その姿はズタボロにされて悲惨だった。
 
 「お待たせ……って、何これ………どうして……?」

 「ああ…早彩か。……僕も辛いよ…ここまで頑張ってきたのに…」


 騒然とする中、級代が表に立って話し始めた。

 「…ここまで本当に順調だったのに、残念だ。この件について、何か知っている人がいたら、申し出てほしい。」

 凍てつく空気の中、全員が黙り込んでいると、黒木が級代にグイグイと迫りながら言った。

 「山本だ!山本が犯人だ!そもそもこいつは考え方が違った!制作が進んでもなお、納得できなかったこいつが壊したに決まってる!」

 すると、山本が反論をしに入る。

 「言い掛かりだ!そりゃ日本風一色が本望だったが、今のこのミックスでも十分許容しているっ!そっちこそどうなんだ?中途半端なものを出すくらいなら中止したいと思ってるんじゃないのか!」

 「はぁ?完成度を重んじるこの俺が破壊すると?あり得ない思考回路だ。この調子で一週間頑張れば、十分なものができたはずだろ!」

 以前のように二人の口論はヒートアップしていて、誰も止めに入れない状況に陥っていた。
 
 「あの…二人とも……ちょっと落ち着いて………」

 「「学級代表は黙ってろ!」」

 「ひぃっ!」

 級代が何とか止めに入るものの、威圧されて一歩退いてしまった。
 
 「はぁ……これは級代の自爆だな…訊き方が褒められたものじゃない。」

 琉威はそう溜め息を零し、鎮火されそうにない不毛な争いをただただ眺めていた。
 そんな中、早彩が拳をグッとして動こうとしていた。

 「今はやめておけ早彩。あれほど燃え上がってると流石に……」

 「でも………私が仲裁しないと……責任を持つって約束したから……」

 琉威の忠告を無視して、早彩は彼らの方に近づいて声を上げた。



 「やめてくださいっ!あの日決めたじゃないですか!」

 すると、二人のヘイトが早彩に向き、言い始めた。

 「そもそもの話、お前がしっかりどちらかに票を入れていれば、今更こんなことにはならなかったじゃないか!」

 「そうだそうだ。確かに最初は画期的なアイディアだと思っていたが、所詮そんなものはその場凌ぎでしかない!」
  
 そう言うと黒木は早彩を壁越しへと追い込み、こう口にした。

 「これまで教室の端で静かに過ごしていたくせに、急に付け上がんなよ。」

 「……ッ!」


 「おい黒木。怒りのぶつけどころが違うだろ。」

 拳に力を込め、鬼のような形相に豹変した口調で琉威が無理矢理止めに入ろうとするが、後ろから僕が抑えた。

 「離せ、爽真。」

 「もっと大事にする気?武力行使も違うでしょ!」

 「だったら早彩があのまま責められてもいいのか!」

 「いい訳がない!…けど……君のしようとしていることは肯定できない。」

 「………チッ」

 何とか琉威を鎮圧することには成功したものの、問題はまだ解決していない。早彩を擁護しないと、声がデカい方が明らかに有利だ。
 僕は彼らのバッシングから守ろうと、介入しようとした。


 「なぁ……東風!何とか言ったらどうだぁ!」

 「……はい……私が悪かったです…もう二度と…皆さんの機嫌を損ねるような真似はしません……!」

 「あっ…早彩!」

 そう謝って、早彩は泣きながら教室を走り去ってしまった。

 「ふん、全く………ッ!」
 
 去り際に、思わず僕は黒木のすねに蹴りを入れてしまった。全部感情に身を任せた。
 思いの外痛かったのか、黒木はその場に屈んだ。

 「爽真……早彩のことは頼んだ。この場は俺と級代で抑えておく。」

 「……分かった。約束は守ってよ?」

 「ああ。お前との友情に…ひびは入れたくないからな。」

 約束を交わし、僕は早彩を追って教室から出て行った。







 「やっぱりここに居た………」

 裏庭側の花壇に行くと、予想通り早彩が座っていた。

 「………。」

 「……隣、座るね。」

 そう言って僕はそっと隣を座ると、彼女は尋ねてきた。

 「どうして…追ってきたりしたの?」

 「……見過ごせなかったから。」

 「…優しいね。けれど…それを素直に受け取れない自分が居るんだ。“偽善”という言葉もあるからね。」

 「僕としては……どう捉えてくれても構わないよ。ただ、その言葉が本心ということだけは信じてくれると嬉しいな。」

 しばらく沈黙が流れ、僕は穴だらけの記憶を頑張って回想して、思い出した。
 そうして、語った。

 「……僕は記憶障害を持っている。」

 「……え…?」

 「うん。ちょっと意外に思うかもね。今でこそ治療してマシになったけど、昔は本当に何も記憶できなかった。今でさえ、何か形として残しておかないと鮮明に思い出せない。だから、毎日日記を執ってるんだ。……大切な思い出が、色褪せないように……」

 「………それは…秘密にしてた事だよね?」

 「そうだよ。家族以外だと幼馴染の琉威しか知らない。それ故に、やっぱり周りからは異質な子に見えたみたいでさ……けっこうハブられてきたね。」

 「…いじめには発展しなかったの?」

 「幸い。琉威は威圧感あるし、空手もやってるから誰も突っ掛かってこないよ。無論、そういう卑怯な弱虫に限ってだけど。」

 普通に接してくれる人にとっては、琉威はただの優等生だ。無闇に振られることのない力に怯えているのは、本人の問題だ。

 「…それでも、僕自身じゃ無力なんだよ。でもなんでだろうな、仲の良い人と一緒に居ると無敵になったように感じるんだ。……だけど僕が守られてるだけとは一度も思ったことないよ。自分にしかできない役割も、きっとあると信じているから。」

 「………凄いね、爽真は自我を出せていて。私は……分からないんだ。堂々としていられる度胸がないんだ。…君も打ち明けてくれたし、いつしかの約束…聞いてほしい。」

 キャンプの日にした彼女との約束。それを彼女は打ち明けてくれた。

 「私は小学生の時からずっといじめられてるの。理由は分からないけど……私を認めたくないんだなぁとは察してた。いじめっ子達と高校で別れられたのに、高校でも標的にされちゃってさ……ちょっと人間不信になっちゃったんだ。」

 「…なるほど…それで……」

 仲良くなるまでの早彩を思い出してみると、確かに繋がる。きっと内心味方が欲しいとは思っていたけど、相手を信用することができずに思い悩み、結局孤立してしまったということだ。
 いじめっ子にとって、孤立している人は格好の的。一人で居ると自己肯定感も育まれづらいはずだから。

 「……今まで、ずっと辛い思いをしていたんだね。大丈夫。僕は君の味方だよ……」

 「……ッ!…う、うう…うぇーん…!」

 抑えていた感情が溢れ出したのか、早彩は僕に抱きついて子どものように泣きじゃくった。
 目を瞑り、僕は彼女が気が済むまでそっとしていた。



 「…ごめんね。もう大丈夫だから……。」

 「…そっか。それじゃあ、解決しに行こっか。味方と一緒なら、もう君は無敵なはずだよ。」

 「……うん。今日で私は変わるんだ。行こっ!」

 そうして僕達は、心当たりのあるところへと…美術室へと向かった。
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