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7章
嫉妬と悪意
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千紗の後ろ姿をうっとりと眺める井村を、後ろから立花がじとっとした目で見ていた。
「全く部長ってば、なんであんなにダサいバイトのことばっか気にかけるんだろ」
「あの子コミュ障で感じ悪いし、雰囲気悪くなるから気にかけてるじゃないですか? 部長って誰にでも優しいから。立花先輩が気にかけるほどの価値はないですよー」
給湯室で立花と別の女子社員が話していた。
「なんか怪しいんだよね、あの子……」
高倉千紗がバイトとして入ってきた時、一部の男性社員がざわついた。
一部のマニアックな男が好きそうな顔と体をしていた。いわゆるロリ顔の巨乳。
おまけにコミュニケーションが下手で、愛想がない。オタク男子が好きそうな女である。本人からも隠しきれないオタク臭がする。
確かによく見るとブスではない。スタイルも悪くない。それなのに頑なに目立たないように気を付けているように見えた。
「うちのバイトってそんなに時給よくないよね? 一人暮らししてるって言ってたけど、バイトで一人暮らしするほど稼げないと思うんだけど」
「んー、そんなに高くないと思いますけど。彼氏と同棲とか?」
「うーん。いなそう。ああいうのに限って裏でやましいことしてるんだよなぁ。パパ活とかフーゾクとかさ」
「ま、まさかー。高倉さん男性に媚びたりできなそうだし。ていうかプライベートが想像つかない」
「素人っぽさがいい人とかもいるんじゃない? とにかく、怪しい匂いがプンプンするわ。人事に聞いたら高校も中退でしょ? 不純異性交遊でもやらかしたんじゃないの」
「立花さん、そういう個人情報を聞き出すのはちょっと……」
立花の千紗への悪意の強さに、後輩の女子社員もいささか引いていた。
立花ミホは努力家だった。今でこそ、雑誌の読者モデルをしたり、SNSではフォロワー5000人もいるインフルエンサーではあるが、もともとの顔は平凡だった。
化粧やダイエット、美容にも力を入れて手に入れた美貌。
過酷な受験勉強を乗り越え、有名私大を卒業し、広告代理店に就職。これまた努力でよい営業成績を勝ち取ってきた。
努力こそ全て。それが立花の価値観だ。努力しない奴はカス。そんな人間には負けたくない。
綺麗になるための努力もしないモサい女のほうが好きな男がいるなんて許せない。
入社した時から憧れていた井村部長。
すらりとした高身長と、整った顔。優秀な仕事ぶり。それらを鼻にかけることなく、誰にでも優しかった。
井村に憧れる女子社員を牽制しながら、立花は井村はいつか絶対に自分を好きになると信じた。
考えたことは現実になる。願ったことは引き寄せる。
そんな本を読み漁り、いつか恋人になった井村を想像する日々だ。
ある時、別の社員が首になってもおかしくないほどのミスをしたが、井村はそれを自分の責任だと一緒に取引先に謝って回った。
高倉千紗とは大違いで、誰が相手であっても円滑に付き合い、雰囲気が悪くてもその柔らかな物腰とスマートな立ち振る舞いでその場を収めてしまうのだ。
その誠意ある対応に、却って会社の仕事が増えたほどだ。
会社では、これを井村マジックと呼んでいて、なにか抜き差しならないトラブルが起きても、井村が必ず収めると守護神のように崇められている。
それも狙ってやっているわけではない。天然のお人好しで、人たらしだった。
この世で井村を嫌う人がいると思えないほどだ。本人に自覚がないのがまた憎い。
人からどう見られるかを意識していないがゆえに、逆に好かれてしまうのだ。
立花の営業成績が伸び悩んだ時も、井村はいつも立花が努力していることを知っていると言った。
立花にとって、努力していることは隠すべきことで、あくまで涼しい顔でうまくいっているという体でいたかったが、井村が見ていてくれたという事実に感激した。運命の人だと思った。
──好き。世界中を敵に回しても、私は井村部長を手に入れる。
立花は、思い込みの激しさを燃料に行動するタイプだった。高倉千紗のような女に負けるということは、そのまま努力家の自分の人生を全否定されるようなものだ。
そんなことはあってはならない。絶対に。
「あのさ、来週の土曜日のイベント、佐藤さんと井村さんで行くんだよね」
「はい」
「私勉強を兼ねて変わってもらおうかな。佐藤さん、奥さんが双子生まれたばっかりで土日は家にいて手伝わないとって言ってたし」
「それは助かるかもですね」
なんとしてでも、自分に井村を振り向かせたい。そのためには堕とすための環境と時間が必要だった。
しょせん、ほとんどの女は男に選ばれるのを待つだけ。こちらから堕としにいく積極的な女に、男は案外新鮮さを感じて魅力的に思うものだ。
努力家の立花が狙って落とせなかった男は今までいない。
井村部長をのぞいては──。
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