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17章

井村の夢

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プロジェクト名 Playing the Melody of a Bright Future 経済的困難を抱える子供たちの教育支援プログラム

概要
本プロジェクトは、親を亡くしたり、経済的困難により進学が困難な子供たちの教育資金を支援することを目的とする。また、企業が社会貢献活動をすることで、ブランドイメージ向上につなげる。
複数の企業からの寄付や広告収益を基金に充て、教育の機会を提供し、子供たちの未来に希望を与え、しいては社会全体の利益になることを目指す。

具体的取り組み
教育支援に関心を持つ企業から資金を集める。また広告収入の一部を支援金とする。
CM制作・放映 子供たちへの支援を促すPR動画を制作し、放映。

【提案】人気動画クリエイターのタマ(高倉千紗)がこのプロジェクトに参加する。

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「あの、これ? 高倉千紗って載ってますけど」
「あ、うん。勝手に載せちゃった。どうしても嫌なら断ってくれてもいいけど、半年くらいは説得しちゃうかもしれない」
「…………」
「え、ごめん。泣くほど嫌だった? 意外と俺粘着質で、でも本当に嫌なら強制はしない」
「い、いや……感極まってしまって。いつのまにこんなこと」

 突然父が急死して、母の病気もあって、高校を退学したことを思い出した。
 数少ない友人に別れも告げず、涙をこらえて、無言で校門を去ったあの日。
 泣けなかったあの時の涙が、今になって流れてきた。
 お金がなくて悔しい思いをした千紗だからこそ、こういうプロジェクトを井村が立ち上げていたことが嬉しかった。

「ごめんごめん、悲しいこと思い出させちゃったかな」

 しゃくりあげる千紗の背を井村が撫でる。

「なんていうか、俺、今まで人生イージーモードで本気で努力したことなんてなかったから。普通にしてればそこそこなんでもできるし、周りの人間ともうまくやってこれた。だからこそ傲慢になっていた部分があるなって」
「ちょっと腹立つけどそうかもですね」
「千紗ちゃんが苦労して頑張って、才能磨いてるのを見て、このままじゃだめだなって。高倉千紗にふさわしい男になれない」
「いや……それは違うと思いますけど」

 むしろ千紗のほうが釣り合わない。相変わらず人と話すのも表に立つのも苦手で、羊や犬といるほうが気楽だった。
 生きづらさを抱えている千紗と違って、どこへ行ってもうまくやれる。必要とされる。そんな井村が羨ましくて、だからこそ最初は苦手だった。

「俺は人と一緒になにかを成し遂げるほうが向いてるんだよ。それで誰かをサポートしたり、人のためになることがしたいなと。それがこの結果。企業のGOサインは出てる。けどそのための初代広告塔になってくれる人が決まってない」
「私炎上事件起こしてるし、クリーンなイメージのCMには使えませんてば」
「いや、完全に被害者だし、そこは説得する自信があるから大丈夫」
「はぁ……」
「できれば新曲もお願いしたい」

 井村の期待の大きさに身震いしてしまう。自分にそんな大役ができるだろうかという不安。

「頼む。千紗ちゃん。同じような立場の人間が前に立つことで、お金も人も集まりやすいんだ。そして、それは子供たちのためになる。向こうだと非営利事業の優遇が受けやすいのと、この事業は、将来的に世界規模で進めていきたいと思ってるから、日本を出ることを考えた」

 そこまで言われてNOが言えるわけがない。

「やります。作曲は……自信ないけど頑張ります」
「うん。頼みます」
「本当に私でいいんですか」
「君じゃなきゃダメなんだ。俺はこのプロジェクトに心血を注ぐ。それくらい燃えてる。それもこれも君と出会えたから。千紗ちゃんと出会って俺も変わったんだと思う。こんなふうに熱い気持ちになれたこと、嬉しく思ってる。のらりくらりと器用に物事をこなしているだけじゃ、こんな気持ちを知ることもなかっただろうし」

 あまりの井村の熱意に、圧倒されていた。まっすぐに目を見たまま、千紗の手を握った。

「俺と結婚してください。君がいることで、自分を見つめ直すことができたし、もっと成長できると思う。一生大切にしたいと思える人に出会えたと思ってる。君と一緒に生きていきたい」
「──!!」

 突然のプロポーズ。先ほどまでの涙も驚きですっこんだ。

「わ、私でいいんですか? 陰気だし、人付き合いも苦手だし」
「全部ひっくるめて君が好きなんだ。不器用なところも、真面目過ぎて生きるのが下手なところも」

 井村がそっと千紗を抱きしめる。

「はい。私も井村さんが好き……好きです」

「どうして私を?」
「あれだけの才能を埋もれさせたくなかった。本音を言えば、音楽をまたやる気になってくれたら嬉しい。俺は君の一番のファンだから」
「あ、ハイ。そろそろ再開しようかなとは思ってました。表に出るかは別としても。手が疼いちゃって。羊飼いも捨てがたいんですけど、そっちは老後の楽しみにするのも悪くないかなって」
「うん」
「ところで……私があのまま北海道にいるって言ったら、どうするつもりだったんですか」
「俺も移住しようかと。テレワークしながら本社にはたまに顔出して、週末は羊飼いを一緒にやるのもいいなと思ってた」
「そ、そこまで!?」

 東京育ちの井村がそこまで思っていたと思うと、驚いた。そこまで千紗のために覚悟していたのが、申し訳なくもあり、嬉しくもある。

「今抱えてる案件が終わったら、シンガポールに行くけど、一緒に来てほしい」
「はい。羊たちは心配だけど、実は私が楽しそうに羊飼いしてるのを従弟が見て、跡を継ぎたいと言い出していて。叔父さんも狂喜乱舞してるんです。母もばっちゃんも井村さんと離れちゃだめだって」
「あのさ……結局のところ、俺が口を出す問題じゃないのは承知のうえ、言わせてほしいんだけど」
「はい」
「音楽も動画も続けたほうがいい」

 きっぱりと言い切った。あまり断定的な言い方をしない人だから、驚いた。

「どうして」
「千紗ちゃんの心、魂が最も喜ぶことだから。きっと他では埋められない喜びがあるでしょう」

 その通りだった。羊飼いの暮らしも気に入ってはいたが、どうにも満たされない洞のようなものが心にできたような気がしていた。

「…………」
「海外なら日本ほど窮屈な思いしなくていいんじゃないかと思ってね。もちろん俺がしたかった仕事でもあるんだけど」
「突然で混乱してます」
「うん。一緒に来てほしいんだ」

 戸惑うとともに、突然現れた思いもしない未来に、わくわくしている自分がいた。

「これからどうなっちゃうんでしょう」
「それはね、わからないけど、でもきっと未来は明るいよ」
「私もそんな気がしてきました」

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