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13章
心揺れる
しおりを挟む千紗を休ませ、買い物に出かけた井村はアパレルショップで千紗に似合いそうな服を何着か購入した。
女性向けのお店に入るのは、気が引けたが、自分が選んだ服を千紗が着るかもしれないというのはなかなかぞくぞくする経験だった。
──なんか変態っぽいぞ、大丈夫か俺。いや駄目だ。彼女が引くことは極力しないようにしなくては。
見た目通りさわやかな内面のはずだったのに、千紗に出会って狂わされた。こんな自分がいるとは知らなかった。
どうして千紗にこれほど惹かれるのか、言葉にするのはたやすいようで、難しい。
ネット上でいくら両想い的な関係でも、リアルでは遠すぎたのだ。
やっと手の届く範囲まで来た。絶対に離したくない。
☆
「気に入るかわかんないけど、臨時に」
買い物に出かけた井村が千紗に服を買ってきた。
「ええっ」
確かに井村のスウェットを借りっぱなしだった。見ると、井村の趣味なのか清楚な雰囲気のシンプルだが上品な服が何着か入っていた。
「具合はどう? なんともなかったら、少し散歩でも行こう」
「はい」
なんだか調子が狂う。同棲してるカップルのような──。
「大丈夫? 寒くない?」
「寒くないです」
散歩に出ると、当然のように手を繋いできた。好きだと言われたけれど、千紗はまだ自分の気持ちがわからなかった。
井村──田吾作といい、やり方は変だが千紗のことを思いやってくれているのはよくわかった。だが、色々なことが一気に起こって、脳内がショートしそうだったのだ。
井村は優しかった。ずっと優しくしてくれていたのは知っている。だが、自分とはどうにも違いすぎて素直に受け入れられなかった。
裏で露出した姿を世間に晒し、借金まみれの自分と、いかにも育ちが良さそうな好青年──というだけではなかったが──が付き合うというのはちょっと想像がつかなかった。
普通に考えて借金まみれの女性とわざわざ付き合いたくないだろう。
なのに、どうして。
夏の終わりの涼やかな風が頬の熱を冷ましてくれる。
陽が落ちはじめて、空を淡いオレンジとピンクに染めていた。やわらかな光が二人を包んでいた。色々あってささくれた心が落ち着きを取り戻していた。
「家に帰ったら見せたいものがあるんだ」
井村は静かにそう言った。
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