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13章
明かされる正体
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ためらいつつ井村のマンションの部屋に入る。男性の一人暮らしなのに、よく整理整頓されていて、清潔だった。井村のイメージそのままだ。
──実はだらしないとか、そういうギャップはないんだな。清廉潔白男子か。ますます気が引ける。
「座って。今お茶煎れるから。コーヒーと紅茶と緑茶なにがいい」
「水道水そのままでお願いします」
「ハーブティーにしよっか。気分が落ち着くやつ」
リビングの椅子で待っていると、いい香りのハーブティーが来た。
「ハイカラなお飲み物をありがとうございます」
「ハイカラ? 高倉さんって面白いよね」
疑問に思っていたことを訊くことにした。
「あの、どうして井村さん私を助けに来たんですか?」
「掲示板に犯罪予告があったからすぐに行ったんだ。窓が開いてたからそこから入った」
「掲示板? どうしてそんなものを見てたんですか?」
余計混乱する。
もしや千紗が動画配信していることを知っているのか? ネットの書き込みを見ているとはどういうことだろう。
「それを話すと長くなるんだけど……まず言いたいのは俺は君が好きなんだ。これだけまずわかってほしい」
「あ、あの私好きな人が……だからごめんなさい」
「うん、知ってる。俺でしょ」
あ、やばい。勘違い野郎だ。怖い。顔がいい奴はこれだから。思ったより井村が危ない発言をするので千紗はドン引きした。
一難去ってまた一難。ストーカーから逃げたら自意識過剰な上司の勘違いを解かねばならず、頭を抱えた。
──部屋まで来ちゃったよ、どうしよう。
「えっと、違くて、いつも相談に乗ってくれる人がいるんです。その人が好きで……」
「うん。だからそれ俺」
いよいよ怖くなってきた。
ストーカーから逃げてきたばかりなのに、また井村に変なことを言われ頭がおかしくなりそうだ。今すぐ叫び声を上げながらここから逃げ出したい。
「俺が田吾作だよ」
井村の知らないはずの名前が出てきて驚いた。
「ど、どうしてその名を?」
「何度も通話したじゃない。高倉さん、酔っぱらって、泣いたり脱いだりして随分心配したよ」
確かに通話したあと、朝起きたら全裸だったこともあるが、まさかそんな──。
「俺のこと好きって言ってくれて嬉しかった」
「それは田吾作さんで、井村さんではありません」
「俺は田吾作であり、井村でもある。ゆえに君の好きな人は俺である」
禅問答みたいになってきた。
なによりいつもと違う押しの強さ。絶対に折れないという意思を感じた。
「あのぅ……私、なにがなんだか。よくわかんないけど全部ナシにしてください」
「無理。好きですって連呼されて、忘れられるはずないでしょ」
「田吾作さんっだって証拠はあるんですか」
「ん。いくらでも見せるけど。じゃ、田吾作にしか話してないこと言ってみて」
「私は井村さんのことなんて言ってました?」
「ナルシストの偽善者」
「ひっ」
当たってる。本当なら井村に井村の悪口を吹き込んでいたことになる。とんでもない失態だ。千紗は卒倒しそうになった。
「てか声で気づかなかった?」
言われてみれば声がよく似ている気がしたが、電話越しだと声質も変わるし、よくわからない。
「え…………じゃ、騙したんですか。どういうことですか」
まだなにかの間違えだとか、変な夢を見ているのだとしか思えない。
頭を打ったし、ちょっとおかしくなっちゃったのかもしれないとさえ思う。
井村の言っていることが、本当ならリアルの知り合いなら絶対に言えないような悩みや、隠し事を田吾作には話してしまった。それが会社の上司なんて最悪だ。
「ごめん……」
「ひどい。陰で私のこと笑ってたんですか」
あんな醜態を晒しまくっていたのに、素知らぬ顔をしていたなんてたちが悪すぎる。
「会社で君のことを好きになって、ある日たまたま君が見てる動画が目に入って、あれは高倉さんだって気づいた」
「ええ……盗み見たんですか」
「たまたまだった。けど、そのあと君の動画を調べて、SNSで別人を装って近づいた」
「す、ストーカーじゃないですか。完全に」
「ストーカーだ。完全に」
認めた。
井村の懺悔を聞いて、千紗は混乱していた。
「素知らぬ顔して私がしてること見て笑ってたんですか……」
誰にも明かしたことのない弱い部分、そして恥ずかしい本音、恋愛感情。
絶対にこの人には、知られたくなかった。
──恥ずかしい。消えてなくなりたい。
千紗は雨の中、泣きながら部屋を飛び出して走り出した。
「た、高倉さんっ! 駄目だよ。そんな格好で」
──実はだらしないとか、そういうギャップはないんだな。清廉潔白男子か。ますます気が引ける。
「座って。今お茶煎れるから。コーヒーと紅茶と緑茶なにがいい」
「水道水そのままでお願いします」
「ハーブティーにしよっか。気分が落ち着くやつ」
リビングの椅子で待っていると、いい香りのハーブティーが来た。
「ハイカラなお飲み物をありがとうございます」
「ハイカラ? 高倉さんって面白いよね」
疑問に思っていたことを訊くことにした。
「あの、どうして井村さん私を助けに来たんですか?」
「掲示板に犯罪予告があったからすぐに行ったんだ。窓が開いてたからそこから入った」
「掲示板? どうしてそんなものを見てたんですか?」
余計混乱する。
もしや千紗が動画配信していることを知っているのか? ネットの書き込みを見ているとはどういうことだろう。
「それを話すと長くなるんだけど……まず言いたいのは俺は君が好きなんだ。これだけまずわかってほしい」
「あ、あの私好きな人が……だからごめんなさい」
「うん、知ってる。俺でしょ」
あ、やばい。勘違い野郎だ。怖い。顔がいい奴はこれだから。思ったより井村が危ない発言をするので千紗はドン引きした。
一難去ってまた一難。ストーカーから逃げたら自意識過剰な上司の勘違いを解かねばならず、頭を抱えた。
──部屋まで来ちゃったよ、どうしよう。
「えっと、違くて、いつも相談に乗ってくれる人がいるんです。その人が好きで……」
「うん。だからそれ俺」
いよいよ怖くなってきた。
ストーカーから逃げてきたばかりなのに、また井村に変なことを言われ頭がおかしくなりそうだ。今すぐ叫び声を上げながらここから逃げ出したい。
「俺が田吾作だよ」
井村の知らないはずの名前が出てきて驚いた。
「ど、どうしてその名を?」
「何度も通話したじゃない。高倉さん、酔っぱらって、泣いたり脱いだりして随分心配したよ」
確かに通話したあと、朝起きたら全裸だったこともあるが、まさかそんな──。
「俺のこと好きって言ってくれて嬉しかった」
「それは田吾作さんで、井村さんではありません」
「俺は田吾作であり、井村でもある。ゆえに君の好きな人は俺である」
禅問答みたいになってきた。
なによりいつもと違う押しの強さ。絶対に折れないという意思を感じた。
「あのぅ……私、なにがなんだか。よくわかんないけど全部ナシにしてください」
「無理。好きですって連呼されて、忘れられるはずないでしょ」
「田吾作さんっだって証拠はあるんですか」
「ん。いくらでも見せるけど。じゃ、田吾作にしか話してないこと言ってみて」
「私は井村さんのことなんて言ってました?」
「ナルシストの偽善者」
「ひっ」
当たってる。本当なら井村に井村の悪口を吹き込んでいたことになる。とんでもない失態だ。千紗は卒倒しそうになった。
「てか声で気づかなかった?」
言われてみれば声がよく似ている気がしたが、電話越しだと声質も変わるし、よくわからない。
「え…………じゃ、騙したんですか。どういうことですか」
まだなにかの間違えだとか、変な夢を見ているのだとしか思えない。
頭を打ったし、ちょっとおかしくなっちゃったのかもしれないとさえ思う。
井村の言っていることが、本当ならリアルの知り合いなら絶対に言えないような悩みや、隠し事を田吾作には話してしまった。それが会社の上司なんて最悪だ。
「ごめん……」
「ひどい。陰で私のこと笑ってたんですか」
あんな醜態を晒しまくっていたのに、素知らぬ顔をしていたなんてたちが悪すぎる。
「会社で君のことを好きになって、ある日たまたま君が見てる動画が目に入って、あれは高倉さんだって気づいた」
「ええ……盗み見たんですか」
「たまたまだった。けど、そのあと君の動画を調べて、SNSで別人を装って近づいた」
「す、ストーカーじゃないですか。完全に」
「ストーカーだ。完全に」
認めた。
井村の懺悔を聞いて、千紗は混乱していた。
「素知らぬ顔して私がしてること見て笑ってたんですか……」
誰にも明かしたことのない弱い部分、そして恥ずかしい本音、恋愛感情。
絶対にこの人には、知られたくなかった。
──恥ずかしい。消えてなくなりたい。
千紗は雨の中、泣きながら部屋を飛び出して走り出した。
「た、高倉さんっ! 駄目だよ。そんな格好で」
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