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文化祭 棋士・畠山京子二段 対 岩井司アマチュア六段

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 崖の上に聳え立つ西洋の城。そこが僕の戦場バトルフィールドだ。

 しかしこの城は、似てはいるが明らかに僕の戦場ではない。

 人の背丈よりも高い窓はあるが、光が差し込んでこない。
 長い廊下だが、敷かれた絨毯が違う。
 螺旋階段もあるが、手摺の細工が違う。
 見覚えの無い花瓶には花が飾られていない。
 絵画も無い。殺風景だ。

 そのどれもが僕が幼少から築き上げてきた戦場では無い。ならここは敵の戦場なのかと思ったが、違う。戦場に残る臭いが、僕のよく知る臭いだ。

 そして敵が見つからない。これだけあちこち探し回っているのに、隠れているのか、逃げ回っているのか。

 片っ端からドアを開けて部屋の中を確認する。武器は諸刃の剣と盾。盾を構えてドアを勢いよく開け、すぐさま剣を構える。部屋の中を見渡す。この部屋にもいない。

 部屋の中の調度品も、似てはいるが一目で分かる偽物だ。

 そう。全部が偽物だ。

「彼女は一体何がしたいんだ」

 つい声に出る。独り言を言う。

 廊下の向こうで「カタッ」と物音がした。

 勢いよく振り返り、音のした方に駆け寄る。

「確かにこの辺りのはずなんだが……」

 周囲を見渡す。物陰に隠れていないか、剣と盾を構えて探す。

 今度は「キィ」とドアが開いた音がした。しかも近くだ。

 ツカサは廊下を挟んだ二つのドアの前に立った。

 この二つのドアのどちらかだと思うのだが、確信が持てない。仕方なく片方ずつ、左のドアから開けてみることにした。

 盾と剣を構え、勢いよくドアを開ける。当たりだ!やっと敵を見つけた!

 今回の対戦者、【魔法使い】のケイだ。

 が、ケイは呑気にお茶を飲んでいた。

「やっと来たー!遅いよ!待ちくたびれたよ」

「待たずにそちらからやって来ればいいのでは?」

 【剣士】ツカサが言い返す。

 部屋を見渡す。見覚えの無い部屋だらけだったのに、この部屋は知っている。

 ソファにテーブル。
 本棚に並べられた本。
 キングサイズのベッド。
 絨毯の柄まで同じ。

 (リアルの僕の部屋!?なぜ戦場に僕の部屋が!?)

「あ、この部屋に興味ある?」

 ケイは飲み干したティーカップをソーサーの上に置いた。

「なぜ君がこの部屋を知っている?」

 ツカサはストレートに質問をぶつけた。

「私のスキル【幻影】だよ。知ってる?」

「【幻影】!?たしか石の幻影を作り出すスキルじゃ……。こんな部屋を作り出すスキルじゃ無かったはずだ」

「おおー!よくご存知で!」

 ケイは拍手した。

「おちょくっているのか?」

「そんなつもりは無かったんだけどねー」

 どこから取り出したのか、ケイは杖を掲げた。ツカサはとっさに身構える。気を抜いていた。油断していた。相手はいつどこから攻撃が飛んで来るか分からない【魔法使い】なのに。

 杖の先端が光る。何かしらの魔術を無詠唱で起動させたらしい。

 ツカサはスキル【魔法防御】を発動させる。しかし起動するまでのスピードが遅った。

 (しまった!まともに食らったか!?)

 ツカサは恐る恐る目を開ける。何も変わった所は無かった。ツカサ自身には。

 ケイがお茶を飲んでいたテーブルの上のティーカップは消え、代わりにティッシュボックスくらいの大きさの箱が置かれてあった。

「これはお茶のお礼。じゃあね」

 そう言ってケイは手と杖を振って、姿を消した。

「転移魔法か!?」

 ツカサは初めて見る転移魔法につい見惚れてしまった。

 一瞬呆然としていたツカサだが、すぐに正気を取り戻した。ツカサを正気に戻す出来事が起こったからだ。

 「ピー」という機械音が鳴った。

「これは……!?」

 ツカサはケイがテーブルの上に置いていった物を凝視する。

 デジタル表示の時計がついている。一秒、また一秒数字が減っていく。

「まさか時限爆弾!?」

『正解ー!』

 姿は見えないのに、ケイの声が聞こえてきた。おそらく魔法を使っているのだろう。

『あと1分を切ったからねー。逃げるか、爆弾をなんとかしないと死んじゃうよ。じゃあ頑張ってねー!』

 まさか戦場に来て、このまま俺と直接戦わずに逃げるのか!?

「卑怯者!ちゃんと俺と剣を交えろ!戦え!」

『失礼だなー。これが魔法使いの戦い方なんだって。君達アマチュア冒険者は知らないだろうけど』

 アマチュアと言われたツカサは逆上する。プロと遜色ない腕前だと、誰もがツカサを誉めている。それなのに、あの女魔法使いは礼儀も礼節も弁えない。

「見つけ出して、締め上げてやる!」

 ツカサは部屋を出ようとドアを開けようとする。ドアノブが回らない。鍵は開いている。しかしドアは開かない。

「なんだ?ノブの故障か?」

 ドアノブを何度も回してみる。しかし何かが引っ掛かっているのか、ノブは回らない。

「いや、違う!あの魔法使いがドアノブを壊して、俺をこの部屋に閉じ込めたんだ!」

 そうだ、爆弾だ!確実に俺を殺すために、この部屋ごと俺をふっ飛ばすつもりなんだ!

 (僕が【魔術無効】スキルを持っていてこの部屋から脱出できなかったら、どうするつもりだったんだ!?)

 なんて戦法なんだ!こんな戦法、下手すれば自分も巻き込まれて……。

「そうか。これが【棋士プロ】の戦い方なのか」

 時には相手を道連れにして崖から飛び降りる。そんな生死を掛けた戦いこそが棋士プロなのか。

「そんな事より……」

 ツカサは時限爆弾の残り時間を確認する。40秒を切っていた。

 ツカサはこの後、どうすれば自分が生き残れるか、手段を考える。

 まず、逃げる。ドアからは逃げられない。ドアノブは壊れている。分厚いドアなので、蹴破れそうにない。窓はどうか。剣で窓ガラスを割ってみる。しかし、ケイが窓に【物理攻撃無効】の魔法を掛けたようで、ヒビすら入らない。

 なら時限爆弾を爆破しないようにする。解体だ。爆弾を持ち上げる。ひっくり返す。蓋を探す。

「蓋が無い!?どうやって作ったんだ!?」

 なんて考えたのが間違っている。これは『魔法で出来た爆弾』だ。物理の解体が出来る訳がない。

 つまり、解除するにはこの時限爆弾の制作者であるケイに解除させるしかないのだ。

「爆破させるしかないのか……!」

 なんとか無傷で生還したいが、無理そうだ。なるべく被爆被害を最小限に出来ないか、思考を巡らせる。

 爆弾を布団でくるみ、ベッドの下に置く。本棚の本を取り出せるだけ取り出しベッドの下に投げつけ、本棚を倒し、バリケードを築く。そして机の下に潜り込んだ。それが時間内で出来る精一杯の抵抗だった。

 デジタル表示がゼロになった。爆弾の真上に魔方陣が表れ、爆弾は爆破した。爆弾はツカサの想像以上の破壊力だった。


 城から遠く離れた戦場から、ケイは城が崩れていく光景を見ていた。

 部屋の隅に仕掛けておいた【生体反応感知装置】の反応が消えた。

「逃げ路は、ドアや窓だけじゃないのにね。壁や天井、床に穴を開ける方法だってあったのに。あれだけ立派な武器装備があれば可能だったのに」

 ケイは壁には【物理攻撃無効】魔法をかけたが、天井と床には魔法をかけなかった。ツカサを試したのだった。いかなる状況でも、冷静に、あらゆる可能性を見いだせるかどうかを。

「ま、私の敵では無かったって事だね」


 戦場バトルフィールドに試合終了のアナウンスが流れる。

 ケイは瓦礫の山となった城跡を一瞥してログアウトした。
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