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紅玉戦 挑戦手合 第七局 江田照臣紅玉王 対 豊本武翠玉王

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 転移された場所は【海上】の上空50mほどの所だった。舟どころか島さえ見当たらない。足場がない。『石の召喚された交差点クロスは通行不可』なので、結界が張られていて石を足場に出来ない。

 ストリートも無い。一瞬どこに路があるのか探そうとしたが、今はそれどころじゃない。

 この高さなら海に落ちても死ぬ事はないだろう。『対戦相手を殺してはいけない』ルールなのだから、ギリギリの高さに転移したはず。

 しかし海流に流されたら戦いにならない。

 トヨモトは慌てて『浮遊術』を使った。だが足場を作らなければならなかったことを思い出し、『召喚術』で舟を召喚し、尻からドサッと舟に落ちた。

 しまった。浮遊術の分の魔力を無駄にしてしまった。始めから舟を召喚しておけばよかった。

「まさか何も無い【海上】とはな」

 地球なだけまだマシだ。前回は【宇宙】だった。右も左も上も下も前後さえもわからなくなる場所に転移された。

 エダはどこにいるのかと『探知術』で探すと、30mほど離れた所にシロイシくんを足場にして海に浮かんでいた。

 シロイシくんも石だ。どうして石が水に浮いているのか『鑑定』すると、軽石で出来たシロイシくんだった。どうやら【海上】で戦うため前もってカスタマイズしておいたようだ。

 相手が黒番でシロイシくんを召喚できないから【海上】に転移させたのか。全く、この人の発想力はどうなっているんだか……。

 こんな場所を戦場バトルフィールドにしようなんて棋士ファイターはこの人以外にはいないだろう。こんな環境ではまず自分自身が戦えないからだ。

 彼は一体何人の棋士を【海上】に転移しただけで投了ギブアップさせてきたのだろう。


 戦場バトルフィールド内は他者は立ち入り禁止。覗き見ることすら出来ない、棋士ファイター二人だけの世界だ。


 気持ちを落ち着けてからトヨモトは自分のステータスを確認した。年齢的な理由から数値が落ち始めているからだ。


タケシ・トヨモト
【レベル】プロ9段
【職業】賢者
【永世称号】黄玉トパーズ覇王。青玉サファイア覇王
【一時称号】翠玉エメラルド王。黄玉トパーズ王。
【HP】3,412,721/3,820,000
【MP】3,944,832/3,989,600
【攻撃力】3,350,611
【防御力】3,538,407
【発想力】S
【柔軟性】SS
【勝負勘】S
【読みの早さ】5,280手/秒
【読みの深さ】1,773,594手
【スキル】石召喚。魔法制御。大魔術。鑑定。
【アイテム】賢者の杖。魔石(×37)。シロイシくん14,618体


 七冠王ディアレストの称号を手にした時には【MP】のMAXは5,000,000を超えていたのに3,000,000台まで落ちている。

 この現実を受け入れざるを得ないのは分かっているが、こうして戦闘の度に減少していくポイントを目の当たりにすると、正直ショックを隠しきれない。


 ただそれは同年代の対戦相手も同じだ。


テルオミ・エダ
【レベル】プロ9段
【職業】魔術師
【永世称号】紫水晶アメシスト覇王
【一時称号】大三冠レッド
【HP】2,897,984/3,323,400
【MP】1,973,695/2,780,500
【攻撃力】3,886,001
【防御力】2,585,324
【発想力】SS
【柔軟性】A
【勝負勘】計測不能
【読みの早さ】1,126手/秒
【読みの深さ】506,401手
【スキル】石召喚。気配察知。危機察知。魔法制御。水魔法。火魔法。転移。雷魔法。風魔法。危機回避。鑑定。透視。土魔法。偽装看破。隠蔽看破。修復。崩壊。
【アイテム】魔法使いの杖。魔導書(666冊)。シロイシくん30,507体


 エダは自分の【攻撃力】がとうとう3,000,000台にまで落ち込んだのを確認した。一時期5,000,000を超えていたのだが。30歳を過ぎると衰えが目に見えてわかると聞いていたけど、これほどまでか。

 トヨモトのステータスも確認する。トヨモトも数値が減っている。

「賢者の血脈でも、力は衰えるんだな……」

 父、祖父、曾祖父ともに棋譜文献に名を残す賢者の血脈ですら、トップ棋士ファイターのまま一生を終えることは出来ない。

 でも未だ若手トップはこの二人に及ばない。

「僕達がトップと呼ばれるのはあと何年ぐらいかな」

 エダはウインドウを閉じ、トヨモトの手番ターンを待った。



 トヨモトは魔石を1個消費し広範囲に『探知術』を展開しストリートを探すと、海底に設置されているのを発見した。

 正確に言えば戦場は【海上】ではなく【海底】だった。

 二人共魔術を駆使すれば海中でも戦えるだろう。しかし、常にMPを消費するため、海中での戦闘は現実的ではない。

 しかも厄介なことに、海底の地形を詳しく探知すると、ここは大陸棚ではなく、海溝だった。ほんの数メートル離れただけで海の深度がキロ単位で変わる。凸凹の戦場だ。

 となると海面に石が見えるようにしたほうが戦いやすい。『石召喚』は円柱形の石を深度に合わせて長さを変えて海面に頭が出るように召喚しなければならない。長さを間違えれば石は流され、即終了だ。

 海なら彼の得意な『水魔法』をフルに使ってくるだろう。可能性が高いのは高波で石を漂流させる方法か。

 ならば海底にまでしっかりと杭を打ち付けるように石を召喚しなければ。

 その前に舟が海流に流されないようにしたい。とにかく幅は狭くてもいい、ウォールをたくさん作りたい。壁と壁との間に挟まるように舟を配置すればどこかに引っ掛かり簡単に流されないだろう。

 ただし壁に阻まれて脱出できないなんて事にならないようにしなければ。

 トヨモトは『探知術』で戦場全体の海底までの距離を測ると、もう1個魔石を消費し詳細に記録した。

 エダとの戦闘ではいつも魔石を複数個消費しなければならない。それだけ難解な戦場に転移される。

『235m』

 トヨモトがこれから石召喚しようとする位置の海底までの距離がウインドウに表示された。ここはトヨモトが思っていたよりも浅い所だった。

 海底に5m沈ませ、海上には2m見えるようにする、計242mの長さで充分だろう。

 海底に召喚された黒石はグングン伸び海面に姿を現し、すでに召喚されていた黒石と接合し壁になった。そしてこの石には『防御力増強術』と『攻撃力増強術』の術の重ね掛けをしておく。防御、攻撃、どちらにも使えるようにするためだ。




 【賢者】の厄介な所は、僕ら【魔法使い】とは使う魔力の質が違うということ。

 まず、圧倒的に魔力消費が少ない。【スキル】と同等の消費で魔法を使えてしまう。例外はあるみたいだけど、魔力切れで投了ギブアップは聞いたことがない。血の為せる技らしい。

 それから魔術書など使わなくても様々な魔術を使えてしまう唯一の『大魔術』使いだということ。しかも無詠唱で。

 それに棋戦優勝者タイトルホルダーになった者に与えられる魔石を、この人は武器装備の新調や強化などに使わない。全て戦闘中に使用する。スキルをただ使うよりも高次元の術が繰り出され、対戦者は成す術なく投了ギブアップするしかない。

「本当にこの人と同期で良かった」

 トヨモトと戦うのは楽しい。自分が強くなるためには自分より強い相手と戦わなければ強くなれない。その相手が同年代なら負けたくないという気持ちは膨れ上がる。

 僕をここまで強くしてくれたのは、目の前にいるトヨモトだ。

 エダは白石を召喚し、海面に姿を現した石に向かってこう唱えた。

「『崩壊』」




「『崩壊』だと⁉︎」

 スキル『崩壊』はスキルであるにも関わらずHP500,000とMP500,000を消費する最高ランクのSSランクスキルだ。

  このスキル『崩壊』の獲得条件は『HP1,000,000以上、 MP1,000,000以上、攻撃力1,500,000以上を保持し、尚且つ『修復』スキルをすでに取得している者』。

 この『崩壊』を取得しているのは500余人いる棋士ファイターの中でもエダのみだ。

 HP、MPともに消費量は半端ではないが、そのぶん破壊力は桁外れで、フィールド上の敵の石、全てにダメージを与えられる、超ハイリスク・超ハイリターンスキルだ。ポイント消費量から戦闘の終盤で使用するのが普通だ。戦いはまだ中盤。使用するには早すぎるが……。

「ドン!」と音を立て黒石にヒビが入った。その振動で海面が波を打つ。

 トヨモトの黒石はどの石も防御強化してあるため、さほどダメージは受けていない。

 ウインドウに表示された黒石のダメージ指数は、エダが『崩壊』スキルを発動した白石を中心に、

『14%』

で、離れるに従って数値は下がり、外側の石のダメージ指数は、

『1%』

と表示された。

 今の攻撃、有効だとは思えない。

 しかしこの効率度外視のエダの戦略にまんまと嵌まり、今まで何度もタイトルを奪われている。

 計算しないのか、出来ないのか、全く読めない。本当にやりにくい。

 トヨモトがにやりと笑う。

 彼がいてくれて本当に良かった。きっと彼がいなければ七冠王ディアレストの称号を得た後、次の目標も無く、なんの楽しみも無く戦場に立つしか無かっただろう。

 トヨモトは黒石を召喚し、『修復術』をかけ、ダメージの大きい石だけを修復した。『隠蔽術』を使い修復を隠蔽しようかと悩んだが、『隠蔽看破』スキルで看破されると思い、やめた。




「修復してきたか……。守りを固めるトヨモトさんらしいな」

 ウォールを作っていく作戦だったはずだけど、もういいのかな?こちらとしてはもう少し壁を作ってほしかったけど。ならば……。

 エダは白石を召喚し、こう唱えた。

「『魔導書十三の巻、436頁。敵の石を修復する魔術』」
 




 自分の石ではなく、わざわざMPを消費して相手の石を『修復』?しかも一度相手の石に損傷を与えているのに……。一体何を考えて……。

 エダが詠唱を終えると、トヨモトの舟の周りの石が修復された。

「……っ!やられた……」

 確保していた脱出ルートの一つを塞がれてしまった。

 修復したのは黒石だけではなかった。おそらくスキル『修復』を使ったのだろう、白石も修復された。スキル『修復』は自石のみを修復するスキルだ。魔術とスキルを同時発動させたようだ。

 しかしまだ脱出ルートはある。それにコウにし隠し通路を作って新たに脱出ルートを確保する方法もある。

 まずいな。完全に相手に主導権を握られている。なんとか先手を取りたいが、戦場全体が今、どうなっているか把握できない。

 エダはどのようにして戦況を把握しているのかと思っていたら、エダは時折空を見上げてはウインドウを確認している。

 上空に白い物体が浮かんでいる。雲だと思っていたものは、ドローンだった。おそらく軽石シロイシくんをもう一体召喚し変化魔法をかけたのだろう。

「やりたい放題だな」

 でもこれだけ魔法を使っているなら、MP切れにさせる戦法が取れる。

 次は折角修復してくれた白石を活かす。

 トヨモトはそこから30mほど離れた位置に長さ1,879mの黒石を召喚し、さらに壁を作り守りを固めた。

 


「うん。そうくるよね。トヨモトさんなら。さて、予行練習は済んだし、本番と行くか!」

 エダは白石を召喚すると、再びこう唱えた。

「『崩壊』」






 また『崩壊』⁉︎魔力切れで死に急ぐようなものだぞ⁉︎

 再び「ドン!」と鳴り響き全ての黒石がダメージを受けた。

 が、今度はそれだけでは終わらなかった。

 海上にいるのに地鳴りが聴こえてくる。これは一体どこから……?

 海面が揺れた。その揺れは徐々に大きくなり、ついには舟がひっくり返りそうになるほどの大きな揺れになった。明らかに高波とは違う。

「なんだこの揺れは?」




 最初の『崩壊』はただ無駄にするために使った訳ではない。『土魔法』と『水魔法』を効率よく使うための布石下準備だった。

 エダは『敵の石を修復する魔術』を使用した際、「お互いの石を修復しただけ」のように見せかけ、実は同時に『土魔法』と『水魔法』を数手先に発動するよう、術とスキルを四重に掛けておいたのだ。

 トヨモトは詠唱に気を取られて、エダが魔法を時間差で発動するようにしたのに気づかなかった。

 エダは『土魔法』で海底に大地震を起こし海底に突き刺さる黒石のみを薙ぎ倒し、『水魔法』で大津波を起こし黒石のみを漂流させた。戦場を【海溝】にした理由だ。

 さらに『崩壊』でダメージを受け脆くなった黒石は津波により石同士がぶつかって粉々になり、戦場バトルフィールド上にある全ての黒石は海の藻屑となり流されていった。



 舟が流されないよう、小さな壁を作りすぎたのが敗因だった。初めから石のまとまった場所を狙い撃ちする戦略だったのだろう。

 さすがの【賢者】もこれほどのダメージは修復できない。

投了ギブアップ

と静かに宣告した。


 津波が収まり、二人の間にウインドウが現れて、

『White,winner.』

の文字を映し出した。



「まさか二度も『崩壊』を使うとは思いませんでした。エダ君にしか出来ない神業でしょう」

 トヨモトがエダを称えた。

 エダは自分の【MP】を確認すると残りは『4』と一桁になっていた。まさかここまでギリギリになるとは、自分でも驚いてしまった。

 『【勝負勘】計測不能』のエダだからできる一か八かの大勝負だった。

「それくらいやらなければトヨモトさんには勝てないと思ってましたから、必死でした」

 エダが手を差し出す。トヨモトはそれに応え、握手を交わした。



《勝者[テルオミ・エダ]は『紅玉ルビーの間』に進みなさい》

 戦場に『天上人の声』が響いた。タイトルを賭けた最終決戦にまで駒を進めた者しか聴くことができない声だ。


 戦場に光の階段が現れた。エダはその階段を一段ずつ登っていった。



 ●○●○●○



 階段を登りきった所には大きな扉があり、エダが近づくと重そうな両開きの扉は音を立てずに静かに開いた。エダは臆する事なく『紅玉の間』に足を踏み入れた。

 エダがこの『紅玉の間』に来るのは今回を含めて6度目だ。


《勝者[テルオミ・エダ]にはボーナスポイント[1,000]点が与えられます。[B]ランク以上のスキルのボーナスガチャを[2]回引けます。》


 タイトル戦優勝者であるにも関わらずボーナスポイントがたった1,000Pだけなのは、相手が自分と同レベルだからだ。つまりレベルが自分より上であればあるほど与えられるBPは高くなる。その逆は0になる場合もある。

 エダはウインドウを開きBPを全て【攻撃力】に割り振った。

 ガチャの機械が現れた。エダが2回レバーを回すと、1回目は『隠密』、2回目は『幻影』が出てきた。

 『隠密』は前にも何回か引いたが棋風戦法に合わなくて破棄し、『幻影』は使いこなせず契約解除となってしまったスキルだ。今でも『幻影』を使いこなせるとは思えない。

 プロ9段にもなると全てのスキルを一度は試しているので、欲しいと思うようなスキルはもう無いと言っていい。

「ガチャは2つとも放棄します」

 エダはこう告げると、カプセルはシュッと音を立てて消えた。


《ではこれより勝者[テルオミ・エダ]に紅玉戦優勝者である証の宝玉・ルビーを与えます》


 台座に載せられた紅玉ルビーが天からゆっくりと降りてきてエダの目の前で止まった。

 エダは右手を伸ばしてゴルフボールほどの大きさのルビーを掴んだ。

 ルビーは勝者を讃えるように赤い光を放った。


《これで[テルオミ・エダ]は計[6]個のルビーを手に入れました。あと[1]個で【永世称号】『紅玉覇王』が与えられます》


 やっとあと1個のところまで来た。

 6個のルビーを集めるまで10年かかってしまった。

 今、十代の棋士達がなかなか骨のある戦闘内容と成績を残している。しかし彼等がこの『紅玉の間』に来るにはまだ力不足だろう。

 しかしステータスの数値が下がってきている僕には、のんびりしている暇はない。あっという間に新しい世代の波に飲まれてしまう。

 来年なんとしてでも防衛して永世称号を手に入れたい。チャンスは一度きりだと思っておいたほうがいいだろう。


 エダは手にしたルビーを『魔法使いの杖』に嵌め込み、

紅玉ルビーよ、我に力を与えよ」

と、唱えた。激しい戦闘であちこちささくれ立った『魔法使いの杖』は、新しい命を吹き込まれたかのように新品同様に蘇った。

「また頑張ろうな」

 エダはいつものように杖に声をかけ、激戦を制した杖を労った。


 エダは振り返り『紅玉ルビーの間』を後にした。光の階段を一段一段降りてゆく。

 今、この瞬間から来季に向けた戦いが始まる———。
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