GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃

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次の一手編

爆弾は「解体処理」するか「爆破処理」するか【前編】

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 洋峰学園学園文化祭に異変が起きている。

 2年連続売り上げダントツ1位だった畠山京子のクラスに、今年は暗雲が立ち込めている。

 一般客を入れる文化祭二日目の今日になっても、客足が一向に伸びないのだ。京子がメイドのコスプレをしてプラカードを持ち、いつものように客引きに出掛けても、去年の5分の1も客がやって来ないのだ。

 原因は分かっている。

 京子の身長が伸びて、170㌢を越えたのだ。身長にコンプレックスのある男性客が、一年ぶりに会った京子に敬遠して激減しているのだ。

「私の読みが甘かった……!」

 パーティションで区切られ客から見えない教室の隅で、学級委員長の本庄舞が頭を抱えた。


 文化祭の出し物を決める話し合いが行われた二学期の始め、クラスの全員一致で『メイドカフェ』をやる事に決まったのだが、男子からも女子からも一部、我がクラスの稼ぎ頭・京子の身長について、言及があったのだ。その日、京子は真珠戦挑戦手合で不在だったため、かなり忌憚の無い発言がなされたのだが、その中に「あの身長でメイド服は引く」「男子は引く」「女子でも引く」とマイナスの意見が出たのだ。

 しかしクラスの大半は、『畠山京子には固定客がついたので、身長が自分よりも高くなっても、男性客は気にしないだろう』というものだった。

 しかし、その読みは大きく外れてしまった。

 まさかこのクラスで閑古鳥の鳴く声を聞く羽目になるとは。


「本庄さん。そんなに落ち込まないでよ。私まで切なくなるじゃん」

 外回りから戻ってきた京子が学級委員長の肩をポンと叩く。

「ごめん、畠山さん。ちゃんと畠山さんの意見を聞いていれば……」

 真珠戦挑戦手合から帰ってきて文化祭の出し物を聞いた時の京子の反応は、反対派と同じ「この身長でメイド服は引く」だった。しかし、やると決めたからにはとことんやろうと、京子は一人、メイドカフェに武者修行に出掛けたというのに、この有り様だ。京子のショックも計り知れないものがある。

「私達、畠山さんにおんぶにだっこだったのね……」

「それ、他の人達を傷つけてるから」

「ああーっ!ゴメン!みんなゴメン!」

 突然、本庄が発狂する。パーティションの向こうにも聞こえたようで、メイド姿のクラスの女子が2人、本庄に駆け寄る。

「舞、どうしたの!?」
「なにかあった!?」

「私がちゃんと少数派の意見を聞いていればー!」

「昨日もソレ言ってたじゃん」
「今更だよ。畠山さんも、こんなのに付き合わなくていいよ」

 この3人は幼馴染みで、お互いかなり言いたい放題言い合っている。

「それより何か対策を練らないと。このままだと、ウチのクラス、2年連続1位から最下位に転落しちゃうよ」

 昨日から対策を練っているのだが、何も思い浮かばないのだ。

 京子もなんとかしようと思っているのだが、京子はデータの無い事象には適応力ゼロだ。それにここは企業ではなく、学校の文化祭。明日の最終日までに最下位から首位に躍り出る速効性のある打開策を考えろ、なんて、そんなものがあったら、この国には「失われた30年」なんてものは存在しなかっただろうと思っている。


 京子は意を決したように、徐に持ち立ち上がった。

「しょうがない。奥の手を使おう」

「何?畠山さん。何かアイディアが!?」

 本庄が頭を擡げる。

「スカートの丈を短くしよう。パンチラぎりぎりまで」

「やってくれるの!?畠山さん!」
「じゃあ、胸元もはだけさせて……」

「ダメー!それだけはやめて!品性の欠ける行動は絶対ダメ!自分を貶めるから!」

 さすが学級委員長。クラスメイト2人はノリノリだったのに、本庄だけは理性が働いて、京子の暴走を寸前で止めた。

「わかったよ。やらないから。兎に角もう一回、客引きに行って来るよ。なんでもいいから、行動を起こさないと」

 京子はまたプラカードを持ち、教室を後にする。

「畠山さん。釘を刺すようだけど、さっきみたいな事は……」

「わかったって。やらないから。じゃあ、行ってくるね」

 そう言った直後だった。

 たった今、教室から廊下に出た京子が、一瞬で姿を消した。

「「「畠山さんが消えた!?」」」

 三人が絶叫する。

「畠山さん、どこに行ったの!?神隠し!?」
「まさか異世界召喚!?」

 クラスメイト二人が、慌てて廊下に出て京子を探す。

「待って。前にもこんなことがあった!」

 本庄は一昨年の文化祭を思い出していた。

「そうだ!あの時は、囲碁部に拉致されてたんだ!」

「そっか!畠山さん。囲碁棋士だから……!」
「早く追いかけて、連れ戻そうよ!で、囲碁部の部室はどこ!?」

 二人が本庄を見やる。

「えーと……、あの時は無我夢中で探し回ってて偶然見つけたから、どこだったか……」

「この役立たず!」
「それでも学級委員長なの!?」

「なっ……!なによ!自分は何もしないクセに、他人に責任を押し付けて!」

 幼馴染み3人の喧嘩が始まった。幼少期の失敗話まで持ち出した泥仕合は、クラス担任が止めるまで続いた。



 ●○●○●○



 京子が石坂嘉正に手を引かれ連れて来られたのは、三人が予想した通り、囲碁将棋部の部室だった。2年前とは違い、閑古鳥は鳴いていなかった。京子が配った名刺が奏功したのか、文化祭をきっかけに囲碁を始めたという人が数名おり、嬉しい事にその人達が今年も囲碁部に来てくれたのだ。

 2年前、京子をナンパしたチャラ男その2も来ていた。意外にもあの後、通っていた大学の囲碁サークルに入り、囲碁の腕を磨いているそうだ。すっかり囲碁に嵌まったチャラ男その2は「今年こそ勝つからな」と、まだ京子を狙っているようだ。京子は「後でね」と適当にあしらい、目的の人物の目の前に座った。

「お待たせしました。っていうか、待ってましたよ。そちらからやって来るのを」

 目の前の岩井司が微笑む。探偵を使って京子をストーカーしていた張本人だ。


 今年の囲碁部の出し物は、毎年恒例の『勝ち抜き戦』なのだが、去年から特別ルールで『5人勝ち抜いたら、畠山京子と対局出来る権利(ハンデあり)』が追加されたのだ。これまでに元院生など数名が京子に挑戦したが、全て撃破されている。

 大将である高等部部長も腕を上げているので、今年は高いハードルになっている筈なのだが、やはり司が勝ったようだ。


「それより、どうやってこの洋峰学園文化祭に?生徒から招待されるか、学校の近隣住民の方しか入れない筈なんですけど。誰にいくら積んで入ってきたんですか」

 京子が腕組みをして司を問い質す。制服ではなく、私服の司を廊下からチラ見した女子生徒が、小声で何かを噂して、どこかへ駆けて行った。

「金を積むなんて酷い言い方だなぁ。僕にだって、洋峰学園に友達ぐらいはいるよ」
「じゃあ何故、交流会の時は親の権力を使ったんですか」

「あの交流会の時に、友達が出来たんだよ」
「なるほど。じゃあ後で犯人を締め上げておきます」

「犯人なんて、酷いなぁ」
「親の権力で探偵を雇って、女子中学生から個人情報を手に入れようとするやり方は酷くないんですか。あなた、知らないオッサンから性的な目で見られながらストーカーされたこと、あります?どれだけ恐怖か、知らないでしょ」

「それはすまなかった」
「認めるんですね。誰からストーカーされてるかなんて、言ってないのに」

 一瞬間が開く。しかし「しまった」という表情はしなかった。さすが帝王教育されたお坊っちゃまだ。

「で、ご用件は?」

 京子は腕組みを崩さない。威圧的な態度で、司の尋問を続ける。

「君が予想している通りだよ」
「そうですか。なら、私が勝ったら今後一切の関わりを立つ、でいいですね」

 京子は碁盤ではなく碁笥の蓋をトントンと叩いた。

「ああ、かまわない。では、僕が勝ったら……」
「たとえハンデがあっても、あなたは私に勝てません。私を誰だと思ってるんですか」

「やってみなきゃ……」
「傲慢ですね。私に勝てると思ってるなんて。自分を何様だと思ってるんですか」

 司がまだ言い終わらないのに、被せ気味に返事が返ってくる。司が少し苛立ちを覚える。

「その言葉、そっくりそのまま……」
「その自信。どなたか参謀につけたんですね。棋士の誰かを」

 京子の口ぶりは、確信めいていた。このスピードのやりとりで、そこまで頭が回っているのか。

「打ってみればわかるんだろう?棋士は、一度打ったことがある同士なら、十中八九わかるそうじゃないか。当ててごらんよ」


 司は普段、感情を表に出さないよう、気をつけている。そう教育されているからだ。しかし、畠山京子は人の神経を逆撫でするのが上手いらしく、司は初めて感情をコントロール出来ずにいた。

 (なんて性格の悪い女なんだ!)

 ゾクゾクとした感情が芽生える。鳥肌が立つ。

 司は気の強い女性が好きだ。

 司は将来、父が経営する企業を継ぐ立場にある。気の弱い女では、家を任せられない。これくらい性格が悪くて丁度良い。

 (やはり欲しい!俺には絶対必要な女だ!)


 司は京子を睨んで煽る。

 京子も負けじと睨み返す。


「わかりました。打ちましょう。その参謀ごと葬ってやりますよ。ハンデはどうしますか。逆コミ半目から星目風鈴中四目までありますけど」

 京子は腕組みを解いた。

「星目風鈴中四目で」

「……意外ですね。プライドを捨てるなんて」

「どうしても勝ちたいからね」

 京子がニヤッと笑う。

「いいですね。それくらいガツガツしている方がり甲斐があります。時計ですけど、私も長く持ち場を離れられないので、挑戦者25分、私が5分、使いきり負けでいいですか」

「ああ。それでいい」

 参謀の言った通りになった。京子は持ち時間を相手有利に設定するだろうという読みが当たった。


 京子は碁笥の蓋を開けて、中の石の色を確認する。

 司も碁笥の蓋を開けようとしたが、やり残したことを思い出して、手を止めた。

「じゃあ、最終確認だけど。君が勝ったら、僕は今後一切君とは関わらない」
「ええ。他人を使ってコソコソするのも、私の友人知人棋士全員も、ストーカーするのは無しです」

 語気を強める。探偵を使って尾行させた事は、相当京子を怒らせたのだと、司にもわかった。

「ああ。僕が勝ったら、結婚を前提に付き合ってもらう」

 京子と司のやり取りを聞いていた野次馬達がざわめく。なんと言ったか理解が追い付かず呆然とする者、部室から駆け足で出ていった者。嘉正の顔は真っ青に、結花はオロオロと、部員の反応は様々だった。

 突然部員達の面前でプロポーズされた当の本人・畠山京子はというと……。

「は!いいですよ。プライドを捨てて星目風鈴中四目トップハンデで勝負する意気込みを賞して、その条件、飲みましょう。それにしても大変ですね、お坊っちゃまは。まだ中学生なのに、もう嫁探しですか」

 京子は嫌みを言って、更に司を煽る。

 京子にとっては、待ちに待ったストーカー行為を止めさせるチャンスだ。ハッキリ言って、司相手にこのハンデは五分五分だと思っている。しかし、京子にはこの勝負を断る理由は無い。ここを勝てば司のプライドをずたぼろに出来、ストーカー行為を止めさせる又と無いチャンスなのだ。

「この条件でいいんだね?言質取ったよ」
「ええ。お互い腹括りましょうや」

 イラついているのか、京子の口調が乱暴になっている。司も語気が強めだ。


 京子は対局時計をセットする。相手は25分、自分は5分。

 司は碁盤に17子の黒石を並べた。

 そして再度、睨み合う。

「「お願いします」」

 お互い礼をすると、司は対局時計のボタンを押した。

 京子は時計がちゃんと動いた事を確認してから、いつものように白石を持ち、そしていつものように音を立てないように静かに碁盤に置いた。
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