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次の一手編

「友達を誘う」か「先輩を誘う」か

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 久しぶりの秋葉原を、江田照臣は4人の友人と共に散策する。

 今日は以前から推していた地下アイドルのライブを楽しんできた。その後、友人の一人が仕事で必要な機器が欲しいと言うので一緒に電気街を回り、小腹がすいたのでどこかで軽食を取ろうという話になった時だった。

「わーい!江田さん見つけたーっ!」

 かなり遠くから呼ばれたのだが、はっきりと聞き取れた。そしてすごい勢いで通りの遥か向こうから、江田の妹弟子・畠山京子が駆けてきて、江田に抱きついた。

「キャーッ!うれしー!すごい偶然!」

 飛びついてきたので、江田は後ろに倒れそうになる。慌てて友人2人が江田を支えた。

「待ち合わせしてたんじゃないのに、この大都会東京で偶然会えるなんて、運命ですね❤️」

 毎日バスケで鍛えている現役女子中学生は、兄弟子を絞め殺さんばかりの馬鹿力で抱き締める。

「ちょ……きょ…こ、苦し……離して」

「はうっ!?私ったら、田村先輩と同じ事を!?」

 這う這うの体の江田に平謝りする京子だったが、反省の色は見られない。むしろ、久々に江田に抱きついてスッキリした表情だ。

「江田さんのお友達の皆さんも、お久しぶりです!」

「京子ちゃん~!久しぶり~!」

 江田の友人たちが「眼福」という表情で京子を見つめる。毎年、このメンバーで学園祭に来てくれるので、すっかり顔馴染みだ。

「今年も文化祭に来て下さいね!」

 京子はちゃっかり来週開催される文化祭のPRをする。今年も洋峰学園の在学生アイドルがソロライブをやる予定だ。


「それより、京子。一人で来たの?」

 江田は声を潜め、周囲を警戒する。京子は夏前からストーカー被害に遭っている。学校では京子のストーカー被害発覚後、警備員の数を増やし学校敷地内を警戒しているのに、ストーカーは相当質《たち》が悪いらしく、3ヶ月経った今でもしつこく京子をつけ回しているらしい。

 江田が京子のストーカー被害を心配するのには訳がある。次男坊とはいえ、江田も江田グループの御曹司であり、身の危険は常にあるため、護身術の訓練は欠かさない。常に集団で行動するようにしている。一緒にいる友人4人も、実は2人はボディガードだ。他の2人の友人も、京子もその事は知ってる。

 しかし江田の心配をよそに、京子本人はこのストーカー被害を楽しんでいる節がある。ストーカー退治は警備員に任せておとなしくしていればいいのに、タイトル戦挑戦などで対局数が増えて体を動かす機会が減ってストレスが溜まっているそうで、バスケ部やクラスの友人達に迷惑をかけたくないという名目で、この期を逃してはなるものかと、ストーカーを自ら捕まえているらしい。いかにも好戦的な京子のストレス発散法だ。

 ただ、今までは良心的(?)なストーカーだったから被害に遭わなかっただけで、今後は凶行に出る可能性もあるのだから、休日に出掛ける時は一人ではなく誰でもいいから友人と一緒に、と、江田は京子にアドバイスしたのに、この有様だ。

 京子は江田とのこの約束を思い出したのだろう。伏し目がちに答える。

「友達や先輩を誘ってみたんですけど……」

 昨日、バスケ部の練習後に詩音と梨花を、家に帰ってから田村優里亜をLINEで誘ってみたのだ。しかし……。

「誘ったの?始めから一人で行くつもりだったんじゃないの?」

 江田が聞き返す。

「本当ですよ!でも、「秋葉原に行ってみたい」って言ったら、みんな突然「用事を思い出した」って……」

 ボディガードではない江田の友人2人が項垂れる。

「ヲタク文化が浸透したと思っていたのに、若い子の感覚では、まだアキバは異世界なんですね……」

「おかしいですよね。外国人観光客には人気スポットなのに!」

「そうなんだよ!さすが京子ちゃん!わかってくれてる!」
「京子ちゃん!いい子!」

 江田がちょっと呆れている。二人とも三十半ばのいい歳なのに、中学生とキャッキャ言っているのを。

 江田が軽く咳払いをする。騒いでいた三人が静かになる。

「それで。あれほど一人で出歩くなとキツく言っておいたのに、なんの用事でアキバに来たの?」

 どんな時でも笑顔を絶やさない、温厚な江田の眉間に皺が寄っている。

 あの江田が怒っている。京子は大好きな江田を怒らせてしまった。

 久しぶりに見る江田の憤慨した表情に、さっきまではしゃいでいた京子が一瞬で大人しくなる。

「あ……、あの……。文化祭に必要なものを、勉強しに来ました……」

 いつもなら元気よくハキハキ答える京子が、視線を逸らしポツポツと口籠っている。それだけ京子には、江田を怒らせてしまった事がショックだった。

「勉強?アキバに?」

 江田が聞き返す。

「はい。えーと……、今年の文化祭の私のクラスの出し物、『メイドカフェ』をやるんです。それでメイドさん特有の接客技術を学ぼうと……」

「メイドカフェの接客技術」

 江田の後ろに控えていた4人が思わず吹き出す。

 京子にかかると、『萌え萌えキュン❤️』も『美味しくなぁれ❤️』も、『接客技術』になるらしい。

 確かに『技術』だろう。客がまた「この店に来たい」と思わせるように接客するのだから。

 そういう意味では京子には無い技術スキルだろう。この容姿のお陰で、京子自ら男に声をかけずとも、あちらから男がやって来る。男に媚びる必要など無いのだから。しかも、幼い頃から柔道や剣道をやってきた京子は、ガサツで粗野。性格は男の子よりも男勝りだ。はっきり言って、『料理』以外の『女子力』保有スキルはゼロだ。

 (確かに、本物プロを見なければ、京子にはあの接客技術は身につかないだろうな)

 妙なところで江田は納得する。そして後ろの4人は想像する。京子が自分に『お帰りなさいませ、ご主人様❤️』と言っている姿を。

 江田が溜め息を吐く。

 (僕のSPもいる事だし、僕が京子を適当な店に連れて行った方がいいだろうな)

 可愛いけれど、向こう見ずな妹弟子のために、江田は一肌脱ぐことにした。

「事情は分かったよ。それで、どこのお店に行くの?」

「どこのお店がいいのかなー、と思いながら歩いてたら、江田さんを見つけたんで……」

「なら、僕らのオススメの店に行く?」

 友人の一人が京子に提案する。

「いいですか?良かったー!一人じゃ入りにくくて……」

 なんでもかんでも一人でこなそうとする京子にも、お一人様ではやりにくいものがあるらしい。


 中年男性の集団の中に、女子中学生が一人混じって歩く。ジロジロ見られている。明らかに「このオッサン達、この美少女をどうするんだ?」という顔だ。しかし江田の友人達は、こんな美少女を連れて歩けるのが嬉しく、周囲の視線は気にならないらしい。SPも、人目が多いのは警護にプラスになるからと、緊張の緩んだ表情をしている。


「京子。さっきも言ったけど、こんな時に一人で出歩いちゃダメだよ」

 店に向かう道中、江田がもう一度釘を刺す。

「その事なんですけど、最近ストーカー、学校に来なくなったんですよ。今も、もしかしたら誰か尾行てくるかな?とか思ってたんですけど、誰もいないみたいだし」

 それならいい。しかし……。

「やっと諦めたのかな。だとしたら『諦めるきっかけ』は何だったんだろうね」

「それなんですけど、たぶん諦めてはいないと思うんです。時期が来るまでおとなしくしてるだけだと思うんです」

「時期?」

 京子がニッコリと微笑む。

「文化祭です。正々堂々うちの学校に入れますからね。実はいい加減、逃げ回ったり捕まえたりするのも飽きてきたんで、こちらからお誘いしてガチンコ勝負しようかと思ってたんです。どうやらあちらからお越し下さるようで、手間が省けました」

 京子はニヤニヤヘラヘラと笑いながら指をポキポキと鳴らす。早く一戦交えたいようだ。

 (ああ……。本当にこの子は……)

 生まれてくる場所を間違えた。戦争の絶えない地に生まれていれば、生きやすかっただろうに。

 それでも京子はなんとかこの国で生きていくために、折り合いをつけようと努力しているのだろう。文化祭のために、わざわざ秋葉原に来て、こうして『萌え萌えキュン❤️』とか言っているのだから。


 京子は囲碁棋士になりたくてなったのでは無いのを、江田は知っている。だからか時折、囲碁棋士を辞めても構わないような無茶な行動をする。かといって、囲碁棋士を辞めたい訳ではないらしい。少なくともタイトルホルダーになる位には真剣に棋士の仕事をこなしている。タイトルホルダーになれば対局数が増えて、それだけ自分の時間が削られる。運動する時間も減ってストレスが溜まるとも言っていた。京子には、自由に使える時間が少なくなっても、囲碁棋士をやるメリットの方が大きいという、妥協もあるのかもしれない。

 好戦的な京子には、囲碁棋士という職業はプラスだったのだろうか、マイナスだったのだろうか。

 少なくとも、囲碁は好きなのだろうと思う江田だった。
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