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次の一手編
「今までの日常を保持する」か「新しい事を始める」か
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今住んでいる家をリノベーションしてからというもの、岡本純子は家で何もやることが無くなってしまった。
掃除はロボット掃除機がやってくれるし、洗濯機は乾燥までやってくれるし、食器洗いも機械に放り込めば全自動でやってくれる。買い物もスマホさえあれば家まで届けて貰えるので、家から出る必要が無い。
この家で私が出来ることは、ご飯を作って、ロボット掃除機では掃除出来ない所の掃除をするぐらいだ。
秋田の旅館で働いていた時、岡本に見初められ、結婚して東京にやってきた。すぐ子供が出来て、専業主婦として三人の息子が一人立ちするまで、家のことだけをやっていた。
末の子がこの家を出ていった時に、再就職を考えた。しかし時代は私が働いていた頃とは大きく変わり過ぎていて、ついていけなかった。一生懸命子供を育てていたのに、いつの間にか『社会不適合者』なるレッテルを貼られてしまっていた。学歴も資格も、何の取り柄も無い私には、もう何も出来る事が無い。
そう思っていた矢先、京子がやって来た。
欲しいと思っていた女の子だった。しかも日本人形のように美しい女の子。
でも中身は見た目とは程遠かった。
がさつで大雑把で、庭の柿の木に上るわ、足で戸を開け閉めするわ、一升炊いたご飯が一日で無くなるわ。息子三人いた時よりも大変だった。
でも京子が来てから、毎日が楽しい。
一番大きいのが『方言で会話が出来る』ことだ。私の実家の秋田市と、京子の住んでいた角館とでは、微妙に異なるが、夫の居ない時には二人で方言で喋りまくる。これが思いの外ストレス解消になる。秋田に住んでいた期間より、東京に出てきてからのほうが長くなったのに。やっぱり私は秋田で生まれ育った人間なんだと思う。
他には食べ物だ。京子からアンテナショップというものがあると聞かされ、二人で買い物に行った。秋田でしか手に入らないと思っていた「しょっつる」や「いぶりがっこ」が、東京に居ながらにして手に入る。衝撃の大発見だった。
京子に礼を言うと、「また来ましょうね」と、京子も「曲げわっぱ」を手に入れて嬉しそうだった。
京子の先輩棋士の女性から、子供の面倒を見て欲しいと頼まれた事もあった。あの時は突然で、とにかく私が引き受けなければその子はどうなってしまうのだろうかという思いで引き受けてしまった。
でも引き受けて良かったと思った。その子の母親は泣いて喜んでいた。ただ子供を預かっただけなのに。今の世の中は子供を育てるだけ、ただそれだけが、どんなに大変なのかと考えさせられた。
そんな風に京子との毎日は刺激と衝撃の連続で、退屈していた私に生きる活力を与えてくれた。
が。
京子がウチに来てもうすぐ2年を向かえようという矢先。京子から天と地がひっくり返る、ビックリ提案をされた。
「小学生向けの学習塾と併設して、託児所も開くので、もし良ければ手隙の時だけでいいので、手伝ってもらえませんか?勿論お給料をお出ししますので」
たぶん、小さな瓢箪から大きな馬が出てきても、寝ていて耳に水をぶっかけられても、ここまで驚かないだろうと思うほど驚いた。
まだ自身が学校に通っているにも関わらず会社を起こして、しかも子供に勉強を教えるという。
当然のように、会社を立ち上げるのを、私も夫も反対した。
しかし京子は、「なら純子さん、やってくれますか?」と私に問うた。
答えられなかった。私は何の取り柄も特技も無い、無能な人間なんだ。
「大人がやってくれないから、子供がやるしか無いんじゃないですか」
キツいその言葉に、私も夫も何も言い返せなかった。
事業内容を聞いた。託児所、子供食堂、プログラミング塾。
夫は「色々やりすぎだ」と言った。しかし京子は「これ、どれも全部いらないものですか?」と一蹴した。
京子は今を生きる子供だからこそ、子供に何が必要なのか、大人から何をして欲しいのかをよく知っている。京子がやろうとしている事は、今だけでなく、将来、子供が大人になった時に必要になるものだと。
京子は学校に行きながら、囲碁棋士としての仕事もして、さらに会社まで起こした。
私も何かをしたいと思った。60歳を過ぎても出来ることなんてあるのか、考えた。調べた。保育士の資格を取るのに、年齢制限は無いと知った。しかも実務経験さえあれば、高卒でも資格が取れるらしい。
私は【圃畦塾】に併設された託児所で働きながら、保育士の資格を取る勉強を始めた。
週4日。昼の5時間程託児所で働く。やることはなんて事ない。オムツ替えとミルクを飲ませる。三人の息子を育ててきた私には慣れたもんだ。
ただ、やっぱり私が子育てしていた頃とはオムツの性能もミルクを作るのに必要な道具も進化していて、目から鱗だった。
しかも昔と今とでは、子育て方法も違う。「当時の常識」が「現代では非常識」で、私が新米ママさんに教えられる事は何もなかった。
が、出来る事はあった。三人の息子を育てたと話すと、男の子を持つ母親から相談を受けるようになった。特に若い母親は、同い年で子供を持つ友達がいなくて、話し相手がいないとこぼしていた。
私を「本当の母親(子供からみたら祖母)より頼りになる」と言ってもらった時は、涙が出るほど嬉しかった。
私にも出来る事はあるんだ、と。
そんな事もあると、勉強も捗る。
久しぶりにご近所の主婦仲間の杉山順子の元へ行き、圃畦塾の話をすると、なんでそんな面白い事を黙っていたのかと怒られた。
順子も保育士の資格を取ると言い出した。看護師の資格があっても、保育士の資格とは別物らしい。
京子に順子の事を相談した。順子も圃畦塾で働くこと。二つ返事で許可が降りた。
今は順子と二人で圃畦塾に通い、一緒に働き勉強する。充実した毎日を送っている。
掃除はロボット掃除機がやってくれるし、洗濯機は乾燥までやってくれるし、食器洗いも機械に放り込めば全自動でやってくれる。買い物もスマホさえあれば家まで届けて貰えるので、家から出る必要が無い。
この家で私が出来ることは、ご飯を作って、ロボット掃除機では掃除出来ない所の掃除をするぐらいだ。
秋田の旅館で働いていた時、岡本に見初められ、結婚して東京にやってきた。すぐ子供が出来て、専業主婦として三人の息子が一人立ちするまで、家のことだけをやっていた。
末の子がこの家を出ていった時に、再就職を考えた。しかし時代は私が働いていた頃とは大きく変わり過ぎていて、ついていけなかった。一生懸命子供を育てていたのに、いつの間にか『社会不適合者』なるレッテルを貼られてしまっていた。学歴も資格も、何の取り柄も無い私には、もう何も出来る事が無い。
そう思っていた矢先、京子がやって来た。
欲しいと思っていた女の子だった。しかも日本人形のように美しい女の子。
でも中身は見た目とは程遠かった。
がさつで大雑把で、庭の柿の木に上るわ、足で戸を開け閉めするわ、一升炊いたご飯が一日で無くなるわ。息子三人いた時よりも大変だった。
でも京子が来てから、毎日が楽しい。
一番大きいのが『方言で会話が出来る』ことだ。私の実家の秋田市と、京子の住んでいた角館とでは、微妙に異なるが、夫の居ない時には二人で方言で喋りまくる。これが思いの外ストレス解消になる。秋田に住んでいた期間より、東京に出てきてからのほうが長くなったのに。やっぱり私は秋田で生まれ育った人間なんだと思う。
他には食べ物だ。京子からアンテナショップというものがあると聞かされ、二人で買い物に行った。秋田でしか手に入らないと思っていた「しょっつる」や「いぶりがっこ」が、東京に居ながらにして手に入る。衝撃の大発見だった。
京子に礼を言うと、「また来ましょうね」と、京子も「曲げわっぱ」を手に入れて嬉しそうだった。
京子の先輩棋士の女性から、子供の面倒を見て欲しいと頼まれた事もあった。あの時は突然で、とにかく私が引き受けなければその子はどうなってしまうのだろうかという思いで引き受けてしまった。
でも引き受けて良かったと思った。その子の母親は泣いて喜んでいた。ただ子供を預かっただけなのに。今の世の中は子供を育てるだけ、ただそれだけが、どんなに大変なのかと考えさせられた。
そんな風に京子との毎日は刺激と衝撃の連続で、退屈していた私に生きる活力を与えてくれた。
が。
京子がウチに来てもうすぐ2年を向かえようという矢先。京子から天と地がひっくり返る、ビックリ提案をされた。
「小学生向けの学習塾と併設して、託児所も開くので、もし良ければ手隙の時だけでいいので、手伝ってもらえませんか?勿論お給料をお出ししますので」
たぶん、小さな瓢箪から大きな馬が出てきても、寝ていて耳に水をぶっかけられても、ここまで驚かないだろうと思うほど驚いた。
まだ自身が学校に通っているにも関わらず会社を起こして、しかも子供に勉強を教えるという。
当然のように、会社を立ち上げるのを、私も夫も反対した。
しかし京子は、「なら純子さん、やってくれますか?」と私に問うた。
答えられなかった。私は何の取り柄も特技も無い、無能な人間なんだ。
「大人がやってくれないから、子供がやるしか無いんじゃないですか」
キツいその言葉に、私も夫も何も言い返せなかった。
事業内容を聞いた。託児所、子供食堂、プログラミング塾。
夫は「色々やりすぎだ」と言った。しかし京子は「これ、どれも全部いらないものですか?」と一蹴した。
京子は今を生きる子供だからこそ、子供に何が必要なのか、大人から何をして欲しいのかをよく知っている。京子がやろうとしている事は、今だけでなく、将来、子供が大人になった時に必要になるものだと。
京子は学校に行きながら、囲碁棋士としての仕事もして、さらに会社まで起こした。
私も何かをしたいと思った。60歳を過ぎても出来ることなんてあるのか、考えた。調べた。保育士の資格を取るのに、年齢制限は無いと知った。しかも実務経験さえあれば、高卒でも資格が取れるらしい。
私は【圃畦塾】に併設された託児所で働きながら、保育士の資格を取る勉強を始めた。
週4日。昼の5時間程託児所で働く。やることはなんて事ない。オムツ替えとミルクを飲ませる。三人の息子を育ててきた私には慣れたもんだ。
ただ、やっぱり私が子育てしていた頃とはオムツの性能もミルクを作るのに必要な道具も進化していて、目から鱗だった。
しかも昔と今とでは、子育て方法も違う。「当時の常識」が「現代では非常識」で、私が新米ママさんに教えられる事は何もなかった。
が、出来る事はあった。三人の息子を育てたと話すと、男の子を持つ母親から相談を受けるようになった。特に若い母親は、同い年で子供を持つ友達がいなくて、話し相手がいないとこぼしていた。
私を「本当の母親(子供からみたら祖母)より頼りになる」と言ってもらった時は、涙が出るほど嬉しかった。
私にも出来る事はあるんだ、と。
そんな事もあると、勉強も捗る。
久しぶりにご近所の主婦仲間の杉山順子の元へ行き、圃畦塾の話をすると、なんでそんな面白い事を黙っていたのかと怒られた。
順子も保育士の資格を取ると言い出した。看護師の資格があっても、保育士の資格とは別物らしい。
京子に順子の事を相談した。順子も圃畦塾で働くこと。二つ返事で許可が降りた。
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