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次の一手編
大切なのは「量」か「質」か
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『卒業証書授与式』と書かれた看板の前に、卒業生が列を成す。
その列の中に高等部女子バスケットボール部に所属していた卒業生6人全員いた。しかし6人は周囲の者達に聞こえないように声を潜めて何やら話し合う。
「玲衣鈴、それ本当にやるの?」
元部長の飯田佐緒里が確認する。
「うん。もちろん。そのつもりで5年間も内緒にしてきたんだし」
玲衣鈴がニヤリと笑う。他の5人は呆れた表情でため息を吐く。
「もう好きにしな。私たちは一切関わらないから。それでいい?」
「うん。むしろその方がいい」
卒業式が始まるアナウンスが流れる。
「写真、式の後にしよう」
元部長の癖が出て、沙緒里はつい場を仕切ってしまう。しかし他の5人はなんの違和感も覚えず、素直に従って、式が行われる第一体育館に向かった。
●○●○●○
卒業式終了後、卒業生より一足先に在校生が女子バスケ部部室に集まった。
部室は綺麗に飾り付けされ、花束も用意されていた。
「今年の一年生は頑張ったねー!」
高等部現部長の川合麻央が誉めちぎる。色紙で飾られた部屋は勿論の事、何より目を引いたのは、ホワイトボードに描かれた『黒板アート』ならぬ『ホワイトボードアート』だ。
卒業生6人全員がバスケをしているシーンなのだが、似顔絵が激似なのだ。
「これ、誰が描いたの?」
平田胡桃がドヤ顔で手を挙げた。
「えーっ!?ちょっと意外!」
中等部1年生以外が全員驚く。
「そんなに意外ですか!?」
胡桃が膨れっ面で言い返す。すかさず部長の麻央も言い返す。
「うん。だって入部してきた頃なんて、ケイに喧嘩売ってばかりいたし」
「その黒歴史はさっさと忘れて下さい!」
胡桃は今では信じられないくらい京子信者だ。
「部長、私達だって去年頑張りましたよ。今年は5人もいるんですから、そりゃ色々出来たでしょ」
京子と同い年、稲川梨花が部長の麻央にツッコむ。
「あー、ハイハイ。よくやったよくやった」
「ひどい!扱いが雑!」
「リカ。嫉妬は女をブスにするから、それくらいにしておこうね」
京子と、もう一人の京子と同い年で中等部新部長になった大森詩音とが、梨花を宥めて部屋の隅に連れていった。詩音が梨花の頭を撫でて宥める。その様子を京子が見守る。入部当時からこの三人の関係性は変わっていない。
卒業生が部室に入ってきた。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
花束を渡すのは高等部二年生の役目。といっても3年生は6人。2年生は5人なので一人足りないので、部長が2回こなす。
まず現部長の麻央が元部長の沙緒里に花束を渡す。それを合図に他の卒業生にも渡す。そして最後に渡されたのは、司令塔の矢島玲衣鈴だった。
「ありがとう、みんな!」
最後に花束を受け取った玲衣鈴が嬉しそうにオレンジ色のバラを眺める。そして卒業生は在校生と抱き合って別れを惜しんだ。
卒業生はやはりポジションの同じ後輩の今後が気になるのか、長く時間を共にした後輩との別れを惜しんでいた。
ほぼ学年順に周り、最後に部屋の隅に追いやられた京子達中等部二年の順番になった。
が、ここで梨花が空気を読まない爆弾発言をする。
「あなたは誰?」
梨花がそう言った相手は、矢島玲衣鈴だった。
「え?誰って私だよ。やだ、しばらく部活に来なかったから私の顔、忘れちゃった?」
「違うよ。あなたはレイ先輩じゃない!」
「ちょっとリカ!なに言い出すの!」
詩音がなんとか場を取り繕うと必死になる。が、梨花についで京子も爆弾発言する。
「あ。やっぱりリカもそう思う?私も部室に入って来た時から違和感があって、ずっと気持ち悪かったんだけど。あなた、どちら様ですか?」
梨花と京子が玲衣鈴を見据える。部室が静まり返る。梨花一人がこう言ったなら、いつもの天然ワードをまた炸裂させてるな、ぐらいにしか思わないが、京子までがこう言ったので、みんなが玲衣鈴に注目する。
玲衣鈴が徐に口を開いた。
「何を根拠にそう思うの?まずリカから理由を聞かせて」
「レイ先輩はそんなのんびりした喋り方しないもん」
玲衣鈴らしき人物は「ふふっ」と微笑む。
「じゃあケイは?」
「レイ先輩は右利きですけど、あなたは左利きですよね。それにレイ先輩の指はいかにもバスケの選手らしいゴツゴツした指をしてますけど、あなたの指はスラッとしている。それと花束を受け取る時、ぎこちなかった。まるで手をかばうようにしていました。それからレイ先輩と同じ名字の卒業生がもう一人いました。あなたと同じくらいの身長でした」
京子の言葉に在校生の部員全員が息を飲む。
(そういえば確かにいた!違うクラスにレイ先輩と同じ名字の人が!)
洋峰学園での卒業証書の受け渡しは、全員が校長から受け取るのではない。式の時間短縮のため、クラスの代表のみが受け取る。他の生徒は式では名前を呼ばれるだけで、在校生からは後ろ姿が見えるだけで顔までは見えない。
京子は質問を続ける。
「もしかしてあなたはレイ先輩と双子の姉妹ですか?入れ替わってここに来た?」
玲衣鈴らしき人物は微笑むだけで、京子の質問に答えない。
梨花がさらにこう続けた。
「この人と他の高等部3年生、なんか距離があるし。先輩達もレイ先輩が双子なのを知ってて、みんなグルなんじゃないですか?」
部室が静まり返る。
静寂を打ち破ったのは、元部長の沙緒里だった。
「だから言ったのよ。やめておけって」
すると玲衣鈴だと思われる人物が口を開いた。
「あーっはは!なぁんだ。まさかこんなにすぐバレちゃうとはね!」
突然の高笑いにみんなビクっと後ずさりした。
「玲衣鈴が言ってたのよ!「リカは勘がいいからすぐバレるかも」って。あなた、本当に良く見てるわね!それからケイも。「頭がキレるから、違和感を覚えたら推理して証拠を見つけて看破してくるから気をつけろ」って。玲衣鈴の言った通りになっちゃった!」
そう言うと玲衣鈴らしき人物は制服のジャケットのポケットから手袋を取り出して嵌めた。
●○●○●○
数分後、本物の玲衣鈴が部室にやって来た。玲衣鈴と同じ顔、同じ背格好、髪の長さも同じ二人が並ぶ。ただ、ひとつだけ違う箇所は、玲衣鈴のフリをしていた人物が革製の手袋を嵌めた所だ。
「やっほー、みんな!どうだったー?」
「やっほー、じゃないですよ!今度こそ本物のレイ先輩ですよね!?どういう事ですか!説明して下さい!」
現高等部部長の麻央が二人にツッコむ。
「間違いなく本物のレイ先輩だ!」
梨花が叫ぶ。
「三つ子だった、って訳ではないみたいですね」
京子が推測する。
「「うん。私達、双子だよ。一卵性の」」
綺麗にシンクロして質問に答える。一卵性と言われて納得する。誰も気づかなくて当然だ。
「ごめんねー。バスケ部のみんな。ビックリさせて。私は双子の姉の砂衣鈴。よろしくね」
「よろしくって。たぶんもう会わないですよね。卒業しちゃうんだし」
「こら!リカ!すみません!」
詩音が梨花をまた部屋の隅に連れていく。小声で「今日はもうここで大人しくしてて!」と釘を刺す。
「「あー、いい、いい。気にしないで」」
また二人の息がぴったり合う。間違いなく双子なんだと思わせる。
ただ、事実を知った京子達の先輩が、誰一人この双子に絡もうとしない。麻央は腫れ物に触れるように怪訝な表情をしているし、元中等部部長の山内真梨はまだ唖然としているのか、口を聞けないでいる。
部室は微妙な空気に包まれている。
こんな時こそ空気を読まない梨花の出番なのだが、詩音に口止めされてしまっている。
そこで、「空気を読まない第2位」の京子が口を開いた。
「それにしても、今までよく隠し通せましたね。中等部だけならまだしも、1個下のマオ先輩達まで知らなかったなんて」
やっと思考回路が働き始めたのか、高等部の先輩達がうんうんと頷く。
「ほら、うちの学校、交換留学生制度があるでしょ?砂衣鈴は成績優秀だから、それで半年近く日本にいなかったりしたから」
答えたのは手袋を嵌めていないほう、バスケ部の玲衣鈴だ。
「いなかったのは半年だけではないのでは?マオ先輩達まで騙すなんて。文化祭とか体育祭とかもあるのに、今までどうやって誤魔化してきたんですか?」
顔を真っ赤に紅潮させた京子が立て続けに質問する。京子の「知りたい魂」に火をつけてしまったらしい。
「良い質問ですねー」
手袋をしている方、砂衣鈴がモノマネしながら京子に言った。
「そういうの、いいんで」
京子がさらっと受け流す。すると詩音が出てきて、京子までもが部屋の隅に連れていかれた。砂衣鈴が残念そうに京子に手を振る。砂衣鈴は詩音と京子を気に入ったようだ。
「実はね、私達が入学した年に始まった特別カリキュラムで授業を受けてたんだ」
砂衣鈴の言う特別カリキュラムとは、『スポーツ・文化問わず、世界で活躍出来る子供を育てよう』を合言葉に始まった、国が主体となった通信教育制度だ。
通信教育なので、世界のどこにいても日本の教育水準での授業を受けられる。
この学校での第一号が砂衣鈴だったらしい。
「私はピアノで留学してたの。中2から今まで5年間。で、この学校に籍を置いたままポーランドでピアノの勉強してたの」
「じゃあピアニストなの?すごーい!」
部屋の隅から、梨花が素っ頓狂な声をあげる。
「ありがとー!で、今日は卒業式だから、日本に返って来たの。あ。この制服、借り物なんだ。卒業式のために制服新しく買うの、もったいないからって、学校が貸してくれたの」
この人物は誰なのかという謎は解けたが、部室はまだ微妙な空気に包まれていた。在校生の先輩達が、どうリアクションすればいいのか、悩んでいるみたいだ。
ここでまた『空気読まない第2位』の京子が部屋の奥から砂衣鈴に質問した。
「レイ先輩。それから砂衣鈴先輩。どうしてこんな悪戯をしようと?せっかくの卒業式なのに。いつからこの悪戯を考えてたんですか?」
「「せっかくの卒業式だからだよ」」
ここでも綺麗にシンクロ返答する。
「砂衣鈴がね、最初に考えたんだよ。「せめて卒業式ぐらいは何か記憶に残る事をしたい」って。たぶん体育祭も文化祭も参加出来ないだろうから、って」
籍はこの学校にあるのに、学校行事に一度も参加したことが無い。この学校での思い出が無いのだ。
「ヨーロッパの学校って、日本みたいに文化祭とか体育祭とかがないから、せめて日本の学校での思い出が欲しかったの。でも作戦は失敗だったみたい。こんな空気にしちゃった。ごめんなさい。私の事情を押し付けて」
砂衣鈴自身もこの空気に気づいていたらしい。
「そっ、そんなこと、ないですよ!事情がわかれば!ねぇ!」
麻央がなんとか場を取り繕う。慌てて他の在校生も嫌な空気を払拭しようとするが、一度こうなってしまった空気はそう簡単に変わるものじゃない。
さらに空気がおかしくなってしまった。
在校生全員が、隅の方に追いやられた梨花と京子に目配せする。
梨花と京子からしたら、損な役回りを押し付けられた訳だが、「待ってました!」と言わんばかりに前に出てきた。
「砂衣鈴先輩、今からでも遅くはないですよ!思い出を作りましょうよ!」
梨花が砂衣鈴の後ろに周り、両肩をポンと叩く。
「そうです。年下ばかりじゃ不満かもしれませんが。どこに行きたいですか?やりたい事とかあれば、やりましょうよ!」
京子がニヤニヤヘラヘラと笑い出す。
それを見た部員達が一斉に引く。
(あ。また京子が何か企んでる)
梨花と京子以外の在校生は、京子の企みを止めようか止めまいか悩んでいると、二人は玲衣鈴と砂衣鈴を連れてとっとと部室を出て行ってしまった。
他の部員達はどうしようかとお互いの顔色を窺っていると、梨花が戻ってきてこう言った。
「なんでみんなついてこないんですか?思い出はみんなで作るもんでしょ?砂衣鈴先輩だけの物じゃないですよ!私達も思い出をつくるんですから!「ああ、そういえばあの年の卒業式はあんなことがあったな」って!ほら!早く帰る準備して!」
梨花に急かされて不満タラタラだった在校生だったが、京子が「私が全て奢る」の一言でみんな一変した。ボーリングやカラオケをして、最後にファミレスで食事をして帰った。
ほんの数時間の出来事だが、砂衣鈴は生まれて始めてやったというボーリングにご満悦で、スコアは散々だったが、とても楽しそうだった。
高校生活最後の日の、急拵えの思い出は、砂衣鈴にはかけがえのない思い出になったようだ。
皆と別れて帰り道、京子は岡本宅へ続く道を歩きながら、「あれ?これって三島さんが言ってた放課後デートなのでは?」と、思い出すと、恋愛経験ゼロの京子は「デートの定義とは?」と頭を捻った。
その列の中に高等部女子バスケットボール部に所属していた卒業生6人全員いた。しかし6人は周囲の者達に聞こえないように声を潜めて何やら話し合う。
「玲衣鈴、それ本当にやるの?」
元部長の飯田佐緒里が確認する。
「うん。もちろん。そのつもりで5年間も内緒にしてきたんだし」
玲衣鈴がニヤリと笑う。他の5人は呆れた表情でため息を吐く。
「もう好きにしな。私たちは一切関わらないから。それでいい?」
「うん。むしろその方がいい」
卒業式が始まるアナウンスが流れる。
「写真、式の後にしよう」
元部長の癖が出て、沙緒里はつい場を仕切ってしまう。しかし他の5人はなんの違和感も覚えず、素直に従って、式が行われる第一体育館に向かった。
●○●○●○
卒業式終了後、卒業生より一足先に在校生が女子バスケ部部室に集まった。
部室は綺麗に飾り付けされ、花束も用意されていた。
「今年の一年生は頑張ったねー!」
高等部現部長の川合麻央が誉めちぎる。色紙で飾られた部屋は勿論の事、何より目を引いたのは、ホワイトボードに描かれた『黒板アート』ならぬ『ホワイトボードアート』だ。
卒業生6人全員がバスケをしているシーンなのだが、似顔絵が激似なのだ。
「これ、誰が描いたの?」
平田胡桃がドヤ顔で手を挙げた。
「えーっ!?ちょっと意外!」
中等部1年生以外が全員驚く。
「そんなに意外ですか!?」
胡桃が膨れっ面で言い返す。すかさず部長の麻央も言い返す。
「うん。だって入部してきた頃なんて、ケイに喧嘩売ってばかりいたし」
「その黒歴史はさっさと忘れて下さい!」
胡桃は今では信じられないくらい京子信者だ。
「部長、私達だって去年頑張りましたよ。今年は5人もいるんですから、そりゃ色々出来たでしょ」
京子と同い年、稲川梨花が部長の麻央にツッコむ。
「あー、ハイハイ。よくやったよくやった」
「ひどい!扱いが雑!」
「リカ。嫉妬は女をブスにするから、それくらいにしておこうね」
京子と、もう一人の京子と同い年で中等部新部長になった大森詩音とが、梨花を宥めて部屋の隅に連れていった。詩音が梨花の頭を撫でて宥める。その様子を京子が見守る。入部当時からこの三人の関係性は変わっていない。
卒業生が部室に入ってきた。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
花束を渡すのは高等部二年生の役目。といっても3年生は6人。2年生は5人なので一人足りないので、部長が2回こなす。
まず現部長の麻央が元部長の沙緒里に花束を渡す。それを合図に他の卒業生にも渡す。そして最後に渡されたのは、司令塔の矢島玲衣鈴だった。
「ありがとう、みんな!」
最後に花束を受け取った玲衣鈴が嬉しそうにオレンジ色のバラを眺める。そして卒業生は在校生と抱き合って別れを惜しんだ。
卒業生はやはりポジションの同じ後輩の今後が気になるのか、長く時間を共にした後輩との別れを惜しんでいた。
ほぼ学年順に周り、最後に部屋の隅に追いやられた京子達中等部二年の順番になった。
が、ここで梨花が空気を読まない爆弾発言をする。
「あなたは誰?」
梨花がそう言った相手は、矢島玲衣鈴だった。
「え?誰って私だよ。やだ、しばらく部活に来なかったから私の顔、忘れちゃった?」
「違うよ。あなたはレイ先輩じゃない!」
「ちょっとリカ!なに言い出すの!」
詩音がなんとか場を取り繕うと必死になる。が、梨花についで京子も爆弾発言する。
「あ。やっぱりリカもそう思う?私も部室に入って来た時から違和感があって、ずっと気持ち悪かったんだけど。あなた、どちら様ですか?」
梨花と京子が玲衣鈴を見据える。部室が静まり返る。梨花一人がこう言ったなら、いつもの天然ワードをまた炸裂させてるな、ぐらいにしか思わないが、京子までがこう言ったので、みんなが玲衣鈴に注目する。
玲衣鈴が徐に口を開いた。
「何を根拠にそう思うの?まずリカから理由を聞かせて」
「レイ先輩はそんなのんびりした喋り方しないもん」
玲衣鈴らしき人物は「ふふっ」と微笑む。
「じゃあケイは?」
「レイ先輩は右利きですけど、あなたは左利きですよね。それにレイ先輩の指はいかにもバスケの選手らしいゴツゴツした指をしてますけど、あなたの指はスラッとしている。それと花束を受け取る時、ぎこちなかった。まるで手をかばうようにしていました。それからレイ先輩と同じ名字の卒業生がもう一人いました。あなたと同じくらいの身長でした」
京子の言葉に在校生の部員全員が息を飲む。
(そういえば確かにいた!違うクラスにレイ先輩と同じ名字の人が!)
洋峰学園での卒業証書の受け渡しは、全員が校長から受け取るのではない。式の時間短縮のため、クラスの代表のみが受け取る。他の生徒は式では名前を呼ばれるだけで、在校生からは後ろ姿が見えるだけで顔までは見えない。
京子は質問を続ける。
「もしかしてあなたはレイ先輩と双子の姉妹ですか?入れ替わってここに来た?」
玲衣鈴らしき人物は微笑むだけで、京子の質問に答えない。
梨花がさらにこう続けた。
「この人と他の高等部3年生、なんか距離があるし。先輩達もレイ先輩が双子なのを知ってて、みんなグルなんじゃないですか?」
部室が静まり返る。
静寂を打ち破ったのは、元部長の沙緒里だった。
「だから言ったのよ。やめておけって」
すると玲衣鈴だと思われる人物が口を開いた。
「あーっはは!なぁんだ。まさかこんなにすぐバレちゃうとはね!」
突然の高笑いにみんなビクっと後ずさりした。
「玲衣鈴が言ってたのよ!「リカは勘がいいからすぐバレるかも」って。あなた、本当に良く見てるわね!それからケイも。「頭がキレるから、違和感を覚えたら推理して証拠を見つけて看破してくるから気をつけろ」って。玲衣鈴の言った通りになっちゃった!」
そう言うと玲衣鈴らしき人物は制服のジャケットのポケットから手袋を取り出して嵌めた。
●○●○●○
数分後、本物の玲衣鈴が部室にやって来た。玲衣鈴と同じ顔、同じ背格好、髪の長さも同じ二人が並ぶ。ただ、ひとつだけ違う箇所は、玲衣鈴のフリをしていた人物が革製の手袋を嵌めた所だ。
「やっほー、みんな!どうだったー?」
「やっほー、じゃないですよ!今度こそ本物のレイ先輩ですよね!?どういう事ですか!説明して下さい!」
現高等部部長の麻央が二人にツッコむ。
「間違いなく本物のレイ先輩だ!」
梨花が叫ぶ。
「三つ子だった、って訳ではないみたいですね」
京子が推測する。
「「うん。私達、双子だよ。一卵性の」」
綺麗にシンクロして質問に答える。一卵性と言われて納得する。誰も気づかなくて当然だ。
「ごめんねー。バスケ部のみんな。ビックリさせて。私は双子の姉の砂衣鈴。よろしくね」
「よろしくって。たぶんもう会わないですよね。卒業しちゃうんだし」
「こら!リカ!すみません!」
詩音が梨花をまた部屋の隅に連れていく。小声で「今日はもうここで大人しくしてて!」と釘を刺す。
「「あー、いい、いい。気にしないで」」
また二人の息がぴったり合う。間違いなく双子なんだと思わせる。
ただ、事実を知った京子達の先輩が、誰一人この双子に絡もうとしない。麻央は腫れ物に触れるように怪訝な表情をしているし、元中等部部長の山内真梨はまだ唖然としているのか、口を聞けないでいる。
部室は微妙な空気に包まれている。
こんな時こそ空気を読まない梨花の出番なのだが、詩音に口止めされてしまっている。
そこで、「空気を読まない第2位」の京子が口を開いた。
「それにしても、今までよく隠し通せましたね。中等部だけならまだしも、1個下のマオ先輩達まで知らなかったなんて」
やっと思考回路が働き始めたのか、高等部の先輩達がうんうんと頷く。
「ほら、うちの学校、交換留学生制度があるでしょ?砂衣鈴は成績優秀だから、それで半年近く日本にいなかったりしたから」
答えたのは手袋を嵌めていないほう、バスケ部の玲衣鈴だ。
「いなかったのは半年だけではないのでは?マオ先輩達まで騙すなんて。文化祭とか体育祭とかもあるのに、今までどうやって誤魔化してきたんですか?」
顔を真っ赤に紅潮させた京子が立て続けに質問する。京子の「知りたい魂」に火をつけてしまったらしい。
「良い質問ですねー」
手袋をしている方、砂衣鈴がモノマネしながら京子に言った。
「そういうの、いいんで」
京子がさらっと受け流す。すると詩音が出てきて、京子までもが部屋の隅に連れていかれた。砂衣鈴が残念そうに京子に手を振る。砂衣鈴は詩音と京子を気に入ったようだ。
「実はね、私達が入学した年に始まった特別カリキュラムで授業を受けてたんだ」
砂衣鈴の言う特別カリキュラムとは、『スポーツ・文化問わず、世界で活躍出来る子供を育てよう』を合言葉に始まった、国が主体となった通信教育制度だ。
通信教育なので、世界のどこにいても日本の教育水準での授業を受けられる。
この学校での第一号が砂衣鈴だったらしい。
「私はピアノで留学してたの。中2から今まで5年間。で、この学校に籍を置いたままポーランドでピアノの勉強してたの」
「じゃあピアニストなの?すごーい!」
部屋の隅から、梨花が素っ頓狂な声をあげる。
「ありがとー!で、今日は卒業式だから、日本に返って来たの。あ。この制服、借り物なんだ。卒業式のために制服新しく買うの、もったいないからって、学校が貸してくれたの」
この人物は誰なのかという謎は解けたが、部室はまだ微妙な空気に包まれていた。在校生の先輩達が、どうリアクションすればいいのか、悩んでいるみたいだ。
ここでまた『空気読まない第2位』の京子が部屋の奥から砂衣鈴に質問した。
「レイ先輩。それから砂衣鈴先輩。どうしてこんな悪戯をしようと?せっかくの卒業式なのに。いつからこの悪戯を考えてたんですか?」
「「せっかくの卒業式だからだよ」」
ここでも綺麗にシンクロ返答する。
「砂衣鈴がね、最初に考えたんだよ。「せめて卒業式ぐらいは何か記憶に残る事をしたい」って。たぶん体育祭も文化祭も参加出来ないだろうから、って」
籍はこの学校にあるのに、学校行事に一度も参加したことが無い。この学校での思い出が無いのだ。
「ヨーロッパの学校って、日本みたいに文化祭とか体育祭とかがないから、せめて日本の学校での思い出が欲しかったの。でも作戦は失敗だったみたい。こんな空気にしちゃった。ごめんなさい。私の事情を押し付けて」
砂衣鈴自身もこの空気に気づいていたらしい。
「そっ、そんなこと、ないですよ!事情がわかれば!ねぇ!」
麻央がなんとか場を取り繕う。慌てて他の在校生も嫌な空気を払拭しようとするが、一度こうなってしまった空気はそう簡単に変わるものじゃない。
さらに空気がおかしくなってしまった。
在校生全員が、隅の方に追いやられた梨花と京子に目配せする。
梨花と京子からしたら、損な役回りを押し付けられた訳だが、「待ってました!」と言わんばかりに前に出てきた。
「砂衣鈴先輩、今からでも遅くはないですよ!思い出を作りましょうよ!」
梨花が砂衣鈴の後ろに周り、両肩をポンと叩く。
「そうです。年下ばかりじゃ不満かもしれませんが。どこに行きたいですか?やりたい事とかあれば、やりましょうよ!」
京子がニヤニヤヘラヘラと笑い出す。
それを見た部員達が一斉に引く。
(あ。また京子が何か企んでる)
梨花と京子以外の在校生は、京子の企みを止めようか止めまいか悩んでいると、二人は玲衣鈴と砂衣鈴を連れてとっとと部室を出て行ってしまった。
他の部員達はどうしようかとお互いの顔色を窺っていると、梨花が戻ってきてこう言った。
「なんでみんなついてこないんですか?思い出はみんなで作るもんでしょ?砂衣鈴先輩だけの物じゃないですよ!私達も思い出をつくるんですから!「ああ、そういえばあの年の卒業式はあんなことがあったな」って!ほら!早く帰る準備して!」
梨花に急かされて不満タラタラだった在校生だったが、京子が「私が全て奢る」の一言でみんな一変した。ボーリングやカラオケをして、最後にファミレスで食事をして帰った。
ほんの数時間の出来事だが、砂衣鈴は生まれて始めてやったというボーリングにご満悦で、スコアは散々だったが、とても楽しそうだった。
高校生活最後の日の、急拵えの思い出は、砂衣鈴にはかけがえのない思い出になったようだ。
皆と別れて帰り道、京子は岡本宅へ続く道を歩きながら、「あれ?これって三島さんが言ってた放課後デートなのでは?」と、思い出すと、恋愛経験ゼロの京子は「デートの定義とは?」と頭を捻った。
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