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布石編
再会
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「どうしてここなんだ?」
「お父さん。そんな怖い顔しないでよ。久しぶりに会ったのに」
「お前みたいなデカい娘、居てたまるか」
「それは年齢的に、って意味だよね?まさか物理的に?」
「俺の気持ち的なものだ」
「年齢的には、おかしくないでしょ?」
「俺は未婚なんだよ」
「声が大きいよ、お父さん。設定忘れたの?」
「『離婚して久々に娘に会う父』だろ。おかしな事やらせやがって」
「家族連れが多いから、紛れていいじゃない。女子中学生と中年男性が、健全に密会するには絶好の場所だと思うけど」
畠山京子は『秋田ふるさと村』内にあるフードコートで、1年ぶりのババヘラアイスを舐めながらスマホを弄っていた。
世間はお盆。京子もゴールデンウィークぶりに角館に帰ってきて墓参りを済ませ、『秋田ふるさと村』に来ていた。
目的は目の前にいる中年男性、ハッカー『アラクネ』こと加賀谷伸行との情報交換だ。
「俺としては、知り合いに会いそうで嫌なんだけどな。ここ」
加賀谷の住む大曲市の隣の横手市に『秋田ふるさと村』はある。知り合いに会う確率は高い。今、二人がいる場所は建物の中。知り合いに見つかる確率も屋外より高い。
「その場合、私の事は『花火大会で迷子になってたのを助けてあげた子』という事で話を合わせる手筈ですけど」
「だからな。俺のこともお前のことも知ってる人間に会ったらどうすんだ。尋問されるぞ」
初対面同士でも、繋がりのありそうな知り合いの名前を3人挙げれば共通の知人に辿り着く。そんな世間的に狭い土地柄だ。
「まぁまぁ。大丈夫ですって。心配事の99%は起こらないらしいですよ」
「最悪の事態が起きる時は、小さなミスが幾重にも積み重なって起きるんだぞ」
「さすが『アラクネ』。危機回避も想定しておくんですね」
「当たり前だろうが。それよりさっさと本題に入れよ」
暗号詰碁を使っての初めての用件が、今回の密会だ。
『815フルサトムラ11ジ』と解読し、『8月15日に秋田ふるさと村で午前11時に会おう』という意味だと解釈した加賀谷は、買ったばかりの新車のハイブリッドカーを運転してここに来た。
このフードコートで早目の昼食をとり、京子はデザートにババヘラアイスを食べている。
のほほんとした京子の表情から、暗号詰碁をきちんと解読できるかどうかの、抜き打ちテストだったのかもしれない。
「せっかちですねぇ。7ヶ月ぶりの再会を楽しみましょうよ。お元気でしたか?」
冬に会った時とは見違えた。今日はちゃんと髭を剃り、髪も寝癖を直して、服装は夏らしく青いポロシャツに黒のハーフパンツ、サンダルと涼しげな格好だ。
ちなみに京子の服装は、『第2回畠山京子服選びサミット』を開催し、テーマ『夏休み、祖父母の家に遊びにいく孫娘』で、長沢楓を含む総勢8名をウニクロに連れて行き選んで貰った服だ。
「今頃それか?会って早々にする挨拶だろ。ったく、用がないなら帰るぞ」
「わかりましたよ。はい、これ。この場で頭に入れて下さい」
そう言って京子は弄っていた自分のスマホを加賀谷に渡した。加賀谷は京子のアンドロイドスマホを親指で上にスワイプして流し読みする。
「……ああ。ついに会社の大まかな定款が出来たのか」
「……あれ?「大丈夫なのか?」とか「子供のクセに」とか、大騒ぎしないんですか?」
「ん?お前なら大丈夫だろ。これくらいの規模なら」
「さすがお父さん!頼もしい!」
「今度からこの設定無しな」
結婚すらしたことないのに、こんなにデカい娘がいる設定は、やっぱり耐えられない。
「そうですね。これからは私の会社の社員として堂々と会えますしね」
「……どうしても俺を正社員として雇いたいようだな」
「ええ。堂々としてた方がバレません」
「肝っ玉が据わってるっつーか、中二病を発症中っつーか……」
「今まさに中二なんですから、中二病を発症しててもおかしくないでしょ?」
京子は食べ終わったアイスのコーンを包んでいた紙を丸めて頬杖をつき、ニコッと笑って白い歯を見せた。
「ああ言えばこう言う……」
「それくらい良く回る舌でないと、社長なんて務まらないでしょ」
京子のこの台詞に加賀谷はニヤリと笑った。全くその通りで何も言い返せない。
「……大体わかった。でも、はっきり言ってこれじゃまだ人手が足りない。お前の兄弟子はどれほどのキレ者なのか知らないが、囲碁棋士なんだろ?不測の事態が起こった時にすぐ対応できる、お前と同等のキレ者を置いておかないと、対応が後手後手になるぞ」
「そう言うと思ってました!実はね、一人、すごい有能な人を引き込めそうなんですよ。でもその人、今ちょっと連絡取れない状況にありまして~」
「なんだ?連絡取れない有能な……」
加賀谷はここまで言って言葉を切った。
(俺より優秀なハッカーが、連絡取れない相手?)
「ちょっと待て。誰なんだ?そいつは」
京子は加賀谷に渡したスマホを奪い取り、メモアプリを開いて何やら打ち込んで加賀谷に見せた。
「……こいつ、まさかあの……」
ひと月前、海の日の昼食時に流れたニュースで見た名前だ。
「そう。そのまさかです」
京子は打ち込んだ名前を消した。
「まさかそいつが今どこにいるか、俺に探せと?」
「さすがお父さん!いつも説明の手間が省けて助かる~!」
「あのなぁ!俺は」
「お父さん、うるさい」
おっと。声がデカ過ぎたか。それと、この設定は納得してないが、家族連れの多いこの場では、父娘設定でいる方が無難だ。
「俺はハッカーであって、探偵じゃないんだぞ」
「知ってるよ。でもお父さんなら容易に出来るよ。私が渡した『鍵』を使って」
加賀谷は7ヶ月前、京子から渡された『畠山京子 50年計画』と表題のついたノートを思い出す。そのノートの一番後ろのページにマスキングテープで貼り付けられていたmicroSDメモリーカードの中身が『鍵』だ。
「その前にちょっと確認したい事がある。あの『鍵』だが、お前どうやってあれだけのモノを手に入れたんだ?」
「えへへ。去年の夏、お仕事すっごく頑張ったからね~!」
「仕事って、囲碁の?」
「もちろん。東京はどこでもWi-Fi使い放題だからぁ~」
無料のWi-Fi経由か!
「でも、それだけじゃ手に入らないモノもあるよな?それはどうした?」
「一昨年、女流棋士試験を受ける前に、中国へ囲碁の武者修行に行ったの」
加賀谷は俯いて頭を抱えた。
「……お前にとって、囲碁棋士は天職だな」
「私もそう思う!じゃあお父さん、お願いね!」
笑顔でそんなこと言うな!とツッコもうとして、やめた。俺もツッコめる立場に無い。
「混んできたね。そろそろここを出て外に行かない?私、見たい所があるんだ」
京子は席を立ち3つの丼を乗せたトレーを持ち上げた。
「何が見たいんだ?」
加賀谷も席を立ち、稲庭うどんの入っていた丼を乗せたトレーを持ち上げた。
「『あきた轟新聞』の佐藤さんから、新しい屋外アトラクションが出来たって聞いたから、見てみたいの」
「あー。確か夕方のニュースでやってたな。「ふあふあバルーン」とかいうやつか」
「ふわふわ、じゃなくて、ふあふあ?なにそれ楽しそう!やってみたい!」
「お前みたいなデカい子は、遊べない遊具だ」
「んもー、デカいデカいって!お父さんの子なんだから大きくて当たり前でしょ!」
「もう二度とこの設定、無し!」
京子は大声で笑うと、食器を乗せたトレーを返却し、外へ出た。
昼時なのに、ふあふあバルーンは小さな子供に占領されていた。子供は空腹よりも遊びに夢中のようだ。
京子は係員を捕まえると、この遊具の素材は何でできているのか、とか、ふあふあバルーンの中はどうなっているのか、とか、構造や技術面の質問をしていた。
それからしばらく自分も遊びたそうに眺めていたが、「忘れてた!お土産、買わなきゃ!」と言い出し、物産館コーナーに走って行った。
「お父さん。そんな怖い顔しないでよ。久しぶりに会ったのに」
「お前みたいなデカい娘、居てたまるか」
「それは年齢的に、って意味だよね?まさか物理的に?」
「俺の気持ち的なものだ」
「年齢的には、おかしくないでしょ?」
「俺は未婚なんだよ」
「声が大きいよ、お父さん。設定忘れたの?」
「『離婚して久々に娘に会う父』だろ。おかしな事やらせやがって」
「家族連れが多いから、紛れていいじゃない。女子中学生と中年男性が、健全に密会するには絶好の場所だと思うけど」
畠山京子は『秋田ふるさと村』内にあるフードコートで、1年ぶりのババヘラアイスを舐めながらスマホを弄っていた。
世間はお盆。京子もゴールデンウィークぶりに角館に帰ってきて墓参りを済ませ、『秋田ふるさと村』に来ていた。
目的は目の前にいる中年男性、ハッカー『アラクネ』こと加賀谷伸行との情報交換だ。
「俺としては、知り合いに会いそうで嫌なんだけどな。ここ」
加賀谷の住む大曲市の隣の横手市に『秋田ふるさと村』はある。知り合いに会う確率は高い。今、二人がいる場所は建物の中。知り合いに見つかる確率も屋外より高い。
「その場合、私の事は『花火大会で迷子になってたのを助けてあげた子』という事で話を合わせる手筈ですけど」
「だからな。俺のこともお前のことも知ってる人間に会ったらどうすんだ。尋問されるぞ」
初対面同士でも、繋がりのありそうな知り合いの名前を3人挙げれば共通の知人に辿り着く。そんな世間的に狭い土地柄だ。
「まぁまぁ。大丈夫ですって。心配事の99%は起こらないらしいですよ」
「最悪の事態が起きる時は、小さなミスが幾重にも積み重なって起きるんだぞ」
「さすが『アラクネ』。危機回避も想定しておくんですね」
「当たり前だろうが。それよりさっさと本題に入れよ」
暗号詰碁を使っての初めての用件が、今回の密会だ。
『815フルサトムラ11ジ』と解読し、『8月15日に秋田ふるさと村で午前11時に会おう』という意味だと解釈した加賀谷は、買ったばかりの新車のハイブリッドカーを運転してここに来た。
このフードコートで早目の昼食をとり、京子はデザートにババヘラアイスを食べている。
のほほんとした京子の表情から、暗号詰碁をきちんと解読できるかどうかの、抜き打ちテストだったのかもしれない。
「せっかちですねぇ。7ヶ月ぶりの再会を楽しみましょうよ。お元気でしたか?」
冬に会った時とは見違えた。今日はちゃんと髭を剃り、髪も寝癖を直して、服装は夏らしく青いポロシャツに黒のハーフパンツ、サンダルと涼しげな格好だ。
ちなみに京子の服装は、『第2回畠山京子服選びサミット』を開催し、テーマ『夏休み、祖父母の家に遊びにいく孫娘』で、長沢楓を含む総勢8名をウニクロに連れて行き選んで貰った服だ。
「今頃それか?会って早々にする挨拶だろ。ったく、用がないなら帰るぞ」
「わかりましたよ。はい、これ。この場で頭に入れて下さい」
そう言って京子は弄っていた自分のスマホを加賀谷に渡した。加賀谷は京子のアンドロイドスマホを親指で上にスワイプして流し読みする。
「……ああ。ついに会社の大まかな定款が出来たのか」
「……あれ?「大丈夫なのか?」とか「子供のクセに」とか、大騒ぎしないんですか?」
「ん?お前なら大丈夫だろ。これくらいの規模なら」
「さすがお父さん!頼もしい!」
「今度からこの設定無しな」
結婚すらしたことないのに、こんなにデカい娘がいる設定は、やっぱり耐えられない。
「そうですね。これからは私の会社の社員として堂々と会えますしね」
「……どうしても俺を正社員として雇いたいようだな」
「ええ。堂々としてた方がバレません」
「肝っ玉が据わってるっつーか、中二病を発症中っつーか……」
「今まさに中二なんですから、中二病を発症しててもおかしくないでしょ?」
京子は食べ終わったアイスのコーンを包んでいた紙を丸めて頬杖をつき、ニコッと笑って白い歯を見せた。
「ああ言えばこう言う……」
「それくらい良く回る舌でないと、社長なんて務まらないでしょ」
京子のこの台詞に加賀谷はニヤリと笑った。全くその通りで何も言い返せない。
「……大体わかった。でも、はっきり言ってこれじゃまだ人手が足りない。お前の兄弟子はどれほどのキレ者なのか知らないが、囲碁棋士なんだろ?不測の事態が起こった時にすぐ対応できる、お前と同等のキレ者を置いておかないと、対応が後手後手になるぞ」
「そう言うと思ってました!実はね、一人、すごい有能な人を引き込めそうなんですよ。でもその人、今ちょっと連絡取れない状況にありまして~」
「なんだ?連絡取れない有能な……」
加賀谷はここまで言って言葉を切った。
(俺より優秀なハッカーが、連絡取れない相手?)
「ちょっと待て。誰なんだ?そいつは」
京子は加賀谷に渡したスマホを奪い取り、メモアプリを開いて何やら打ち込んで加賀谷に見せた。
「……こいつ、まさかあの……」
ひと月前、海の日の昼食時に流れたニュースで見た名前だ。
「そう。そのまさかです」
京子は打ち込んだ名前を消した。
「まさかそいつが今どこにいるか、俺に探せと?」
「さすがお父さん!いつも説明の手間が省けて助かる~!」
「あのなぁ!俺は」
「お父さん、うるさい」
おっと。声がデカ過ぎたか。それと、この設定は納得してないが、家族連れの多いこの場では、父娘設定でいる方が無難だ。
「俺はハッカーであって、探偵じゃないんだぞ」
「知ってるよ。でもお父さんなら容易に出来るよ。私が渡した『鍵』を使って」
加賀谷は7ヶ月前、京子から渡された『畠山京子 50年計画』と表題のついたノートを思い出す。そのノートの一番後ろのページにマスキングテープで貼り付けられていたmicroSDメモリーカードの中身が『鍵』だ。
「その前にちょっと確認したい事がある。あの『鍵』だが、お前どうやってあれだけのモノを手に入れたんだ?」
「えへへ。去年の夏、お仕事すっごく頑張ったからね~!」
「仕事って、囲碁の?」
「もちろん。東京はどこでもWi-Fi使い放題だからぁ~」
無料のWi-Fi経由か!
「でも、それだけじゃ手に入らないモノもあるよな?それはどうした?」
「一昨年、女流棋士試験を受ける前に、中国へ囲碁の武者修行に行ったの」
加賀谷は俯いて頭を抱えた。
「……お前にとって、囲碁棋士は天職だな」
「私もそう思う!じゃあお父さん、お願いね!」
笑顔でそんなこと言うな!とツッコもうとして、やめた。俺もツッコめる立場に無い。
「混んできたね。そろそろここを出て外に行かない?私、見たい所があるんだ」
京子は席を立ち3つの丼を乗せたトレーを持ち上げた。
「何が見たいんだ?」
加賀谷も席を立ち、稲庭うどんの入っていた丼を乗せたトレーを持ち上げた。
「『あきた轟新聞』の佐藤さんから、新しい屋外アトラクションが出来たって聞いたから、見てみたいの」
「あー。確か夕方のニュースでやってたな。「ふあふあバルーン」とかいうやつか」
「ふわふわ、じゃなくて、ふあふあ?なにそれ楽しそう!やってみたい!」
「お前みたいなデカい子は、遊べない遊具だ」
「んもー、デカいデカいって!お父さんの子なんだから大きくて当たり前でしょ!」
「もう二度とこの設定、無し!」
京子は大声で笑うと、食器を乗せたトレーを返却し、外へ出た。
昼時なのに、ふあふあバルーンは小さな子供に占領されていた。子供は空腹よりも遊びに夢中のようだ。
京子は係員を捕まえると、この遊具の素材は何でできているのか、とか、ふあふあバルーンの中はどうなっているのか、とか、構造や技術面の質問をしていた。
それからしばらく自分も遊びたそうに眺めていたが、「忘れてた!お土産、買わなきゃ!」と言い出し、物産館コーナーに走って行った。
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