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第55話 囚われの花
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地下牢に閉じ込められてから……俺の感覚が正しければ、今日で四日が経過した。
処刑執行までは、残り六日。
(ランクが『十』でラッキーだったな……)
当たり前ではあるが、投獄中は特にすることもなく暇を持て余しているのだけが唯一「辛い」と感じる。
「はぁ……」
食欲はすっかり減退し、コンクリートの壁に背中を預けて寄りかかったまま、ただ天井を仰ぎ見るだけの日々だ。
小窓すらないためわずかな太陽光すら侵入せず、換気の行き届いていない空間はカビの臭いが常に鼻腔をくすぐり、小さく火を灯したロウソクだけがこの部屋を照らしている。
(殺風景って言葉をそのまま用意したみたいだな、この牢は)
配膳された料理には手をつける気も湧かず、容器に入ったまま静かに揺れるスープへ目線を落とした時、小さな足音が耳に届いた。
(……? 気のせいか?)
コツン、コツンとわずかに乱れたテンポで続いたそれは、途中から走るような音へ変わったかと思えば、確実に俺の方へ近づいてくる。
しばらくして、ぴたりと鳴り止んだ足音の主を確認するため牢の外へ目をやってから驚いた。
「……っ!? アリス……!?」
「は、なやさん……はなやさん、やっぱりここにいた……!」
今にも泣きだしてしまいそうな表情を浮かべているアリスは、そう言ってこちらへ顔を寄せると、小さな手で柵をぎゅっと握りしめる。
「……アリス、一人で来たのか?」
「ううん……さっきまで、くろウサギがいっしょにいたよ」
「ははっ、そうかそうか」
ゆっくりと立ち上がり、できる限りアリスのそばに寄って腰をおろすと、少女は俺を真似るようにしてその場で座り込んだ。
「はなやさん……」
柵と柵の隙間から伸ばされた小さな手をそっと握る。
久々に感じる他人の体温は、孤独な空間で凍りかけていた心を溶かしてくれるように思えた。
「ねえ、はなやさん」
「うん?」
「はなやさんは、なにもわるいことしてないのに……どうして、とじこめられているの? おうさまが、とじこめたんでしょう? アリスはしってるよ。くろウサギがおしえてくれたもん」
「……なあ、アリス? 俺からのお願いだ。どうか……アリスだけは、王様を恨まないでほしい」
「……どうして……?」
恐らく……幼いアリスの中では、俺がキングから一方的にいじめられている、という風に認識しているのだろう。
大きな瞳を涙で潤わせて「王様が閉じ込めた」と肩を震わせるアリスに、微笑みを向けながら口を開いた。
「アリス、少し俺の話を聞いてくれるか?」
「……うん」
「ありがとう。王様はな……本当は、何も悪くないんだよ。それに、王様も常に苦しんでいる。きっと……この国では今、他の誰よりも辛い思いをしているんだ」
「おうさまなのに、つらいの……?」
不思議そうに首を傾げて見せるアリスに柵の隙間から手を伸ばし、少女の目尻に溜まっている涙を指先で拭って一つ頷く。
「あいつは……王様は、『ルール』に自由を奪われてるんだ。感情を表に出すことも、自分の意見を主張することも……何もかも、その権利を持っていない。一つ許されているのは、女王陛下の意見に頷くことだけで……『嫌だ、そんなことしたくない』って、言えないんだ。言っちゃいけないんだよ。王様は、ルールを破れない真面目な良い奴だから」
「……ほんとうは、いやなのに……いやって、いえないの?」
「そう……そんな事は“許されない”から、いつも自分に嘘を吐いて、平気なふりをしている。自分だけが我慢すれば良い、自分だけが悪役になれば済むって……そんな風に考えてるんだよ、あの馬鹿キングは」
キングは……どんなに辛い時も、悲しい時も、女王陛下達の前では決して涙を見せない奴だ。ひたすら感情を押し殺して、決められたセリフを口にする。
(キング……俺はさ、知ってるんだよ。お前は、ちゃんと心を持った優しい奴だって……よく知ってる)
あいつを良く思わない住民達は「まるで人形のようだ」と口を揃えてキングを揶揄したけれど――ふらりと俺の店にやって来て、店内の椅子に腰かけたまま静かに泣いている光景を何度も目にした。
蚊の鳴くような声で、ぽとりぽとりと繰り返し落とされた「許してくれ」という懺悔の言葉が、誰に向けてのものなのかも知っている。
「……キングが苦しんでいると知っているのに、俺には何もできない」
「……おうさまは、かわいそうなの?」
アリスの頬を涙が伝い、心の軋む音がした。
人の代わりに泣いてあげられるこんなに優しい子が、どうして……母親に、
「可哀想……なのかも、しれないな」
「……おうさま……」
「現実だの、運命だの……足掻いたところでどうにもならないものは、いつだって残酷なだけだな」
本当に……残酷で、醜くて、歪んでいる。
処刑執行までは、残り六日。
(ランクが『十』でラッキーだったな……)
当たり前ではあるが、投獄中は特にすることもなく暇を持て余しているのだけが唯一「辛い」と感じる。
「はぁ……」
食欲はすっかり減退し、コンクリートの壁に背中を預けて寄りかかったまま、ただ天井を仰ぎ見るだけの日々だ。
小窓すらないためわずかな太陽光すら侵入せず、換気の行き届いていない空間はカビの臭いが常に鼻腔をくすぐり、小さく火を灯したロウソクだけがこの部屋を照らしている。
(殺風景って言葉をそのまま用意したみたいだな、この牢は)
配膳された料理には手をつける気も湧かず、容器に入ったまま静かに揺れるスープへ目線を落とした時、小さな足音が耳に届いた。
(……? 気のせいか?)
コツン、コツンとわずかに乱れたテンポで続いたそれは、途中から走るような音へ変わったかと思えば、確実に俺の方へ近づいてくる。
しばらくして、ぴたりと鳴り止んだ足音の主を確認するため牢の外へ目をやってから驚いた。
「……っ!? アリス……!?」
「は、なやさん……はなやさん、やっぱりここにいた……!」
今にも泣きだしてしまいそうな表情を浮かべているアリスは、そう言ってこちらへ顔を寄せると、小さな手で柵をぎゅっと握りしめる。
「……アリス、一人で来たのか?」
「ううん……さっきまで、くろウサギがいっしょにいたよ」
「ははっ、そうかそうか」
ゆっくりと立ち上がり、できる限りアリスのそばに寄って腰をおろすと、少女は俺を真似るようにしてその場で座り込んだ。
「はなやさん……」
柵と柵の隙間から伸ばされた小さな手をそっと握る。
久々に感じる他人の体温は、孤独な空間で凍りかけていた心を溶かしてくれるように思えた。
「ねえ、はなやさん」
「うん?」
「はなやさんは、なにもわるいことしてないのに……どうして、とじこめられているの? おうさまが、とじこめたんでしょう? アリスはしってるよ。くろウサギがおしえてくれたもん」
「……なあ、アリス? 俺からのお願いだ。どうか……アリスだけは、王様を恨まないでほしい」
「……どうして……?」
恐らく……幼いアリスの中では、俺がキングから一方的にいじめられている、という風に認識しているのだろう。
大きな瞳を涙で潤わせて「王様が閉じ込めた」と肩を震わせるアリスに、微笑みを向けながら口を開いた。
「アリス、少し俺の話を聞いてくれるか?」
「……うん」
「ありがとう。王様はな……本当は、何も悪くないんだよ。それに、王様も常に苦しんでいる。きっと……この国では今、他の誰よりも辛い思いをしているんだ」
「おうさまなのに、つらいの……?」
不思議そうに首を傾げて見せるアリスに柵の隙間から手を伸ばし、少女の目尻に溜まっている涙を指先で拭って一つ頷く。
「あいつは……王様は、『ルール』に自由を奪われてるんだ。感情を表に出すことも、自分の意見を主張することも……何もかも、その権利を持っていない。一つ許されているのは、女王陛下の意見に頷くことだけで……『嫌だ、そんなことしたくない』って、言えないんだ。言っちゃいけないんだよ。王様は、ルールを破れない真面目な良い奴だから」
「……ほんとうは、いやなのに……いやって、いえないの?」
「そう……そんな事は“許されない”から、いつも自分に嘘を吐いて、平気なふりをしている。自分だけが我慢すれば良い、自分だけが悪役になれば済むって……そんな風に考えてるんだよ、あの馬鹿キングは」
キングは……どんなに辛い時も、悲しい時も、女王陛下達の前では決して涙を見せない奴だ。ひたすら感情を押し殺して、決められたセリフを口にする。
(キング……俺はさ、知ってるんだよ。お前は、ちゃんと心を持った優しい奴だって……よく知ってる)
あいつを良く思わない住民達は「まるで人形のようだ」と口を揃えてキングを揶揄したけれど――ふらりと俺の店にやって来て、店内の椅子に腰かけたまま静かに泣いている光景を何度も目にした。
蚊の鳴くような声で、ぽとりぽとりと繰り返し落とされた「許してくれ」という懺悔の言葉が、誰に向けてのものなのかも知っている。
「……キングが苦しんでいると知っているのに、俺には何もできない」
「……おうさまは、かわいそうなの?」
アリスの頬を涙が伝い、心の軋む音がした。
人の代わりに泣いてあげられるこんなに優しい子が、どうして……母親に、
「可哀想……なのかも、しれないな」
「……おうさま……」
「現実だの、運命だの……足掻いたところでどうにもならないものは、いつだって残酷なだけだな」
本当に……残酷で、醜くて、歪んでいる。
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