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第52話 お人形のキング
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俺には、産まれた瞬間からこの国全ての『時間』を任されていた。
良く言えば時間操作のチート能力、悪く言えば“それ”しか能が無い木偶の坊。
成人と呼ばれる歳になるまでとにかく常に眠たくて、
「良いんですよ。ゆっくり休まれてくださいね」
けれど周囲は一切苦言を呈することなく、俺はそれに甘んじて一日のほとんどを夢の中で過ごしていた。
今思えば、きっとあれは俺が能力を私利私欲のために悪用しないよう『ルール』で制御されていたのだろうけど、もともと難しい事を考えるのが苦手だった俺にとっては都合が良かった。
(……眠い……)
何も考えなくて良い。何もしなくて良い。
俺はただこの城に居て、時計の音に耳をすませながら眠るだけでいい。
あの時までは、とても楽な事だと思っていた。
あまり眠れなくなってきた頃、エースと言う名の男が現れてこう言った。
「君は今日から、この国の王様になるんだ」
「……王様……?」
「そう……過酷なルールかもしれないが、王様という役割の君に拒否権は一切無い。許された返事は『はい』か肯定の意見のみだ」
その男は、何も強制したわけじゃない。
嫌なら断ってくれていいと言ったわけでもなかったが、ただ『王』になるための条件とルールを説明しただけだ。
あまりにも理不尽な制限だと思ったが、時間操作をするにあたっての対価や、国が平穏であり続けるための抑止力だと考えれば合点がいく。
「持って生まれた能力を捨てると言うなら、『王』の役割も免除できる。君はどうしたい?」
「……面倒な事を考えるのは苦手だから、任せるよ」
「……本当に、それで良いんだな?」
「……うん」
「そうか、わかった」
あれは、エースなりに最後のチャンスをくれたのかもしれない。それなのに、俺は『面倒』の一言で考えることを放棄したのだ。
王様という役割を当てられた後、連れて行かれた謁見室の玉座には――すでに、女王陛下が腰掛けていた。
彼女は小走りで俺に駆け寄り、無邪気な笑顔を浮かべて呪いを告げる。
「あなたは今日から私の夫じゃ……少しでも他の『誰か』に気を移したら、そいつの首を刎ねてしまうからね。わかったら、返事は?」
俺に自由はない。
嫌だと言ってはいけない。
(別に……何とも思わないから、いいけど……)
どうでもよかった。
俺が誰と夫婦だとか、女王陛下が誰かの首を刎ねるだとか……好きだの、嫌いだの。
夢の中にそんな対象はいなかったし、今まで他人の感情に触れる機会が無かった俺には、誰かを大切に想うというのがどんな気持ちかよくわからなかった。
「キング? 返事は?」
「……わかりました」
そう答えると、幼い女王は嬉しそうに飛び跳ねて俺の腰に抱きついてくる。
きっと……彼女には、全ての自由が許されているのだろうと思った。
(……? 俺は?)
ぽつりと、感情の芽が生える。
俺がここに存在する意味はあるのだろうか?感情の起伏すら乏しい俺は、そもそも彼女達と同じ『人間』なのだろうか?
(……人形じゃなくて?)
***
それからは……毎日毎日、大量の書類に目を通して、女王陛下のご機嫌を伺いながらただ頷き、彼女に異議を唱えたり謀反を起こそうと企む住民達を“処分”していく日々だった。
「王様!! あんたに心は無いのか!?」
(心……)
人と接する機会が増えるほど、嫌でも『感情』を理解してしまう。
人はどういう時に、どう感じるか。喜怒哀楽というものが、どんな風に精神を揺らすのか。
(……痛い)
人が涙を流す姿を見て感じるそれは、心臓の病気ではないことも……学んでしまった。
俺は、
(……考えたら駄目だ)
そうだ、感情は殺せ。表情は消せ。
内心を、決して誰にも悟られてはいけない。
他人の情に流されるな、全てを無視しろ。
(……意見も感情も、持っちゃいけない)
女王陛下は今日もまた、意気揚々と言い放つ。
「王よ、面倒じゃ。こやつらを処刑して、村も全て燃やしてしまおう」
「……そうですね」
生活が苦しい、米も水も足りていない。気持ち程度で構わないから、生活の援助をしてくれないか。少しだけ、納税を待ってくれないか。
そう懇願しに来た村人数名を、兵に命令して処刑塔へ運ばせる。残りの兵に女王陛下からの命令を告げれば、それを耳にした“死刑囚”たちは叫んだ。
「頼む! やめてくれ!!」
「幼い子供がたくさんいるんだ!! どうか助けてくれ!!」
「あんた、王様だろ!? 国民のことを考えるのが王様じゃないのか!?」
助けを乞い、許しを願い、泣き喚き、怒鳴りつける住民達。
(……まともに聞いちゃ駄目だ)
俺は、女王の言いつけを従順に守る忠犬でなくてはならないのだから。
「助けてくれ!! お願いだよ王様!!」
牢屋、死刑台、村……心からの叫び声が、鼓膜を叩く。
(……考えるな、考えるな……!)
ルールには逆らってはいけない。
俺は、キングのふりをしたただの人形で……存在する意味なんて、どこにもないのだから。
良く言えば時間操作のチート能力、悪く言えば“それ”しか能が無い木偶の坊。
成人と呼ばれる歳になるまでとにかく常に眠たくて、
「良いんですよ。ゆっくり休まれてくださいね」
けれど周囲は一切苦言を呈することなく、俺はそれに甘んじて一日のほとんどを夢の中で過ごしていた。
今思えば、きっとあれは俺が能力を私利私欲のために悪用しないよう『ルール』で制御されていたのだろうけど、もともと難しい事を考えるのが苦手だった俺にとっては都合が良かった。
(……眠い……)
何も考えなくて良い。何もしなくて良い。
俺はただこの城に居て、時計の音に耳をすませながら眠るだけでいい。
あの時までは、とても楽な事だと思っていた。
あまり眠れなくなってきた頃、エースと言う名の男が現れてこう言った。
「君は今日から、この国の王様になるんだ」
「……王様……?」
「そう……過酷なルールかもしれないが、王様という役割の君に拒否権は一切無い。許された返事は『はい』か肯定の意見のみだ」
その男は、何も強制したわけじゃない。
嫌なら断ってくれていいと言ったわけでもなかったが、ただ『王』になるための条件とルールを説明しただけだ。
あまりにも理不尽な制限だと思ったが、時間操作をするにあたっての対価や、国が平穏であり続けるための抑止力だと考えれば合点がいく。
「持って生まれた能力を捨てると言うなら、『王』の役割も免除できる。君はどうしたい?」
「……面倒な事を考えるのは苦手だから、任せるよ」
「……本当に、それで良いんだな?」
「……うん」
「そうか、わかった」
あれは、エースなりに最後のチャンスをくれたのかもしれない。それなのに、俺は『面倒』の一言で考えることを放棄したのだ。
王様という役割を当てられた後、連れて行かれた謁見室の玉座には――すでに、女王陛下が腰掛けていた。
彼女は小走りで俺に駆け寄り、無邪気な笑顔を浮かべて呪いを告げる。
「あなたは今日から私の夫じゃ……少しでも他の『誰か』に気を移したら、そいつの首を刎ねてしまうからね。わかったら、返事は?」
俺に自由はない。
嫌だと言ってはいけない。
(別に……何とも思わないから、いいけど……)
どうでもよかった。
俺が誰と夫婦だとか、女王陛下が誰かの首を刎ねるだとか……好きだの、嫌いだの。
夢の中にそんな対象はいなかったし、今まで他人の感情に触れる機会が無かった俺には、誰かを大切に想うというのがどんな気持ちかよくわからなかった。
「キング? 返事は?」
「……わかりました」
そう答えると、幼い女王は嬉しそうに飛び跳ねて俺の腰に抱きついてくる。
きっと……彼女には、全ての自由が許されているのだろうと思った。
(……? 俺は?)
ぽつりと、感情の芽が生える。
俺がここに存在する意味はあるのだろうか?感情の起伏すら乏しい俺は、そもそも彼女達と同じ『人間』なのだろうか?
(……人形じゃなくて?)
***
それからは……毎日毎日、大量の書類に目を通して、女王陛下のご機嫌を伺いながらただ頷き、彼女に異議を唱えたり謀反を起こそうと企む住民達を“処分”していく日々だった。
「王様!! あんたに心は無いのか!?」
(心……)
人と接する機会が増えるほど、嫌でも『感情』を理解してしまう。
人はどういう時に、どう感じるか。喜怒哀楽というものが、どんな風に精神を揺らすのか。
(……痛い)
人が涙を流す姿を見て感じるそれは、心臓の病気ではないことも……学んでしまった。
俺は、
(……考えたら駄目だ)
そうだ、感情は殺せ。表情は消せ。
内心を、決して誰にも悟られてはいけない。
他人の情に流されるな、全てを無視しろ。
(……意見も感情も、持っちゃいけない)
女王陛下は今日もまた、意気揚々と言い放つ。
「王よ、面倒じゃ。こやつらを処刑して、村も全て燃やしてしまおう」
「……そうですね」
生活が苦しい、米も水も足りていない。気持ち程度で構わないから、生活の援助をしてくれないか。少しだけ、納税を待ってくれないか。
そう懇願しに来た村人数名を、兵に命令して処刑塔へ運ばせる。残りの兵に女王陛下からの命令を告げれば、それを耳にした“死刑囚”たちは叫んだ。
「頼む! やめてくれ!!」
「幼い子供がたくさんいるんだ!! どうか助けてくれ!!」
「あんた、王様だろ!? 国民のことを考えるのが王様じゃないのか!?」
助けを乞い、許しを願い、泣き喚き、怒鳴りつける住民達。
(……まともに聞いちゃ駄目だ)
俺は、女王の言いつけを従順に守る忠犬でなくてはならないのだから。
「助けてくれ!! お願いだよ王様!!」
牢屋、死刑台、村……心からの叫び声が、鼓膜を叩く。
(……考えるな、考えるな……!)
ルールには逆らってはいけない。
俺は、キングのふりをしたただの人形で……存在する意味なんて、どこにもないのだから。
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