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第41話 答え合わせ
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『俺か? ああ、そうだな……名前、ではないが……サタン・ジョーカーとでも呼べ』
ああ……そうだ。今思い返してみれば、
『だから役名で呼ぶことが多いけど、俺とキングみたいにランクで呼んだ方が楽だって奴もいる!』
みんなは、
『それが、私に与えられた名前だよ。他の住人には……今はまだ、用意されていないが、ね』
私の気づかない間に、ヒントをたくさんくれていた。
***
住民は基本、エース以外名前を持っていない。
そして、ランクで呼んだ方が楽な『住民』もいる……つまり、
「サタン・ジョーカーなんて呼び名、嘘なんでしょう? 貴方は……本当は、」
彼にあるのは、『ジョーカー』と言うランクだけ。
役名すら所持していないらしいサタンはずっとランクで呼ばれていたのだと、今になって気がついた。
だから以前、モノクロの世界で私が彼の“名前”を出した時、
『サタン……? ああ、いや……アリスが探している、本物のジョーカーの話だよ』
エースは一瞬、それだけでは誰を指すのかわからなかったのだろう。
「……ああ、そうだ。俺には……名前は勿論、役名も存在しない。あるのは『ジョーカー』というランクだけだ」
サタン・ジョーカーというのは、所謂……通り名なのか、偽名だったのか。その真偽は定かでない。
今だ胸元に体を預けたままでいた私をそっと引き剥がし、淡々と言葉を繋ぐ――ジョーカー。
しかしその表情はひどく優しいものに見えて、彼の瞳を覗き込むために顔を近づけようとした時、すぐそばにふわりとエースが現れた。
「ようやく見つけてもらえて良かったな、ジョーカー。ここは……おめでとう、と言うべきか?」
「好きにしろ」
エースは軽い口調で言葉を落とし、宙に浮いたまま機嫌が良さそうにジョーカーの肩を叩くが、彼はそちらに目もくれずただ生返事をする。
先ほど見た微笑みは完全に消え眉間にしわを寄せているが、心の中では何か思っていたらしく、それを読み取った様子のエースは実に楽しげな笑みを浮かべた。
まるで……今から悪戯をしようとする、
「……!? アリス! 小さな子供、ではない! 私は『存在』としての実年齢で言えば、この国では一番年長なんだぞ! 立派な大人だ!」
子供と同列に並べられるのはとても気に食わないらしい。
彼はまさにぷんぷんという擬音がぴったり当てはまる怒り方をしていたかと思えば、咳払いを一つしてからサタン……ジョーカーに向き直った。
「……ジョーカー。君は、そんなにアリスを」
「公爵、それ以上余計な事を口走ったら黒ウサギを呼ぶぞ」
彼の言葉を遮りジョーカーがそう告げた瞬間、エースの顔は一気に青くなり「やめてくれ! 悪かった!」と眉を八の字にして喚き始める。
(……ウサギそのものに嫌な思い出があるというより、黒ウサギとの間でよほど忘れられない出来事があるみたいね……)
たしかに、お世辞でも「性格が良い」とはとても言えない人物だ。エースが毛嫌いする理由もわからなくはない。
実に鬱陶しそうに片手をひらひらさせながらジョーカーが「わかった、わかった」と言うのを見て、エースはひどく安堵した様子で大きく息を吐いて私を見た。
「……仕切り直すとしよう……さて、アリス。これで……鍵も、鍵穴もようやくそろった。答え合わせをしようか」
答え合わせ、という言葉が何を指しているのか理解できず、ぽかんとする私を見てエースは小さく笑う。
彼のように人の心を読むことができない私には、何を伝えようとしているのかさっぱりわからない。
「……ふむ。そうだな、それでは……まず、アリスの疑問に答えるとしよう」
言うと同時に、ふわりと浮いて目の前までやって来たかと思えば、私の後頭部に左手を置き空いた右手で額に触れるエース。
「な、何を……」
「どうして、」
彼の言葉と、私の声が重なる。
咄嗟に口をつぐむ私の瞳を真っ直ぐ見据えたまま、エースは再び言葉を繋げ始めた。
「どうして……イカレウサギや女王様、ネムリネズミは消えてしまったの? 私は、昔ネムリネズミに何をしてしまったの? ネムリネズミに、きちんと謝りたい……」
「――っ!!」
まるで、心の中に溜まった感情を直接吸い出されているような感覚。
「時計屋さんは、花屋さんはどこに行ったの? ジャックの言っていた『約束』ってなに? 思い出したい………なるほど、そうか……他にも色々あるようだが……」
よくやく私から両手を離したエースは、顎に片手を置いて少し考えるような素振りを見せる。
少ししてから、一つ深い息を吐き出して自分を納得させるように深く頷いた。
「……ではまず、消えた理由について……簡潔にではあるが、順を追って説明してあげよう」
彼は先ほどから黙り込んだままのジョーカーにちらりと目をやってから、特に反論する意思が見られないことを確認すると、一つ一つ言葉を選びながら語り始める。
***
「まず、イカレウサギが消えてしまった理由についてだが……」
それは……彼が私に過去の記憶を少しだけ見せてしまったことにより、私の中で急激に湧き上がった“とある感情”のせいだと言う。
「誰かに……母親に、愛されたい。それがきっかけだった」
私の中から故意的に失われていた『愛情』という概念を思い出してしまったことにより、「特別な人を一途に想い、愛したい。愛されたい」という感情そのものが存在……いや、『役割』だったイカレウサギは消えてしまったのだと彼は言った。
「次に、ハートの女王だが……」
これも、同時期に蘇ってしまった『自分を見てほしい』という欲望……“それ”が女王様の役割だったから。
聞けば聞くほど、頭がこんがらがってくる。
「そして……ネムリネズミは、最も重要な役割と言っても過言ではない存在だった……彼女は『アリスが嫌うアリス』の投影だ」
「とう、えい……?」
「そう……母親に愛されない自分自身、醜いと罵られた劣等感。いわゆる『自己嫌悪』と呼ばれる負の感情を、全て……ネムリネズミが、請け負っていた。アリスが潜在意識の中でネムリネズミに恐怖を覚えていたのは、当たり前のことだ」
整理が、追いつかない。
「こればかりは、絶対に受け入れられるはずがないだろうと思っていたが……黒ウサギが惑わせたせいで、アリスは彼女を『好き』になってしまったようだな……だから、ネムリネズミは消えてしまったんだよ」
エースは諭すように言うけれど、私は耳を疑ってばかりだ。
(どういうこと……?)
感情そのものが存在?役割?
私の感情が、人の形で具現化していたとでも言うの?
そして、それを受け入れたり思い出してしまったから消えた……?どうして?
わけが、わからない。
「……次は……騎士、花屋、時計屋について説明しよう」
ああ……そうだ。今思い返してみれば、
『だから役名で呼ぶことが多いけど、俺とキングみたいにランクで呼んだ方が楽だって奴もいる!』
みんなは、
『それが、私に与えられた名前だよ。他の住人には……今はまだ、用意されていないが、ね』
私の気づかない間に、ヒントをたくさんくれていた。
***
住民は基本、エース以外名前を持っていない。
そして、ランクで呼んだ方が楽な『住民』もいる……つまり、
「サタン・ジョーカーなんて呼び名、嘘なんでしょう? 貴方は……本当は、」
彼にあるのは、『ジョーカー』と言うランクだけ。
役名すら所持していないらしいサタンはずっとランクで呼ばれていたのだと、今になって気がついた。
だから以前、モノクロの世界で私が彼の“名前”を出した時、
『サタン……? ああ、いや……アリスが探している、本物のジョーカーの話だよ』
エースは一瞬、それだけでは誰を指すのかわからなかったのだろう。
「……ああ、そうだ。俺には……名前は勿論、役名も存在しない。あるのは『ジョーカー』というランクだけだ」
サタン・ジョーカーというのは、所謂……通り名なのか、偽名だったのか。その真偽は定かでない。
今だ胸元に体を預けたままでいた私をそっと引き剥がし、淡々と言葉を繋ぐ――ジョーカー。
しかしその表情はひどく優しいものに見えて、彼の瞳を覗き込むために顔を近づけようとした時、すぐそばにふわりとエースが現れた。
「ようやく見つけてもらえて良かったな、ジョーカー。ここは……おめでとう、と言うべきか?」
「好きにしろ」
エースは軽い口調で言葉を落とし、宙に浮いたまま機嫌が良さそうにジョーカーの肩を叩くが、彼はそちらに目もくれずただ生返事をする。
先ほど見た微笑みは完全に消え眉間にしわを寄せているが、心の中では何か思っていたらしく、それを読み取った様子のエースは実に楽しげな笑みを浮かべた。
まるで……今から悪戯をしようとする、
「……!? アリス! 小さな子供、ではない! 私は『存在』としての実年齢で言えば、この国では一番年長なんだぞ! 立派な大人だ!」
子供と同列に並べられるのはとても気に食わないらしい。
彼はまさにぷんぷんという擬音がぴったり当てはまる怒り方をしていたかと思えば、咳払いを一つしてからサタン……ジョーカーに向き直った。
「……ジョーカー。君は、そんなにアリスを」
「公爵、それ以上余計な事を口走ったら黒ウサギを呼ぶぞ」
彼の言葉を遮りジョーカーがそう告げた瞬間、エースの顔は一気に青くなり「やめてくれ! 悪かった!」と眉を八の字にして喚き始める。
(……ウサギそのものに嫌な思い出があるというより、黒ウサギとの間でよほど忘れられない出来事があるみたいね……)
たしかに、お世辞でも「性格が良い」とはとても言えない人物だ。エースが毛嫌いする理由もわからなくはない。
実に鬱陶しそうに片手をひらひらさせながらジョーカーが「わかった、わかった」と言うのを見て、エースはひどく安堵した様子で大きく息を吐いて私を見た。
「……仕切り直すとしよう……さて、アリス。これで……鍵も、鍵穴もようやくそろった。答え合わせをしようか」
答え合わせ、という言葉が何を指しているのか理解できず、ぽかんとする私を見てエースは小さく笑う。
彼のように人の心を読むことができない私には、何を伝えようとしているのかさっぱりわからない。
「……ふむ。そうだな、それでは……まず、アリスの疑問に答えるとしよう」
言うと同時に、ふわりと浮いて目の前までやって来たかと思えば、私の後頭部に左手を置き空いた右手で額に触れるエース。
「な、何を……」
「どうして、」
彼の言葉と、私の声が重なる。
咄嗟に口をつぐむ私の瞳を真っ直ぐ見据えたまま、エースは再び言葉を繋げ始めた。
「どうして……イカレウサギや女王様、ネムリネズミは消えてしまったの? 私は、昔ネムリネズミに何をしてしまったの? ネムリネズミに、きちんと謝りたい……」
「――っ!!」
まるで、心の中に溜まった感情を直接吸い出されているような感覚。
「時計屋さんは、花屋さんはどこに行ったの? ジャックの言っていた『約束』ってなに? 思い出したい………なるほど、そうか……他にも色々あるようだが……」
よくやく私から両手を離したエースは、顎に片手を置いて少し考えるような素振りを見せる。
少ししてから、一つ深い息を吐き出して自分を納得させるように深く頷いた。
「……ではまず、消えた理由について……簡潔にではあるが、順を追って説明してあげよう」
彼は先ほどから黙り込んだままのジョーカーにちらりと目をやってから、特に反論する意思が見られないことを確認すると、一つ一つ言葉を選びながら語り始める。
***
「まず、イカレウサギが消えてしまった理由についてだが……」
それは……彼が私に過去の記憶を少しだけ見せてしまったことにより、私の中で急激に湧き上がった“とある感情”のせいだと言う。
「誰かに……母親に、愛されたい。それがきっかけだった」
私の中から故意的に失われていた『愛情』という概念を思い出してしまったことにより、「特別な人を一途に想い、愛したい。愛されたい」という感情そのものが存在……いや、『役割』だったイカレウサギは消えてしまったのだと彼は言った。
「次に、ハートの女王だが……」
これも、同時期に蘇ってしまった『自分を見てほしい』という欲望……“それ”が女王様の役割だったから。
聞けば聞くほど、頭がこんがらがってくる。
「そして……ネムリネズミは、最も重要な役割と言っても過言ではない存在だった……彼女は『アリスが嫌うアリス』の投影だ」
「とう、えい……?」
「そう……母親に愛されない自分自身、醜いと罵られた劣等感。いわゆる『自己嫌悪』と呼ばれる負の感情を、全て……ネムリネズミが、請け負っていた。アリスが潜在意識の中でネムリネズミに恐怖を覚えていたのは、当たり前のことだ」
整理が、追いつかない。
「こればかりは、絶対に受け入れられるはずがないだろうと思っていたが……黒ウサギが惑わせたせいで、アリスは彼女を『好き』になってしまったようだな……だから、ネムリネズミは消えてしまったんだよ」
エースは諭すように言うけれど、私は耳を疑ってばかりだ。
(どういうこと……?)
感情そのものが存在?役割?
私の感情が、人の形で具現化していたとでも言うの?
そして、それを受け入れたり思い出してしまったから消えた……?どうして?
わけが、わからない。
「……次は……騎士、花屋、時計屋について説明しよう」
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