15 / 39
第十五話 言いがかり
しおりを挟む
――……このまま、死んでしまうのだろうか?
(私……、)
まだ白ウサギを殺すどころか、赤の王とやらに会えてすらいないというのに。
こんなところで、私は。名前も知らない初対面の息切れ男に殺される?
(嫌……嫌、嫌……っ!!)
死ねない、死ねない!せっかくアリスになれたのに、殺されてたまるものですか!!
しかし、私の脳ときたら潔く諦めてしまっているようで、迫り来る凶器の映像をスローモーションで海馬に送りつつ走馬灯を流し始める始末。
(考えるのよ、アリス)
残りコンマ数秒で、この危機的状況を回避する方法がまだ……。
(……まだ、)
嗚呼、本当は解っている。そんなこと……今すぐ私に超能力や魔法の類が宿るなり開花するなり、まるで少年漫画のように都合が良い奇跡の現象でも起こらない限り無理な話よ。
(……死ぬの……?)
「オイ……ッ!! 何をやっとるんじゃこのクソ鳥が!!」
どすの利いた声が耳に届くと同時に、息切れ男の足元から巨大な針が出現する。
しかし“それ”が男の体を貫くことはなく、金属同士のぶつかり合うような高い音が暗い森に響いた時には、息切れ男の体はぴょんと宙に舞い上がっていた。
(飛んで……)
「うわぁあーっ!!」
(……え?)
どうやら自分の意思による跳躍ではなかったらしく、息切れ男はなんとも情けない声を出しながら地面に着地するなり「いっ、痛い! しし、しっ、死んだらどっ、どうするんだ!」と喚きながら改めて武器を両手で持ち身構える。
(……たす、か、った……?)
安堵の息を吐いた瞬間――背後から何者かに抱き寄せられ、ふわりと鼻をくすぐった甘い香りを辿って振り返ると、
「先に私の質問に答えるべきじゃろうが……あ? 違うか?」
「!!」
そこにあったのは、怒り心頭の様子で息切れ男を睨みつけるユニコーンの姿だった。
きっと『目つきだけで人が殺せそうだ』という言葉を可視化すれば、彼のような瞳になるのだろう。
「喋ることを許す、そして答えろ。死に損ないのクソ鳥風情が……一体、どれほど立派な理由をもって私のアリスに刃を向けた……?」
せっかくの綺麗な顔がどこまでも憤りに歪んでいく。
そんな彼の顔を呑気に仰ぎ見ていると、獣に似た鋭い犬歯が生えていることに気がついたのだけれど今はどうでもいい話ね。
「ちちっ、違っ……ゆ、ゆに、ユニコーン、すっ、少しはなっ、話を聞いて、」
「黙れ、何も違わんじゃろが。自己擁護の言い訳を聞くために割く時間などあるものか。これほど腹が立つのは久々じゃ……」
「だっ、だ、だっ、だって……!! ぼ、僕は!! ころっ、殺されかけた!! せいっ、せせ、正当防衛だ!!」
……え?
「……アリスを侮辱するか。良い度胸じゃのう……オイッ!!」
「ひぃっ!!」
いつだかと同じくユニコーンが片足で勢い良く地面を踏みつければ、『クソ鳥』と呼ばれた男性の足元から巨大な針が出現し、クソ鳥さん(仮名)は短い悲鳴をあげて体を縮こませながら目を瞑る。
すると、まるで彼を危険から守るかの如く盾のようなものが現れ、ユニコーンの巨大針を弾いてしまった。
「ちっ……」
「……なに? あれ……」
「鳥頭の本人は気づいておらんが、クソ鳥を常に護る『絶対防御』の能力じゃ……どんな攻撃も通さない、最強の盾とも呼ばれておる。故に、私の手では殺せぬのが腹立たしい……っ!!」
盾に護られているのだと自分では気づいていない……というのは恐らく、クソ鳥さんは攻撃を受けるたび反射的に目を瞑ってしまっているからなのだろう。
「ほほっ、ほんっ、ほ、本当に! そっ、そい、そいつに! こ、殺されかけたんだ!!」
「まだ言うかこの死に損ないめが!!」
「……ねぇ。そいつ、ってもしかして私のことかしら?」
「そそっ、そうだ!! ぼ、ぼっ、僕をびっくりさせて……っ!! しん、心臓発作でころ、ここ、殺そうとした……!!」
「……」
言いがかりにも『程度』というものがある。
「……失礼ね。たったいま殺したくなったけれど、まだ何もしていないわ」
「ほほほらっ!! きい、聞いたかユニコーン!! やっぱりこいつはぼっ僕を殺す気なんだ!!」
ナイフ片手に喚き散らすクソ鳥に対してユニコーンは「光栄な事じゃろうが!!」と反論しており、どこからツッコミを入れるべきか悩んでしまう状況だ。
「はぁ……」
これは今までの経験則でいうのであれば、正面からまともに付き合うだけ無駄と思った方がいい。
つまり、
「それより、ユニコーン。貴方に聞きたいことがあるの」
話題を変えるのが正解のはずだ。
「何じゃ? 何でも聞くが良い」
「白ウサギがどこに居るのか知らない?」
「白ウサギ……?」
不思議そうに首をかしげたユニコーンに「殺そうと思っているのよ」と笑いながら理由を語った途端、彼はなぜか眉をひそめて唇を引き結ぶ。
てっきり万々歳で喜んでくれるとばかり思っていたので、その反応にはさすがに戸惑いを隠し切れない。
「ははっ……あ、あはっ!! あははっ……!!」
一方で、クソ鳥さんはお腹を抱えてげらげら笑い始める。
「あははっ!! 聞い、きき、聞いたかユニコーン!? この女、そっ、そそ、相当イカレてるぞ……っ!!」
なぜそこまで言われなければならないのか見当もつかず、もやもやとした気持ちを抱える私の代わりにユニコーンが一喝しクソ鳥さんを黙らせてはくれたものの、その表情は相変わらず曇ったままだ。
(どうして……?)
「……アリス、」
そして、真っ直ぐこちらへ向き直り薄い唇から紡ぎ落したのは、
「今の言葉を取り消してくれぬか」
そんなつまらない台詞だった。
「どういうこと? 嫌に決まっているでしょう?」
「本心が伴わずとも構わぬ……!! 白ウサギを殺すという発言は取り消すと言ってくれ……!!」
ユニコーンはひどく焦った様子で私の両手を握ってくるが、それを振り払いなおも首を振る。
「嫌よ……!! 私はもう決めたの。邪魔になる白ウサギは殺す、これは決定事項よ。取り消すつもりはさらさらないわ!!」
「アリス……ッ!!」
クソ鳥さんの小さな笑い声が耳に届き、星がきらりと瞬いて、
「そうか……それは非常に残念だ」
次の瞬間には、二人の姿が目の前から消えていた。
(私……、)
まだ白ウサギを殺すどころか、赤の王とやらに会えてすらいないというのに。
こんなところで、私は。名前も知らない初対面の息切れ男に殺される?
(嫌……嫌、嫌……っ!!)
死ねない、死ねない!せっかくアリスになれたのに、殺されてたまるものですか!!
しかし、私の脳ときたら潔く諦めてしまっているようで、迫り来る凶器の映像をスローモーションで海馬に送りつつ走馬灯を流し始める始末。
(考えるのよ、アリス)
残りコンマ数秒で、この危機的状況を回避する方法がまだ……。
(……まだ、)
嗚呼、本当は解っている。そんなこと……今すぐ私に超能力や魔法の類が宿るなり開花するなり、まるで少年漫画のように都合が良い奇跡の現象でも起こらない限り無理な話よ。
(……死ぬの……?)
「オイ……ッ!! 何をやっとるんじゃこのクソ鳥が!!」
どすの利いた声が耳に届くと同時に、息切れ男の足元から巨大な針が出現する。
しかし“それ”が男の体を貫くことはなく、金属同士のぶつかり合うような高い音が暗い森に響いた時には、息切れ男の体はぴょんと宙に舞い上がっていた。
(飛んで……)
「うわぁあーっ!!」
(……え?)
どうやら自分の意思による跳躍ではなかったらしく、息切れ男はなんとも情けない声を出しながら地面に着地するなり「いっ、痛い! しし、しっ、死んだらどっ、どうするんだ!」と喚きながら改めて武器を両手で持ち身構える。
(……たす、か、った……?)
安堵の息を吐いた瞬間――背後から何者かに抱き寄せられ、ふわりと鼻をくすぐった甘い香りを辿って振り返ると、
「先に私の質問に答えるべきじゃろうが……あ? 違うか?」
「!!」
そこにあったのは、怒り心頭の様子で息切れ男を睨みつけるユニコーンの姿だった。
きっと『目つきだけで人が殺せそうだ』という言葉を可視化すれば、彼のような瞳になるのだろう。
「喋ることを許す、そして答えろ。死に損ないのクソ鳥風情が……一体、どれほど立派な理由をもって私のアリスに刃を向けた……?」
せっかくの綺麗な顔がどこまでも憤りに歪んでいく。
そんな彼の顔を呑気に仰ぎ見ていると、獣に似た鋭い犬歯が生えていることに気がついたのだけれど今はどうでもいい話ね。
「ちちっ、違っ……ゆ、ゆに、ユニコーン、すっ、少しはなっ、話を聞いて、」
「黙れ、何も違わんじゃろが。自己擁護の言い訳を聞くために割く時間などあるものか。これほど腹が立つのは久々じゃ……」
「だっ、だ、だっ、だって……!! ぼ、僕は!! ころっ、殺されかけた!! せいっ、せせ、正当防衛だ!!」
……え?
「……アリスを侮辱するか。良い度胸じゃのう……オイッ!!」
「ひぃっ!!」
いつだかと同じくユニコーンが片足で勢い良く地面を踏みつければ、『クソ鳥』と呼ばれた男性の足元から巨大な針が出現し、クソ鳥さん(仮名)は短い悲鳴をあげて体を縮こませながら目を瞑る。
すると、まるで彼を危険から守るかの如く盾のようなものが現れ、ユニコーンの巨大針を弾いてしまった。
「ちっ……」
「……なに? あれ……」
「鳥頭の本人は気づいておらんが、クソ鳥を常に護る『絶対防御』の能力じゃ……どんな攻撃も通さない、最強の盾とも呼ばれておる。故に、私の手では殺せぬのが腹立たしい……っ!!」
盾に護られているのだと自分では気づいていない……というのは恐らく、クソ鳥さんは攻撃を受けるたび反射的に目を瞑ってしまっているからなのだろう。
「ほほっ、ほんっ、ほ、本当に! そっ、そい、そいつに! こ、殺されかけたんだ!!」
「まだ言うかこの死に損ないめが!!」
「……ねぇ。そいつ、ってもしかして私のことかしら?」
「そそっ、そうだ!! ぼ、ぼっ、僕をびっくりさせて……っ!! しん、心臓発作でころ、ここ、殺そうとした……!!」
「……」
言いがかりにも『程度』というものがある。
「……失礼ね。たったいま殺したくなったけれど、まだ何もしていないわ」
「ほほほらっ!! きい、聞いたかユニコーン!! やっぱりこいつはぼっ僕を殺す気なんだ!!」
ナイフ片手に喚き散らすクソ鳥に対してユニコーンは「光栄な事じゃろうが!!」と反論しており、どこからツッコミを入れるべきか悩んでしまう状況だ。
「はぁ……」
これは今までの経験則でいうのであれば、正面からまともに付き合うだけ無駄と思った方がいい。
つまり、
「それより、ユニコーン。貴方に聞きたいことがあるの」
話題を変えるのが正解のはずだ。
「何じゃ? 何でも聞くが良い」
「白ウサギがどこに居るのか知らない?」
「白ウサギ……?」
不思議そうに首をかしげたユニコーンに「殺そうと思っているのよ」と笑いながら理由を語った途端、彼はなぜか眉をひそめて唇を引き結ぶ。
てっきり万々歳で喜んでくれるとばかり思っていたので、その反応にはさすがに戸惑いを隠し切れない。
「ははっ……あ、あはっ!! あははっ……!!」
一方で、クソ鳥さんはお腹を抱えてげらげら笑い始める。
「あははっ!! 聞い、きき、聞いたかユニコーン!? この女、そっ、そそ、相当イカレてるぞ……っ!!」
なぜそこまで言われなければならないのか見当もつかず、もやもやとした気持ちを抱える私の代わりにユニコーンが一喝しクソ鳥さんを黙らせてはくれたものの、その表情は相変わらず曇ったままだ。
(どうして……?)
「……アリス、」
そして、真っ直ぐこちらへ向き直り薄い唇から紡ぎ落したのは、
「今の言葉を取り消してくれぬか」
そんなつまらない台詞だった。
「どういうこと? 嫌に決まっているでしょう?」
「本心が伴わずとも構わぬ……!! 白ウサギを殺すという発言は取り消すと言ってくれ……!!」
ユニコーンはひどく焦った様子で私の両手を握ってくるが、それを振り払いなおも首を振る。
「嫌よ……!! 私はもう決めたの。邪魔になる白ウサギは殺す、これは決定事項よ。取り消すつもりはさらさらないわ!!」
「アリス……ッ!!」
クソ鳥さんの小さな笑い声が耳に届き、星がきらりと瞬いて、
「そうか……それは非常に残念だ」
次の瞬間には、二人の姿が目の前から消えていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二人称・短編ホラー小説集 『あなた』
シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』
そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・
※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。
様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。
小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜
野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。
内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる