【完結】旦那さまは、へたれん坊。

百崎千鶴

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 ある日、


「へっくしっ!」


 風邪を引きました。

 頭と喉と関節が痛くて、全身がだるい。
 大事をとって、大学はお休みした。


(一応計ってみるかな……)


 体温計はどこだったっけ、と部屋を見渡していた時。だっだっだっだっ! と音がして、勢いよく扉が開く。 
 そこから現れたのは、


「みーちゃ~ん! 大丈夫なの~?!」


 目尻に涙を溜めて、声を震わせるあっくん。

 朝、私より早くお店に出たあっくんは、先ほど私の友人から「今日は休むそうですよ」と聞いたらしい。
 そして、心配でいてもたってもいられず駆けつけたのだとか。

 といっても、お店と我が家は繋がっているから走れば1分もかからずここに着くのだけれど。 


「ダメだよみーちゃん~! ひっく、安静に……うっ……してなくちゃ~!」
「だ、大丈夫だって、あっくん」


 それでもあっくんは「だめだめ~!」とかぶりを振って、布団に入るよう私にうながす。

 今にも泣き出しそう……あっくんが。 


「体温計くらい俺が探す~!」
「でもあっくん、お店が、」


 彼はまだエプロンをつけたまま。
 まあ、仕事も放って私のところに来たんだから当たり前か。へへっ、嬉しいな。

 あっくんは引き出しから体温計を取り出すと、やや前屈みのまま忍び足ですすすっとこちらに来た。……忍者みたい。 
 それを受け取って、脇に挟む。


「うっ、ぐすっ……」


 あっくんが鼻水をすする様子を眺めながら待つ。
 少ししてから、体温計がピピッと鳴った。

 確認してみると、37度4分。微熱だなーと呑気な私とは対照的に、


「37度もある~!」


 あっくんはいよいよ本格的に泣き始めた。 

 膝から崩れ落ち、嗚咽おえつを漏らす愛しい人。
 大げさだなあ……可愛いけど。


「大丈夫だよ」
「みーちゃん死なないで~!」


 ひしと腰に抱きつかれた。
 その頭を優しく撫でて、「死なないよ」となだめるように言う。

 あっくん、人は微熱では死なないよ。


「あっくんを置いて死んだりしません。というか、あっくんが心配でそんなことできません」
「うええ~! 嬉しいよ~みーちゃん~!」


 今度は嬉し泣き。 
 枕元の箱からティッシュを一枚抜き取り、あっくんの鼻水を拭いてあげる。ついでに、涙も。

 おもむろにあっくんは立ち上がり、


「何か買ってくる!」


 と、力強く言い放った。
 その熱心さに小さく笑い、


「じゃあ、シュークリームをお願いします」


 そう答えれば、彼はお財布を握りしめ、


「すぐに買ってくるから! みーちゃんはじっとしててね!」


 走って行ってしまう。 

 彼の健気さが可愛くて、とても愛しいと思う。
 ……でも、


「お店は? あっくん」 
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