【完結】旦那さまは、へたれん坊。

百崎千鶴

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3センチ

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 チョキ、パラパラ。


「あっ」


 お風呂場の床に敷いた新聞に落ちる髪を目で追いかけると、しまった! みたいな声を出すあっくん。

 ハサミを持ったまま、申し訳なさそうに眉で八の字をえがく。


「?」
「……ごめんね」


 あっくんはそう呟いて手鏡をわたしてきた。 
 その中を覗いてみると、


「ああっ!」


 前髪が一部分だけ、眉毛の3センチ上。

 がたがた。


「うっかりしてた……」


私の顔を覗き込みながら、もう一回「ごめんね」とあっくん。

 わざとらしく頬をぷくっと膨らませて、


「ぼーっとしてたでしょ!」


 なんて、怒ってみた。 
 するとあっくんは、みるみるうちにしょげていく。

 しょげないでよベイビー! とか不意に頭をよぎって歌い出しそうになった。
 でも、


「みーちゃんが可愛かったから……見とれてた……」


 何でもないみたいにあっさりと、彼はそんなことを言うから。

 ほっぺからぷしゅーと空気が抜けて、かわりに熱が増してきた。 


「……ばか」
「ごめん……」
「ばか」


 もう、怒れなくなっちゃったじゃんか。


「ごめんなさい……」


 私より4歳も年上のくせに、あっくんは泣きそうになりながら謝ってくる。

 涙でちょっと潤んだ目が、伺うように私を見た。


「うそ。怒ってないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」


 口元に笑顔を作って彼の頭を優しく撫でる。 

 でも……困ったな。
 短くなった部分の髪を指先をつまんで、明日からどうやって誤魔化そうかとちらり。

 すると、あっくんがじーっと私を見つめてきた。


「ん?」


 それに気づいて首を傾げれば、彼はもごもごと言葉につまる。


「あっくん? どうしたの?」


 今度は反対側に首を傾ける。 
 少ししてから、


「前髪が変でも、みーちゃんは可愛いよ」


 と、早口で一言。

 あっくんの顔が赤いけれど、きっと今は私の顔だって同じ色に染まってる。


「……変とか言うなー」


 あっくんのせいでしょ。
 照れ隠しにそう言って、彼の頭を軽くこづいた。 


「ごめんね?」


 あ、また謝った。
 何回目かな? なんて記憶をたどる。


「でも、ほんとだよ?」
「なにが?」
「みーちゃんが可愛いのは、ほんと」


 そっと私の頬に触れる大きな右手。あったかい。


「みーちゃん、可愛い」
「何回言うの?」


 小さく笑えばあっくんも微笑んで、


「何回でも言うよ」


 と、額に口づけてくる。
 恥ずかしくて、くすぐったくて、少し身をよじった。 


「可愛い」


 また、ちゅっ。

 甘えん坊だな。体も、手も、私より大きいのに。


「くすぐったいよ」
「うん」


 また、口づけ。


「話、聞いてないでしょ」


 あっくんの脇に手を入れてくすぐると、大きな体が簡単にひっくり返る。


「いてっ!」


 ゴチン!
 壁に頭をぶつけて再び潤んだ目が私を映した。 
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