【完結】旦那さまは、へたれん坊。

百崎千鶴

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鼓動

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 どきん、どきん。心臓が、音を立てる。

 座る私の腰に抱きついて、左胸に耳をぴっとつけているのは、


「あっくん」
「ん?」


 あっくん。
 桜木葵さくらぎあおいだから、あっくん。

 私――桜木みいの、大事な大事な、大好きな旦那さま。 


「……みーちゃん、すごくドキドキしてる」


 あっくんのせいだよ。
 そう言ってさらさらの黒髪を撫でれば、彼は気持ち良さそうに目を細めた。

 でっかいわんこみたいな、あっくん。


「ふふ」
「なに?」
「べっつにー」
「……」


 唇を尖らせて、納得できないって顔をするものだから。
 それを見て、私はまた笑ってしまった。 


「よしよし」


 なでなで、さらり。


(髪の毛、さらさら)


 あっくんは……実はドSだったり、腹黒かったり、俺様だったり、エロかったり、御曹司だったり――……しない。

 裏の顔も、多分ない。


「みーちゃん、好き」


 ぎゅっと抱きついて甘えてくる。これが、あっくん。 
 甘えん坊で、ちょっとへたれ。それが本当の顔。

 裏の顔があるとしたら、仕事をしている普段の姿かもしれない。
 彼は小さなお花屋さんの店長で、花と触れあっている時だけ別人みたいな顔になる。


「今日は、ブーゲンビリアが綺麗に咲いていますよ」


 そう言って、ショッキングピンク色の花をお客さんに差し出す横顔。
 花みたいに微笑みを咲かせて、黒髪を揺らす彼。

 いつもの甘えん坊じゃなくて、しっかり『店長』をしているあっくん。
 その時は、「可愛い」じゃなくて「かっこいい」って思うの。 


(ブーゲンビリア)


 花言葉は『あなたしか見えない』。
 前に教えてもらった。


「……みーちゃん、どきどき」
「?」
「心臓、はやい」
(だからそれは、)


 私が口を開く前に、あっくんが続ける。


「俺も、どきどきしてる」


 まぶたを伏せて、心臓の音に耳をすませるあっくん。相変わらず、抱きついた手は離さずに。 


「いっしょだね」
「……うん」


 くつくつ笑えば、長いまつ毛に縁取られた瞼がゆっくり持ち上がる。
 色素の薄い黒い瞳に、私の姿が映った。


「お揃い」


 ふわり。
 彼のこのやわらかい笑顔が好き。 


「いつまでくっついてるの?」


 ご飯作れないよ。
 そう言うと、あっくんはまた抱きつく腕に力を込めて私のお腹に顔をうずめた。


「ずっと、くっついてる」
「それじゃあ私、なんにもできないよ」


 また自然に、笑っちゃう。


「……じゃあ、あと10分……だめ?」


 不安そうに揺れた瞳。

 私は、このわんこみたいな目に弱い。
 文句があっても言えなくなる。……文句なんか、最初からないけど。 


「いいよ」
「やった」


 左手で頭を撫でれば、薬指の指輪が光を弾いてきらきら光った。


「みーちゃん、大好き」
「知ってるよ」


 どくん、どくん。
 また、鼓動が早くなった。 
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