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第50編「もっと、もっと……」※
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裕一郎は恋幸の唇を啄むようにしてちゅ、ちゅと何度か短い口づけを繰り返した後、まるで彼女を安心させるかのように片手で頭を優しく撫でると、強張っていた肩から力が抜けたタイミングを見計らって唇を深く重ねる。
「ん……っ、」
かたく目を瞑り彼に身を委ねていた恋幸が恐る恐る口を開けば、隙間から侵入した熱が彼女の舌先をちょんとつつき反射的に肩が跳ねた。
その拍子に彼の眼鏡が恋幸の鼻先に軽くぶつかってしまい、心の中で「いてっ!」と漏らすとその声が聞こえていたかのように裕一郎は一旦顔を離してしまう。
「……あ」
――……どうしてやめてしまうんですか?
ソファに寝転んだまま、瞼を持ち上げて瞳だけでそう問い掛ければ、ほんの一瞬だけ表情を和らげた彼がおもむろに眼鏡のフレームへ手を伸ばし、
「そんな顔をしなくても、まだやめたりしませんよ。……足りていませんから」
そう言いながら外した“それ”を雑にセンターテーブルへ置くと、もう一度顔を寄せて深く唇を重ねた。
(裕一郎様のキス、気持ちいい)
彼が漂わせる金木犀に似た甘い香りは、いつも恋幸の脳みそを痺れさせる。
「んん、っふ……っ」
無意識に溢れてしまう声が恥ずかしくてたまらないというのに、口内で混ざり合う熱が理性まで溶かしているのではないかと思えてしまった。
そうでなければ、
(もっと)
裕一郎の背中に両腕を回し、しがみついたまま自らはしたなく舌を絡めることなど、恋幸に出来るはずもないのだから。
「ん……」
「はっ、ふ……っ、ん」
二人きりの空間で、くちゅ、くちゅと小さく響く生々しい水音だけが鼓膜を揺らす。
ディープキスなど(当然)裕一郎以外とした事のない恋幸には、2度目にして舌をどう動かすべきか的確に把握できていないのもまた『当然』だった。
緊張を解きほぐすようにしてゆっくりと彼女の舌を誘導し、口内をゆるく愛撫する裕一郎のやり方を、ただひたすら真似し続ける。
(裕一郎様にも、キスするの気持ち良いって思ってほしい)
「……」
拙くも必死に応えようとする恋幸の姿を、裕一郎の青い瞳が愛おしくてたまらないと言いたげに見つめている事など、余裕を失っている今の彼女が気付くわけもない。
「ふ……っ、ふ……」
前回『同じこと』をした時のように今回もまた恋幸は上手く息継ぎができておらず、裕一郎はゆっくりと顔を離して親指の先で彼女の口の端を拭いながら低く囁いた。
「……恋幸さん、口ではなく鼻で息をしてください」
(あれ……いま、したのなまえよんでくれた……?)
酸欠になりかけていた頭を精一杯働かせ、たった今伝えられた言葉の意味を恋幸は何とか理解する。
「うん」
彼女が短く返事をして頷くと、無意識の内に湧きあがり網膜を覆っていた涙のせいで歪む視界の中、目の前にいる裕一郎が口元に柔らかな弧を描いたような気がした。
「よしよし、いい子ですね」
裕一郎はひどく優しい声音で言葉を紡ぎ落としつつ、左腕の肘を曲げて恋幸の顔の横につき、右手で頭を撫でながら彼女の頬に幾つかキスを降らせる。
すると、もどかしくなったらしい恋幸はくいと顔を動かして自ら唇を重ねると、誰に促されたわけでもないというのにぎこちない動きで彼の舌を絡め取った。
「……っ、は……」
(ゆーいちろ様……好き、好き。もっと触って)
本能で行動する“今の彼女”にとっては裕一郎の漏らす微かな吐息すらも扇情的で、鳩尾の辺りから湧き上がった言い表し難く熱い感情が下腹を疼かせる。
何か言いたげにもじもじと足を動かす様を視界の端で捉えた裕一郎は、つい先ほどまで彼女の頭を撫でていた手を移動させてそっと片足の靴を脱がせると、自分の眼鏡を置いた時とは対照的にまるで割れ物を扱うかのような手つきで床に置いて恋幸のふくらはぎに手のひらを這わせた。
「んっ、……っはぁ、あ」
恋幸は初めこそくすぐったそうに身じろぎしたものの、すぐに足を彼の手に擦り付け、顔を離して視線だけで「もっと触って」と訴える。
その拍子に彼女の頬を涙が一筋伝い落ちれば、裕一郎の喉仏が一度大きく上下した。
「本当に、可愛い人ですね。気がおかしくなりそうですよ」
「えへ、へ……私も、裕一郎様のことが好きすぎておかしくなりそうなので、一緒ですね」
「……また、そういうことを言って……」
彼は唸るように低く呟くと、ゆっくりと恋幸の太ももを撫でつつ首筋に顔を埋める。
「ん、っん……っ」
一つ、二つ。焦れったいほどに優しい口付けが落ちるたび、ぴくりと肩が震えて無意識に声が漏れた。
「……キスマーク、つけたら困りますか?」
「困るわけないです、好きにしてください」
恋幸が言い終わると同時に、うなじに近い場所に柔らかなものが触れて、ちゅうと小さく音を立てる。
数秒の間を置いて、心地良さすら覚える程度の微かな痛みがそこに走り、裕一郎はもう一度キスを落としてから顔を離すと、ひどく穏やかな表情で恋幸を見下ろした。
「あの、裕一郎様」
「うん? なんですか?」
「こんなこと聞いちゃいけないかもしれないんですけど、」
彼女の前置きを聞いた時、真っ先に裕一郎の頭をよぎったのは「とても手慣れていますけど、女性経験は何人ですか?」と聞かれる可能性を危惧した憂鬱感にも似た不安である。
しかし、
「……小日向さん、」
「なんの香水を使っているんでしょうか……?」
少しでも彼女が抱いたかもしれない嫌悪感を拭おうとした裕一郎の声に被せて落とされたのは、今しがた考慮した『可能性』とはかけ離れた問いだった。
「……」
「すごくいい匂いで、頭がふわふわします……柔軟剤じゃないですよね?」
「……っぷ、くくっ」
少し顔を俯かせた彼の肩が、耐えられないと言いたげに細かく震える。
「ははっ、あはははっ!」
「――っ!?」
二拍分の間を置いて、恋幸の目に飛び込んだのは――……楽しそうに笑う裕一郎の姿だった。
「ん……っ、」
かたく目を瞑り彼に身を委ねていた恋幸が恐る恐る口を開けば、隙間から侵入した熱が彼女の舌先をちょんとつつき反射的に肩が跳ねた。
その拍子に彼の眼鏡が恋幸の鼻先に軽くぶつかってしまい、心の中で「いてっ!」と漏らすとその声が聞こえていたかのように裕一郎は一旦顔を離してしまう。
「……あ」
――……どうしてやめてしまうんですか?
ソファに寝転んだまま、瞼を持ち上げて瞳だけでそう問い掛ければ、ほんの一瞬だけ表情を和らげた彼がおもむろに眼鏡のフレームへ手を伸ばし、
「そんな顔をしなくても、まだやめたりしませんよ。……足りていませんから」
そう言いながら外した“それ”を雑にセンターテーブルへ置くと、もう一度顔を寄せて深く唇を重ねた。
(裕一郎様のキス、気持ちいい)
彼が漂わせる金木犀に似た甘い香りは、いつも恋幸の脳みそを痺れさせる。
「んん、っふ……っ」
無意識に溢れてしまう声が恥ずかしくてたまらないというのに、口内で混ざり合う熱が理性まで溶かしているのではないかと思えてしまった。
そうでなければ、
(もっと)
裕一郎の背中に両腕を回し、しがみついたまま自らはしたなく舌を絡めることなど、恋幸に出来るはずもないのだから。
「ん……」
「はっ、ふ……っ、ん」
二人きりの空間で、くちゅ、くちゅと小さく響く生々しい水音だけが鼓膜を揺らす。
ディープキスなど(当然)裕一郎以外とした事のない恋幸には、2度目にして舌をどう動かすべきか的確に把握できていないのもまた『当然』だった。
緊張を解きほぐすようにしてゆっくりと彼女の舌を誘導し、口内をゆるく愛撫する裕一郎のやり方を、ただひたすら真似し続ける。
(裕一郎様にも、キスするの気持ち良いって思ってほしい)
「……」
拙くも必死に応えようとする恋幸の姿を、裕一郎の青い瞳が愛おしくてたまらないと言いたげに見つめている事など、余裕を失っている今の彼女が気付くわけもない。
「ふ……っ、ふ……」
前回『同じこと』をした時のように今回もまた恋幸は上手く息継ぎができておらず、裕一郎はゆっくりと顔を離して親指の先で彼女の口の端を拭いながら低く囁いた。
「……恋幸さん、口ではなく鼻で息をしてください」
(あれ……いま、したのなまえよんでくれた……?)
酸欠になりかけていた頭を精一杯働かせ、たった今伝えられた言葉の意味を恋幸は何とか理解する。
「うん」
彼女が短く返事をして頷くと、無意識の内に湧きあがり網膜を覆っていた涙のせいで歪む視界の中、目の前にいる裕一郎が口元に柔らかな弧を描いたような気がした。
「よしよし、いい子ですね」
裕一郎はひどく優しい声音で言葉を紡ぎ落としつつ、左腕の肘を曲げて恋幸の顔の横につき、右手で頭を撫でながら彼女の頬に幾つかキスを降らせる。
すると、もどかしくなったらしい恋幸はくいと顔を動かして自ら唇を重ねると、誰に促されたわけでもないというのにぎこちない動きで彼の舌を絡め取った。
「……っ、は……」
(ゆーいちろ様……好き、好き。もっと触って)
本能で行動する“今の彼女”にとっては裕一郎の漏らす微かな吐息すらも扇情的で、鳩尾の辺りから湧き上がった言い表し難く熱い感情が下腹を疼かせる。
何か言いたげにもじもじと足を動かす様を視界の端で捉えた裕一郎は、つい先ほどまで彼女の頭を撫でていた手を移動させてそっと片足の靴を脱がせると、自分の眼鏡を置いた時とは対照的にまるで割れ物を扱うかのような手つきで床に置いて恋幸のふくらはぎに手のひらを這わせた。
「んっ、……っはぁ、あ」
恋幸は初めこそくすぐったそうに身じろぎしたものの、すぐに足を彼の手に擦り付け、顔を離して視線だけで「もっと触って」と訴える。
その拍子に彼女の頬を涙が一筋伝い落ちれば、裕一郎の喉仏が一度大きく上下した。
「本当に、可愛い人ですね。気がおかしくなりそうですよ」
「えへ、へ……私も、裕一郎様のことが好きすぎておかしくなりそうなので、一緒ですね」
「……また、そういうことを言って……」
彼は唸るように低く呟くと、ゆっくりと恋幸の太ももを撫でつつ首筋に顔を埋める。
「ん、っん……っ」
一つ、二つ。焦れったいほどに優しい口付けが落ちるたび、ぴくりと肩が震えて無意識に声が漏れた。
「……キスマーク、つけたら困りますか?」
「困るわけないです、好きにしてください」
恋幸が言い終わると同時に、うなじに近い場所に柔らかなものが触れて、ちゅうと小さく音を立てる。
数秒の間を置いて、心地良さすら覚える程度の微かな痛みがそこに走り、裕一郎はもう一度キスを落としてから顔を離すと、ひどく穏やかな表情で恋幸を見下ろした。
「あの、裕一郎様」
「うん? なんですか?」
「こんなこと聞いちゃいけないかもしれないんですけど、」
彼女の前置きを聞いた時、真っ先に裕一郎の頭をよぎったのは「とても手慣れていますけど、女性経験は何人ですか?」と聞かれる可能性を危惧した憂鬱感にも似た不安である。
しかし、
「……小日向さん、」
「なんの香水を使っているんでしょうか……?」
少しでも彼女が抱いたかもしれない嫌悪感を拭おうとした裕一郎の声に被せて落とされたのは、今しがた考慮した『可能性』とはかけ離れた問いだった。
「……」
「すごくいい匂いで、頭がふわふわします……柔軟剤じゃないですよね?」
「……っぷ、くくっ」
少し顔を俯かせた彼の肩が、耐えられないと言いたげに細かく震える。
「ははっ、あはははっ!」
「――っ!?」
二拍分の間を置いて、恋幸の目に飛び込んだのは――……楽しそうに笑う裕一郎の姿だった。
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