来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴

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第49編「時々、心配になりますよ」

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(歯止め、って)


 彼からの口づけを大人しく受け入れながら、恋幸はどこか冷静さの残る脳みそのすみで言葉の意味を考える。

 いったん顔を離した裕一郎は、そんな彼女の様子を見てわずかに眉根を寄せると、人差し指の先で恋幸の前髪をかき分けて「ふ」と息を吐いた。


「……抵抗、しなくていいんですか?」


 そしてひどくおだやかな音で言葉をつむぎ落とすと、眼鏡の奥にある空色の瞳を困ったように細めて恋幸の頬に手のひらを添える。

 彼に触れられているだけで肌の温度は増し、心臓が落ち着きなく跳ねて彼への好意を叫び続け、すぐ側で同じ時間を共有している間、恋幸の中に『余裕』の三文字など髪の先ほども残っていない。
 けれど、


「倉本さんになら、何をされても良いですから……抵抗なんて、する必要を感じません」


 どうしても伝えたいと強く願った言葉だけは、驚くほど簡単に口をついて出た。


「……!!」


 彼女の理性をかいさず投げられたそのセリフに対し、裕一郎はぴたりと動きを止めて目を丸くする。
 少しの間を置いてから、彼は何か言いたげに持ち上げた唇をすぐに引き結ぶと、喉仏を大きく上下させて「はあ」と何度目かになるため息をこぼした。


(へ、変なこと言っちゃった……あきれさせちゃったかな……? はしたない女だって、思われて)
「小日向さん」


 空気を支配する静寂のせいで暗い方へ落ちかけていた思考を、裕一郎の低い声が引き止める。

 彼女自身は気付いていないが、良くない事を考え始めていると他でもなくその表情があけすけに物語っていたのだ。
 そしてをすぐに察知した裕一郎は、大きな手で彼女の頭を撫でながら口の端を少しだけ引いて見せる。


「貴女の気持ちも、全てを私にゆだねてくれていることも、とても嬉しいです。ですが……ちゃんと私を警戒して、抵抗してください。貴女に“何をしても良い”だなんて、私には思えませんので。……この状況では、説得力の欠片も無いと思いますけど」
「そ、そんなことないです……!」


 恋幸が両手を握りしめたままムキになって否定すると、ほんのわずかに裕一郎の表情がやわらいだ。

 彼女にとって、前世で愛した和臣かずあきとその生まれ変わりである『倉本裕一郎』という人間はこの世で最も尊い存在であり、もはや宗教にもひとしい彼らが「カラスは白い」と言うならば、創造神が何と反論しようとも「生きとし生ける全てのカラスの色は“白”である」と拡声器で主張するだろう。
 ……近所迷惑になるのでやめていただきたいが。

 故に、裕一郎が主張する考えであれば恋幸にとってはいつでも正しいものでしかないのだが、同時に、彼の言う事を「説得力の欠片も無い」と思う日など天地がひっくり返ってもやって来ないことも確かだった。


「……当然、私にも人並みに欲はありますが……小日向さんは、私の大切な人ですから。だからこそ、何をしても良いわけがないんですよ」
「たい……っ!?」
「うん? 大切な人でしょう? 何か間違っていますか?」


 わざとらしく首を傾げる彼の瞳にはどこか楽しそうな色がにじんでおり、さすがの恋幸も反応を面白がられているのだと察したが、頭で理解できているのと心が追いつくことはまた別の話である。

 否定の意を込めて首を何度も左右に振ると、彼の指先が子猫を愛でる時のように恋幸の顎を甘くくすぐった。


「……っ、」
「……可愛い」
(ひえ~!! 裕一郎様、甘やかしモードだ!!)
「小日向さん、もう一度キスさせてください」


 反射的に「もちろん喜んで!!」と言いかけて、我に返った恋幸はぎくしゃくとした動きで自身の上着のポケットに片手を入れる。
 真っ赤な顔で黙り込んでごそごそと何かあさり始めた姿に、裕一郎は文句を言うでも返事を催促さいそくするでもなく、ただ静かに彼女の長い髪を指先でいて次の言葉を待っていた。

 そして十数秒後、恋幸がそろそろと差し出したのは手ぬぐいに包まれた『何か』で、今度は本当の意味で首を傾げてしまう。


「す、すまほ……あの、携帯、お家に忘れてました、ので……お届けにあがりました……」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
「どういたしましてです……っ!」


 裕一郎は彼女から手ぬぐい――に、丁寧に包まれているスマートフォンを受け取り、センターテーブルの上に置いてから「手ぬぐいは洗って返します」と言って頭を撫でた。


「ここへ来た目的を聞くつもりでいたのですが、本来会えない時間に貴女に会えた嬉しさで忘れていました」
(ん゛っ!!)


 事も無げに甘い言葉を投下され、恋幸はときめきのあまり心臓が一瞬止まってしまったかのような錯覚をおぼえる。

 しかし裕一郎はそんな彼女をよそに、思い出したような声を出して人差し指の背で恋幸の紅色に染まった頬をやわくつついた。


八重子やえこさんに電話をかけた時に使っていたのは社用の通話専用携帯ですよ?」
「えっ? えっと、そうなんですね?」
「……なぜ2台持っているのか? と気にしていないならそれで構いませんが……念のための説明です。恋人を不安にさせたくなかったので、ね」
(また! またこの人は!!)


 心の中で身悶みもだえる恋幸に顔を寄せ、手のひらを頬に添える裕一郎。
 彼はめくれかかっていた恋幸のスカートのすそを空いている方の手で直してやりながら、額同士をくっつけて低く囁く。


「もう、キスしても良いですか?」
「……だめです、って……言いそうな顔に、見えますか?」
「……いいえ、見えません」
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