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第37編「ちゃんと直したはずなのに……!!」

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 その日の夜はお互いに悶々もんもんとしたものを抱えたまま眠りにつき、あっという間に朝が来る。

 裕一郎が起床したのは午前6時。彼はまず上半身を起こして眼鏡をかけ、隣で眠る恋幸に目線をやった。
 まだ夢の中にいる彼女は規則正しい寝息を立てつつどこか幸せそうに頬を緩めており、その姿を見て裕一郎はわずかに口元をやわらげる。


「……可愛いな……」


 そんな独り言をこぼしながら彼は長い指で恋幸の前髪をかき分けた後、一度頭を撫でて「さて」と気持ちを切り替え布団から抜け出した。
 寝ている間に乱れていた自身の着流しを整え、枕と敷布団をたたんで押入れに仕舞う。部屋から出る直前に振り返って再度恋幸の寝顔に目線を投げると、後ろ髪を引かれる思いで『花』の元へ向かった。


「……もうそろそろ八重子やえこさんが来る頃かな」





 約3時間後の午前9時。目を覚ました恋幸が隣を確認すると、そこにはすでに裕一郎の姿は無い。
 半分眠ったままのぼんやりとした頭で彼の行方を考えつつ、いったんスマートフォンで時間を確認してからようやく「仕事に行ったんだ」と理解した。


「よい、しょ……!」


 やっとの思いで敷布団を片付けて記憶を頼りに床の間へ辿たどり着けば、先に来ていた星川が彼女に気づいて笑顔を向ける。


「あら、小日向様おはようございます」
「あっ、おはようございます!」
「ふふ、可愛い寝癖がついてますよ」
「えっ!? お恥ずかしい……!」


 恋幸が洗面所で寝癖と悪戦苦闘あくせんくとうしている間に、星川はあらかじめ作っておいた二人分の朝食をレンジで温めて座卓の上に並べた。
 そして戻ってきた彼女とそれを食べ終えた後、流し場で手分けして食器の後片付けをする。


「私の仕事なのに、小日向様に手伝わせてしまってすみません」
「とんでもないです……! これくらいいくらでもやるので任せてください!」


 恋幸の言葉に星川は少し笑いを漏らしたが、すぐに「でも申し訳ないわ」と眉を八の字にして二度目の謝罪を口にした。
 そんな彼女に目線をやりながら、恋幸はずっと気になっていた『話題』を思い切って口から落とす。


「あの、星川さん。前に、『裕一郎様がエアコンを買った』って言ってましたけど、」
「ああ、そうそう! ちょうど今日、業者の方が取り付けに来てくださるので、小日向様の部屋も暖かくなりますよ!」
「やったー! あっ、そうではなくてですね! その、代金をお返ししたくて……お値段とかご存知かな、って」


 話を聞いた星川は手元に目線を落としたまま食器についた泡を洗い流し、蛇口じゃぐちのハンドルを前に倒してお湯を止めてから首を左右に振った。


「もちろん知ってます。けど、教えた上に小日向様から徴収ちょうしゅうしたとあれば、裕一郎様に叱られてしまいます」
「え? でも、」
「それに、きっと裕一郎様も代金を返してほしいだなんて思っていないわ。貰えるものは貰って、甘えておけばいいんですよ」
「……」


 そうは言っても、新しいエアコン代と設置費用を考えれば決して安くはないだろう。
 しかしここで星川を責めたり詰め寄ることはお門違いであると理解していた恋幸は、モヤモヤとした感情を抱えたまま午後を迎え、ドラム式洗濯機の使い方をおそわるのであった。





「エアコン代?」


 午後8時過ぎに帰宅した裕一郎と入れ違いになる形で星川は帰ってしまったが、彼女の作ってくれた夕飯を二人で完食して一緒に食器を片付け終えたタイミングでの話を切り出す。

 裕一郎は床の間の座布団に腰を下ろし、顎に片手を当てて何か考えるような素振りを見せたが、真隣に座った恋幸の顔を真っ直ぐその瞳に映し、相変わらずの無表情で少し首をかたむけた。


「いりませんよ」
「い、いらなくないです! 返します!」
「……貴女は律儀りちぎですね」


 大きな手で頭を撫でられて恋幸は一瞬「裕一郎様だいすき」の感情に脳みそをおかされてしまったが、今回はほんの数秒で我に返り彼の手首をそっと掴む。


「ごっ、誤魔化されませんよ!」
「可愛がっているつもりだったのですが」
(んんっ……好き……)


 完全敗北の瞬間であった。


「どちらにしろ、ここに住むという提案もエアコンの手配も私が勝手にした事ですし、貰っておいてください」


 裕一郎大好きな恋幸にとって、彼の気持ちを最優先したいというのは素直な気持ちである。
 しかし同時に、負担になってしまいたくない・かけてしまう『迷惑』を少しでも減らしたい。そう考えているのもまた事実だった。

 だからこそ、不完全燃焼な感情の灰汁あくが心の中に浮いてしまう。


「……わかりました、それじゃあ、倉本様……倉本、さん」
「はい、なんでしょう」
「私からも勝手な提案が一つあります」
「提案?」


 彼が言葉の一部を反芻はんすうした直後、恋幸は両手のこぶしを握りしめ勢いよく立ち上がって裕一郎の顔を見下ろした。


「私も、ここの家事手伝いをします! お給料は貰いません! 作者の『日向ぼっ子』ではなくただの『小日向恋幸』として、倉本さんの身の回りをお世話します!!」
「……!?」


 開いた口が塞がらない、とはまさにこのような状況を言うのだろう。裕一郎は彼女の寝癖を視界にとらえ、そんな事を考えていた。
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