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第32編「ぬけているところも可愛らしい」
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あれから約3分歩いて辿り着いたのは、絢爛豪華な高級レストラン……ではなく、ごくごく普通のコンビニエンスストアだった。
店の目の前にある歩行者用信号機が青色になるのを待っている間にどちらからともなく繋いでいた手を離し、当たり障りのない会話をしながら横断歩道を渡って自動ドアをくぐる。
「私も近所のコンビニにはよく行くんですけど、倉本様も利用されるんですね……!」
いったい彼を何だと思っているのだろうかという話はさておき、裕一郎は入ってすぐの場所に積まれていたカゴを1つ手に取り、通路の端に少しよけてから振り返って恋幸を見据えた。
「はい。家を出る前に言った通り、八重子さんが休みの日はここで弁当を買ったり、帰りが遅くなった時はインスタントラーメンで済ませる時もあります」
「倉本様もインスタントラーメン食べたりするんだ……」
「……? 食べたりしますよ」
裕一郎とインスタントラーメンという組み合わせがイメージできず、彼女が思ったそのままのセリフを口から落とせば、彼は少し首を傾げつつも律儀に返答する。
それからドリンクの並んだ冷蔵庫へ向かう裕一郎の後ろを、鴨の子のようにトコトコとついて歩く恋幸。
彼女は特に急ぎで確保しておきたい飲み物があるわけでもなかったので、彼の買い物をただ静かに観察する。
「……」
裕一郎は冷蔵庫の取っ手を掴んでゆっくり開くと、ソダ・ソーダ社のフォンタ500ミリリットルサイズをカゴに入れ、いったん扉を締めて少し横に移動すると今度は綾鳥の280ミリリットルサイズを手に取った。
同じく『それ』をカゴに投入した後、おもむろに体勢を変えて恋幸に目線を移動させる。
「……ご飯、選びに行きましょう」
「はいっ!」
飲み物のチョイスに、位置の確認。
彼の一連の行動は全て恋幸のためでしかない事なのだが、「裕一郎様もメロンソーダ飲むんだ……!?」や「やっほーいお茶でも爽快美茶でもなくて綾鳥派なんだ! 私と一緒!!」といったお花畑思考に陥っていた彼女には気付けるわけもなかった。
「倉本様は、パスタ系だと何が好きですか?」
二人でチルドケース前に移動し恋幸が明太クリームパスタをカゴに入れながらそう問いかけると、裕一郎は少し悩むような素振りを見せてからカルボナーラを持ち上げる。
「あまり考えたことがありませんでしたが……これ、ですかね」
「カルボナーラですか! チーズたっぷりだと特に美味しいですよね!」
「そうですね」
楽しそうに笑う恋幸の顔を見て、裕一郎はわずかに口の端を持ち上げ目元に緩やかな弧を描いた。
眼鏡レンズ越しに自分を映す空色の瞳がひどく優しい色を滲ませているように見えてしまい、頬に熱が集まる彼女はついつい「えへ……ですよね……」などと意味の無い相槌を打ってしまう。
「まだ何か買う物はありますか?」
「……あっ、ありません!」
「嘘をついている顔ですね」
その通りであった。
誤魔化しきれないと悟った恋幸は観念して冷凍たい焼きをカゴの中に混ぜ、今度こそ本当に買いたい物は無いと裕一郎に伝える。
時間帯のせいかレジは少しだけ混んでいたが、手前に並んでいた2組の客が3分ほどで精算を終えると恋幸たちの番が回ってきた。
「いらっしゃいませ。お弁当の温めは?」
「結構です。袋だけお願いします」
「かしこまりました」
店員が商品のバーコードを1つ1つスキャナーで読み取っている間に、裕一郎の背後に隠れていた……いや、長身の彼がレジの前に立つと自ずと見えなくなってしまっていた155センチ級の恋幸は、頭頂部のアホ毛を揺らしながら財布の中からいそいそと『とある物』を取り出して構える。
「……以上で、お会計が2295円です」
(今だ……っ!!)
客側に設置されたレジ画面に支払い方法の選択が表示されたタイミングで彼女は身を乗り出して『Contaカードで支払い』のボタンをタッチし、先ほど用意していたそれを専用の機械にかざした。
財布を持ったまま呆気にとられる裕一郎、ドヤ顔になる恋幸。
そして――……エラー音の鳴り響くセルフレジ。
「!?」
「恐れ入ります……103円不足しております」
「あっ、えっと、」
「……残りは現金で支払います」
「ではもう一度カードをかざして頂いてもいいですか?」
「はい……」
チャージする隙も与えられないまま不足分は裕一郎がさっさと支払ってしまい、失態を晒したと落ち込む恋幸は店を出て数歩進んでから「すみません」と小さな声でこぼす。
片手にレジ袋をぶら下げている裕一郎は、空いている方の手でスマートフォンを持ち、改めて懐中電灯機能を起動させながら彼女に向き直った。
「……貴女はよく謝りますね」
「謝らなきゃいけない事ばかりなので……」
「そうですか? 先ほどの件に関しては……詫びなければならないのは、私の方だと思いますけどね」
独り言のようにそうこぼした裕一郎に対し、恋幸が「どうしてですか?」と問うために口を開いたタイミングで、彼の肩に何者かの手がポンと置かれる。
(えっ!? 幽霊!?)
「あー! やっぱり社長だ! こんばんはーっす! こんな所で何してるんすか?」
「……縁人」
店の目の前にある歩行者用信号機が青色になるのを待っている間にどちらからともなく繋いでいた手を離し、当たり障りのない会話をしながら横断歩道を渡って自動ドアをくぐる。
「私も近所のコンビニにはよく行くんですけど、倉本様も利用されるんですね……!」
いったい彼を何だと思っているのだろうかという話はさておき、裕一郎は入ってすぐの場所に積まれていたカゴを1つ手に取り、通路の端に少しよけてから振り返って恋幸を見据えた。
「はい。家を出る前に言った通り、八重子さんが休みの日はここで弁当を買ったり、帰りが遅くなった時はインスタントラーメンで済ませる時もあります」
「倉本様もインスタントラーメン食べたりするんだ……」
「……? 食べたりしますよ」
裕一郎とインスタントラーメンという組み合わせがイメージできず、彼女が思ったそのままのセリフを口から落とせば、彼は少し首を傾げつつも律儀に返答する。
それからドリンクの並んだ冷蔵庫へ向かう裕一郎の後ろを、鴨の子のようにトコトコとついて歩く恋幸。
彼女は特に急ぎで確保しておきたい飲み物があるわけでもなかったので、彼の買い物をただ静かに観察する。
「……」
裕一郎は冷蔵庫の取っ手を掴んでゆっくり開くと、ソダ・ソーダ社のフォンタ500ミリリットルサイズをカゴに入れ、いったん扉を締めて少し横に移動すると今度は綾鳥の280ミリリットルサイズを手に取った。
同じく『それ』をカゴに投入した後、おもむろに体勢を変えて恋幸に目線を移動させる。
「……ご飯、選びに行きましょう」
「はいっ!」
飲み物のチョイスに、位置の確認。
彼の一連の行動は全て恋幸のためでしかない事なのだが、「裕一郎様もメロンソーダ飲むんだ……!?」や「やっほーいお茶でも爽快美茶でもなくて綾鳥派なんだ! 私と一緒!!」といったお花畑思考に陥っていた彼女には気付けるわけもなかった。
「倉本様は、パスタ系だと何が好きですか?」
二人でチルドケース前に移動し恋幸が明太クリームパスタをカゴに入れながらそう問いかけると、裕一郎は少し悩むような素振りを見せてからカルボナーラを持ち上げる。
「あまり考えたことがありませんでしたが……これ、ですかね」
「カルボナーラですか! チーズたっぷりだと特に美味しいですよね!」
「そうですね」
楽しそうに笑う恋幸の顔を見て、裕一郎はわずかに口の端を持ち上げ目元に緩やかな弧を描いた。
眼鏡レンズ越しに自分を映す空色の瞳がひどく優しい色を滲ませているように見えてしまい、頬に熱が集まる彼女はついつい「えへ……ですよね……」などと意味の無い相槌を打ってしまう。
「まだ何か買う物はありますか?」
「……あっ、ありません!」
「嘘をついている顔ですね」
その通りであった。
誤魔化しきれないと悟った恋幸は観念して冷凍たい焼きをカゴの中に混ぜ、今度こそ本当に買いたい物は無いと裕一郎に伝える。
時間帯のせいかレジは少しだけ混んでいたが、手前に並んでいた2組の客が3分ほどで精算を終えると恋幸たちの番が回ってきた。
「いらっしゃいませ。お弁当の温めは?」
「結構です。袋だけお願いします」
「かしこまりました」
店員が商品のバーコードを1つ1つスキャナーで読み取っている間に、裕一郎の背後に隠れていた……いや、長身の彼がレジの前に立つと自ずと見えなくなってしまっていた155センチ級の恋幸は、頭頂部のアホ毛を揺らしながら財布の中からいそいそと『とある物』を取り出して構える。
「……以上で、お会計が2295円です」
(今だ……っ!!)
客側に設置されたレジ画面に支払い方法の選択が表示されたタイミングで彼女は身を乗り出して『Contaカードで支払い』のボタンをタッチし、先ほど用意していたそれを専用の機械にかざした。
財布を持ったまま呆気にとられる裕一郎、ドヤ顔になる恋幸。
そして――……エラー音の鳴り響くセルフレジ。
「!?」
「恐れ入ります……103円不足しております」
「あっ、えっと、」
「……残りは現金で支払います」
「ではもう一度カードをかざして頂いてもいいですか?」
「はい……」
チャージする隙も与えられないまま不足分は裕一郎がさっさと支払ってしまい、失態を晒したと落ち込む恋幸は店を出て数歩進んでから「すみません」と小さな声でこぼす。
片手にレジ袋をぶら下げている裕一郎は、空いている方の手でスマートフォンを持ち、改めて懐中電灯機能を起動させながら彼女に向き直った。
「……貴女はよく謝りますね」
「謝らなきゃいけない事ばかりなので……」
「そうですか? 先ほどの件に関しては……詫びなければならないのは、私の方だと思いますけどね」
独り言のようにそうこぼした裕一郎に対し、恋幸が「どうしてですか?」と問うために口を開いたタイミングで、彼の肩に何者かの手がポンと置かれる。
(えっ!? 幽霊!?)
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