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第25編「裕一郎様、どうか頑張ってください……!」
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同棲を提案されたその日の帰り道。
裕一郎は「私からあんな事を言っておいてなんですが、今すぐこちらに転居する必要はありません。週に一度泊まりに来るだけでも構いませんので、少しずつ家に慣れてくれると幸いです」と限界まで恋幸を気遣ってくれたのだが、鼻先に人参をぶら下げられた馬よりも鼻息の荒い彼女が、
「そ、それじゃあ……毎週日曜日、来てもいいですか……?」
などと、お淑やかになれるはずもなく。
家に着くなり、恋幸は押し入れから引っ張り出したトランクケースと旅行用カバンに着替えとありったけの私物ほか、ノートパソコンを始めとした仕事道具を詰め込み、裕一郎との同棲ライフに思いを馳せながら眠りにつくのだった。
◇
そして、翌日。
遠足を控えた小学生よりも気が早すぎる恋幸は朝5時半に目を覚まし、いつもはしない“朝シャン”を済ませ、15分かけて歯を磨くと、先日裕一郎とのデートで購入したレモン柄のワンピースに身を包む。
(裕一郎様……時間は気にせずいつでも好きな時に来てください、って言ってたなあ……)
それにしても朝7時に押しかけるのは時間を気にしなさすぎだ。
さすがの恋幸もそれだけは理解しており、自宅を出る予定の9時指定でタクシーを予約して、残りの約2時間はリビングで座禅を組み心を落ち着かせる。
……ものの5分で足が痺れてしまい断念したのは言うまでもない。
◇
裕一郎宅に到着してタクシーから降りた恋幸が荷物を抱えたままインターホンを鳴らすと、少しして玄関の扉が開き驚いた様子の星川が顔を出す。
「まあ、まあ……! 小日向様、そのお荷物……!!」
「おっ、おはようございます! 今日から……あの、いつまでになるかわかりませんが! お世話になります!」
「ええ、話は裕一郎様に聞いております。……そうではなくて、連絡を頂ければ私がお迎えに行ったのに……!」
星川は「重かったでしょう? ごめんなさいね」と眉を八の字にしたまま恋幸の旅行用カバンを両手で受け取り、再度謝罪を口にした。
「そ、そんな……! 星川さんは何も悪くないので謝らないでください……!!」
「ごめんなさい、ありがとうございます。……頼りないかもしれませんけど、裕一郎様が不在の間は小日向様を任せられている身ですから、何かあれば私に言ってくださいね」
(星川さんも優しい……大好き……)
フローリングの廊下を傷つけてしまわないようキャリーケースを両腕に抱えて星川の後ろに続きながら、恋幸はジンと心に広がるあたたかさを噛み締める。
「小日向様のお部屋はこちらです」
「ありがとうござ……、……!!」
「……? どうかされましたか?」
星川が案内してくれた部屋の襖をくぐってからハッとする恋幸。
そう……何を隠そう彼女は、星川への感謝と愛情で頭がいっぱいになっていたため、ここまでどの道をどうやって歩いてきたか全く見ていなかったのだ。
更に言うなら、恋幸はもともと方向感覚が優れているわけでもない。
「……あの……お恥ずかしい話なのですが、その……ここまでどうやって来たかわからなくて、ですね……」
「ああ、そういうことでしたか……! ふふ。ここは裕一郎様の部屋のちょうど真反対になっていますから、もし迷った時は裕一郎様に聞けば大丈夫だと思いますよ。私がいる時には遠慮なく私を呼んでください、すぐに駆けつけますので」
「ほ、星川さん……」
ときめいている場合ではないのだが、ひとまず難を逃れた(はずの)恋幸は部屋の隅にキャリーケースをおろし改めて星川に感謝の意を述べた。
「あっ! そういえば、ゆうっ……倉本様はどちらに?」
「裕一郎様はお仕事に行かれているので、早ければ8時。遅くなれば、11時を過ぎた頃に帰ってこられますよ」
「そうなんですね……」
よくよく考えれば、恋幸は裕一郎が何曜日に出勤なのか・固定休があるのかなど、彼の仕事について一切知らない。
今日だって「いつでも好きな時に来ていい」という言葉に甘えて家を飛び出してしまったが、星川が不在のケースを想定していなかった。
出会った最初のころ裕一郎から注意を受けたというのに、“イイオンナ”になるどころかどこまでも軽率な自分自身の行動を省みて恋幸は肩を落とす。
そんな彼女を見て少し勘違いしたらしい星川は、ずいと恋幸に身を寄せて内緒話でもするかのように片手を口に当て囁いた。
「ふふ。小日向様が『寂しいから早く帰ってきてね』と一言LIMEすれば、きっと8時どころか7時には仕事を切り上げて帰ってきてくれますよ」
「LIMEを……」
星川の言葉をぽつりと繰り返してから、恋幸は勢いよく彼女の方を向く。
「星川さん……」
「は、はい。どうされました?」
「私、そういえば……倉本様の連絡先、電話番号しか知らないです……」
「……えっ?」
その後。
星川は今後の2人の関係を案じながら、「今日の夕食、よろしければ一緒に作りませんか? 小日向様の手料理だと聞けば、きっと裕一郎様も喜ばれますよ」と提案するのだった。
裕一郎は「私からあんな事を言っておいてなんですが、今すぐこちらに転居する必要はありません。週に一度泊まりに来るだけでも構いませんので、少しずつ家に慣れてくれると幸いです」と限界まで恋幸を気遣ってくれたのだが、鼻先に人参をぶら下げられた馬よりも鼻息の荒い彼女が、
「そ、それじゃあ……毎週日曜日、来てもいいですか……?」
などと、お淑やかになれるはずもなく。
家に着くなり、恋幸は押し入れから引っ張り出したトランクケースと旅行用カバンに着替えとありったけの私物ほか、ノートパソコンを始めとした仕事道具を詰め込み、裕一郎との同棲ライフに思いを馳せながら眠りにつくのだった。
◇
そして、翌日。
遠足を控えた小学生よりも気が早すぎる恋幸は朝5時半に目を覚まし、いつもはしない“朝シャン”を済ませ、15分かけて歯を磨くと、先日裕一郎とのデートで購入したレモン柄のワンピースに身を包む。
(裕一郎様……時間は気にせずいつでも好きな時に来てください、って言ってたなあ……)
それにしても朝7時に押しかけるのは時間を気にしなさすぎだ。
さすがの恋幸もそれだけは理解しており、自宅を出る予定の9時指定でタクシーを予約して、残りの約2時間はリビングで座禅を組み心を落ち着かせる。
……ものの5分で足が痺れてしまい断念したのは言うまでもない。
◇
裕一郎宅に到着してタクシーから降りた恋幸が荷物を抱えたままインターホンを鳴らすと、少しして玄関の扉が開き驚いた様子の星川が顔を出す。
「まあ、まあ……! 小日向様、そのお荷物……!!」
「おっ、おはようございます! 今日から……あの、いつまでになるかわかりませんが! お世話になります!」
「ええ、話は裕一郎様に聞いております。……そうではなくて、連絡を頂ければ私がお迎えに行ったのに……!」
星川は「重かったでしょう? ごめんなさいね」と眉を八の字にしたまま恋幸の旅行用カバンを両手で受け取り、再度謝罪を口にした。
「そ、そんな……! 星川さんは何も悪くないので謝らないでください……!!」
「ごめんなさい、ありがとうございます。……頼りないかもしれませんけど、裕一郎様が不在の間は小日向様を任せられている身ですから、何かあれば私に言ってくださいね」
(星川さんも優しい……大好き……)
フローリングの廊下を傷つけてしまわないようキャリーケースを両腕に抱えて星川の後ろに続きながら、恋幸はジンと心に広がるあたたかさを噛み締める。
「小日向様のお部屋はこちらです」
「ありがとうござ……、……!!」
「……? どうかされましたか?」
星川が案内してくれた部屋の襖をくぐってからハッとする恋幸。
そう……何を隠そう彼女は、星川への感謝と愛情で頭がいっぱいになっていたため、ここまでどの道をどうやって歩いてきたか全く見ていなかったのだ。
更に言うなら、恋幸はもともと方向感覚が優れているわけでもない。
「……あの……お恥ずかしい話なのですが、その……ここまでどうやって来たかわからなくて、ですね……」
「ああ、そういうことでしたか……! ふふ。ここは裕一郎様の部屋のちょうど真反対になっていますから、もし迷った時は裕一郎様に聞けば大丈夫だと思いますよ。私がいる時には遠慮なく私を呼んでください、すぐに駆けつけますので」
「ほ、星川さん……」
ときめいている場合ではないのだが、ひとまず難を逃れた(はずの)恋幸は部屋の隅にキャリーケースをおろし改めて星川に感謝の意を述べた。
「あっ! そういえば、ゆうっ……倉本様はどちらに?」
「裕一郎様はお仕事に行かれているので、早ければ8時。遅くなれば、11時を過ぎた頃に帰ってこられますよ」
「そうなんですね……」
よくよく考えれば、恋幸は裕一郎が何曜日に出勤なのか・固定休があるのかなど、彼の仕事について一切知らない。
今日だって「いつでも好きな時に来ていい」という言葉に甘えて家を飛び出してしまったが、星川が不在のケースを想定していなかった。
出会った最初のころ裕一郎から注意を受けたというのに、“イイオンナ”になるどころかどこまでも軽率な自分自身の行動を省みて恋幸は肩を落とす。
そんな彼女を見て少し勘違いしたらしい星川は、ずいと恋幸に身を寄せて内緒話でもするかのように片手を口に当て囁いた。
「ふふ。小日向様が『寂しいから早く帰ってきてね』と一言LIMEすれば、きっと8時どころか7時には仕事を切り上げて帰ってきてくれますよ」
「LIMEを……」
星川の言葉をぽつりと繰り返してから、恋幸は勢いよく彼女の方を向く。
「星川さん……」
「は、はい。どうされました?」
「私、そういえば……倉本様の連絡先、電話番号しか知らないです……」
「……えっ?」
その後。
星川は今後の2人の関係を案じながら、「今日の夕食、よろしければ一緒に作りませんか? 小日向様の手料理だと聞けば、きっと裕一郎様も喜ばれますよ」と提案するのだった。
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