22 / 72
第22編「期待しましたか? 先生?」
しおりを挟む
数時間後の正午――……恋幸と裕一郎は、モチダ珈琲店で落ち合っていた。
「何事かと思いましたよ」
「ご、ご迷惑をおかけしてすみません……」
ソファーの隅にビジネスバッグを置いた裕一郎がお冷に手を伸ばす様子を見送りながら、恋幸は申し訳無さそうに肩を縮こませる。
すると、彼は横目に恋幸を見つつ喉仏を上下させて口内の水分を飲み込み、無表情のまま言葉を落とした。
「いえ、迷惑はいくらかけて頂いても構いませんが」
「……えっ、」
「むしろ、真っ先に私を頼ってくれたのかと思うと気分が良いです」
「へっ!? くっ……へっく……っ!」
そんな甘い返しをされるだなんて恋幸にとっては予想外もいいところで、驚きのあまりしゃっくりだって出てしまう。
「……大丈夫ですか?」
「だ、だいじょへっく! うぶ、です! へっくっ」
裕一郎の前で醜態を晒しているという恥ずかしさが心の中を少しずつ圧迫しているため厳密に言うと『大丈夫』ではないのだが、しゃっくりの話題に集中させてしまわないよう恋幸は彼に笑顔を向けるしかなかった。
彼は訝しげに目を細めた後、小さく息を吐き「ここでは話しづらいでしょうし、場所を移しましょうか」と言ってビジネスバッグに手を伸ばす。
「え? へっくっ、お、お仕事へっく……っ!」
「……午後からは休みにしてきたので問題ありません」
その返しに恋幸はデジャブを感じ、今度こそ「私のことよりも仕事を優先してほしい」と伝えなければ! と数ミリ残った理性で考えたはしたものの、前回と違い裕一郎が自分に恋愛感情を抱いてくれているのだと知っている状況では、
(私のために有給とってくれたのかな……? 優しい、大好き……あっ、大好きポイント見つけちゃった……!)
ときめき不可避であった。
◇
「お、お邪魔しへっくっ」
「……はい、お邪魔してください」
そして、やって来たのは裕一郎宅。
恋幸は用意されたウサギ柄のスリッパに履き替え、再び彼の自室に足を踏み入れた。
改めて見渡すと、部屋の角には和風の建物に不似合いなテーブルとデスクトップパソコンが置かれており、すぐ側には先日恋幸がプレゼントしたばかりのウサギの置物がちょこんと飾られている。
(え? こ、こんなよく見える場所に置いてくれてるの……? 裕一郎様、大好き……!)
立ち尽くしたまま何にでも心ときめかせる恋幸をよそに、裕一郎はモチダ珈琲店でテイクアウトした飲み物2つとストロー1本を座卓に並べ、まずは座布団に座るよう促した。
一礼した恋幸が彼に言われた通り腰を下ろしてからタンブラーの蓋にストローを挿し終えたタイミングで、裕一郎はゆっくり口を開く。
「それで? 何を『助けて』ほしいんですか?」
「あっ……えっと、そへっくっ、その……」
「……もしかして、仕事関係の相談ですか? 日向ぼっこ先生?」
「!?」
いつだかのように彼女を『先生』と呼称した裕一郎の雰囲気はどこか楽しげで、真向かいにいる彼は片手で頬杖をつき恋幸をまっすぐ見据えたまま、ほんの少しだけ口の端を持ち上げた。
一連の出来事に、恋幸は真っ赤な顔でコクリと頷いて目線を手元に落としてしまう。
「へえ……守秘義務がありますよね?」
「は、はい……へっくっ」
一歩、二歩。
裕一郎の足音が近づいていることに気づきつつも、再び空色の瞳に捕まってしまうことを考えるだけで恋幸はなぜか動けなくなる。
「それでも私に助けてほしくて、電話をかけてきたんですか?」
「へっくっ……は、い……」
高く跳ねる心臓が、口からこぼれ落ちてしまいそうだ。
「そうですか……いったい、どんな要件でしょう?」
「……っ!!」
いつの間にか恋幸の真隣に移動していた裕一郎は、片手でそっと彼女の肩を掴み自分の胸元へ抱き寄せる。
突然の出来事に息を止めて固まる恋幸を見て、裕一郎はバレないよう小さく息を吐いて笑い、彼女の長い髪を自身の人差し指に軽く巻きつけた。
「どうしました? ほら……息はしてください、日向ぼっこ先生」
「っそ、あの、」
「うん? なんですか?」
密着しているせいで、裕一郎が低く言葉を落とすたび吐息が少しだけ恋幸の耳たぶを撫でていく。
何か返事をしようと脳を働かせても、耳の奥まで響く心臓の音が思考回路の邪魔をした。
まだ3月だというのに、頬が熱くて仕方ない。
「わた、し、あの……く、倉本様に、」
「はい。私に?」
裕一郎は自身の肩にのせられた恋幸の頭を優しく撫で、空いている方の手で彼女の輪郭をなぞる。
そのまま彼の長い指が恋幸の顎を持ち上げれば強制的に目線が交わり、動揺からその瞳がわずかに揺らいだ。
どちらかが少しでも体を動かせば、唇同士が簡単に触れてしまいそうなほど至近距離に迫る、裕一郎の整った顔。
「くらも、と、さま……」
「……小日向さん、」
低く名前を呼ばれ、キスされるのだろうかと考えた恋幸がぎゅっと目を瞑った――……瞬間。
小さな笑い声が彼女の鼓膜を揺らし、何か暖かくて柔らかいものが額に触れる。
「……しゃっくり、止まりましたね」
「へ……? あっ、は、はい……」
「良かったですね」
無表情でそうこぼし体を離す裕一郎を見て初めてからかわれたのだと理解したものの、恋幸は今だに高鳴る鼓動のせいで彼を怒れずにいるのだった。
「何事かと思いましたよ」
「ご、ご迷惑をおかけしてすみません……」
ソファーの隅にビジネスバッグを置いた裕一郎がお冷に手を伸ばす様子を見送りながら、恋幸は申し訳無さそうに肩を縮こませる。
すると、彼は横目に恋幸を見つつ喉仏を上下させて口内の水分を飲み込み、無表情のまま言葉を落とした。
「いえ、迷惑はいくらかけて頂いても構いませんが」
「……えっ、」
「むしろ、真っ先に私を頼ってくれたのかと思うと気分が良いです」
「へっ!? くっ……へっく……っ!」
そんな甘い返しをされるだなんて恋幸にとっては予想外もいいところで、驚きのあまりしゃっくりだって出てしまう。
「……大丈夫ですか?」
「だ、だいじょへっく! うぶ、です! へっくっ」
裕一郎の前で醜態を晒しているという恥ずかしさが心の中を少しずつ圧迫しているため厳密に言うと『大丈夫』ではないのだが、しゃっくりの話題に集中させてしまわないよう恋幸は彼に笑顔を向けるしかなかった。
彼は訝しげに目を細めた後、小さく息を吐き「ここでは話しづらいでしょうし、場所を移しましょうか」と言ってビジネスバッグに手を伸ばす。
「え? へっくっ、お、お仕事へっく……っ!」
「……午後からは休みにしてきたので問題ありません」
その返しに恋幸はデジャブを感じ、今度こそ「私のことよりも仕事を優先してほしい」と伝えなければ! と数ミリ残った理性で考えたはしたものの、前回と違い裕一郎が自分に恋愛感情を抱いてくれているのだと知っている状況では、
(私のために有給とってくれたのかな……? 優しい、大好き……あっ、大好きポイント見つけちゃった……!)
ときめき不可避であった。
◇
「お、お邪魔しへっくっ」
「……はい、お邪魔してください」
そして、やって来たのは裕一郎宅。
恋幸は用意されたウサギ柄のスリッパに履き替え、再び彼の自室に足を踏み入れた。
改めて見渡すと、部屋の角には和風の建物に不似合いなテーブルとデスクトップパソコンが置かれており、すぐ側には先日恋幸がプレゼントしたばかりのウサギの置物がちょこんと飾られている。
(え? こ、こんなよく見える場所に置いてくれてるの……? 裕一郎様、大好き……!)
立ち尽くしたまま何にでも心ときめかせる恋幸をよそに、裕一郎はモチダ珈琲店でテイクアウトした飲み物2つとストロー1本を座卓に並べ、まずは座布団に座るよう促した。
一礼した恋幸が彼に言われた通り腰を下ろしてからタンブラーの蓋にストローを挿し終えたタイミングで、裕一郎はゆっくり口を開く。
「それで? 何を『助けて』ほしいんですか?」
「あっ……えっと、そへっくっ、その……」
「……もしかして、仕事関係の相談ですか? 日向ぼっこ先生?」
「!?」
いつだかのように彼女を『先生』と呼称した裕一郎の雰囲気はどこか楽しげで、真向かいにいる彼は片手で頬杖をつき恋幸をまっすぐ見据えたまま、ほんの少しだけ口の端を持ち上げた。
一連の出来事に、恋幸は真っ赤な顔でコクリと頷いて目線を手元に落としてしまう。
「へえ……守秘義務がありますよね?」
「は、はい……へっくっ」
一歩、二歩。
裕一郎の足音が近づいていることに気づきつつも、再び空色の瞳に捕まってしまうことを考えるだけで恋幸はなぜか動けなくなる。
「それでも私に助けてほしくて、電話をかけてきたんですか?」
「へっくっ……は、い……」
高く跳ねる心臓が、口からこぼれ落ちてしまいそうだ。
「そうですか……いったい、どんな要件でしょう?」
「……っ!!」
いつの間にか恋幸の真隣に移動していた裕一郎は、片手でそっと彼女の肩を掴み自分の胸元へ抱き寄せる。
突然の出来事に息を止めて固まる恋幸を見て、裕一郎はバレないよう小さく息を吐いて笑い、彼女の長い髪を自身の人差し指に軽く巻きつけた。
「どうしました? ほら……息はしてください、日向ぼっこ先生」
「っそ、あの、」
「うん? なんですか?」
密着しているせいで、裕一郎が低く言葉を落とすたび吐息が少しだけ恋幸の耳たぶを撫でていく。
何か返事をしようと脳を働かせても、耳の奥まで響く心臓の音が思考回路の邪魔をした。
まだ3月だというのに、頬が熱くて仕方ない。
「わた、し、あの……く、倉本様に、」
「はい。私に?」
裕一郎は自身の肩にのせられた恋幸の頭を優しく撫で、空いている方の手で彼女の輪郭をなぞる。
そのまま彼の長い指が恋幸の顎を持ち上げれば強制的に目線が交わり、動揺からその瞳がわずかに揺らいだ。
どちらかが少しでも体を動かせば、唇同士が簡単に触れてしまいそうなほど至近距離に迫る、裕一郎の整った顔。
「くらも、と、さま……」
「……小日向さん、」
低く名前を呼ばれ、キスされるのだろうかと考えた恋幸がぎゅっと目を瞑った――……瞬間。
小さな笑い声が彼女の鼓膜を揺らし、何か暖かくて柔らかいものが額に触れる。
「……しゃっくり、止まりましたね」
「へ……? あっ、は、はい……」
「良かったですね」
無表情でそうこぼし体を離す裕一郎を見て初めてからかわれたのだと理解したものの、恋幸は今だに高鳴る鼓動のせいで彼を怒れずにいるのだった。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる