16 / 72
第16編「誰にも渡したくない。ごめんね」
しおりを挟む
「それでね……!」
『うんうん』
パジャマ姿でパソコンの画面越しに相槌を打っているのは、いわゆる『ネット友達』と呼ばれる人物である。
ハンドルネームは“千”。隣の県に住む28歳の女性で、恋幸とはもう5年の付き合いになり、3ヶ月に1回オフ会を開くほど深い仲だ。
千とは恋幸がプロデビューをする5年前にTbutterで出会い、以来ずっと一番そばで作家の夢を応援してくれていた大親友。
世間的には“一般人”に部類されるが、恋幸が『日向ぼっこ』名義のアカウントで唯一フォローしている商業以外のアカウントが千のものだ。
パソコンを利用しての通話といえば音声のみで行うのが一般的だが、千と恋幸はすでにお互いの顔を知っているため、(恋幸の原稿作業がない時期は)こうして週に1回夜にカメラ機能を使ったテレビ電話を楽しんでいる。
『へぇ~……それで、ひなこは私に黙ってちゃっかりデートを楽しんでたわけか~』
「えっ!?」
ひなこ、とは千の付けた愛称で、単に『日向ぼっこ』を略しただけのものだ。裕一郎とのあれそれも、もちろん千にはすべて相談済みである。
ただし、さすがに前世関係のことは言えるわけもないので、裕一郎に惚れた理由は「一目惚れ」ということにしておいた。
画面の向こう側で頬杖をつき、千がどこか恨めしげにこぼしたセリフを聞いて恋幸はハッとする。
「あっ、えっ。そ、そっか……デート、だったんだ……?」
『何で疑問形なの……男と女、しかも片方に好意がある状態で仲良くお出かけしたなら、それはまごうことなきデートでしょ』
「そ、そう、なんだ……」
『そうでしょ……!! 仮にも恋愛小説家なんだからしっかりしな!?』
そうは言われても、デートの3文字を大好きな裕一郎と共に体験したのだと改めて実感した途端、恋幸の頬は緩みきりニヤニヤが隠せなくなってしまった。
そんな彼女の様子を見て、千は不愉快そうに眉をひそめる。
『……あのさ、ひなこ。大親友が惚れた人のことをあんまり悪く言いたくないんだけど、』
「……? うん、なーに? 千ちゃん」
『その人、本当に大丈夫なの?』
「え……?」
大丈夫なのか。
その言葉の意味がわからず、恋幸はグラスを持ち上げかけていた手を止めて思わず問い返した。
「なにが……?」
『だってその人、別にひなこと付き合ってるわけじゃないよね? 告白もされてないんでしょ?』
「う、うん。そう、だけど……」
『それなのに、二人きりで出かけたりひなこに優しくしたり……怪しいと思わない?』
千が恋幸を案じてくれているのだという事くらいは、さすがの恋幸にも理解できている。
しかし、裕一郎を悪く言われて軽く受け流せるほど彼女は器用な女ではなかった。
「それは……っ、私が無理に誘ったからだよ……!」
『でもね、ひなこ。下心の無い男なんていないんだよ。ひなこは可愛いんだし、さらに直球で好意を向けてきたりしたら、都合の良いように利用してやろう。せっかくだし、1回くらいヤっとくか。そういう風に考えたって、』
「違うもん!!」
恋幸が勢いよく立ち上がると同時に、キャスター付きの椅子はガタンと音を立てて彼女から少し遠ざかり、グラスに注がれていたメロンソーダの水面がわずかに揺れる。
千に物申す前に、恋幸はいったんグラスをパソコンから遠ざけ、右隣のデスクに移動させてから画面に向き直った。
「くらっ……あの人は! そんな悪人じゃないもん!!」
『何を根拠に言ってるの? ひなこはその人のこと、まだ何も知らないよね?』
「知ってるもんね!!」
裕一郎は自分と会っている間、目の前で一度もスマートフォンを触らなかったこと。
眼鏡を押し上げる時、親指と中指を使うこと。
時計は左腕に付けていること。
会話する時は、必ずこちらの目をまっすぐに見てくること。
歩き始めは右足から先に出す傾向があること。
むきになった恋幸は、千にとって何の得もない裕一郎の細かい癖などを5分かけて熱弁する。
そして、満足げに片腕で額の汗を拭った。……が、今の恋幸は立ち上がったせいでカメラの範囲外にいるため、千には5分前から首より上が全く見えていない。
「ふう……」
『ひなこ、ただの変態じゃん……』
「へっ!? へへ変態じゃ、ない……はず!!」
『なんでちょっと自信無いの』
声音からなんとなく恋幸の表情が想像できた千は、彼女の反応につい「ふふ」と小さな笑みをこぼしてしまったが、すぐに咳払いをして姿勢を正す。
『それに……ひなこは、その人のどこが好きなの? 見た目以外に、どうして好きになったの?』
「え……」
恋幸はとっさに言い返す言葉が浮かばず、力なくぽすりと椅子に腰を下ろして画面向こうの千を見た。
(……あれ? 私、)
考え込む今の彼女の耳には、
『……私は……そんな男に、ひなこを渡したくないよ。一番そばに居て、ずっと見てたのは私なのに……』
千の落としたそんな呟きは届かない。
『うんうん』
パジャマ姿でパソコンの画面越しに相槌を打っているのは、いわゆる『ネット友達』と呼ばれる人物である。
ハンドルネームは“千”。隣の県に住む28歳の女性で、恋幸とはもう5年の付き合いになり、3ヶ月に1回オフ会を開くほど深い仲だ。
千とは恋幸がプロデビューをする5年前にTbutterで出会い、以来ずっと一番そばで作家の夢を応援してくれていた大親友。
世間的には“一般人”に部類されるが、恋幸が『日向ぼっこ』名義のアカウントで唯一フォローしている商業以外のアカウントが千のものだ。
パソコンを利用しての通話といえば音声のみで行うのが一般的だが、千と恋幸はすでにお互いの顔を知っているため、(恋幸の原稿作業がない時期は)こうして週に1回夜にカメラ機能を使ったテレビ電話を楽しんでいる。
『へぇ~……それで、ひなこは私に黙ってちゃっかりデートを楽しんでたわけか~』
「えっ!?」
ひなこ、とは千の付けた愛称で、単に『日向ぼっこ』を略しただけのものだ。裕一郎とのあれそれも、もちろん千にはすべて相談済みである。
ただし、さすがに前世関係のことは言えるわけもないので、裕一郎に惚れた理由は「一目惚れ」ということにしておいた。
画面の向こう側で頬杖をつき、千がどこか恨めしげにこぼしたセリフを聞いて恋幸はハッとする。
「あっ、えっ。そ、そっか……デート、だったんだ……?」
『何で疑問形なの……男と女、しかも片方に好意がある状態で仲良くお出かけしたなら、それはまごうことなきデートでしょ』
「そ、そう、なんだ……」
『そうでしょ……!! 仮にも恋愛小説家なんだからしっかりしな!?』
そうは言われても、デートの3文字を大好きな裕一郎と共に体験したのだと改めて実感した途端、恋幸の頬は緩みきりニヤニヤが隠せなくなってしまった。
そんな彼女の様子を見て、千は不愉快そうに眉をひそめる。
『……あのさ、ひなこ。大親友が惚れた人のことをあんまり悪く言いたくないんだけど、』
「……? うん、なーに? 千ちゃん」
『その人、本当に大丈夫なの?』
「え……?」
大丈夫なのか。
その言葉の意味がわからず、恋幸はグラスを持ち上げかけていた手を止めて思わず問い返した。
「なにが……?」
『だってその人、別にひなこと付き合ってるわけじゃないよね? 告白もされてないんでしょ?』
「う、うん。そう、だけど……」
『それなのに、二人きりで出かけたりひなこに優しくしたり……怪しいと思わない?』
千が恋幸を案じてくれているのだという事くらいは、さすがの恋幸にも理解できている。
しかし、裕一郎を悪く言われて軽く受け流せるほど彼女は器用な女ではなかった。
「それは……っ、私が無理に誘ったからだよ……!」
『でもね、ひなこ。下心の無い男なんていないんだよ。ひなこは可愛いんだし、さらに直球で好意を向けてきたりしたら、都合の良いように利用してやろう。せっかくだし、1回くらいヤっとくか。そういう風に考えたって、』
「違うもん!!」
恋幸が勢いよく立ち上がると同時に、キャスター付きの椅子はガタンと音を立てて彼女から少し遠ざかり、グラスに注がれていたメロンソーダの水面がわずかに揺れる。
千に物申す前に、恋幸はいったんグラスをパソコンから遠ざけ、右隣のデスクに移動させてから画面に向き直った。
「くらっ……あの人は! そんな悪人じゃないもん!!」
『何を根拠に言ってるの? ひなこはその人のこと、まだ何も知らないよね?』
「知ってるもんね!!」
裕一郎は自分と会っている間、目の前で一度もスマートフォンを触らなかったこと。
眼鏡を押し上げる時、親指と中指を使うこと。
時計は左腕に付けていること。
会話する時は、必ずこちらの目をまっすぐに見てくること。
歩き始めは右足から先に出す傾向があること。
むきになった恋幸は、千にとって何の得もない裕一郎の細かい癖などを5分かけて熱弁する。
そして、満足げに片腕で額の汗を拭った。……が、今の恋幸は立ち上がったせいでカメラの範囲外にいるため、千には5分前から首より上が全く見えていない。
「ふう……」
『ひなこ、ただの変態じゃん……』
「へっ!? へへ変態じゃ、ない……はず!!」
『なんでちょっと自信無いの』
声音からなんとなく恋幸の表情が想像できた千は、彼女の反応につい「ふふ」と小さな笑みをこぼしてしまったが、すぐに咳払いをして姿勢を正す。
『それに……ひなこは、その人のどこが好きなの? 見た目以外に、どうして好きになったの?』
「え……」
恋幸はとっさに言い返す言葉が浮かばず、力なくぽすりと椅子に腰を下ろして画面向こうの千を見た。
(……あれ? 私、)
考え込む今の彼女の耳には、
『……私は……そんな男に、ひなこを渡したくないよ。一番そばに居て、ずっと見てたのは私なのに……』
千の落としたそんな呟きは届かない。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる