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第14編「貴女は……他の女性と違いますね」
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昼食を終えてから再び裕一郎の車に乗り、2人は都内にある大手ショッピングモールの『ミッドシティ』にやって来た。
「わぁ~!」
初めての“そこ”は自動ドアをくぐった瞬間からどこを見てもキラキラと輝いており、恋幸は先ほど自身が「裕一郎をときめかせる100の方法」について考えていたことなどすっかり忘れてあちらこちらに目をやる。
明らかにそわそわ・わくわくした様子の彼女に対し、裕一郎は相変わらずの無表情で「見たい場所はありますか?」と問いかけた。
「あ、えっと、」
「……? はい」
裕一郎を仰ぎ見たまま言いどもる恋幸を見て彼は何を思ったのか、目線の高さを合わせるかのようにやや前屈みになって顔を寄せる。
恋幸はとつぜん至近距離に迫った祐一郎の整った顔を視界に捉えた途端、まぬけた声を上げて2、3歩後ずさり両手で頬を覆い隠した。
「……? 小日向さん?」
「ほぁ……」
「ほ……?」
ゆーいちろ様、かっこいい。瞳、キレイ。屈んでくれた、優しい。大好き。
瞬間的にIQが2(サボテンと同レベル)まで落ちてしまった恋幸の頭の中に浮かぶのは、そんな考えばかり。
彼女は求婚したい気持ちを固く目を閉じたままぐっと堪え、深呼吸を何度か繰り返すことでようやくいつも通りの判断力と思考力を取り戻すことができた。
「ふーっ……あ、あの、倉本様の顔がかっこよすぎて取り乱しました……! すみません!!」
「……いえ、それは構いませんが……急に目を瞑ってしまったので、こんな所で待っているのかと勘違いするところでした。こちらこそすみません」
「……? 待つ? 何をですか……?」
「さあ? 何でしょう?」
きょとんとした顔で首を傾げる恋幸を見て、裕一郎はどこか意地悪そうな色を瞳に滲ませただけでそれ以上は何も言わず、姿勢を正して「どこでも好きな場所を選んでください」と付近にあった案内看板を指さす。
「え、えっと……それじゃあ……」
◇
恋幸が希望したのは、贔屓にしているブランド・ajes fammeのショップだった。
はじめは、女性服を見たところで裕一郎は退屈してしまうだけなのではないだろうか? と遠慮して他の場所を提案した彼女だが、そんな考えも顔に出ていたらしく裕一郎にはすぐに勘付かれ、「どこでも好きな場所を、と言ったでしょう」と念押しされてはもう断る言い訳も浮かばない。
そうしてやって来たわけだが、恋幸は着いて早々ショーウィンドウに目を奪われていた。
「可愛い……!!」
彼女の心を射止めたのは、ディスプレイに飾られた新作らしき一着のワンピース。
ピンクを基調とした生地にレモン柄が散りばめられており、胸元と腰の二ヶ所から伸びたリボンは首と腰の後ろで結ぶ仕様になっている。
爛々と瞳を輝かせる恋幸を見て、裕一郎は彼女の目線を辿りながら口を開いた。
「……こういう服が好きなんですか?」
「はい……! 可愛いと思いませんか?」
「そうですね……たしかに。小日向さんが着れば、とても可愛いんだろうなと思います」
(……ん?!)
恋幸は弾かれたように裕一郎の顔を見上げるが、ショーウィンドウを眺める彼の表情は『無』そのもので、彼女は小さなパニックに襲われる。
(え? あれ? 今、)
――……なにか、とてつもない爆弾発言を聞いた気がするのですが。
自身を仰ぎ見る恋幸に気づいた裕一郎は特に慌てた様子もなく「なにか?」と首を傾げるのみで、彼女は“アレ”が現実だったのかどうかすらわからなくなった。
もしかすると幻聴だったのではないだろうか? などと考え始めた時、鼓膜を揺らした裕一郎の低い声がいとも簡単に恋幸の思考回路を止めてしまう。
「小日向さん、これが欲しいんですか?」
「えっ?」
変わらない表情と共に告げられたその言葉は、恋幸を新たな混乱に陥れた。
「え、っと……はい。欲しいなぁと思いますけど、」
「そうですか、プレゼントしますよ。他にも何か欲しい服や小物があれば教えてください」
「……っ!? 倉本様、待ってください……!!」
すたすたと店内に入りショーケースからディスプレイと同じワンピースを探して手に取ろうとした裕一郎の腕を、恋幸は慌てて掴み小声で呼び止める。
「ちがっ……私、違います……! そんな、強請ったわけじゃありません……!!」
「……? 知っていますよ」
「なので、気持ちだけ受け取っておきます……! 欲しい物は自分で買いますから……!!」
そう答えた恋幸に対し、裕一郎は「なぜ?」と首を傾げ心底不思議そうに目を丸くした。
「なぜもなにもありません! 倉本様は私の『お財布』じゃなくて『1人の大切な人』だからです! そして、私は自分でしっかり稼いでいるからです!!」
「――っ!!」
言い終えるなり、恋幸は先ほど一目惚れしたレモン柄のワンピースと店内にあったその他諸々をカゴに詰め込み、プンスカという効果音がぴったりな様子でレジへ向かう。
「……お財布じゃない、か」
そんな彼女の耳に、裕一郎のこぼした呟きが届くわけもなかった。
「わぁ~!」
初めての“そこ”は自動ドアをくぐった瞬間からどこを見てもキラキラと輝いており、恋幸は先ほど自身が「裕一郎をときめかせる100の方法」について考えていたことなどすっかり忘れてあちらこちらに目をやる。
明らかにそわそわ・わくわくした様子の彼女に対し、裕一郎は相変わらずの無表情で「見たい場所はありますか?」と問いかけた。
「あ、えっと、」
「……? はい」
裕一郎を仰ぎ見たまま言いどもる恋幸を見て彼は何を思ったのか、目線の高さを合わせるかのようにやや前屈みになって顔を寄せる。
恋幸はとつぜん至近距離に迫った祐一郎の整った顔を視界に捉えた途端、まぬけた声を上げて2、3歩後ずさり両手で頬を覆い隠した。
「……? 小日向さん?」
「ほぁ……」
「ほ……?」
ゆーいちろ様、かっこいい。瞳、キレイ。屈んでくれた、優しい。大好き。
瞬間的にIQが2(サボテンと同レベル)まで落ちてしまった恋幸の頭の中に浮かぶのは、そんな考えばかり。
彼女は求婚したい気持ちを固く目を閉じたままぐっと堪え、深呼吸を何度か繰り返すことでようやくいつも通りの判断力と思考力を取り戻すことができた。
「ふーっ……あ、あの、倉本様の顔がかっこよすぎて取り乱しました……! すみません!!」
「……いえ、それは構いませんが……急に目を瞑ってしまったので、こんな所で待っているのかと勘違いするところでした。こちらこそすみません」
「……? 待つ? 何をですか……?」
「さあ? 何でしょう?」
きょとんとした顔で首を傾げる恋幸を見て、裕一郎はどこか意地悪そうな色を瞳に滲ませただけでそれ以上は何も言わず、姿勢を正して「どこでも好きな場所を選んでください」と付近にあった案内看板を指さす。
「え、えっと……それじゃあ……」
◇
恋幸が希望したのは、贔屓にしているブランド・ajes fammeのショップだった。
はじめは、女性服を見たところで裕一郎は退屈してしまうだけなのではないだろうか? と遠慮して他の場所を提案した彼女だが、そんな考えも顔に出ていたらしく裕一郎にはすぐに勘付かれ、「どこでも好きな場所を、と言ったでしょう」と念押しされてはもう断る言い訳も浮かばない。
そうしてやって来たわけだが、恋幸は着いて早々ショーウィンドウに目を奪われていた。
「可愛い……!!」
彼女の心を射止めたのは、ディスプレイに飾られた新作らしき一着のワンピース。
ピンクを基調とした生地にレモン柄が散りばめられており、胸元と腰の二ヶ所から伸びたリボンは首と腰の後ろで結ぶ仕様になっている。
爛々と瞳を輝かせる恋幸を見て、裕一郎は彼女の目線を辿りながら口を開いた。
「……こういう服が好きなんですか?」
「はい……! 可愛いと思いませんか?」
「そうですね……たしかに。小日向さんが着れば、とても可愛いんだろうなと思います」
(……ん?!)
恋幸は弾かれたように裕一郎の顔を見上げるが、ショーウィンドウを眺める彼の表情は『無』そのもので、彼女は小さなパニックに襲われる。
(え? あれ? 今、)
――……なにか、とてつもない爆弾発言を聞いた気がするのですが。
自身を仰ぎ見る恋幸に気づいた裕一郎は特に慌てた様子もなく「なにか?」と首を傾げるのみで、彼女は“アレ”が現実だったのかどうかすらわからなくなった。
もしかすると幻聴だったのではないだろうか? などと考え始めた時、鼓膜を揺らした裕一郎の低い声がいとも簡単に恋幸の思考回路を止めてしまう。
「小日向さん、これが欲しいんですか?」
「えっ?」
変わらない表情と共に告げられたその言葉は、恋幸を新たな混乱に陥れた。
「え、っと……はい。欲しいなぁと思いますけど、」
「そうですか、プレゼントしますよ。他にも何か欲しい服や小物があれば教えてください」
「……っ!? 倉本様、待ってください……!!」
すたすたと店内に入りショーケースからディスプレイと同じワンピースを探して手に取ろうとした裕一郎の腕を、恋幸は慌てて掴み小声で呼び止める。
「ちがっ……私、違います……! そんな、強請ったわけじゃありません……!!」
「……? 知っていますよ」
「なので、気持ちだけ受け取っておきます……! 欲しい物は自分で買いますから……!!」
そう答えた恋幸に対し、裕一郎は「なぜ?」と首を傾げ心底不思議そうに目を丸くした。
「なぜもなにもありません! 倉本様は私の『お財布』じゃなくて『1人の大切な人』だからです! そして、私は自分でしっかり稼いでいるからです!!」
「――っ!!」
言い終えるなり、恋幸は先ほど一目惚れしたレモン柄のワンピースと店内にあったその他諸々をカゴに詰め込み、プンスカという効果音がぴったりな様子でレジへ向かう。
「……お財布じゃない、か」
そんな彼女の耳に、裕一郎のこぼした呟きが届くわけもなかった。
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