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第12編「反応が面白いです」
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集合場所を出発してから約20分。
二人きりの空間にもようやく慣れてきた頃、今さらではあるが恋幸は行き先が気になり始めていた。
事前の打ち合わせで「出かける場所は倉本様にお任せしてもいいですか?」と言ったのは彼女だったが、その後なかなか聞くタイミングを掴めないまま今に至る。
(裕一郎様の行きたい所ならどこでもいいんだけど……)
もともと誘ったのは自分なのだから、お出かけスポットはこちらで調べてくるべきだったかもしれない。
でも、自分の提案した場所に連れて行ってもらって「つまらない」と思わせてしまったらとても申し訳ない。
そんな2つの考えを行ったり来たりしながら、恋幸は眉を八の字にしたまま運転席の裕一郎へ目線をやった。
「……どうかしましたか?」
肌を刺す視線に気がついたらしい彼が進行方向を見据えたままそう問いかけるものの、恋幸は「なんでもありません」とかぶりを振って同じように前を向く。
再び車内に訪れた静寂に若干の焦りを覚えこそすれど、彼女は裕一郎との間に流れる“それ”を苦痛に感じたことはなかった。
(……そういえば、裕一郎様……車の運転、すごく丁寧で上手だなぁ……)
ちらり。
ハンドルに両手を置き集中している彼の横顔を盗み見た瞬間、恋幸の脳内に突然『以前耳にしたとある話』が蘇る。
(!!)
――……運転が上手い男は、性行為も上手い。
――……ドライビングテクニックから、セックスの傾向がわかる。
冷静に考えれば眉唾もののいわゆる『迷信』でしかない話だが、裕一郎が関わった途端IQが大幅に低下してしまう恋幸にとって「冷静に考える」のは大変難しいことだった。
故に、脳みそが一瞬であらぬ妄想に支配されてしまうのも致し方ないと言えるだろう。
(わ、私はなんてことを考えて……すみません、すみません! でも、裕一郎……いやいや……っ!!)
骨ばった男性らしい手を不自然なほど凝視しながら、ごくりと生唾を飲む恋幸。
一方で、そんな下心に気づくはずもない裕一郎は、赤信号でブレーキを踏んでからおもむろに彼女の方を向いた。
「!?」
「……? 顔が赤いですが、大丈夫ですか? 暑かったら暖房の温度を、」
「い、いえっ! 大丈夫です気にしないでください!!」
「はあ……そうですか」
「はい、そうです!」
さすがの恋幸といえど、本人に対して真っ向から「貴方ですけべな妄想をしていました」と暴露するほどバカではない。
むしろ、この状況下で素直に1から100まで打ち明けるような人間なんてこの世に存在するのだろうか? と恋幸は一丁前に考える。
彼女なら「素直に話さないのであれば今すぐ帰りますよ」と彼に脅されれば1から1000まで吐きそうだという事はさておき……様子のおかしさに裕一郎はやや眉をひそめつつも、あえて追求することを避けカーナビの画面を指さした。
「目的地について言っていませんでしたね。ここに行くつもりなので、あと5分程度で着きます」
「へ、へぇ~!」
裕一郎は画面に表示されたルートを指先でなぞって説明するが、そのせいで恋幸の頭の中は「裕一郎様の指、長くて綺麗……」や「わかりやすく説明してくれる裕一郎様、優しさの塊だ……」などといった思考に支配され、肝心の『話』は右耳から入りそのまま左耳を出ていってしまう。
「……の、ですが……それで、どうしますか?」
「……えっ!?」
何がでしょうか? と言いかけて恋幸は直前で言葉を飲み込んだものの、裕一郎は彼女の顔を見るなり全てを察した様子で目を細めた。
「……話、聞いていなかったんですね?」
「ちっ……! がわな、い、です……はい、すみません……倉本様の指について考えてました……」
「指?」
わずかに首を傾げた彼に対し、恋幸は一つ頷き「綺麗だな、って思って」と素直に打ち明ける。
その返事を受けて彼は前を向きなにか考えるような素振りを見せたが、少しの間を置いてから眼鏡の縁をついと押し上げ恋幸に向き直った。
「……」
「……? くらも、」
名前を言い切るより先に、彼の手が吸い寄せられるかのように恋幸の方へ伸びる。
とっさに唇を閉じて肩をすくめる恋幸を見て、裕一郎は「ふ」と小さく息を吐いた。
そして、恋幸が先ほど「綺麗だ」と称賛した彼の指が、ゆっくりと彼女の前髪をすくい取る。
「……っ!?」
バクバクと耳の奥まで鼓動が響き、まるでこの世界に2人きりで取り残されてしまったかのような錯覚をおぼえる恋幸。
視界のはしで、信号が青色へ変化するのが見える。
「……」
裕一郎の指は一度恋幸の頬を撫でてからハンドルに戻り、彼女を捕らえていた空色の瞳が逸らされたことで恋幸はようやく息を吐き出せた。
(えっ、え……っ!? な、なに……? いま、)
「……お腹、空きましたね」
まるで何もなかったかのようにぽつりと呟いた裕一郎に対し、恋幸は火照って仕方がない頬に両手を添え「はい……」と頷くことしかできない。
時刻は12時11分、恋幸の腹が鳴く頃だ。
二人きりの空間にもようやく慣れてきた頃、今さらではあるが恋幸は行き先が気になり始めていた。
事前の打ち合わせで「出かける場所は倉本様にお任せしてもいいですか?」と言ったのは彼女だったが、その後なかなか聞くタイミングを掴めないまま今に至る。
(裕一郎様の行きたい所ならどこでもいいんだけど……)
もともと誘ったのは自分なのだから、お出かけスポットはこちらで調べてくるべきだったかもしれない。
でも、自分の提案した場所に連れて行ってもらって「つまらない」と思わせてしまったらとても申し訳ない。
そんな2つの考えを行ったり来たりしながら、恋幸は眉を八の字にしたまま運転席の裕一郎へ目線をやった。
「……どうかしましたか?」
肌を刺す視線に気がついたらしい彼が進行方向を見据えたままそう問いかけるものの、恋幸は「なんでもありません」とかぶりを振って同じように前を向く。
再び車内に訪れた静寂に若干の焦りを覚えこそすれど、彼女は裕一郎との間に流れる“それ”を苦痛に感じたことはなかった。
(……そういえば、裕一郎様……車の運転、すごく丁寧で上手だなぁ……)
ちらり。
ハンドルに両手を置き集中している彼の横顔を盗み見た瞬間、恋幸の脳内に突然『以前耳にしたとある話』が蘇る。
(!!)
――……運転が上手い男は、性行為も上手い。
――……ドライビングテクニックから、セックスの傾向がわかる。
冷静に考えれば眉唾もののいわゆる『迷信』でしかない話だが、裕一郎が関わった途端IQが大幅に低下してしまう恋幸にとって「冷静に考える」のは大変難しいことだった。
故に、脳みそが一瞬であらぬ妄想に支配されてしまうのも致し方ないと言えるだろう。
(わ、私はなんてことを考えて……すみません、すみません! でも、裕一郎……いやいや……っ!!)
骨ばった男性らしい手を不自然なほど凝視しながら、ごくりと生唾を飲む恋幸。
一方で、そんな下心に気づくはずもない裕一郎は、赤信号でブレーキを踏んでからおもむろに彼女の方を向いた。
「!?」
「……? 顔が赤いですが、大丈夫ですか? 暑かったら暖房の温度を、」
「い、いえっ! 大丈夫です気にしないでください!!」
「はあ……そうですか」
「はい、そうです!」
さすがの恋幸といえど、本人に対して真っ向から「貴方ですけべな妄想をしていました」と暴露するほどバカではない。
むしろ、この状況下で素直に1から100まで打ち明けるような人間なんてこの世に存在するのだろうか? と恋幸は一丁前に考える。
彼女なら「素直に話さないのであれば今すぐ帰りますよ」と彼に脅されれば1から1000まで吐きそうだという事はさておき……様子のおかしさに裕一郎はやや眉をひそめつつも、あえて追求することを避けカーナビの画面を指さした。
「目的地について言っていませんでしたね。ここに行くつもりなので、あと5分程度で着きます」
「へ、へぇ~!」
裕一郎は画面に表示されたルートを指先でなぞって説明するが、そのせいで恋幸の頭の中は「裕一郎様の指、長くて綺麗……」や「わかりやすく説明してくれる裕一郎様、優しさの塊だ……」などといった思考に支配され、肝心の『話』は右耳から入りそのまま左耳を出ていってしまう。
「……の、ですが……それで、どうしますか?」
「……えっ!?」
何がでしょうか? と言いかけて恋幸は直前で言葉を飲み込んだものの、裕一郎は彼女の顔を見るなり全てを察した様子で目を細めた。
「……話、聞いていなかったんですね?」
「ちっ……! がわな、い、です……はい、すみません……倉本様の指について考えてました……」
「指?」
わずかに首を傾げた彼に対し、恋幸は一つ頷き「綺麗だな、って思って」と素直に打ち明ける。
その返事を受けて彼は前を向きなにか考えるような素振りを見せたが、少しの間を置いてから眼鏡の縁をついと押し上げ恋幸に向き直った。
「……」
「……? くらも、」
名前を言い切るより先に、彼の手が吸い寄せられるかのように恋幸の方へ伸びる。
とっさに唇を閉じて肩をすくめる恋幸を見て、裕一郎は「ふ」と小さく息を吐いた。
そして、恋幸が先ほど「綺麗だ」と称賛した彼の指が、ゆっくりと彼女の前髪をすくい取る。
「……っ!?」
バクバクと耳の奥まで鼓動が響き、まるでこの世界に2人きりで取り残されてしまったかのような錯覚をおぼえる恋幸。
視界のはしで、信号が青色へ変化するのが見える。
「……」
裕一郎の指は一度恋幸の頬を撫でてからハンドルに戻り、彼女を捕らえていた空色の瞳が逸らされたことで恋幸はようやく息を吐き出せた。
(えっ、え……っ!? な、なに……? いま、)
「……お腹、空きましたね」
まるで何もなかったかのようにぽつりと呟いた裕一郎に対し、恋幸は火照って仕方がない頬に両手を添え「はい……」と頷くことしかできない。
時刻は12時11分、恋幸の腹が鳴く頃だ。
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