来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴

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第10編「顔に全部書いてありますよ」

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(どっ、どどど、どっ、)
「?」


 あのアイコンとヘッダー画像、プロフィール。どこをどう見ても恋幸のTbutterアカウントである。
 そして、青く主張する『フォロー中』のボタンが更に脳みその混乱を招いた。

 あまりの衝撃に硬直したまま口をパクパクさせるだけの彼女を見て、裕一郎はわずかに首を傾げる。


「こっ、」
「こっ?」


 どうして裕一郎様がこのアカウントを知っているんですか? フォローしている目的は? 裕一郎様もTbutterをされているんですか?
 聞きたいことは次から次へ浮かんでくるが、口と思考回路が追いつかない。

 恋幸は一度大きな深呼吸をして自身を落ち着かせると、裕一郎の掲げたスマートフォンを指差した。


「こ、この方は……?」
「ライトノベル作家の『日向ぼっ子』先生です」


 思わず「先生だなんて、もーっ!」と言いかけた自身の口を慌てて塞ぐ恋幸。
 先ほどから挙動のおかしすぎる彼女の姿に、裕一郎はいぶかしむように目を細める。


「……どうしました?」


 彼がそう問うのは何度目になるだろうか。
 恋幸は両手で口に蓋をしたまま左右に首を振るが、そんな嘘はお見通しだと言わんばかりに裕一郎は腕を組み彼女をまっすぐ見据えた。


「先ほども言いましたが、貴女は感情が顔に出ます。隠し事ができないタイプだと自覚してください」
「はいっ! あっ!」
「……」


 反射的に返事をしてしまう様子を見て一瞬口元の筋肉が緩むのを感じた裕一郎は、スマートフォンをポケットにしまい小さく咳払いする。

 それから、目線を足元に落としたままひどく落ち込んでいる恋幸の頭をぽんと撫でて「責めているわけではありません」と言葉を続けた。


「……言いたくないことを無理に話せとは言いませんが、」
「倉本様に言いたくないことなんか滅多にありません!!」
「そうですか。では、貴女の様子がおかしい理由を話してください。どうぞ」
「えっ」
「……なにか?」
「い、いえ……」


 少女漫画脳の恋幸は、てっきり「言いたくなったら話してください」と微笑まれて終わるものだとばかり思っていたため、予想外の追求に困惑が隠せない。
 しかし同時に、裕一郎に対して(恋幸に限り)どれだけ誤魔化そうと(顔に出るため)無駄であると学習したのだった。

 ……いつまで覚えているかわからないが。


「……そ、その……倉本様は……」
「はい」


 嘘も方便だ。真実に適当な嘘を混ぜて、とりあえず適当にこの場をかわすという手もあった。
 しかし、晴れた日の湖にも似た透き通る瞳を見ていると、


「……『日向ぼっ子』は私です、って言ったら……どうしますか?」


 いつわることが難しくなってしまう。


「……はい?」
「私、ライトノベル作家で、その……今、倉本様が見ていたTbutterアカウントは、私のものなんです」


 嘘ではないことを証明するため、自身のスマートフォンでアカウント画面を表示させる恋幸を見て、裕一郎はしばらくのあいだ目を丸くして言葉を失っていた。

 しかし、彼女がどこか後ろめたそうな顔で「すみません」と呟くと、静かにかぶりを振り小さく息を吐く。


「なぜ謝るんですか」
「その……倉本様の好き? な、作家のイメージを壊してしまったので……幻滅させてしまってすみません……」
「幻滅……?」


 恋幸の言葉を聞き、温度の感じられなかった裕一郎の表情が変化した。

 不愉快そうにしかめられた顔を見て恋幸はもう一度謝罪を口にしかけたが、それを彼の低音が制してしまう。


「どういう意味です? 何か大きな誤解をしているようなので言っておきますが、私は『日向ぼっ子』という作家の書く話が好きなだけであって、その中身がどういう人間であろうと作品への評価は変わりません」
(一人称“私”なのかな……? 素敵……)


 違う方向で勝手に心をときめかせる恋幸だが、そう語る裕一郎は真剣そのものだ。


「それとも、貴女は正体がバレると質が落ちるような作品を書いているんですか?」
「……っ!! いいえ!! そんなことはないです!!」
「では、何の問題もありませんね」


 そこで彼女はハッとする。

 言葉こそ厳しいように感じるが、彼は励ましてくれたのではないだろうか?
 暗に「気にするな」と言ってくれているのではないだろうか?

 とても都合の良い憶測に過ぎないかもしれないが、そう思うと途端に表情筋が緩んでしまった。


「……なんです? 一人でニヤニヤして……」
「いえ! その……ありがとうございます」
「……感謝される覚えはありませんが」
「私には覚えがあるので遠慮なく感謝されていてください!」
「意味がわかりませんね」


 そう言うものの、言葉に反して彼の表情はどこか優しい。
 なおも恋幸がにこにこと脳天気な笑顔を向ければ、裕一郎は一つ息を吐き駐車場を指差した。


「……出かけるんでしょう? 無駄に時間を潰していないでさっさと行きますよ」
「はいっ!!」


 このわずか5分後……彼女は、軽率に頷いたこの時の自分を恨むことになる。
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