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第4編「もう少し落ち着いてください」
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そして日曜日。
恋幸はこの24年間で楽しみだった日・第2位に入るほど心を踊らせながら、スキップするような足取りでモチダ珈琲店にやって来る。
「あら、小日向ちゃん!! いらっしゃいませ、久しぶりね!!」
「店長さん、お久しぶ……あっ!?」
ちなみに、自身の『やらかし』は店内で出迎えられる瞬間まで脳みそから抜け落ちていたのだが、店長の口から出たワードはざっくり分けると「体調でも悪かったの?」「小日向ちゃんが恋しかったのよ」「メロンソーダ持ってくるわね」「モーニングメニューはあんこで良かった?」の4つのみで、彼女は胸を撫で下ろすと同時に、
(なんて優しいの……この店舗が潰れるまで週5で通い続けよう……!!)
そんな縁起でもないことを一人で誓うのだった。
時刻は午前9時。
休日出勤の社会人なら大半がこれから始業する時刻だといつもならばすぐに気づくところだが、うかれにうかれきっている恋幸は席について店内を観察し『彼』の姿を探す。
(和臣様、いつごろ来るんだろう? 今、どの辺りにいるのかな……楽しみだなぁ!)
一方その頃……恋幸の想い人は、会社で一日のスケジュールを確認していた。
◇
そして、恋幸が照焼チキンサンドやハッシュドビーフを味わいながらモチダ珈琲店に居座り続けて、約9時間が経過した。
5杯目のメロンソーダを飲む彼女は、スマートフォンを触る気力もなく不安で押しつぶされそうな状態だった。
(は、吐きそう……)
約束を忘れているのだろうか? もしかして『待ち合わせ』だと勝手に勘違いしただけなのだろうか? それともあの場では忘れていたけれど後になって初対面プロポーズのヤバい女だと思い出し、ドン引きして会いたくなくなったのだろうか?
来店から3時間が経過した頃から、そんな悪い想像ばかりが恋幸の頭によぎり続けている。
(うう……)
実際は、ただ単に彼女の気が早すぎただけという笑い話でしかないのだが、それに気づく心の余裕など今の恋幸にはあるわけがなかった。
(連絡先くらい聞いておけばよかった……)
夕陽が店内を照らし始め、彼女の目尻に涙が滲む。
もう帰ろう。そう考えた恋幸が、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えつつスマートフォンをポケットへしまった時、
「いらっしゃいませ、こんばんは! お1人様でよろしいですか?」
「いいえ、待ち合わせです」
聞き覚えのある低い声が彼女の鼓膜を揺らし、それを辿るようにして入り口に目をやった。
「――!!」
歪む視界に映ったのは恋幸が待ち焦がれた『彼』の姿で、
「……お疲れ様です。どうやら待たせてしまったようですね、すみません」
すぐに彼女の姿を見つけ真っ直ぐ席へやって来た彼を見て、ときめきが一周し思わず息を呑む。
そんな恋幸の様子に彼は腰を下ろしかけた状態のまま首を傾げ「どうかしましたか?」と声をかけるが、恋幸は大げさなほど両手を顔の前で振り、ぱくぱくと唇の開閉を繰り返した。
「……? 何でもないのならそれで良いのですが」
「は、はいっ! なんでもにゃっ、ない! ですっ!!」
「そうですか」
声が裏返っていることや噛んだことについては一切触れず、『彼』は恋幸の向かい側に座りビジネスバッグをわきに置いてからおしぼりで手を拭く。
一連の何でもない仕草ですら彼女をときめかせるには十分すぎたらしく、その瞳は釘付けになっていた。
「……なにか?」
「あっ、いえ! ただ……」
「ただ?」
「また会えて嬉しいなぁ、って。思っただけです」
「!?」
恋幸が満面の笑みを浮かべてそう返した瞬間、今まで全く変化を見せなかった彼の表情が初めて崩れる。
目を丸くして驚く様はまさに「面食らった」という表現がぴったりだろう。
しかしそれもほんの数秒の出来事で、恋幸が気づくよりも先に元の無表情へ戻ってしまった。
「……そうですか」
「はい! あっ、えっと……お仕事だったんですか?」
「ええ」
小さく頷いた彼を見てようやくこの時間まで現れなかった理由を理解した恋幸だが、つい先程まで自分が落ち込みきっていたことなどすっかりどうでもよくなる。
今現在、彼女の頭の中は「スーツがこの世で一番よく似合うなぁ」というハッピーな考えでいっぱいだからだ。
しかし、
「……あっ、そういえば……!! あの、先日は突然……その、変なことを言ってすみませんでした……!!」
不意に重大なことを思い出し、恋幸は座ったまま深く頭を下げる。
けれど、返ってきたのは意外にも「謝る必要はありませんから、顔を上げてください」という言葉で、恋幸は安堵に胸を撫で下ろしつつ言われた通り彼に向き直った。
「うう……改めまして、すみませんでした……」
「いえ、お気になさらず。ちょうど、その件でお話したいことがあります」
「……え?」
彼に再会できたことで脳内がお花畑になっていた恋幸はこの時「ということは、もしかして……?」と、淡い期待を抱いたのだが、
「結婚の申し出についてですが……」
「は、はい……っ!」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「はいっ!!」
現実はそう上手くいかないものである。
恋幸はこの24年間で楽しみだった日・第2位に入るほど心を踊らせながら、スキップするような足取りでモチダ珈琲店にやって来る。
「あら、小日向ちゃん!! いらっしゃいませ、久しぶりね!!」
「店長さん、お久しぶ……あっ!?」
ちなみに、自身の『やらかし』は店内で出迎えられる瞬間まで脳みそから抜け落ちていたのだが、店長の口から出たワードはざっくり分けると「体調でも悪かったの?」「小日向ちゃんが恋しかったのよ」「メロンソーダ持ってくるわね」「モーニングメニューはあんこで良かった?」の4つのみで、彼女は胸を撫で下ろすと同時に、
(なんて優しいの……この店舗が潰れるまで週5で通い続けよう……!!)
そんな縁起でもないことを一人で誓うのだった。
時刻は午前9時。
休日出勤の社会人なら大半がこれから始業する時刻だといつもならばすぐに気づくところだが、うかれにうかれきっている恋幸は席について店内を観察し『彼』の姿を探す。
(和臣様、いつごろ来るんだろう? 今、どの辺りにいるのかな……楽しみだなぁ!)
一方その頃……恋幸の想い人は、会社で一日のスケジュールを確認していた。
◇
そして、恋幸が照焼チキンサンドやハッシュドビーフを味わいながらモチダ珈琲店に居座り続けて、約9時間が経過した。
5杯目のメロンソーダを飲む彼女は、スマートフォンを触る気力もなく不安で押しつぶされそうな状態だった。
(は、吐きそう……)
約束を忘れているのだろうか? もしかして『待ち合わせ』だと勝手に勘違いしただけなのだろうか? それともあの場では忘れていたけれど後になって初対面プロポーズのヤバい女だと思い出し、ドン引きして会いたくなくなったのだろうか?
来店から3時間が経過した頃から、そんな悪い想像ばかりが恋幸の頭によぎり続けている。
(うう……)
実際は、ただ単に彼女の気が早すぎただけという笑い話でしかないのだが、それに気づく心の余裕など今の恋幸にはあるわけがなかった。
(連絡先くらい聞いておけばよかった……)
夕陽が店内を照らし始め、彼女の目尻に涙が滲む。
もう帰ろう。そう考えた恋幸が、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えつつスマートフォンをポケットへしまった時、
「いらっしゃいませ、こんばんは! お1人様でよろしいですか?」
「いいえ、待ち合わせです」
聞き覚えのある低い声が彼女の鼓膜を揺らし、それを辿るようにして入り口に目をやった。
「――!!」
歪む視界に映ったのは恋幸が待ち焦がれた『彼』の姿で、
「……お疲れ様です。どうやら待たせてしまったようですね、すみません」
すぐに彼女の姿を見つけ真っ直ぐ席へやって来た彼を見て、ときめきが一周し思わず息を呑む。
そんな恋幸の様子に彼は腰を下ろしかけた状態のまま首を傾げ「どうかしましたか?」と声をかけるが、恋幸は大げさなほど両手を顔の前で振り、ぱくぱくと唇の開閉を繰り返した。
「……? 何でもないのならそれで良いのですが」
「は、はいっ! なんでもにゃっ、ない! ですっ!!」
「そうですか」
声が裏返っていることや噛んだことについては一切触れず、『彼』は恋幸の向かい側に座りビジネスバッグをわきに置いてからおしぼりで手を拭く。
一連の何でもない仕草ですら彼女をときめかせるには十分すぎたらしく、その瞳は釘付けになっていた。
「……なにか?」
「あっ、いえ! ただ……」
「ただ?」
「また会えて嬉しいなぁ、って。思っただけです」
「!?」
恋幸が満面の笑みを浮かべてそう返した瞬間、今まで全く変化を見せなかった彼の表情が初めて崩れる。
目を丸くして驚く様はまさに「面食らった」という表現がぴったりだろう。
しかしそれもほんの数秒の出来事で、恋幸が気づくよりも先に元の無表情へ戻ってしまった。
「……そうですか」
「はい! あっ、えっと……お仕事だったんですか?」
「ええ」
小さく頷いた彼を見てようやくこの時間まで現れなかった理由を理解した恋幸だが、つい先程まで自分が落ち込みきっていたことなどすっかりどうでもよくなる。
今現在、彼女の頭の中は「スーツがこの世で一番よく似合うなぁ」というハッピーな考えでいっぱいだからだ。
しかし、
「……あっ、そういえば……!! あの、先日は突然……その、変なことを言ってすみませんでした……!!」
不意に重大なことを思い出し、恋幸は座ったまま深く頭を下げる。
けれど、返ってきたのは意外にも「謝る必要はありませんから、顔を上げてください」という言葉で、恋幸は安堵に胸を撫で下ろしつつ言われた通り彼に向き直った。
「うう……改めまして、すみませんでした……」
「いえ、お気になさらず。ちょうど、その件でお話したいことがあります」
「……え?」
彼に再会できたことで脳内がお花畑になっていた恋幸はこの時「ということは、もしかして……?」と、淡い期待を抱いたのだが、
「結婚の申し出についてですが……」
「は、はい……っ!」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「はいっ!!」
現実はそう上手くいかないものである。
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