4 / 72
第4編「もう少し落ち着いてください」
しおりを挟む
そして日曜日。
恋幸はこの24年間で楽しみだった日・第2位に入るほど心を踊らせながら、スキップするような足取りでモチダ珈琲店にやって来る。
「あら、小日向ちゃん!! いらっしゃいませ、久しぶりね!!」
「店長さん、お久しぶ……あっ!?」
ちなみに、自身の『やらかし』は店内で出迎えられる瞬間まで脳みそから抜け落ちていたのだが、店長の口から出たワードはざっくり分けると「体調でも悪かったの?」「小日向ちゃんが恋しかったのよ」「メロンソーダ持ってくるわね」「モーニングメニューはあんこで良かった?」の4つのみで、彼女は胸を撫で下ろすと同時に、
(なんて優しいの……この店舗が潰れるまで週5で通い続けよう……!!)
そんな縁起でもないことを一人で誓うのだった。
時刻は午前9時。
休日出勤の社会人なら大半がこれから始業する時刻だといつもならばすぐに気づくところだが、うかれにうかれきっている恋幸は席について店内を観察し『彼』の姿を探す。
(和臣様、いつごろ来るんだろう? 今、どの辺りにいるのかな……楽しみだなぁ!)
一方その頃……恋幸の想い人は、会社で一日のスケジュールを確認していた。
◇
そして、恋幸が照焼チキンサンドやハッシュドビーフを味わいながらモチダ珈琲店に居座り続けて、約9時間が経過した。
5杯目のメロンソーダを飲む彼女は、スマートフォンを触る気力もなく不安で押しつぶされそうな状態だった。
(は、吐きそう……)
約束を忘れているのだろうか? もしかして『待ち合わせ』だと勝手に勘違いしただけなのだろうか? それともあの場では忘れていたけれど後になって初対面プロポーズのヤバい女だと思い出し、ドン引きして会いたくなくなったのだろうか?
来店から3時間が経過した頃から、そんな悪い想像ばかりが恋幸の頭によぎり続けている。
(うう……)
実際は、ただ単に彼女の気が早すぎただけという笑い話でしかないのだが、それに気づく心の余裕など今の恋幸にはあるわけがなかった。
(連絡先くらい聞いておけばよかった……)
夕陽が店内を照らし始め、彼女の目尻に涙が滲む。
もう帰ろう。そう考えた恋幸が、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えつつスマートフォンをポケットへしまった時、
「いらっしゃいませ、こんばんは! お1人様でよろしいですか?」
「いいえ、待ち合わせです」
聞き覚えのある低い声が彼女の鼓膜を揺らし、それを辿るようにして入り口に目をやった。
「――!!」
歪む視界に映ったのは恋幸が待ち焦がれた『彼』の姿で、
「……お疲れ様です。どうやら待たせてしまったようですね、すみません」
すぐに彼女の姿を見つけ真っ直ぐ席へやって来た彼を見て、ときめきが一周し思わず息を呑む。
そんな恋幸の様子に彼は腰を下ろしかけた状態のまま首を傾げ「どうかしましたか?」と声をかけるが、恋幸は大げさなほど両手を顔の前で振り、ぱくぱくと唇の開閉を繰り返した。
「……? 何でもないのならそれで良いのですが」
「は、はいっ! なんでもにゃっ、ない! ですっ!!」
「そうですか」
声が裏返っていることや噛んだことについては一切触れず、『彼』は恋幸の向かい側に座りビジネスバッグをわきに置いてからおしぼりで手を拭く。
一連の何でもない仕草ですら彼女をときめかせるには十分すぎたらしく、その瞳は釘付けになっていた。
「……なにか?」
「あっ、いえ! ただ……」
「ただ?」
「また会えて嬉しいなぁ、って。思っただけです」
「!?」
恋幸が満面の笑みを浮かべてそう返した瞬間、今まで全く変化を見せなかった彼の表情が初めて崩れる。
目を丸くして驚く様はまさに「面食らった」という表現がぴったりだろう。
しかしそれもほんの数秒の出来事で、恋幸が気づくよりも先に元の無表情へ戻ってしまった。
「……そうですか」
「はい! あっ、えっと……お仕事だったんですか?」
「ええ」
小さく頷いた彼を見てようやくこの時間まで現れなかった理由を理解した恋幸だが、つい先程まで自分が落ち込みきっていたことなどすっかりどうでもよくなる。
今現在、彼女の頭の中は「スーツがこの世で一番よく似合うなぁ」というハッピーな考えでいっぱいだからだ。
しかし、
「……あっ、そういえば……!! あの、先日は突然……その、変なことを言ってすみませんでした……!!」
不意に重大なことを思い出し、恋幸は座ったまま深く頭を下げる。
けれど、返ってきたのは意外にも「謝る必要はありませんから、顔を上げてください」という言葉で、恋幸は安堵に胸を撫で下ろしつつ言われた通り彼に向き直った。
「うう……改めまして、すみませんでした……」
「いえ、お気になさらず。ちょうど、その件でお話したいことがあります」
「……え?」
彼に再会できたことで脳内がお花畑になっていた恋幸はこの時「ということは、もしかして……?」と、淡い期待を抱いたのだが、
「結婚の申し出についてですが……」
「は、はい……っ!」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「はいっ!!」
現実はそう上手くいかないものである。
恋幸はこの24年間で楽しみだった日・第2位に入るほど心を踊らせながら、スキップするような足取りでモチダ珈琲店にやって来る。
「あら、小日向ちゃん!! いらっしゃいませ、久しぶりね!!」
「店長さん、お久しぶ……あっ!?」
ちなみに、自身の『やらかし』は店内で出迎えられる瞬間まで脳みそから抜け落ちていたのだが、店長の口から出たワードはざっくり分けると「体調でも悪かったの?」「小日向ちゃんが恋しかったのよ」「メロンソーダ持ってくるわね」「モーニングメニューはあんこで良かった?」の4つのみで、彼女は胸を撫で下ろすと同時に、
(なんて優しいの……この店舗が潰れるまで週5で通い続けよう……!!)
そんな縁起でもないことを一人で誓うのだった。
時刻は午前9時。
休日出勤の社会人なら大半がこれから始業する時刻だといつもならばすぐに気づくところだが、うかれにうかれきっている恋幸は席について店内を観察し『彼』の姿を探す。
(和臣様、いつごろ来るんだろう? 今、どの辺りにいるのかな……楽しみだなぁ!)
一方その頃……恋幸の想い人は、会社で一日のスケジュールを確認していた。
◇
そして、恋幸が照焼チキンサンドやハッシュドビーフを味わいながらモチダ珈琲店に居座り続けて、約9時間が経過した。
5杯目のメロンソーダを飲む彼女は、スマートフォンを触る気力もなく不安で押しつぶされそうな状態だった。
(は、吐きそう……)
約束を忘れているのだろうか? もしかして『待ち合わせ』だと勝手に勘違いしただけなのだろうか? それともあの場では忘れていたけれど後になって初対面プロポーズのヤバい女だと思い出し、ドン引きして会いたくなくなったのだろうか?
来店から3時間が経過した頃から、そんな悪い想像ばかりが恋幸の頭によぎり続けている。
(うう……)
実際は、ただ単に彼女の気が早すぎただけという笑い話でしかないのだが、それに気づく心の余裕など今の恋幸にはあるわけがなかった。
(連絡先くらい聞いておけばよかった……)
夕陽が店内を照らし始め、彼女の目尻に涙が滲む。
もう帰ろう。そう考えた恋幸が、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えつつスマートフォンをポケットへしまった時、
「いらっしゃいませ、こんばんは! お1人様でよろしいですか?」
「いいえ、待ち合わせです」
聞き覚えのある低い声が彼女の鼓膜を揺らし、それを辿るようにして入り口に目をやった。
「――!!」
歪む視界に映ったのは恋幸が待ち焦がれた『彼』の姿で、
「……お疲れ様です。どうやら待たせてしまったようですね、すみません」
すぐに彼女の姿を見つけ真っ直ぐ席へやって来た彼を見て、ときめきが一周し思わず息を呑む。
そんな恋幸の様子に彼は腰を下ろしかけた状態のまま首を傾げ「どうかしましたか?」と声をかけるが、恋幸は大げさなほど両手を顔の前で振り、ぱくぱくと唇の開閉を繰り返した。
「……? 何でもないのならそれで良いのですが」
「は、はいっ! なんでもにゃっ、ない! ですっ!!」
「そうですか」
声が裏返っていることや噛んだことについては一切触れず、『彼』は恋幸の向かい側に座りビジネスバッグをわきに置いてからおしぼりで手を拭く。
一連の何でもない仕草ですら彼女をときめかせるには十分すぎたらしく、その瞳は釘付けになっていた。
「……なにか?」
「あっ、いえ! ただ……」
「ただ?」
「また会えて嬉しいなぁ、って。思っただけです」
「!?」
恋幸が満面の笑みを浮かべてそう返した瞬間、今まで全く変化を見せなかった彼の表情が初めて崩れる。
目を丸くして驚く様はまさに「面食らった」という表現がぴったりだろう。
しかしそれもほんの数秒の出来事で、恋幸が気づくよりも先に元の無表情へ戻ってしまった。
「……そうですか」
「はい! あっ、えっと……お仕事だったんですか?」
「ええ」
小さく頷いた彼を見てようやくこの時間まで現れなかった理由を理解した恋幸だが、つい先程まで自分が落ち込みきっていたことなどすっかりどうでもよくなる。
今現在、彼女の頭の中は「スーツがこの世で一番よく似合うなぁ」というハッピーな考えでいっぱいだからだ。
しかし、
「……あっ、そういえば……!! あの、先日は突然……その、変なことを言ってすみませんでした……!!」
不意に重大なことを思い出し、恋幸は座ったまま深く頭を下げる。
けれど、返ってきたのは意外にも「謝る必要はありませんから、顔を上げてください」という言葉で、恋幸は安堵に胸を撫で下ろしつつ言われた通り彼に向き直った。
「うう……改めまして、すみませんでした……」
「いえ、お気になさらず。ちょうど、その件でお話したいことがあります」
「……え?」
彼に再会できたことで脳内がお花畑になっていた恋幸はこの時「ということは、もしかして……?」と、淡い期待を抱いたのだが、
「結婚の申し出についてですが……」
「は、はい……っ!」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「はいっ!!」
現実はそう上手くいかないものである。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる