【完結】少女漫画と立花さん

百崎千鶴

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第1話

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 あの頃、目に映る世界はキラキラした夢で溢れていた。

 それこそ、一つに絞るのが難しくて両手から溢れるくらいにたくさんの“夢”を持っていた。


「まま! みはるね、おおきくなったら、ケーキやさんになる!」
「あら、どうして?」
「ケーキをいっぱいたべられるから!」
「ふふ……じゃあ、お菓子の作り方をたくさん勉強しないとね」 

 夢を見続けていればいつか叶う。頑張れば報われる。
 そう信じて疑わなかった。

 けれど、世界はそんなキラキラしたものではなくて、幸せな未来なんて夢見るだけ無駄。

 ここは御伽噺おとぎばなしの世界ではない。
 ただの、薄汚れた現実世界だ。 


 ◇


「貴女の連絡先を教えてくれませんか?」


 レジの前に立ったその男性が表情を変えず、脈絡もなくそんな事を言うものだから、


「……は?」


 接客勤務中であることも忘れ、思わず本音だって漏れてしまうというものだ。 


(何を言ってるんだろう、この人……)


 スーツに身を固めた長身はいかにも仕事ができそうで、微塵も表情の変わらない顔は冗談を言っているようにも思えない。

 その証拠に、男性は落ち着いた様子で伝票をレジに置き、財布を取り出しながら真っ直ぐとこちらに目線をやる。


「ですから、貴女の連絡先を知りたいのです。教えてください」
(真面目な顔で意味わからないこと言わないでほしいんですけど……)


 眼鏡のレンズ越しに私を映すその瞳は真剣そのもの。

 顔立ちも整っていて、普通の夢見る女性ならこんなイケメンに連絡先を教えろと言われればノーとは答えないだろう。


「い……」


 そう。普通のなら。 


「い?」
「……嫌ですし意味がわかりません。お会計420円になります」


 お生憎様。私はそんなメルヘン少女ではない。


「お客様、申し訳ありませんが当店はそのようなサービスを行う店では……」
「そうですか、分かりました。支払いはニャオンでお願いします」
(……なんなの、この人) 


 もっとしつこく聞かれるのではと身構える私をよそに、男性は涼しい顔で専用機器にカードをかざす。

 ニャオン、という音と共に支払い完了の字が機械に表示され、私の差し出すレシートを男性は黙って受け取ると、


「ご馳走様でした、美味しかったです。また来ます」


 その言葉だけを残し、一度会釈してから背を向けると、扉の向こうに消えて行った。 


(本当に、変人だ……変人……でも聞き分けのいい人でよかった……)


 しかし彼は、そんな“聞き分けのいい人”などではないのだと、私はすぐに思い知る。
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