【完結】24時の鐘と俺様オオカミ

百崎千鶴

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Story6.どうして泣くの、君は

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 私はこの17年間、『恋愛』というものをしたことがありません。
 もちろん、交際も。

 基本的に単独行動をしているため、“恋バナ”とやらも未経験です。

 では……Q.この高鳴る胸の正体は?



 ***



 帰り道。
 お昼休みに起こった出来事を思い出しつつ、眉間にシワを寄せる。

 あの胸の高鳴りは、なんなのか。
 もしかして……いいえ、


(違います! 好きなんかじゃありません!)


 ぶんぶんと首を左右に振り、邪悪な考えを投げ捨てる。


(でも、いえ……しかし、)


 もんもんと頭を悩ませつつ、立ち寄ったのは本屋さん。

 とあるコーナーに行き『売れ筋ナンバーワン!』とうたい文句の書かれた書籍を1冊手にとってレジへ。


「ブックカバーはどうなさいますか?」
「いりません」

「かしこまりました。はい、1点で1050円になります。……では、ちょうどお預かりします」


 店員さんから本の入った紙袋とレシートを受け取り、

 背中に、


「ありがとうございましたー!」


 という声を聞きながらお店を出る。

 少し歩いて立ち止まり、


(よ、読んでみましょう……!)


 はしたないとは思いつつ、紙袋の封を開けて中身を取り出した。

 ピンク色を主に彩られた表紙。タイトルは『俺様男子に恋をした。』という……。

 ……つまり、


(う、生まれて初めて、恋愛小説を買いました……!)


 恋愛を学ぶなら同じ同性にと考え、買っただけです。
 ちょっとした興味本意です。

 深い意味はありません。
 勘違いしないでくださいね。


(ふんっ)


 どぎまぎしながらページを開き、一文一文にしっかりと目を走らせる。

 そのまま、さながら二宮金次郎のように本を読みながら帰路を行く。


(ふむふむ……)


 物語の中で、主人公は俺様な男子に迫られ「どきどきする。これは……彼に恋をしているんだわ、私……!」という風に、心の葛藤が描かれています。


『私、あなたのことが……好き……っ!』


 主人公は、素直で可愛らしい女の子。
 私とは真逆。

 だからきっとこの彼も、彼女を好きになったのでしょう。


(……それなら、)


 大路君は?
 なぜ、私にキスをしたんですか?

 ――……好きだから?

 なんて、


(まさか)


 そんなことはあるわけない、と自嘲しつつ首を振った。


(だって、大路君には)


 他にたくさん……素直で、ふわふわしていて、可愛らしい女子がいる。

 素直じゃなくて、無表情で、冷たい私なんか……どうせただの、


(……っ、)
「ひーめーの」


 突然、背後から耳に吹き込まれた低い声。

 それに驚く気力すら、今はない。


「……なんですか、大路君」


 冷静に、いつも通り。彼を冷たくあしらった。

 振り返ると、彼は本当に私の真後ろ……というか、背中に張り付くように立っていて、


「さっきからずーっと呼んでたんだけど? 姫野サン」


 瞳に不機嫌の色を浮かべつつも、やや嬉しそうに口のはしを持ち上げる。


「……? なに読んでんの?」
「あっ!?」


 肩越しに手元を覗かれ、慌てて小説を閉じた。

 けれど、大路君はそれが何であるかすぐに察したらしく、


「へーえ? 姫野もそういうの読むんだな。意外~」


 ニヤニヤと楽しげに笑っている。


(みみ、みっ、見られ……っ!)


 恥ずかしさで、顔から火が出そう。
 穴があったら今すぐに飛び込みたい。


「恋愛……興味あるんだ?」
「ち、違っ、」
「違わねーよ」


 囁くように落とされる言葉。
 吐息が耳にかかって、体はぴくりと反応した。

 背後から肩を掴まれているため、逃げ出すことができない。


「白雪は……俺が気になって、」
「……っ、」
「これは恋かもしれないって、思ってる」


 首筋に、大路君の息がかかる。

 幸い、ここは公園のわきで人通りが少ない。
 それでも、野外でこんなことをされているのは事実で。

 抵抗しようと思った矢先、


「そんなに気になるなら、」
「――っ!? ひゃっ!」


 熱い舌が、首筋を舐めた。

 ぞわりとした感覚が思考回路に入り込んで邪魔をする。


「今すぐに、食べてやろうか?」
「んっ……!」


 ぬるりとした熱が這い、優しく歯を立てられた。
 大路君の甘い声が、脳を溶かす。

 ……どうして、


「……っじ、くんは……」
「ん?」


 力任せに動いてみれば、拘束は案外簡単にほどけた。

 なぜか視界は歪んで見えて、心の中はスプーンでかき混ぜられたかのようにぐちゃぐちゃ。


「大路君は、どうして……!」


 一度言葉を落とせば、それに連なって次から次に溢れ出る。


「大路君はどうして、私にキスをしたんですか!? なんで、こんなことをするんですか!」


 わからないことばかりで……悔しい。

 心のダムは壊れてしまい、溢れ出した水は涙となって頬を伝う。


「もう、からかうのはやめてください!」
「姫野、」
「これ以上、私をっ、おかしくさせないで!」


 勢いに任せてそこまで言い、持っていた本を大路君に投げつけた。

 そう。大路君はいつも、私をおかしくさせる。
 大路君のせいで、表情も崩れる。心臓も落ち着くことを知らない。

 いつもいつも大路君は、私ばっかりおかしくさせて。


「大路君なんか……っ! 大嫌いです!」


 言うだけ言って、大路君の顔は一度も見ずにその場から走って逃げた。

 大嫌い、大嫌い。


(大路君なんか、)


 Q.この高鳴る胸の正体は?
 A.大嫌い。
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