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Savage襲来編

29.突入任務③

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 静まり返った大型ショッピングモールの文房具エリア。
 すでに丸3日ほど空調が死んでおり、また真夏の暑さにより空気はこもっている。

 その建物の一角で金属音が響き始めた。
 それは大型店舗のシャッターが上がる音であり、やや違和感のある光景だろう。ここはオークの支配領域というのに、いったい誰が操作をしたのだろう、と。

 見れば壁際にある3点式スイッチは蓋をこじ開けられ、今は上向きのスイッチが光っている。
 すぐに、オークらがそれに気づく。のしのしと歩んでいるが、まだ人間は見えないので動きは鈍い。凶悪な殺戮本能が目覚める前は、どう見ても鈍重そうな魔物だった。

 そのうちの一体が、開いてゆくシャッターをぼんやり眺めていた。
 身をかがめば入れそうだ、と言うように店内を覗き込む。まだ魔物に踏み荒らされていないため、その文房具エリアだけは整然とした姿を残している。

 たかたん――ッ!

 二発の発砲音。
 眉間と目玉に弾丸は突き刺さり、その怪物は頭部をスイカのように爆破させ、大量の血や脳漿をブチ撒ける。どずん、と巨体は地面に倒れ、遅れて周囲のオークらが本能的に走り出す。

 漂う血の匂いに目の色は赤くなり、続けてシャッターの内側に立つ人間を見て吠えたてた。

 オドオーーッ! オドオオーーッ!

 殺せ、殺せ、と本能はがなり立てる。
 巣に入ってきた者を殺さねば、彼らの本能は決して止まらない。雑巾のように絞り上げ、地面や壁にこすりつけ、それでようやく収まってくれる。

 拭き抜けのホール、二階や三階から奴らは一斉に飛び降り、その大型店舗へと駆け込んでゆく。しかし人間はすばしっこく、なかなか追いつけない。
 巨体同士をぶつけあい、周囲の棚を散乱させながら彼らは人間を追い詰めてゆく。まるで土砂崩れのようだ。

 そして、一番奥にたどり着いた瞬間、彼はくるりと振り返る。

「じゃあそういうわけで――銃術ガンアーツ必中ストライクLEVELⅠ」

 たかん、と打ち出された弾丸は、ゆるやかなカーブを描いて突き進む。それはオークらのあいだを抜け、後方のシャッター開閉ボタン「下」を貫いた。

 跳躍して狭い窓から外へ脱出すると、魔物らは丸太のような腕をそこから一斉に伸ばし、ぎゃうぎゃうと叫び続ける。
 そんな事をしているうちにシャッターは閉じてしまうのだが、彼らは凶悪な本能に支配されているため気づけなかった。



 はあ、成功しちゃった。
 出てくるなり五十嵐さんから親指を立てられ、思わず同じ仕草を返してしまう。駄目なら駄目で失うものは無い作戦だったけど、こう上手くやれるとは思わなかった。

 それもこれも彼の敏捷度の高さ、そして銃士という職業が身近にいたからこそ出来た作戦だ。いや、彼がやる気満々だった方が大きいか。

「――はしれ、雷光ライトニング! LEVELⅢ!」

 ここぞとばかりに白髪の男性は魔術を打ち込み、狭い窓から内側を破壊する。安全で効率的な狩りという状況を提供したためか、彼からにこりと微笑まれた。
 ローブ姿といい、掲げた杖といい、これぞ魔術師という格好だ。蹴ったり殴ったりする僕などとは大きく異なる。
 あれで中身は女性なのだから、世の中は不思議だ。

「さすがに全部は倒せないだろうけど、閉じ込めたから大きく数を減らせたね。うーん、となると任務続行か」
「ザッ――作戦成功。作戦成功。これより任務を続行する。裏手から周りこみ、今度は北側の救助に向かう」

 などという無線会話が聞こえてきたように、どうやら続行らしい。仕方ない、もう少しがんばろう。

 待っていてくれた姉に追いつくと互いに身をかがめ、30名ほどの一団で外周をぐるりと進み始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、一方のCD班はというと、まんじりとした思いで大型ショッピングモールを睨んでいた。
 すでに周囲の魔物は閑散としており、もはや効率的なレベルアップの場所では無くなっている。

 先ほどから幾つもの爆発音が建物から響き、そして対象を着々と救助しているという状況も耳にする。恐らくイベントの報酬であるBPも溜め込んでいるだろう。
 それを白い目で見ている男性がいた。

「ケッ、向こうばっかり狩りをしやがって」

 そうボヤき、近くにあったオークの頭部を蹴り飛ばした。
 彼は千葉から参加した者であり、周囲の幾人かは彼の友人だ。暇つぶしに拡張世界リビルドなるゲームを始め、事件が起きてからは手下を使って魔物を独占し、着々と実力をつけている。

 先ほどまでの効率的な狩りにより、一気に8レベルまで成長をした矢先にこれだ。狩場は崩壊し、それは建物を好き勝手に侵攻している連中の仕業だと思っている。

「どうすんだよー、これ。タケちゃーん、近くに飯でも食いにいく?」
「んなわけねーだろ、目の前で狩りを独占されてんだぞ。おい、俺らも行くぞ。突入だ」

 は?と周囲の機動隊らは色めきたつ。
 ここへ魔物を誘導している最中に、肝心の再構築者アバターが抜けてしまっては成り立たない。すぐさま隊員らは彼らに駆け寄った。

「おい、待て! 勝手に動くな貴様! いまは任務中だぞ!」
「うるせえ、俺には関係無えんだよ! おい、なんだあこの手は。邪魔すんならヘシ折っぞ」

 ぐいと腕を握ると、もうそれだけで己が格上だと分かる。
 どっと脂汗を浮かべる表情を見て、にやりと金髪の男は笑った。

 これが良い。レベルアップすると己が選ばれし者になったと分かる。うるさい指図は受けなくて構わないし、好き勝手にやれる。
 自由という言葉が、これほど合う状況は無かった。

「ぎゃっあああ!!」
「おっと、折れちゃったかー。ごめんねおじさん。じゃ、あとの仕事はD班でしくよろー」

 うずくまる男を見ることなく、彼らは悠々と歩き出す。
 10秒も経たず、すぐに側面からオークがやってきた。

 ドオオオーーッ!

 牙をむき出しにして吠えかかられるが「あ、オークだ」とのんびりしている。
 彼ら不良というものは、格の差というものに敏感なものだ。見た目は恐ろしくとも、己のほうがずっと勝っていると理解している。だからこそ豪腕の怪力で迫る棍棒を易々と盾でいなし、仲間のトゲ付き鉄球で頭骨を叩き割る。

 悪い魔物をやっつけるというのも気分爽快で、自分というのは優れた存在だと再認識できる。しばらくそうやってリンチをすると「汚ねえ、踏んじゃった」などと言いながら大型ショッピングモールへ歩き出した。

 一方、残された者たちはというと、悪態をつきながらも隊長の指示をあおぐ事にした。放っておいても構わないが、内部の者には知らせなければならない。

「くそ、なんだあいつらは……! 放っておいて構わん。だが内部の連中には知らせておけ。狙撃も中止だ、民間人が入り込んだ――って、あいつらは果たして民間人なのか?」

 その疑問は、恐らくこれからも続くだろう。
 再構築者とは何者なのか。手を組んで問題無いのか。そのような疑問は疑念に変わり、やがて敵視する者が出てくる可能性もある。

 ただ今のところ彼らは粛々と任務を行う。
 内部で連絡を受けた機動隊、そして本職の警察官である五十嵐は、不足の事態に頭を悩ませた。

 そして、彼らの様子を見てくると五十嵐は告げ、チームを離れた単独行動を選ぶ。これにより、初めての死者が再構築者《アバター》側で発生することになった。
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