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トウモコロシに追われる男
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ここは夜の街の賑わいから、少し外れた場末のバー。
「マスター、おかわり頼む」
「はいよ」
'マスター'と呼ばれた男は熟れた手つきでグラスに氷を入れ、ウィスキーを注いだ。
常連の男は手渡された酒をグイッとあおった。
「おいおい、今日は飲みすぎじゃないか?」
「たまにはいいだろ?」
そう言って常連の男はグラスに残った酒も飲み干してしまった。
「アンタの場合、『たまに』じゃない気がするがね」
「へへっ、固いこと言いなさんな。マスターの出すツマミが美味いからつい酒が進むのさ」
常連の男は皿に盛られたポップコーンにパクついた。バーには珍しく、このポップコーンがここの看板メニューだった。
「はぁ、仕方のない人だね」
マスターは溜息をつきながらも、常連客に酒を注いだ。
「さすがマスター、ヨッ、男前!」
「褒めたって何も出やしないよ」
「いやいや、実際男前だぜ? 顔も二枚目だし、髪型もいつもパリッとしてらぁ」
「まあ、こっちも客商売なんでね。身嗜み、特に髪はいつも整えとくもんさ」
「へぇ」
そんな話をしているうちに常連の男は酒を飲み干してしまった。
「じゃ、マスター、また来るよ」
常連の男は勘定を済ませて出て行った。
客がいなくなり、午前2時を回った店内は深夜の静けさも手伝って閑散としていた。
マスターがグラスを片付けていると、帽子を被った男が焦った様子で店に入ってきた。
帽子の男はマスターを見るなり、ズンズンと近づいてきて言った。
「追われてるんだ、助けてくれ! 殺される!」
「……あのね、お客さん、ウチも客商売なんで演劇の練習ならヨソでやってくれませんか?」
「違う、本当なんだ! 確かにいきなり信じられないだろうが頼む、金なら払うから!」
マスターは訝しげに帽子の男を観察した。男のかおは焦りと緊迫感で強張っていて、嘘を言っているようには見えない。
「『殺される』って誰に追われてるんだい?」
「……トウモコロシさ」
「は? トウモロコシ? 確かにポップコーンはウチの看板メニューだが……」
「違う、『トーモ殺し』だ。俺たちトーモ族を狙う殺し屋達だよ」
「はぁ? やっぱり冗談かい。騙されたよ、あんまり真に迫った演技なもんで」
「だから違うんだ! マズイ、そろそろ奴が来る! すまないがそこに隠れさせてくれ」
そう言って帽子の男改め、自称トーモ族の男はカウンターの裏に隠れた。
「おいおい、困るよ」
「シッ、静かにしてくれ、頼むから!」
自称トーモ族の男は必死の形相だ。
マスターがどうしたもんか、と考えているとまた一人、店に強面の男が入ってきた。
強面の男がマスターに尋ねる。
「おい、ここに帽子を被った男が入ってこなかったか?」
トーモ族の男の話は本当だったのだ。
マスターは足元で震えるトーモ族の男はの気配を感じながら、慎重に強面の男の問いかけに答えた。
「帽子の男? 残念ながらしばらくお客は来てませんね」
「本当か? 『トーモ族』と名乗る男だ」
「さぁ」
「隠し立てすると後悔するぞ」
強面の男は懐に手をやりながら言った。
男のコートから、拳銃のグリップのようなモノが見え隠れしている。
面倒なことになったな、とマスターは思った。
「知らないものは知らないですって。そもそもなんでその『とーもぞく』ってのを追ってるんです?」
「奴らの死体がカネになるからだ。『トーモ族』ってのは『頭』に『藻』って書いて『頭藻族』さ。奴らの頭には毛髪の代わりに青い『藻』が茂ってる。その藻は奴らが死ぬ時、黄金色に輝き出す、それが闇では高く売れるのさ」
「へぇー、ニワカには信じ難い話ですけどねぇ」
「藻といっても見た目が似てるだけで、実際は体内の炭素が頭部で凝固したものだ。それを隠すため奴らは常に帽子を被ってるんだ」
「……」
「それに奴らは体臭も特徴的でね。奴らの汗からは茹でたトウモロコシのような臭いがするんだ。何だかこの店、臭うんだよ、トウモロコシの臭いがね」
「うちはポップコーンが看板メニューなんでそのせいでしょう……」
「まさか! 俺の鼻は誤魔化せねえよ、コレはトーモ族の臭いだ。なぁ、悪いことは言わねえ、居場所を吐けよ。タダとは言わねえよ、礼はする。信じてもらうために事情を話したんだぜ? な、これが最後の忠告だ」
緊張が高まる。
マスターは考えた。この男がカウンターを越えてきたら、何もかもバレてしまう。ここは大人しく引き渡した方が……。
「う、ウワァァァァァ!!!!!!」
と、そのとき、隠れていたトーモ族の男が、耐えられなくなってカウンターから飛び出した。そして店の出入り口まで一直線に走っていったが……。
パァン
深夜の店内に一発の銃声が響き、トーモ族の男は倒れた。倒れるとき被っていた帽子がハラリと落ちて、彼の頭が露わになった。
強面の男が言った通り、トーモ族の男の頭には青々とした大きな藻のような半球体がビッシリと引っ付いていた。
トーモ族の男の胸からはドクドクと血が流れている。心臓を貫かれたようだ、もう助からないだろう。
そう思って見ていると、トーモ族の頭が変色を始め、みるみるうちに黄金色に染まり切った。
「やっぱり隠れてやがったか。おい、店主、面倒かけたな。これは血で汚れた床の清掃代にでも充ててくれ」
強面の男はカネの入った袋をマスターの前に置いた。そしてトーモ族の死体を担いで店を出て行った。
♢♢
「とんだ災難だったな……」
今日はもう店じまいにしようと、マスターは店先のプレートを'Open'から'Close'へと掛け替えた。
「ふぅ、柄にもなく冷や汗をかいた」
マスターは誰もいなくなった店のカウンター席に腰掛けて一息ついた。
そして汗で蒸れた頭からカツラを外した。その頭には青々とした藻が生えていた。
「気付かれなくて助かった。まさか同族が逃げ込んでくるとは。助けようかとも考えたが、そもそも帽子で隠そうなんて詰めが甘いんだよ」
マスターは悪態つきながら換気扇を回し始めた。店内に充満していたトウモロコシの臭いは、換気扇を抜けて、外気に混じって消えた。
「マスター、おかわり頼む」
「はいよ」
'マスター'と呼ばれた男は熟れた手つきでグラスに氷を入れ、ウィスキーを注いだ。
常連の男は手渡された酒をグイッとあおった。
「おいおい、今日は飲みすぎじゃないか?」
「たまにはいいだろ?」
そう言って常連の男はグラスに残った酒も飲み干してしまった。
「アンタの場合、『たまに』じゃない気がするがね」
「へへっ、固いこと言いなさんな。マスターの出すツマミが美味いからつい酒が進むのさ」
常連の男は皿に盛られたポップコーンにパクついた。バーには珍しく、このポップコーンがここの看板メニューだった。
「はぁ、仕方のない人だね」
マスターは溜息をつきながらも、常連客に酒を注いだ。
「さすがマスター、ヨッ、男前!」
「褒めたって何も出やしないよ」
「いやいや、実際男前だぜ? 顔も二枚目だし、髪型もいつもパリッとしてらぁ」
「まあ、こっちも客商売なんでね。身嗜み、特に髪はいつも整えとくもんさ」
「へぇ」
そんな話をしているうちに常連の男は酒を飲み干してしまった。
「じゃ、マスター、また来るよ」
常連の男は勘定を済ませて出て行った。
客がいなくなり、午前2時を回った店内は深夜の静けさも手伝って閑散としていた。
マスターがグラスを片付けていると、帽子を被った男が焦った様子で店に入ってきた。
帽子の男はマスターを見るなり、ズンズンと近づいてきて言った。
「追われてるんだ、助けてくれ! 殺される!」
「……あのね、お客さん、ウチも客商売なんで演劇の練習ならヨソでやってくれませんか?」
「違う、本当なんだ! 確かにいきなり信じられないだろうが頼む、金なら払うから!」
マスターは訝しげに帽子の男を観察した。男のかおは焦りと緊迫感で強張っていて、嘘を言っているようには見えない。
「『殺される』って誰に追われてるんだい?」
「……トウモコロシさ」
「は? トウモロコシ? 確かにポップコーンはウチの看板メニューだが……」
「違う、『トーモ殺し』だ。俺たちトーモ族を狙う殺し屋達だよ」
「はぁ? やっぱり冗談かい。騙されたよ、あんまり真に迫った演技なもんで」
「だから違うんだ! マズイ、そろそろ奴が来る! すまないがそこに隠れさせてくれ」
そう言って帽子の男改め、自称トーモ族の男はカウンターの裏に隠れた。
「おいおい、困るよ」
「シッ、静かにしてくれ、頼むから!」
自称トーモ族の男は必死の形相だ。
マスターがどうしたもんか、と考えているとまた一人、店に強面の男が入ってきた。
強面の男がマスターに尋ねる。
「おい、ここに帽子を被った男が入ってこなかったか?」
トーモ族の男の話は本当だったのだ。
マスターは足元で震えるトーモ族の男はの気配を感じながら、慎重に強面の男の問いかけに答えた。
「帽子の男? 残念ながらしばらくお客は来てませんね」
「本当か? 『トーモ族』と名乗る男だ」
「さぁ」
「隠し立てすると後悔するぞ」
強面の男は懐に手をやりながら言った。
男のコートから、拳銃のグリップのようなモノが見え隠れしている。
面倒なことになったな、とマスターは思った。
「知らないものは知らないですって。そもそもなんでその『とーもぞく』ってのを追ってるんです?」
「奴らの死体がカネになるからだ。『トーモ族』ってのは『頭』に『藻』って書いて『頭藻族』さ。奴らの頭には毛髪の代わりに青い『藻』が茂ってる。その藻は奴らが死ぬ時、黄金色に輝き出す、それが闇では高く売れるのさ」
「へぇー、ニワカには信じ難い話ですけどねぇ」
「藻といっても見た目が似てるだけで、実際は体内の炭素が頭部で凝固したものだ。それを隠すため奴らは常に帽子を被ってるんだ」
「……」
「それに奴らは体臭も特徴的でね。奴らの汗からは茹でたトウモロコシのような臭いがするんだ。何だかこの店、臭うんだよ、トウモロコシの臭いがね」
「うちはポップコーンが看板メニューなんでそのせいでしょう……」
「まさか! 俺の鼻は誤魔化せねえよ、コレはトーモ族の臭いだ。なぁ、悪いことは言わねえ、居場所を吐けよ。タダとは言わねえよ、礼はする。信じてもらうために事情を話したんだぜ? な、これが最後の忠告だ」
緊張が高まる。
マスターは考えた。この男がカウンターを越えてきたら、何もかもバレてしまう。ここは大人しく引き渡した方が……。
「う、ウワァァァァァ!!!!!!」
と、そのとき、隠れていたトーモ族の男が、耐えられなくなってカウンターから飛び出した。そして店の出入り口まで一直線に走っていったが……。
パァン
深夜の店内に一発の銃声が響き、トーモ族の男は倒れた。倒れるとき被っていた帽子がハラリと落ちて、彼の頭が露わになった。
強面の男が言った通り、トーモ族の男の頭には青々とした大きな藻のような半球体がビッシリと引っ付いていた。
トーモ族の男の胸からはドクドクと血が流れている。心臓を貫かれたようだ、もう助からないだろう。
そう思って見ていると、トーモ族の頭が変色を始め、みるみるうちに黄金色に染まり切った。
「やっぱり隠れてやがったか。おい、店主、面倒かけたな。これは血で汚れた床の清掃代にでも充ててくれ」
強面の男はカネの入った袋をマスターの前に置いた。そしてトーモ族の死体を担いで店を出て行った。
♢♢
「とんだ災難だったな……」
今日はもう店じまいにしようと、マスターは店先のプレートを'Open'から'Close'へと掛け替えた。
「ふぅ、柄にもなく冷や汗をかいた」
マスターは誰もいなくなった店のカウンター席に腰掛けて一息ついた。
そして汗で蒸れた頭からカツラを外した。その頭には青々とした藻が生えていた。
「気付かれなくて助かった。まさか同族が逃げ込んでくるとは。助けようかとも考えたが、そもそも帽子で隠そうなんて詰めが甘いんだよ」
マスターは悪態つきながら換気扇を回し始めた。店内に充満していたトウモロコシの臭いは、換気扇を抜けて、外気に混じって消えた。
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