トウモコロシに追われる男

チタン

文字の大きさ
上 下
1 / 1

トウモコロシに追われる男

しおりを挟む
 ここは夜の街の賑わいから、少し外れた場末のバー。

「マスター、おかわり頼む」

「はいよ」

 'マスター'と呼ばれた男はこなれた手つきでグラスに氷を入れ、ウィスキーを注いだ。
 常連の男は手渡された酒をグイッとあおった。

「おいおい、今日は飲みすぎじゃないか?」

「たまにはいいだろ?」

 そう言って常連の男はグラスに残った酒も飲み干してしまった。

「アンタの場合、『たまに』じゃない気がするがね」

「へへっ、固いこと言いなさんな。マスターの出すツマミが美味いからつい酒が進むのさ」

 常連の男は皿に盛られたポップコーンにパクついた。バーには珍しく、このポップコーンがここの看板メニューだった。

「はぁ、仕方のない人だね」

 マスターは溜息をつきながらも、常連客に酒を注いだ。

「さすがマスター、ヨッ、男前!」

「褒めたって何も出やしないよ」

「いやいや、実際男前だぜ? 顔も二枚目だし、髪型もいつもパリッとしてらぁ」

「まあ、こっちも客商売なんでね。身嗜み、特に髪はいつも整えとくもんさ」

「へぇ」

 そんな話をしているうちに常連の男は酒を飲み干してしまった。

「じゃ、マスター、また来るよ」

 常連の男は勘定を済ませて出て行った。
 客がいなくなり、午前2時を回った店内は深夜の静けさも手伝って閑散としていた。

 マスターがグラスを片付けていると、帽子を被った男が焦った様子で店に入ってきた。
 帽子の男はマスターを見るなり、ズンズンと近づいてきて言った。

「追われてるんだ、助けてくれ! 殺される!」

「……あのね、お客さん、ウチも客商売なんで演劇の練習ならヨソでやってくれませんか?」

「違う、本当なんだ! 確かにいきなり信じられないだろうが頼む、金なら払うから!」

 マスターはいぶかしげに帽子の男を観察した。男のかおは焦りと緊迫感で強張っていて、嘘を言っているようには見えない。

「『殺される』って誰に追われてるんだい?」

「……トウモコロシさ」

「は? トウモロコシ? 確かにポップコーンはウチの看板メニューだが……」

「違う、『トーモ殺し』だ。俺たちトーモ族を狙う殺し屋達だよ」

「はぁ? やっぱり冗談かい。騙されたよ、あんまり真に迫った演技なもんで」

「だから違うんだ! マズイ、そろそろ奴が来る! すまないがそこに隠れさせてくれ」

 そう言って帽子の男改め、自称トーモ族の男はカウンターの裏に隠れた。

「おいおい、困るよ」

「シッ、静かにしてくれ、頼むから!」

 自称トーモ族の男は必死の形相だ。
 マスターがどうしたもんか、と考えているとまた一人、店に強面こわもての男が入ってきた。
 強面の男がマスターに尋ねる。

「おい、ここに帽子を被った男が入ってこなかったか?」

 トーモ族の男の話は本当だったのだ。
 マスターは足元で震えるトーモ族の男はの気配を感じながら、慎重に強面の男の問いかけに答えた。

「帽子の男? 残念ながらしばらくお客は来てませんね」

「本当か? 『トーモ族』と名乗る男だ」

「さぁ」

「隠し立てすると後悔するぞ」

 強面の男は懐に手をやりながら言った。
 男のコートから、拳銃のグリップのようなモノが見え隠れしている。
 面倒なことになったな、とマスターは思った。

「知らないものは知らないですって。そもそもなんでその『とーもぞく』ってのを追ってるんです?」

「奴らの死体がカネになるからだ。『トーモ族』ってのは『頭』に『藻』って書いて『頭藻とうも族』さ。奴らの頭には毛髪の代わりに青い『藻』が茂ってる。その藻は奴らが死ぬ時、黄金こがね色に輝き出す、それが闇では高く売れるのさ」

「へぇー、ニワカには信じ難い話ですけどねぇ」

「藻といっても見た目が似てるだけで、実際は体内の炭素が頭部で凝固したものだ。それを隠すため奴らは常に帽子を被ってるんだ」

「……」

「それに奴らは体臭も特徴的でね。奴らの汗からは茹でたトウモロコシのような臭いがするんだ。何だかこの店、臭うんだよ、トウモロコシの臭いがね」

「うちはポップコーンが看板メニューなんでそのせいでしょう……」

「まさか! 俺の鼻は誤魔化せねえよ、コレはトーモ族の臭いだ。なぁ、悪いことは言わねえ、居場所を吐けよ。タダとは言わねえよ、礼はする。信じてもらうために事情を話したんだぜ? な、これが最後の忠告だ」

 緊張が高まる。
 マスターは考えた。この男がカウンターを越えてきたら、何もかもバレてしまう。ここは大人しく引き渡した方が……。

「う、ウワァァァァァ!!!!!!」

 と、そのとき、隠れていたトーモ族の男が、耐えられなくなってカウンターから飛び出した。そして店の出入り口まで一直線に走っていったが……。

 パァン

 深夜の店内に一発の銃声が響き、トーモ族の男は倒れた。倒れるとき被っていた帽子がハラリと落ちて、彼の頭が露わになった。
 強面の男が言った通り、トーモ族の男の頭には青々とした大きな藻のような半球体がビッシリと引っ付いていた。
 トーモ族の男の胸からはドクドクと血が流れている。心臓を貫かれたようだ、もう助からないだろう。
 そう思って見ていると、トーモ族の頭が変色を始め、みるみるうちに黄金色に染まり切った。

「やっぱり隠れてやがったか。おい、店主、面倒かけたな。これは血で汚れた床の清掃代にでも充ててくれ」

 強面の男はカネの入った袋をマスターの前に置いた。そしてトーモ族の死体を担いで店を出て行った。


 ♢♢


「とんだ災難だったな……」

 今日はもう店じまいにしようと、マスターは店先のプレートを'Open'から'Close'へと掛け替えた。

「ふぅ、柄にもなく冷や汗をかいた」

 マスターは誰もいなくなった店のカウンター席に腰掛けて一息ついた。
 そして汗で蒸れた頭から。その頭にはが生えていた。

「気付かれなくて助かった。まさか同族が逃げ込んでくるとは。助けようかとも考えたが、そもそも帽子で隠そうなんて詰めが甘いんだよ」

 マスターは悪態つきながら換気扇を回し始めた。店内に充満していたトウモロコシの臭いは、換気扇を抜けて、外気に混じって消えた。


 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

語りカフェ。人を引き寄せる特性を持つマスターの日常。~夜部~

すずなり。
ライト文芸
街中にある一軒のカフェ。 どこにでもありそうな外観のカフェは朝10時から昼3時までの営業だ。 五席しかない店内で軽食やコーヒーを楽しみに常連客が来るカフェだけど、マスターの気分で『夜』に店を開ける時がある。 そんな日は決まって新しいお客が店の扉を開けるのだ。 「いらっしゃいませ。お話、お聞きいたします。」 穏やか雰囲気のマスターが開く『カフェ~夜部~』。 今日はどんな話を持った人が来店するのか。 ※お話は全て想像の世界です。(一部すずなり。の体験談含みます。) ※いつも通りコメントは受け付けられません。 ※一話完結でいきたいと思います。

【完結】ぼくとママの3,735日 ~虹の橋の天使~

朔良
ライト文芸
子犬と飼い主が出逢い お互いの信頼を築いていく お出掛けや旅行 楽しいことも悲しいことも 一緒に乗り越えていく ワンコ目線で描いています。 ※著者の体験談を元に書いてます。

フリー台詞・台本集

小夜時雨
ライト文芸
 フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。 人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。 題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。  また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。 ※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。

スタートライン ~あの日交わした約束を胸に~

村崎けい子
ライト文芸
「マラソン大会、いつか必ず一緒に出場しよう!」  まだ中学生だったあの頃に交わした約束。 「美織は俺が一生守る。これからも ずっと一緒にいよう」  真剣な眼差しで そう告げてくれた陽斗(はると)は、直後、何も告げずに姿を消してしまった。  けれど、あの日の約束を果たすべく、大人になった今、私たちは―― *イラストは、すももさんが描いてくれました。 【2022.4 追記】  2020.3完結時の11,110字より2,400字ほど加筆しました。  文字数が多くなった頁を2つに分けたりしたので、話数も増えています。  主な加筆部分(後半の一部)を一旦非公開にさせていただきます。  この後、再度公開していきますので、どうぞ よろしくお願いいたします。 ※2022.5.21 再度完結しました。

処理中です...