ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ!

チタン

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ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ!

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 ここは地方都市の隅っこにある動物園。
 人間達が動物達を見世物にするために檻に閉じ込めている。そんな動物達の姿を見るために日々様々な人間がここを訪れる。
 この動物園の隅っこで、動物を見にきた人間達を眺めるのが俺の日課であり、趣味だ。

 え、俺が誰かって?

 俺は万物の霊長たる霊長類ヒト科に属し、身長190cmの高身長、筋肉質な肉体に、知的な風貌を持つ、そう……、

ゴリラだ。

 俺の名はジョー。
 人呼んで"人間観察ゴリラのジョー"(呼んでいるのは他のゴリラ達ぐらいだが)。
 人間たちは動物を見ながら、自分たちも動物に見られていることに案外気付いていない。「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」とはどこの人間の言葉だっただろうか。
 ゴリラでありながら趣味は人間観察の俺は、同じ檻の仲間達からは変わり者だと思われている。
 だがむしろおかしいのは他のゴリラヤツらの方だ。毎日変わりばえのしないメンツの中でどのメスがいいだの、悪いだの。あのゴリラウスノロどもはゴリラとも呼べない、チンパンジーにも劣るサルどもだ。
 毎日メスのケツを追っかけるより、日々変わりゆく檻の外の人間模様を眺めている方が幾分マシである。

 今日も今日とて檻の外を眺めていると、一人の人間がゴリラの檻へ近づいてきた。人間のオスだ。
 ソイツは体格がよく知的な目元に凛々しい毛並みを備えていた。日々人間を観察してきた俺の勘が告げている。間違いない、あの男のアダ名は……、

ゴリラだ。

 人間のオス(ゴリラ)は俺達ゴリラの檻の方へ近づいてくると、シゲシゲとゴリラ達を眺め始めた。なんだろう、同族意識でも持っているのだろうか。

「おーい、ゴリラー」

 "ゴリラ"と呼ぶ声に檻の外のゴリラ(人間)と檻の中のゴリラ(ゴリラ)達が一斉に振り向いた。声の方を見ると人間のメスがこちらに向かって手を振っていた。

「誰がゴリラだ」

 人間のオスが答えた。

「何よ、私がゴリラって呼ぶヤツがアンタ以外いるわけ? というか、そもそも何で待ち合わせがゴリラの檻の前なのよ?」

 人間のメスは馬鹿にするように聞いた。

「いいだろ、好きなんだよ、ゴリラ見るの」

「同族意識?」

「誰がゴリラだ。違う違う、いつも周りの奴らにはゴリラって呼ばれる俺でもよ、本物のゴリラ見てたら『ああ、俺は人間なんだ』ってなんか安心すんだよ」

「なにそれ……馬鹿じゃないの?」

 オスの方は真剣だがメスの方は嘲笑気味だ。

「うるせぇ! 常日頃ゴリラ呼ばわりされる俺の気持ちも考えろってんだ。俺はゴリラヤツらとは違う。ほら、見てみろよ。あの奥にいるゴリラヤツなんて特にアホそうな顔してるだろ?」

 人間のオスは俺の方を指差して言った。大変心外だが、喧嘩を買うのはそれこそ阿呆がすることだ。

「はぁ、彼氏がこんなアホだなんて思わなかった。アホなのはゴリラよりゴリラアンタの方よ、アホ」

「なにぃ、ゴリラコイツらより人間オレの方がアホだと!?」

「そうだけどそうじゃなくて……。はぁ、もうこんな話やめていい加減行きましょうよ」

「うるせぇ! そんなこと言われて黙ってられるか! 見てろよ、ゴリラなんて所詮動物だぜ」

 そう言って人間のオスは自分の胸を叩いてドラミングのサル真似を始めた、ゴリラ俺たちをバカにするように。
 それを見た他のゴリラ達は檻の外の人間に視線を向け、興奮し始めた。

「へへっ、見ろよ。やっぱコイツら単純だからすぐ怒り始めたぜ」

「やめてよ、みっともない」

「へっ、いつもいつも馬鹿にしやがって。俺はゴリラコイツらとは違うってんだ。ほら、檻があっちゃ何もできねえだろ、ウホッ」

「「「ウホッ! ウホッ!」」」

 檻の中のゴリラ達のボルテージが高まる。何匹かが人間の方へ向かっていくが高い檻に阻まれて外に出ることは出来ない。
 しかし、ゴリラ達が諦めかけたその時、一匹のゴリラが檻に向かっておもむろに走り始めた。

 ヤツの名は『ゴリ丸』。
 俺はゴリ丸ヤツが檻から出るために日夜、檻に向かってジャンプし続けているのを知っている。バカだが根性のあるゴリラヤツだ。
 最初はたった数十cmだった。人並み以下、いや並のゴリラ以下だった。けどゴリ丸は諦めなかった。飼育員の目を盗み、日々努力を続けた。
 足掛かりとなる岩を探した。跳躍力を鍛え続けた。そう、全ては檻を越えるために……。
 そして彼は遂にこの檻の誰よりも、この世界の誰よりも高く跳ぶようになった。

「なんだアイツ?」

 檻の外の人間(ゴリラ)がゴリ丸の存在に気づく。しかしゴリ丸は意にも介さない。集中しているのだ。そして彼はただ、何度も繰り返したのと同じように、檻に向かって猛然と走り、手前の岩場を踏み締め、……跳んだ。
 ゴリ丸の巨体は高く、高く舞い上がり、まるでそこに重力なんて無いみたいに、高く、高く……そして遂に檻を、超えた!
 俺は思わず拳を握り締めていた!
 ああ、ゴリ丸、お前はやったのだ。たとえすぐ檻に戻される運命だとしても。お前は運命を超えたのだ!

「お、おい、どうなってんだ! ゴリラが檻に越えてきやがった!」

「ちょっと、どうすんのよ。アンタがゴリラを馬鹿にするから!」

 人間達はあわてふためいている。
 ゴリ丸は腕を大きく掲げると興奮のあまりドラミングをし始めた。最初は仲間達の名誉を傷つけた人間に報復するために檻から出たが、今は檻を超えられたことへの興奮が勝っているようだ。

「ここは俺がどうにかする。お前は飼育員を呼んできてくれ!」

「な、何言ってんの! アンタ一人で残ってどうしようって言うのよ!?」

「二人で逃げたら追ってこられる、どうにかするっきゃねぇだろ!」

「そ、それなら私が……!」

「確かにお前は空手やってるから俺より強いかもしれねえけど……」

「そうよ! ここは私の方が」

「でも女にこんな役任せられるわけねぇだろ! 自分の惚れた女によ……」

「シュン……」

 人間の方は人間の方で熱いドラマを繰り広げている。それにしてもあのゴリラ人間、シュンって名前なのか。全然シュン顔じゃねえぞ。

「行けッ!」

「……っ!」

 シュンゴリラに促され、女が走り去っていく。
 残った男はゴリ丸を真っ直ぐに見据え、様子を伺っている。その額には汗が流れ、表情から緊張が伝わってくる。
 男とゴリ丸の視線が交錯する。
 先に飛び出したのは人間の方だった。ゴリ丸は人間の方から向かってきたのに驚いたのか一瞬たじろいだ。
 その隙に人間はゴリ丸に組み掛かった。それに対してゴリ丸は対応しかねた。ゴリラの握力は500kg前後。ゴリ丸は生来優しいやつだから、誤って目の前の人間を潰れたトマトみたいにしてしまわないように人間から離れようとした。
 しかし人間はゴリ丸を離そうとしない。離してしまったらゴリ丸が人間のメスを追っていってしまうと思っているのだろう。
 そうして人間とゴリ丸の間に膠着状態が生まれた。しがみ付く人間と離れようとするゴリ丸、押す力と引く力。一頭と一人は組み合いながら回転をし始めた。
 こちらを向く顔も回転によって入れ替わる。ゴリラ、人間、ゴリラ、人間、ゴリラ、人間ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ……。

「シュンーーー!!」

 さっきの人間のメスの声だ。人間のメスと動物園の飼育員がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
 人間のメスはオスがゴリ丸に襲われていると思ったのか必死の表情だ。実際はゴリ丸が人間にしがみ付かれているのだが。

「来るなーー!! コイツは俺が!」

 ゴリ丸にしがみ付きながら、人間のオスはあくまでメスを庇って遠ざけようとした。しかしメスはお構いなしだ。組み合って回転する一頭と一人ゴリラ達に猛然と駆け寄っていく。

「このゴリラ! シュンから離れろ!」

 メスは目いっぱい助走をつけると、嘘みたいに高く跳び上がった。そしてそのしなやかで長い足を目一杯蹴り上げた。
 メスの美しい跳び回し上段蹴りは組み合うゴリラの脳天に直撃。蹴りをモロに食らったゴリラはその場に崩れ落ちた。

「さあ、はやく!」

 メスはゴリラオスの手を引いてその場から離れていった。
 その場には蹴りを食らわされた人間シュンだけが取り残された……。
 哀愁漂う屍と化した人間。連れてこられた飼育員はしばらく呆気に取られていた。
 ゴリ丸は人間のメスに手を引かれてどこかへ行ってしまった。

 しかしあのメスの身体能力、そしてあの驚くべきパワー。間違いない彼女こそ本物の……、

ゴリラだ。
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